え? 今さらジロー?(←古い。っていうか同時代には知らないネタ。)
BEAMSのキャンペーンですけど、何か?



休日出勤の帰りに
睡魔に襲われながら お買い物帰りの女子を見つめていたら



「恋をしましょう」



という、何やら非常にpersuadingな紙袋を引っさげているので
ますます見つめてみたら
BEAMSの、紙袋で。

BEAMS35周年イベントとして、8月末から展開しているキャンペーンなんですね。
http://koiweb.beams.co.jp/


…流行に敏感でなかったーーっ しまったーーーっ


あのね
LOVE & PEACE
が人生のテーマ

だったら

すごく共感する、シンプルに。

世の中の見方 社会との触れ方
隣人との接し方 他人への眼差し
全部全部 変わって来る、恋をすると。


ここでいう恋、とは、多分「その」恋なんだろうけれど
わたしは必ずしも「その」恋じゃなくても いいと思って
恋とは 何かを好きになること 心から 
興味がウズウズ、でも、多分に恋だし
情熱がフツフツ、でも、多分に恋だし
それは多分、自分以外のヒトに 心が動くということ。

例えば、「その」恋はとっても素敵で、
一方で、アイドルとかスポーツ選手とか、そういう誰かを応援することとかも
多分に恋。

ひとりの人間を知ろうと思って(「中身」を、温度を)
知っていくことで それは跳ね返って 自分を知って行くことで
他への興味は 自己への関心
他への尊敬は 自己への反省
他への愛情は 自己への愛情


だから
「恋をしましょう」


世界を開くということ 慈しむということ


…素敵だわ…


無駄に あの紙袋持って 布教活動したい気分。
BEAMSに、秋服でも、買いに行く?
そうそう、ファッションが、世界へ飛び出すときのひとつの名刺代わりだとすれば
それは出会いへの扉でもあり、継続への種であり水である。
新しい、「恋」のために。
素敵な、「恋」のために。



ぐでんぐでんに酔っぱらって(…と言っても、正気だから、やっぱりぐでんぐでん
は間違いか)、
の、帰り道、
暗闇にふわっと立ちこめるは、
キンモクセイの香り。


わたしが、最も愛する花の香りのそのひとつに
ふと立ち止まり、その在処を特定する。

小さな蕾、オレンジの。

九州のとある田舎の小さな宿舎で
干した布団のうえに上半身を委ねてぶら下がり
お母さんが洗濯物を干すのを眺めていた
風景が思い出される匂い。


酔っぱらって 黒いスツーツで 暗闇を歩くわたしと
20年以上の時を隔てて繋がる瞬間と。


そういえば久しぶりの香りだなぁ


頭の中の暦をさかのぼれば

およそ夏から秋へのきちんとした移行を日本で迎えるのは
2年ぶりで
そういえば
ロンドンから帰国したのは、去年のちょうど昨日とか、今日とか。


永遠に昔


のことのように思えることが
意外と、一年というか365日というか
そういう、身近な時間の先にあることに気付く。


あれから一年。


how do you measure, measure a year?


とは
大好きなRENTのSeasons of loveの一節ではあるのだけれど
一体この一年を何で測るか?


少なくとも
一年あると、いろいろなことが変化する。

一年経った今日は
一年前は知らなかった職場の仲間とお好み焼きを食べたりしたし
一年前は知らなかった業界の仕事なんかをして
一年前は知らなかった業種の人たちと挨拶をたくさんしたりなんかして
一年前は知らなかった台湾の慣習にまみれて乾杯をしまくり(で、酔っぱらう)
一年前は住んでなかった街に住んで
一年前は…
今日とは、違ったよね、
全然、違ったよね。


お肌や体の劣化は…してないと信じたいけど
きっと、してるんだな。


それも含めて
違っている日々を
どうやって
やり過ごすのでなく
カウントしていくのだろうか。


不思議の根拠にある必然に思いを寄せて
出会いに感謝して
弛まず
明日から10月だなぁ

思ったり、する
今日という、一年前の、一年後の、一日。







朝からヨガに出掛けて 
美意識高いのは 女性だけじゃない 男性が増えたのは
わたしがヨガ始めた6年前から 明らかな変化。

アンチメタボなおじさん がんばってる。

予定していた山ガールデビュー@熊野古道が先日の台風12号のために断念、
だけれど、
とりあえずアウトドア用品店なんか覗いてみたり

流行か流行でないか別として
おじさんからカップルまで 幅広い客層。
おかんの登山グッズを選んであげる息子。

散歩する。


日傘を差すか否か迷う。


「太陽に愛されている」的な資生堂キャンペーンのコピーが
好きだから。
(でも、日傘は差す、結局。)

ひとり原宿でカレーを食べていたら
混雑により相席。

インド人はさすがに強引だ(?)

相席の相手が日本語が分からなそうな外国の方だったので
サラダが出たあたりで思い切ってちょっと話しかけてみる。

震災もものともせず「東京と恋に落ちた」からしばらく滞在している、
というフランス人女性で

竹下通りを歩く女子高校生は なぜ日曜日にも関わらず制服を着ているのか?

という素朴な疑問について 会話はぼちぼちと 弾むような 弾まないような
ネコ「制服=ファッション=coolなteensだっていうID」女の子「それって毎日同じ服着てるってこと??」)

よい滞在を、といって、別れる。

竹下通りの入り口は いつも
外国人の家族連れが
娘のために パパが写真を撮ってあげたりしている。

だいぶ、「戻った」感のある外国人観光客の姿。


スーパーは日曜の夕方は混んでる。

お酒を抱えている人を見ると ひとりで飲むのか 家族と飲むのか 友だちと飲むのか
気になる。


わたしはノンアルコールビールなら
ALL FREE派です。


さんまが店頭に顔を出し始めた 何だか以前に比べて、
ちょっと値が高い気がする
 

わたしは「生鮭」がお安く手に入るこの時期が好きだ。
生秋鮭。 仙台からやって来た模様。


夕寝をする。


中国語の練習。
書道の練習。


何かがあることのプレッシャー
何もないことのプレッシャー

何かがあることの幸福
何もないことの幸福


何かがあるのか ないのか
ないことはない
でもあることもない


人間的な時間
生物的な時間


時間だけがただ過ぎて行く中で
この現在が
一体、ポジティブなのかネガティブなのかで
迷いながら
切なくなる瞬間。


ひとりでぼんやりとした瞬間に
秋の始めはいつだって切なくなる。


とりわけ今日は
あの大地震から半年で
あのテロから10年が経った
刻まれた日だった。


わたしは
地味で つまらなくて
穏やかで
切ない
とても贅沢な一日を過ごした。


わたしが今日見た景色には
いろんな人の生が行き交っていた。


ただそれが あることへの愛しさを
感じたいと思った。


望むことが必要とされるときもあるけれど
望まないことも
時には愛しむことかもしれない。