実家から荷物が届いて、
おばあちゃんの作ったほうれん草やら春菊やらがたくさんで、
鍋でもして、
栄養つけて、
元気出して、
と、
母から。

秋の切ない心に沁み入るナニカ。

さて、この荷物に添えられたりしは、
愛弟からの…いやいや、
巨匠「みつオ」さんからの、
人生への、穏やかで示唆に富んだ、
メッセージ。

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…こんなことばっかりやってるよね、
昔から。

かなり、笑わせてもらった!!

LOVEだね、LOVE。

iPhoneからの投稿
実家の母から、荷物が届きました。

おばあちゃん家の野菜と共に
荷物の一番上に置かれてあったのは
庭に咲いた、菊の花で。


こういうのを
きっと、サプライズという。


大げさな仕掛けのものでなく、
ひねた言い方をすれば、
驚かせようと、仕組まれたサプライズでなく。

彼女の、なんの気なしの
あぁ多分、
きれいに咲いたから送ろう、とか、
ちょっと手元にあったから、とか、
自分の好きな花だから、とか。
(彼女は、菊の花が好きという、
何とも地味な、愛すべき女子なのです。)


こういうのに、
何の気なしが、
空間を超えてやって来て、
わたしの手元にあって、
自分が、ふと、驚いたとき、
サプライズ、
してやられた、
と、思うわけで。


言葉でも体でも
完全には表現もコピーもできない、
感覚的な、愛情とか、思いやりとか。

心の一部を、お裾分けしたいと思い、
それが、ピピピと、交信されたとき、
心の一部が、すっと届いて来るとき。


こういうコミュニケーションの形。


愛すべき、交信の形。
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わたしは嫉妬する。

自分でも嫌になるくらい、嫉妬する。


女性にも男性にも、
友人にも同僚にも、
或いは家族にも、恋人にも。

それでもっと若い頃は そんな気持ちになる自分をどう扱ってよいのか分からず
むしろ 嫉妬するのは 醜いこと 恥ずかしいことだと
神経過敏な自分に嫌悪感を抱き

寛容な気持ちになる方法を研究したりしてみた。

けれども

どこまでいっても、
自分は嫉妬するし、
嫉妬はもはや日常化していて、

そして何より厄介なのは

自分は自分が嫉妬を感じる人の側に居たいのだという
紛れもない事実。

嫉妬を感じる人に 魅力を感じるわけで
嫉妬を感じながら その人の側に居ることが
自分に嫌悪感を抱きつつ
自分に刺激を与えつつ
自分を満足させるのだという

つまるところの、天の邪鬼。

嫉妬を感じなくなる瞬間は
その人から大きな興味を失う瞬間であり



なんか自分今、ネクストステージ?
的な
感覚を自覚する瞬間であり


それで関係が終わってしまうことはないにしても
わたしの中での関係性が、終わることはある。


始まることもある。


ひとつのバロメーターだから


嫉妬によって何かが保たれている関係性。


何だか不思議かなこれって?