Novalis/Sommerabend
ノヴァリス/過ぎ去りし夏の幻影
1976年リリース
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よりカラフルかつドラマティックに洗練された
ドイツシンフォニックロックの代表作
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18世紀のドイツロマン派詩人で小説家の名を冠したプログレッシヴロックグループ、ノヴァリスのサードアルバム。そのアルバムは叙情的で聴き手に安らぎを与える正統派ともいえるシンフォニックサウンドとなっており、また、ドイツ出身ならではの詩情をたたえたメロディが今なお根強い人気を誇っている。前作で確立した大作志向とクラシカルな曲調を引き継ぎつつ、よりカラフルかつ洗練されたアンサンブルに仕上がっており、グループの最高傑作となった1枚である。
ノヴァリスの歴史は、ベーシストのへイノ・シュンツェルとギタリストのハンス=ユルゲン・リューデッケ、ヴォーカリスト兼ギタリストのユルゲン・ヴェンツェルの3人が、1971年初頭のとある新聞広告を出したところから始まる。シュンツェルとリューデッケの2人は、かつてマーキスというグループで演奏していたが、常に当時のチャートの曲を再生することにうんざりし、独自の音楽を目指すために新しいグループを結成することにしたという。2人はマーキスで演奏しながら同じ考えを持つ人を探していた時、1971年の秋にヴォーカリストのユルゲン・ヴェンツェルに出会っている。ヴェンツェルの薦めでハンブルクのハンバーガー・アーベンブラット紙を利用してメンバー募集の広告を出したところ、1970年頃からグリーンライトというグループに所属していたドラマーのハートヴィッヒ・ビエナイヒェルと、ジャズロックグループのカプリコーンに所属していたキーボーディストのルッツ・ラーンが応募してくる。ドラマーのビエナイヒェルは、当時高価だったルートヴィッヒのドラムキットを所有しており、キーボーディストのラーンも巨大なハモンドオルガンを所有しており、短いオーディションが行われたのちに合格している。ギタリストのハンス=ユルゲン・リューデッケは、メンバーが揃ったのを機にグループから離れて独自の道に進んでいる。残った4人はリハーサルを行い、このメンバーで新たにノヴァリスというグループ名で活動を開始する。グループのコンセプトが「ロマン派ロック」だったため、18世紀のドイツのロマン主義の詩人であるノヴァリスからその名を採ったとされている。結成当初はジャズロックに加えて、ジョン・メイオールやサンタナ、ジミ・ヘンドリックスなどの有名なアーティストのカヴァーを演奏していたが、英国のピンク・フロイドやキング・クリムゾン、エマーソン・レイク&パーマー、そしてオランダのエクセプションに衝撃を受け、オリジナル曲を作り始めている。
1972年の春に4人はドイツのロックグループであるクラビンケルの前座としてハンバーガー・ファブリックに初出演する。この時、偶然に観客として聴いていた元イカルスのヨーヘン・ペーターセンが彼らの音楽を気に入り、当時新鋭のレーベルだったブレインに紹介して自らプロデューサーを申し入れたという。こうした縁から1973年春にデビューアルバムである『Banished Bridge(夢のかけ橋)』がリリースされる。アルバムはまるでピンク・フロイドを模倣したようなサウンドであり、すべて英語で歌われたため、ドイツ国内ではあまり認知されることはなかったという。この時、ユルゲン・ヴェンツェルがギター兼ヴォーカルという異質の編成だったため、歌唱法に問題があり、アコースティックギターをたしなむ程度しか使われなかったという課題があったとされている。アルバム発表後のノヴァリスは国内でエマージェンシーやジェーンといったグループとツアーを行い、改めてギタリストの必要性を感じてデートレフ・ヨブという新たなギタリストを迎えている。次のアルバム制作に取り掛かる時、プロデューサーだったヨーヘン・ペーターセンは、ランディ・パイのメンバーとなったために忙しくなり、代わりにエイヒム・ライヒェルが担当する。また、アルバムレコーディング前にトゥモロウズ・ギフトのギタリストだったカルロ・カルジェスがノヴァリスの正式なギタリスト兼歌詞担当として加わり、初期メンバーだったユルゲン・ヴェンツェルが解雇されてしまう事態に発展する。ヴェンツェルは最後まで英語歌詞にこだわったためだと言われているが、ヴォーカリストとしての実力が乏しかったとされている。こうしてリードヴォーカルはベーシストのハイノ・シュンツェルが担当し、ツインギターを含む5人でレコーディングを開始する。デビューアルバム時から抱えていた問題点を解消し、苦労の末ようやく2年越しとなったセカンドアルバム『ノヴァリス(銀河飛行)』が1975年にリリースされる。アルバム名は出直しするかのようにグループ名と同じ『ノヴァリス』となり、ドイツ国内で初めて注目された作品となっている。しかし、アルバムリリース後、ギタリストのカルロ・カルジェスは脱退してデスペラードに移籍。その後、1983年にはネーナというグループで大成功を収めることになる。メンバーは再度4人となったが、1975年に全米ツアーを行い、約80回のコンサートを行っている。次のアルバムを制作をする際、プロデューサーのエイヒム・ライヒェルはヘイノとデトレフにヴォーカルのパートを引き継ぐよう説得。こうして半年に及ぶレコーディングは終了し、1976年にサードアルバムとなる『過ぎ去りし夏の幻影』がリリースされることになる。そのアルバムは歌詞の一部にグループ名の由来となった詩人ノヴァリスの詩が初めて引用され、美しいアコースティックギターのアルペジオ、泣きのエレキギター、クラシカルなキーボート、堅実で安定したリズムセクションによるドラマティックな展開が素晴らしく、正統なシンフォニックプログレともいえる傑作となった1枚である。
★曲目★
01.Aufbruch(出発)
02.Wunderschätze(不思議な宝物)
03.Sommerabend(夏の組曲)
a.Wetterleuchten(暗雲)
b.Am Strand(浜辺で)
c.Der Traum(夢)
d.Ein Neuer Tag(新しい陽光)
e.Ins Licht(光の中で)
アルバムの1曲目の『出発』は、ルッツ・ラーンのエレクトリックピアノを中心とした多彩なキーボードとヘヴィなギターによるイントロから始まり、テーマを奏でるギターと力強いドラミングと共にダイナミックな展開となるインストゥメンタル曲。スペイシーな電子音が響くものの明確にロック的な方向性を提示しており、曲の中でギターとキーボードが交互に漂うような変化に富んだ内容になっている。2曲目の『不思議な宝物』は、デートレフ・ヨブによって編集された詩人ノヴァリスの詩が使用された楽曲。アコースティックギターによる美しいアルペジオと優しいメロトロンをバックにしたヴォーカルパートと、オルガンとギターによるソロ展開があるインストパートに分かれている。中盤からのクラシカルなオルガンと哀愁のギターのアンサンブルは鳥肌が立つほど素晴らしく、後半ではテンポがアップするビエナイヒェルのスタッカートのようなドラム演奏が刺激的である。10分を越える楽曲だが、アレンジと構成美に優れた内容から、後にライヴでは人気の曲の1つとなっている。3曲目のタイトル曲である『夏の組曲』は、5つのパートからなるレコードのB面を利用した大曲。『暗雲』は物憂げなメロトロンに似たシンセサイザーとギターが中心となったイントロとなっている。『浜辺で』はアコースティックギターのストロークと温かみのあるシンセサイザーを中心にした楽曲。コオロギの鳴き声やカエルの静かな鳴き声、そして穏やかな波など電子的に生成された音があるのが特徴である。『夢』は抒情的なヴォーカルとシンフォニックなシンセサイザーが響き渡った曲になっており、『新しい陽光』で曲調が変わり、ザ・フーのピンボール・ウィザードを思い出させる力強いビート曲となっている。タイトル通り太陽を浴びたような心地よさを印象付けているようである。『光の中で』は分厚いオルガンとギターによるヴォーカル曲となり、後半にはスペイシー音と共に雄大なシンフォニック曲となって静かに終えている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、メルヘン的でロマンティックさが強かった前作よりも明確にロックの方向性を提示しており、キーボードとギターによるハードな展開を魅せているのが大きな特徴だろう。それでもロマンティックな空気感が漂うのはドイツならではの普遍的なメロディにあり、それがヨーロッパや日本といったシンフォニックプログレのファンに愛される所以なのかも知れない。
本アルバムはドイツ国内で高く評価され、初めて全国的にグループが知れ渡るようになったという。売り上げも好調で10万枚を越え、ヨーロッパ中にもその名が広がったとされている。ハンバーガー・モルゲンポストによると、その年のドイツの最高のグループとして、クラフトワーク、カンに次ぐ3位となっている。ラジオで放送しにくい長大なプログレッシヴロックとしては異例であり、後にグループはラジオ用にアレンジした楽曲を作り、さらに人気を高めたという。1976年半ばにメンバーは新しいヴォーカリストを広告に出し、それに反応したのがオーストリアのヴェルス出身のフレッド・ミュールベックである。彼はすでに母国で複数のハードロックグループのメンバーを歴任してきたが、1973年にリューベックに来て、そこで様々なグループに加入してはフォークのソリストとして活動してきたという。メンバーは彼といくつかの曲をリハーサルした時、その独特の声や歌い方、ギターの弾き方に興味を持ち、ヴォーカル兼ギタリストとして正式に迎え入れたという。1977年には初のライヴアルバム『Konzerte(Live!)』がリリースされ、フレッド・ミュールベックのステージ上のカリスマ性が改めて認識されたアルバムとなっている。同年には4枚目のアルバム『Brandung(創世記)』、1978年には5枚目のアルバム『Vielleicht Bist Du Ein Clown?』と立て続けにリリースし、アルバムの売り上げやコンサートも成功していたことで順風満帆だったという。その後は所属レーベルをブレインからテレフンケン傘下のアホーン・レーベルに移し、1979年に『Flossenengel(凍てついた天使)』や1980年に『Augenblicke(時の交差)』を発表。レーベル移籍後は多少ポップなサウンドになってしまったが、他のグループとは違ってその繊細で暖かなサウンドはやはりノヴァリスならではのサウンドといっても過言では無いだろう。その後もアルバムをリリースし続け、1985年までに11枚のアルバムを出していたノヴァリスだが、パンク/ニューウェーヴの到来によって自然消滅的に解散していくことになる。彼らの最終アルバムは『Nach Uns Die Flut(アフター・アス・ザ・フラッド)』であったという。キーボーディストだったルッツ・ラーンはその後、ハンブルクでサウンド・ファクトリー・スタジオを経営しており、ドラマーだったハートヴィッヒ・ビエナイヒェルはメトロノームレコードの制作マンを経て、ドイツのNDRテレビで働いている。本作でギタリストだったカルロ・カルジェスは、1980年代に全世界を席巻したネーナのメンバーとして活躍していたが、残念ながら2001年にこの世を去っている。
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皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はドイツのシンフォニックプログレの代表格であるノヴァリスのサードアルバム『過ぎ去りし夏の幻影』を紹介しました。ノヴァリスはセカンドアルバム『銀河飛行』に次ぐ2枚目のレビューとなります。ノヴァリスはドイツの数あるプログレッシヴロックグループの中でも、とりわけ早く聴いたグループで、一番最初に聴いたのが4枚目のアルバム『Brandung(創世記)』です。この時にヴォーカル兼ギタリストとしてフレッド・ミュールベックが初めて加入したスタジオアルバムでしたが、ジャケットアートの美しさに惹かれたのが最大の理由でした。本アルバムも次に購入したアルバムですが、やはり淡い色彩のアートワークに惹かれて聴いたものです。タイトルの「Sommerabend」はドイツ語であり、直訳すると「夏の夜」になるらしいのですが、何よりも『過ぎ去りし夏の幻影』という邦題がとても的を得ている感じがします。本アルバムもそのジャケットの絵とタイトルが物語るような叙情的でクラシカルなシンフォニックサウンドになっていまして、ルッツ・ラーンの幻想的なキーボードと哀愁のギターが交錯するドラマティックな内容になっています。電子音を含めたクラウトロックらしいサイケデリックな要素もありますが、やはりノヴァリスならではの世界観があると感じてしまいます。改めて聴いてみると避暑地としての夏の終わりを告げているというより、どちらかというと夏の幻影をいつまでも追い続けようとする情感的なイメージが付きまといます。それだけ彼らの歌詞とメロディには聴く人を惹き付けるものがあります。
「蝶の笑い声を聞いた人は、雲の味を知っています。彼は恐怖に邪魔されることなく、月明かりの下で夜を発見するだろう」と、こんなロマンティックな歌詞がノヴァリスにあり、詩的な歌詞とロックミュージックが相反するものではないことを当時の音楽評論家が高く評していました。そんな歌詞が生まれたのは、ノヴァリスというペンネームで知られるドイツの詩人で初期ロマン派のゲオルク・フリードリヒ・フィリップ・フライヘル・フォン・ハルデンベルク(1772-1801)の影響によるものです。彼らはノヴァリスの詩を引用するだけではなく音楽に乗せる方法を知っていて、自身の中にある叙情的な言葉を歌詞にしたことで当時のドイツのロックシーンでとりわけ注目されていたようです。とはいってもグループ結成時は、たまたまカルロは読んだという詩人ノヴァリスの名前を持ち出したのがグループ名のきっかけであって、メンバー全員がこの詩人の名前を知っていたが、これまで彼の作品を読んだ人は1人もいなかったと言います。彼らは『青い花』というタイトルしか知らなかったようで、それがセカンドアルバム『銀河飛行』のジャケットアートに表されています。本アルバムではノヴァリスの詩を初めて一部引用されていて、また、その情感的で繊細な歌詞が一層強くなったのも本作品からです。ドイツだけではなく日本でも特に女性からも人気が高いのは、こういったロックミュージックでありながら詩的な側面があるからだと思っています。そういえば、ノヴァリスが来日公演を果たしていないのにも関わらず、ギタリストのデートレフ・ヨブがファンだったという日本人女性と結婚したのは有名な話ですね。
本アルバムはドイツで最も叙情的なサウンドを聴かせるシンフォニックロックの傑作です。クラシカルでありながら、よりカラフルかつドラマティックで洗練されたアンサンブルをぜひ、聴いてほしいです。
それではまたっ!