にくのみか きよきみひかり
とひらから ひとりかひみき よきかみのくに
(肉の身が 聖き御光 扉から 火取り佳美見き 良き神の国)
解説
聖い(きよい)は「おかしがたい雰囲気である。神聖である。」、御(み)は「名詞の上に付いて、それが神仏、天皇、貴人など尊敬すべき人に属するものであることを示し、敬意を添える。」、火取る(ひどる)は「火であぶる。火にあてる。焼く。」、佳美(かび)は「りっぱで美しい・こと(さま)。」の意味です。
余談
この歌は、下記音楽動画を聴いて、それをモチーフに書いた歌です。
『Innocent Days』(「Hitomi - トピック」より)
雑感
下記参照。
『「聖霊」 すべての穢れを焼き尽くす炎』(「瑞霊に倣いて」さん)
火水伝文参照。
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【火・土・水】申すは正しく【口・心・行】の事にてもあるを申し伝えあろうがな。なれば火土水(ヒトミ)を真釣りた申すは、口心行(クシンギョウ)を真釣り行じた申すに、同じ事にてあるは解かるであろうがな。汝等皆々このフミ読むに「ひとつのマコト真釣りた響き申すは、総ての構えに真釣ろう響きじゃ」申した事よもや忘れて居るまいな。マコト真釣る申すは、総てのマコトの響きと一如鳴るを申すのじゃ。それ由、バラバラには取らいで下され申して居るのぞ。
火土水のお土が曇れば、結びたる火水も曇るぞ。日月地の月が曇れば、結びたる日地も曇るぞ。神幽顕の幽が曇れば、結びたる神顕も曇るぞ。霊力体のお力が曇れば、結びたる霊体も曇るぞ。口心行の心が曇れば、結びたる口行も曇るのぞ。解かりたでござろうが。心、曇りて居れば組み結びた花々は、ケガレ負いたる仇花となりてしもうのぞ。可哀想でござろうが。早う、心、清め清まりて下されよ。
心スミキリてマコト真釣りて結ぶを一二三(ヒフミ)申すぞ。マコト真釣りた息吹の事ぞ。真言であるぞ。生く言魂の事にてあるよ。マコト真釣りた火土水いうは剣のことにてもあるのざぞ。邪をハライ、マコトを顕す草薙の剣の響きのことにてあるのじゃ。日々の、狭間狭間に汝等の、瞳に正しき宿る様、心清まりスミキリて、映る火土水の諸々に、感謝の響きを出しくれよ。情けと花を持ち行きて真釣るマコトの尊きに、思いを至して下されよ。マコトの玉を手中になされよ。
どうじゃ。真釣るマコトの一如なる、鳴り鳴る響きを真釣り成す申すは、それぞれの【火・土・水】一如に真釣り縫う事にてあるは解かりたな。これよりは火、土、水を【口・心・行】に真釣り縫うて伝え参るなれば、汝等の日々の心の持ち様をキチリ、タテワケ致して行く程に、くどうなりても辛抱致してついて参られよ。後に伝うる事どもは、こを得心なされて、安心なされて行じられる様、明かし伝え知らせしものなるを、今今に知りて置かれるが善かろうぞ。
【真釣り】成す申すは、唯ただ、マコトの響きが顕れ鳴るを申すのであるぞ。【鳴る】は、成るの生きある響きの鳴り鳴りある姿を申すのじゃ。これ解かるか。
【三真釣り】成す申すは、真釣りたものが正しく調和に結ばれる様〈支える火の御ハタラキ〉〈結ぶお土の御ハタラキ〉〈現す水の御ハタラキ〉三つ総てを一つに和し響かすことにてあるよ。和し響くとはマコトが顕れ鳴ることでござるぞ。一二三のことじゃ。成り響き鳴る弥栄の真響きであるぞ。全一如申しても善いぞ。一如申しても、和し鳴る響きは全く一つの音色にござる。解かり易う伝うるに全一如申して置くぞ。マコトの響きの言霊【口】が必ずタテワケありて、スミキリた【心】で、そが言霊をスクリと立て持ち、口に違わず【行】に組み結び現し行くが、三真釣り持ち行くいうことでござるのぞ。こが一如の真釣りぞ。
〈支える火の御ハタラキ〉必ず立ちありて〈現す水の御ハタラキ〉正しく顕るは解かりたか。こを正位の構え申すのじゃ。くどう申すは反対に、タテヨコ逆さに組み結びては、マコトのものは何一つ産まれはせんからぞ。こを逆位の構え申すのぞ。不調和もたらし、汚泥混濁の世と成らしめるがオチであるぞ。今世を見ゆれよ、末にはほどくしか無いものばかりでござろうが。万古末代副わねばならぬ、天地のコトワリを外して居りては、こ度越えるは適わぬ夢にござるぞ。
汝等皆々、お一人お一人、何かの事どもを支え居るであろうがな。汝等ご自身が支える基でござるなら尚の事、軽き思いや言の葉で、成すは適わぬ事ぐらい、百も承知にござろうが。なれば、在りて有るモノ支えるは、いかなる力におわすのか、思いをなして見なされよ。下がりて裏で支え成す、尊き御力知れぞかし。
火の御ハタラキが、下から支える裏の御ハタラキ〔▽、陰の構え〕にござるよ。火の御ハタラキ申すは、一なるぞ。神なるぞ。霊なるぞ。日なるぞ。口なるぞ。火の位に座されます御力徳におわします。万象万物【正化】さすご苦労の御ハタラキであるぞ。こは父の御役じゃ。至誠大愛の御役にござるよ。下から上へ燃え立ち昇る如く、ご自身は下の下の下に下りて、見えぬ陰の存在と成りて、何かのことを背負いご守護致し生かし活かして、背負われてるものが得心致して、不平不満も無く安心致して生きある様、下から上までスクリとマコトをタテワケ立て、ご守護致すこの世の基の御ハタラキを申すのであるぞ。マコトタテワケルご苦労がその基じゃ申して居るのぞ。万象万物【正化】の基なれば、火の一旦発せらるれば、正味の形に結ぶまで、響き鳴り鳴りて居るのぞ。そはマコト少なければ、末はメグリに鳴り成り結ぶもあるいうことにござるぞ。こは決して忘れんで下されよ。心曇りて、火、傾けばマコト少のう成るのぞ。火、ヨコに成るればマコトタテワケ適わず、汚泥混濁の世と成るは解かるであろうがな。それ由、火はスクリと真すぐに立てねばならぬのじゃ。情けの裏にてマコトを支え、花の裏にて散らぬマコトを咲かす響きが火の音色じゃ。【口・心・行】にありては【口】が火のハタラキの御座なるを知らせ置くぞ。言霊の響き大事に慎み深く使うが善いぞ。
魔コトの思いを持ちて、神の御前で申せぬ様な【行】いを図るが如きなさり様を、逆位の構えの『魔釣り』申すのぞ。そは、真コトの御座なる【口】の座にウソを据えるが事にてあるぞ。そは正位に座すは適わぬ魔コトを、正位の御座に据え置きて、そをマ釣りの基に成すをいうのぞ。魔コトを正位に位させ、真コトを外に追いやるがその事じゃ。こは恐ろしきことであるを知りて下されよ。【口】の座申すは、真釣りを支える御ハタラキの御座でござろうが。【火の御ハタラキ】の御座にござるぞ。この御座に座るもの、マコト無きは許されぬ由、マコト無くありて座りたるもの、先々可哀想であるぞ。何れ姿形を変えメグル情けと鳴り鳴り響きて、必ず【行】に結び現し、外した真釣りを取り戻さしめる、至誠の極みの御座にござるからじゃ。人民様は、生きある何時かの時々に、自ら至誠の口の座に、数多の不誠を据え置きたを忘れて居られるが由、自らがもろうメグリの真姿に気付けぬのじゃ。こは元つ真釣りの、万古不易の神法なるを知りて下されよ。
火を見やれよ。火は総てを焼き払い、マコトの響きのみをタテワケ残す型示しにてあるぞ。万象万物正化の響きをタテワケご守護致すが大事な御ハタラキじゃ。【口】に出した事どもは違えず【行】いて下されよ。【口】を慎みて下され言うはこの事あるが由じゃ。【口】は火傷の元ぐらいに思いて慎み行くが善かろうぞ。
マコトをタテワケ支えるハタラキを護持致すは、《身欲》に囚われぬ強き心を持ちて無くれば、適わぬ事と知り置かれよ。自らは金の家から、銀の家に移りても、銀の家から、銅の家に移りても、マコトのモノしか残さぬ、火の浄化の御ハタラキなるに気付きて、ミタマ相応のお鍛えにござるから、何事にも感謝の鳴り響く気持ちで、マコトを支え行じて下されよ。下に下りても感謝の気持ちを持ち行くは、大層な神徳が支え真釣るぞ。自らを下に下に下げ行きて、支えるハタラキに仕え真釣るは、この世の基のハタラキなれば、身欲を控えて成し参る、尊き我が子を見過ごす様なこの方にてはござらぬぞ。ドン底に落ちてなお、深き感謝を持ちてマコトを護持致し来た者は、花の咲き行く時節になりたぞよ。万古末代散らぬ花であるぞ。マコト、マコトにご苦労様でござりたなぁ。汝が背負うて参りた苦の種が、今に至りて明なに開く時節となりたのじゃ。散らぬマコトの花いうは、辛苦の種を背負うて、長き険しき道を参らねば、咲きは致しはせぬ花じゃ。永き幾再生転生を繰り返し、ご苦労を致してないミタマ申すは一つとてござらぬなれど、ミタマ相応のメグリを持ち居る由、荒ぶる《身欲》に囚われて、今世に酷きザマと成り鳴りてある者、数多居るのじゃ。今生に入りて益々《身欲》に囚われ居りた者共は、自ら背負わねばならぬご苦労を、他人に背負わせ自らは、易き陽気な道を駆け下りて居るなれど、下りた分だけ苦の種が、重きに増え行くだけのみぞ。段々重きに成り鳴りて、行くも戻るも出来なくなりて、間違えに気付きたところで、マコトのご苦労申すものをなさりて無いから、険しき道は行くに行かれず、この方にすがりて参りても、今の時節は三真釣り持ち来て下さらねば、どうする事も出来はせんのじゃ。人民様、マコトの道のご苦労の万分の一のご苦労なりと、三真釣り持ち行くご苦労で成し参りて下されよ。そうで無くれば真釣りを支える火のハタラキが、どうありても取れぬから申して居るのぞ。支えるハタラキが心底解からねば、マコトのタテワケは出来はせんぞ。
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自らは他人の為には何のご苦労を致すこと無く、他人のご苦労を奪って生くるを恥とも思わず、好き勝手に身欲に生くるは悪に魅入られて居るのじゃぞ。『魔釣り』た行に結びて居るのぞ。口慎まれよ、心慎まれよ、行い慎まれよ。真釣り深くありて下されよ。〈恥ずかしくありた〉思う程に自ら厳しくご苦労成されば、マコトの感謝の響き言うものが段々に解かりて来るぞ。この方の申す事もハラで解かる様に成りて来るから、自らに厳しくあればある程、お陰一々ついて来るのじゃ。マコト三真釣り持ち行く者には、元つ神の御霊統がキッチリご守護致してどんどん善き方に向けてやるから、今今に心を決め、改心致して問にあう様に生きて下されよ。このフミと縁を結ぶ程のミタマでござるから、見事、鍛えに堪え、堪えに鍛えて下されよ。時が無い由、今今にこの方の申す通りに致すが善いぞ。
この方が、こ程三真釣りなせ申すも、魔釣りた今世に言の葉で、無きが如くのマコトを伝うるは、適わぬ事にて在るからぞ。この方は、元つマコトを真釣りある由、総てと共に在りて有るなれば、解からぬ事とて一つも無きが、総ては総てに真釣り響き鳴りて、共々に鳴り響きなされてお出ませ鳴るなれば、一つの響きは一つにあらず。総ての響きと一如なる由、マコト真釣り結ぶが何程の事にござるか、取れて無き人民様には、どうありても言の葉でマコトを伝うは適わぬ事と知り置かれよ。どう在りても伝えんとなすなれば、汝等の申す禅問答の如き様となりてしもうのぞ。それでは人民様、何が何だか益々解からなくなりた上、気分で解かりた様な積もりになりて、マコトが益々遠のくから、この方が今今に、神のマコトは学でも知でも解からんと、ハキリ止め置くのであるぞ。汝等はこの方の言うた通りなさるが、マコトにてあるを知りて取られて下されよ。
神のマコト申すは、真釣りて行に結ばねば、末代取るるは適わぬ事ぞ。今今は遂に実地の末期に入りて居りて、間違えて居る暇は無いのぞ。メグル情けの真っ最中に居るのであるぞ。くどう三真釣り成せ申すもこの事あるがためでござるよ。これよりはタテカエの最後までメグリ益々、猛々しく逆巻きて来るから、実地の行にて処する他、越える術は一厘も無いのぞ。ざから、うるさき思われる程に念を押して居るを解かりて下されよ。
今の時節言うは腹が痛いとか胸が痛いとか、一時、ご守護神様のご一力に助けてもろう様な時節にてはないのぞ。腕一本、足一本、お命まで無うなってもおかしくない時節にてあるぞ。今今に生きザマを正し直すが、汝が心の持ち様にてござるのじゃ。マコトのご苦労を厭う性根、早う捨てて下され申して居るのぞ。この方心配ざから言うて居るのぞ。汝の心はきれいに鳴りて居るか。マコトの火は立ちて居るのか。立ち居振る舞いは礼儀正しゅう鳴りて居るか。大丈夫でござろうか。今今はマコト三真釣り持ち行かぬ者、お陰渡せんのじゃ。マコト大丈夫でござろうな。くどう気を付けて置くぞ。出来る時申しても今は残りの時が無い由、今今より三真釣る行い致して下さらねば、肝腎要の草薙の剣を、自ら創る響きが無うなりては、取り返しが出来んから、痛く心配致し居るのぞ。この方は今今も汝にお陰差仕上げたくてウズウズ致して居る鳴れど、マコトがハラに結晶なさりて無くば、お陰を渡すも、行より先を今今に語るも、かえって残念に結びてしもうから、この方も早う渡したくあるに渡せずにあるのじゃ。今の今も待ちて居るに、何をして居るのざ。ぐずぐずして居らねで早う取りに参れよ。
今今に至りて安易に逃れる逃げ道を、神の言魂に探すが如き思いを持ち居る者は、知らず、悪の響きに共鳴りなされて居るぞ。こ度の事は、何処にも逃げ場無きを伝え知らせあろうがな。真ス直に潔く、今今の心をきれいサッパリ切り換えて、この方の申す様に三真釣り持ち行きて下さらねば、何を知りてもご無念じゃとも申したでござろうが。時の終わりた最期の最後に至りた由、汝もついて参られよ。早う行じて下されよ。ピタリ、ピタリと汝等お一人お一人に、はまりたお陰を授け行くぞ。こ程善き結構なご苦労申すは、これまでになかりたのであるぞ。
汝等皆々、メグリも因縁も違うて、今今も違うた響きにありてあるのざから、あちらの教えこちらの教えのマコトの響きと、そのままにて和すは適わぬ事にてあるぞ。千に一つのマコトの響き、生かしあるためにも、この方の申す様になさりて下されば、自らに厳しき者程早う善き方へ向けてやるから、早う三真釣り厳しく行に結びて、身魂相応のケガレ自ら払うて下されよ。辛うなりたら、この方にすがりて参れよ。汝等皆々、神のお宮と鳴り成さる尊き地の日月の神々様じゃ。マコト持ち来てすがりて下されば、如何様にもご守護致すぞ。神それが嬉しいぞ。
マコトに今世申すは、至苦不便の世にてあるのぞ。身欲が基と鳴りて居る由、何一つ思いのままに鳴らぬのじゃ。思い通りに鳴らぬから、身欲を基の我と我がぶつかり合うて、益々ご苦業の多き酷き世と鳴り進むのじゃ。《ご苦業》鳴るは出口無しの、身欲を基のあやま知の、魔釣る響きに入り住むからじゃ。この方が【ご苦労】申すは出口に向こう事にてあるぞ。ミロクの入り口に向こう事じゃ。
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これより日月に至る神仕組み、伝え参るが、そが前に、真釣りと魔釣りをタテワケて、今世の魔釣りを統べ魔釣る、悪き響きの自らに、伝え語らせあるが由、じくりと聞きて見なされよ。真釣りも魔釣りも二つ共、元つ仕組みのマ釣りにありて、表裏一体のものにてでござるが、ハタラキは全くの逆様でござるから、よくよく注意申して置くぞ。一つは【タテナオシの真釣り】にてあるぞ。今一つは『タテカエの魔釣り』にてござるのぞ。今今の世のマ釣り申すは九分九厘、魔釣りとなりて居るを先ず先ずに知りて下されよ。スメラの真釣りと、ユダヤの魔釣りのことにてあるぞ。今今に伝え知らす事程にハキリ、タテワケ下されよ。
魔釣りの負うたタテカエ申すは、汝等の界にありては破壊とは見破られん様に、進歩と見紛う様に仕組まれありたのぞ。元つ真釣りた仕組みを取り違え、自らの神を迎えんがため、醜くケガレしこの地の上を、魔釣る仕組みの力にて、タテカエ払い清めんと、思いなしたが初めであるぞ。彼の者共の心、聞いてみやれよ。そは、『この地にある者共は『我善し』力で欲望を、追いて尽きせぬ者なれば、恥も節度も無きが由、よもや人とは申せまじ。仇醜き獣なれば、この地を汚すは許せまじ。神に選ばれ約せある、ユダヤの民の負うところ、統べる御神の尊きに、無礼がありてはならぬ由、獣の卑しき性情を、煽り使いて喜ばせ、自ら滅ぶ大魔釣り。金銀名誉に性欲を、加えまぶしたエサなれば、獣なる身にては抗ぜまじ。
心と体を弱めれば、知恵は元々弱き由、扱い易き家畜なり。卑しき家畜の獣なれば、知力申すも底浅く、知恵にてだますはいと易き。薄弱虚弱に致すには、身欲を煽れば自らに、競って群れて来る程に、エサの加減で操りて、『あやま知』どんどん植え付けて、科学の名にて衣与え、科学の名にて食与え、科学の名にて住与え、過つ教えの出す毒で、自ら滅ぶが獣なるぞ。自ら滅ぶ学説を、見通す力の目も持たず、有り難がりてマ釣り上げ、身欲携え進み行く、進むが囲いのその奥へ、出口あらざるその中へ、おだてすかせばいと易く、我先誇りて進むなり。
神の支えるハタラキを、金の支えるハタラキに、だまし身欲と結ばせて、見える身欲を作らしめ、工業興して物作り、返すカタナで地を壊し、金無き身にては何事も、適わぬ世界と成さしめて、欲を煽りた夢魔釣り、叶うは難きも解からずに、手のへで踊るあさましさ、生くる基になるはずも、何の力も無き金に、まんまと命を預けたが、我が手に命を預けたと、気付けぬ愚かな獣なるぞ。
卑しき家畜の獣なれば、神を敬う心なく、ありても選ばれ無くあれば、いずれ我らの邪魔になる。持ちたる敬神壊すため、自由、平等、博愛を、幾年使うてバラマキて、敬う基を迷信と、成して潰すが教育の、我らが仕掛けし裏舞台。功をそうして世界中、上下無き世と成り果てて何から何まで平等と、狙い通りの混乱を、狂いたタワゴト信じ込み、我らが図りし策略に、まんまとはまりし獣なるぞ。
家畜の生くる基なる、衣食住成る基なる、神の創りしその糸を、勝手にむさぼり費やすは、神の御国を汚し行く、許すは適わぬ事なれば、魔釣りた糸とすげ変えて、生くる基と切り離し、衣食住する物買うに、総てが魔釣りた糸なくば、生くるも適わぬ世と成して、偽の三ロク(六六六)に従わす、魔釣りた企み九分九厘、成就致した今今が、世界を手中に致す時。残る最期の裏芝居、今今今に幕引きて独り立ちたるヒノモトを、餌食に致して世を潰す、我が神統べる時成るぞ。
ユダヤの身魂の我が民は、神に選ばれ約せある、汚すも尊き民なれば、世界の要所、要所にて、使える獣を操りて、身欲と力を叶えさせ、血縁、血族成さしめて、魔釣る仕組みに働かす、ニセのユダヤを創りたり。我が力を持ちあれば、地位も名誉も即ザマに、与うも奪うも自在なり。自ら望みて入り来たる、身欲固まる獣達も、余す所も無き程に、縦横無尽に配したり。いずれ元々獣なれば、生かすも殺すも獣達の、忠誠次第で決めるなり。心惑わす業持ちて、ケガレ逆巻く悪しき世に、させるが獣の仕事なり。獣を使うて獣潰すケガレを払う仕組みなり』
彼の者共の心底解かりたか。見通す力の目いうは、何でも見通す目の事ぞ。第三の目の事じゃ。しかあれ、そは知恵の目なり、真釣り無く開かれるは魔眼と成るなり。蛇の登り切りた姿なり。蛇の精一杯の姿にござるよ。しかあれこれにて寸止まりでござる、真釣り無き知恵は枝なり葉なり。カミカエラねば自ら持ち行けぬサダメであるよ。
魔釣りの経綸申すものは、自らの神を迎えて千年王国を創ろうと、神に仇成す汝等に、身欲のエサをちらつかせ、汝等の心を曇り曇らせ、獣の心と鳴り成らせ、生くる総ての神の糸を彼の者共が支配して、逆らう事の出来ぬ様に致しておいて一挙に汝等の首根っこを押さえる仕組みが、魔釣りの経綸の表の意味でござるのぞ。こがイシヤの仕組みでござるよ。大き仕組みをいと易く、知らせ伝え申したなれど、魔釣る仕組みは汝等の、日々生くる事どもに裏に表に綾なして、魔釣りた糸を引かせある、知らぬは汝ばかりでござるのぞ。何でもかんでも楽なミチには気を付けなされよ。心が獣に成りて来るぞよ。苦を避けむ甘き心が危ういぞ。しかあれ、この世に悪生ぜねば、発動致さぬ仕組みでありたを忘れて下さるなよ。
マコトに綾なす仕組みにて、細かき仕組みは数知れず、ど偉い仕組みも控えて居りて、人知で取るは適わぬ事であるなれど、この方は総て知りて居る由に汝等は皆々この方の申したことどもを、守り行じて下されて、安心致して見てるが善いぞ。この方の申したことどもを、守り行じて下さらねば、ケガレを払うお仕組みに巻き込まれてしまうから申して居るのぞ。汝等ご自身が清まらねば、仕組み知ろうが知るまいが、汝自身が危ういと申し知らせてあろうがな。今今は残りた時が無い由にくどういうて居るのじゃ。清まり、清まりスミキリて下されよ。
今今の世申すは、『蛇の火』が心の宮を奪う事に必死になりて居りて、悪の教えを良き事の様に、どうあってもだまし通すお積もりで、魔釣りの道具を総て使うて、金漬け物漬け色漬けの欲漬けに致して、汝等の身欲を精一杯煽るだけ煽りて来るから、陽気な心の持ち様でありたなら危ういぞ。『蛇』は『蛇』じゃ。『蛇』と成して型示しあるは、どこまで行きても『蛇』であるは解かりて居ろうに《我欲》のご都合で真釣りの基を崩すから、遂には仇成すものまで信じる様に成りてしもうのじゃ。魔釣りばかり上手に成りてしもうてどうするお積もりじゃ。
真釣りた火のご霊統と、真釣りて無い火のご霊統を取り違え居りては、大失態をやらかすぞ。真釣りた火のご霊統申すは、竜体にて現れなさる生き通しの元つ大神様のご霊統にござる。真釣りて無い火のご霊統申すは、蛇の体にて現れなさる知恵の神のご霊統でござるよ。竜と蛇とをハキリ、タテワケ成さらいで居りてはマコトは見えんぞ。汝等の申す邪竜いうは、蛇の化かした姿にてあるから、何時までも化かされて居るのでないぞ。竜は天降りてハラに【マコト】を開く成り。草薙の剣と申すなり。蛇は底より上り来たりてアタマに『分かつ知の目』を開く成り。魔眼と申すなり。こ度は竜と蛇との戦ぞ。ハラとアタマの戦いでござるよ。
人民様には未だマコトが解からんから、せっせと蛇の道を開く努力を成されて居るが、どんな事に成りても神はもう知らんぞ。汝の底に封印せしものを、自ら解き放つのであるから、この方は知らんと申して居るのぞ。どんな辛い行にも堪えスミキリたマコトの者が成さるのであれば、この方が特と見届けて、ご霊統のご竜神にお出まし願いて、汝のハラに天降り行き、汝のマコトを開き行きて、万古末代守護なさる、草薙の剣を渡すなり。こは真釣る至誠の神宝にござるのぞ。
神宝を持ちて蛇の封印を解き真釣るが、こ度の事に関わりて大事な事でありたなれど、取れる人民様居ない程に、蛇の道ばかりどんどん開いてしもうて、一挙に事を成さねば鳴らぬ時節に至りて、一挙に汝等皆々に、草薙の剣をお渡し致さねば鳴らぬ様に成りてしもうたが、世界は蛇の道が九分九厘開かれありてしもうて、日本の中にもどぷり蛇の力に魅入られ居る人民様数多居るから、授かる草薙の剣で、苦しさの余り自ら払う酷き有り様が見えるによりて、気の毒で、この方は見るのがいやであるぞ。今今に獣から人に早う戻りて下されよ。時は無いのぞ。
草薙の剣いうは火土水(ヒトミ)の事であるぞ。一二三(ヒフミ)の火土水(ヒトミ)の事であるぞ。真言の事であるぞ。息吹合うた言魂の事であるぞ。生く言魂の事にござる。マコトを申すのでござるよ。余りにケガレた身魂のままである者に取りては、一挙に一回でマコトをハラに据えられては、生くるも成らず、死ぬも成らず、苦しみの余り改心致すも底の見えてる改心由、それも成らず。悶え暴れ狂いて、しまいには自らの頭を、自らが潰す末路と成り果てしもうのぞ。
蛇はアタマを潰さねば死なぬと同じ道理でござるよ。神、頼むぞ。汝はこう成りては下さるなよ。末代地獄で暮らす事に成りてしもうぞ。二度とヒノモトのお土踏めん様な恥ずかしきザマと成りてしもうから、よくよくに注意して置くぞ。
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