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ろ~るのヒトリゴト

キタオヒ◇ユキ OFFICIAL BLOG

 

 

 

 

 

「キタオヒ◇ユキ」として初めてライブに出演したと

 

2011年の6/26のブログにて自分で言っているので。。。

 

つまりは。。。。

 

 

 

単純に。。。。

 

 

 

 

俺のこと。。。。。

 

 

 

 

 

10周年を迎えてるってことで宜しいですよね??

 

 

周りで色んなアーティストさんが「本日で〇周年です!!」みたいなのを

 

最近よく目にしたので、「結局私の記念日はいつなんだろ。。。」的な思いが巡り

 

自身のブログをさかのぼった次第である。

 

まさかこんな直近で知ることになるとは思いもしなかったが

 

これも何か運命的な巡りあわせなのだろうか。。。。

 

 

10年と言っても、中身がスッカスカの粗目のスポンジ並の密度です。汗

 

しかし、そういう部分というより、もっと俯瞰して

 

「10年経ってもなんやかんやで自分の音楽が続いている」

 

という「連続性」に喜びを感じている。

 

 

「音楽人生全体」の話とはまた別のカテゴリーになる今回の話。

 

ずっと「2人以上」でやってきた自分にとって

 

ステージの上に誰もいない寂しさというものはすさまじかった。

 

だからこそ、MCではステージ外のお客様とやりとりしたりとか

 

人見知りの私にとっては勇気ある行動をした。

 

そんなことをしているうちに「歌う」だけではない「別の楽しみ」が芽生えたり

 

そして、そういうお客様に「得して帰ってほしい」と無料音源だったり

 

無料オリジナルTシャツだったりをお配りしてた。
 

 

しかし、そんな日々も「仕事」としてはなかなか成り立たず

 

平行線のまま「年齢」という壁にぶち当たり

 

決心の時を迫られていた。

 

 

そんな時に「ギターサポート」の話が舞い込んできた。

 

もちろん、誰かの伴奏なんてしたことがないので不安だらけだったが

 

「アーティスト最後の仕事」として努めた。

 

幸運なことに、そこからしばらくサポート業が継続し

 

気が付けば「けじめの年齢」も越えていて、、、、

 

さらには自身の「新たなユニット」の活動が始まったり。。。

 

そこから見たこともない世界や景色が広がっていき。。。。

 

平行線のまま置き去りにしていたソロのステージも

 

少しずつ。。。。否、心地の良いペースで行えている。

 

 

ターニングポイントとなる「きっかけ」こそ別人物にはなるが

 

そこから「私の継続」をさせてくれる

 

ヒサ絵さん、Naoyaさん

 

このお二方には感謝が絶えません。

 

そして、私を応援して下さるすべての皆様にも同じく感謝を。

 

この三つ巴が私を「今」に導いてくれるのです。

 

 

ありがとうございます。

 

 

私はとても恵まれています。

 

 

 

 

 

このまま次回は15周年でお会いしたいものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

風が揺れ~てる~♪

 

 

波が歌~ってる~♪

 

 

 

俺は今日も~歩い~てる~♪

 

 

 

野生爆弾のくっき~から、反町のポイズンにいき

 

そして反町のForeverからのビーチボーイズへと辿り着きました。

 

どうも、YouTubeの恋人です。

 

 

夏が近付くと、無性にビーチボーイズが観たくなるんですよね。

 

多分これも昔ブログで書いたような気がして仕方がないのだが。。。汗

 

それにしても、あの時代の反町&竹野内のカッコよさがえげつない。

 

ロン毛で「ワイルド」と呼べる日本人なんてなかなかいないぞ。。。。

 

いるとしたら。。。。

 

 

1号ライダー時代の藤岡弘。ぐらいか。。。

 

ああいう男に憧れるもんですよ。

 

 

。。。。さて、そんなビーチボーイズですが

 

リアルタイムで観てた頃は、「何か楽しそうでいいな~。。。(広末かわいいし)

 

ぐらいの感覚で楽しんでいたが

 

このタイミングで観ると、「社会」や「個人」のズレだったり

 

「境遇」や「立場」、そして「世代」の違いだったり

 

「失敗」「挫折」を味わったり。。。。

 

心の荷物が少し重くて、疲れてしまった人間達が民宿に集う。

 

海や空が包み込むように重い心を解きほどいて

 

波が返るように、夜が明けるように、またそれぞれの場所へ帰っていく。

 

この歳だからこそなのか、一層ドラマのなかにいるような感覚で

 

時間がゆったり流れていく。

 

 

何だか、自覚していないストレスみたいなのが溜まっていたのか

 

些細なことでも過敏になってしまう心境だったので

 

本当にグッドタイミングでこのドラマに再会出来たような気がしている。

 

ただ、こういうタイミングというのは必然的に本能がそうさせているというか

 

もしくは運命的なものなのか。。。

 

「たまたま感」ってのが疑わしくなるほど良いタイミングなんですよね。


 

そういう意味では自分自身相当恵まれたやつなのかもしれないし

 

単にそう思いたいだけなのかもしれないし。。。

 

 

「ピンチの時こそ光あり」とはよく言ったもので

 

その光に気付けるかどうかで、これからの色々が変わっていったり

 

「光明を見出すヒント」が身近に取り巻き、自身を救う手立てを諭してくれるのかも。

 

今回教えてくれたのは

 

「やりつづける勇気も大事、でもやらない勇気も大事」

 

 

とはいえ、たかが「ドラマ」なので

 

もっと確かなものにする為に

 

色々なことが晴れたら、きれいな海へにでも繰り出そうと思います。

 

 

それもしばらく先の話やけど。

 

目指せ反町。。。。

 

もしくは竹野内。。。。。。。

 

 

 

 

。。。。。

 

 

 

。。。。。

 

 

 

 

否、マイク真木でも。。。。

 

 

 

。。。。。

 

 

 

 

。。。。。。無理よね。涙

 

 

 

 

今に始まったことではないが、「非」を誰かのせいにするような発言を見聞きすると

 

気持ちが萎れる。

 

もちろんこれは特に自分も含めてそうなのだが、「非の対象」を自分以外にあてがい

 

自分を守るという防衛心理から、こういう行動に出るのだろう。

 

ただ、そこから解放されてふと振り返ると

 

「非は自分にもなかったのだろうか」

 

と過去を精査するモードに入り、だいたいは後悔へ変わるパターンが多い。

 

当事者としては、その瞬間の状況だったり心の許容量だったり

 

余裕を持った見方でいれないことも考えられる。

 

しかしそれは他者が思いやる考えであって、やはりその場の瞬間的な勢いで

 

言動してはいけないと考える。

 

これは「怒り」と近いような感覚なのだろうか。

 

冷静に怒っているような感じ??

 

 

。。。以前、「怒り」について同じようなことを綴ったような気がしているが続けます。

 

 

そして、誰かのせいにするというのは

 

極めて「頑固な主張」だとも思う。

 

目的があって、手段があって、その間に出来ない理由があると

 

頑固な人はその「理由」という大きな壁を消さない限りは目的に辿り着けないと思ってしまう。

 

しかし、柔軟な人は

 

出来ない理由を発見するやいなや、目的へ向かう「別の手段」を探そうとする。

 

そうしてあらゆる道を創造し、目的に辿り着くことが出来る。

 

 

頑固な人の目的達成の方程式は1つだが

 

柔軟な人のそれは無限だ。

 

 

残念なことに、私は前者の頑固野郎だ。

 

だからこそ色んな場面を振り返るとき、教材的な感覚で自戒する。

 

それだけで心や考えがリニューアルされるほど簡単なことではないが

 

こうやってブログに残したりして刻んでいくことで、少しは自分に沁みついていくのではと。

 

 

SNSではそういった言葉が日常的に溢れていて

 

リアルなコミュニケーションの場でも同じようにそういう会話がなされていて

 

そんな中を自分に言い聞かせるように、「誠実さ」「柔軟さ」を大事に

 

これからも日々を送っていきたい。

 

 

目指せ柳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョージ

 

 

 

 

失敬。。。