古今東西プログレレビュー垂れ流し

古今東西プログレレビュー垂れ流し

ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

フラメン・ディアリス Symptome Dei アルバムアート

Flamen Dialis/Symptome-Dei
フラメン・ディアリス/シンプトム・ダイ
1979年リリース

メロトロンを大胆にフィーチャーした
アヴァン系電子プログレッシヴロックの逸品

 キーボード奏者兼ドラマーのディディエ・ル・ガリックによって結成されたフランスのプログレッシヴロックグループ、フラメン・ディアリスが1979年に発表した唯一作。そのアルバムはクラウトロックに影響を受けた反復的なメロディの中にメロトロンと弦楽器をフィーチャーしたシリアスでダークなシンフォニックロックとなっており、電子音を用いたアヴァンギャルド・ロックの即興演奏における重要な作品とされている。25年後の2004年にCD化を果たしているが、プログレファンからはメロトロンを多用したスペイシーなマグマと呼ばれており、現在高く評価されている。

 フラメン・ディアリスはマルチ楽器奏者のディディエ・ル・ガリックによって、1976年にフランスのブルターニュで結成されたグループである。ディディエ・ル・ガリックは1971年に英国に渡り、イェクタ・プラス・バンドというグループに所属し、ドラマーとして演奏していたという。しかし、シングルをリリースしたものの成功することなく、彼は1975年にフランスに帰国。ガリックは翌年の1976年にL・ル・クレック(ヴォーカル、ハーモニカ)とB・B・レルグアック(ヴォーカル)、ティエリー・タンギー(ピアノ)と共に、古代ローマの神ユピテル(ジュピター)に仕える最高位の祭司の名をグループ名にしたフラメン・ディアリスを結成する。この時、彼の脳裏には電子音楽の原理に基づきながらもフォークの要素を取り入れ、実験的でスペイシーなプログレッシヴロックを目指そうと考えたという。このカルテットは1978年にアイリススタジオで録音したシングル『Découverte(発見)』をリリースしている。このシングル曲で手応えを感じた彼はラインナップを拡大し、弟のイヴ・ル・ガリック(キーボード、ヴォーカル)、A・エルヌーフ(フルート、ヴォーカル)、M・ル・ソート(ギター)、ジャン=ジャック・クレン(ヴォーカル)も参加。アルバムの楽曲はガリック兄弟が作曲し、イヴ・ル・ガリックはレコーディングプロデューサーも請け負ったという。こうしてFLVM(自主レーベル)から、1979年にデビューアルバム『シンプトム・ダイ』がリリースされる。そのアルバムはアナログシンセサイザーに加えてメロトロンを多用し、さらに、アコースティックギターとフルートの存在によって、シンセサイザーのスペーシーさと古風な管楽器によるノスタルジックさが融合した独特のサウンドとなっている。

★曲目★
01.Dernière Croisade(最期の十字軍)
02.La Sanctuaire D'argile(粘土の聖書)
03.Dédale Vert Du Retour(帰還への緑の迷宮)
04.Illusion(錯覚)
05.Méandres Envoutés(まわりくどい呪文)
06.Eclosion(孵化)
07.Labyrinthe Pourpre De La Connaissance(認識への紫の迷宮)
08.Arc En Lumière(光のアーチ)
09.Renaissance(再生)
10.Le Village Du Dimanche Matin(日曜日の朝の村)
11.Eclats(破片)

 アルバムの1曲目の『最期の十字軍』は、奇妙な電子音上でアラビアの影響を受けた素晴らしいアコースティックギターの音色とメロトロンが鳴り響いた楽曲。ギターという弦楽器が加わっている点で、クラウトロックにある機械的な電子音で渦巻くようなサウンドではないことが分かる。2曲目の『粘土の聖書』は、最初の2分間に不気味なチャントが入っており、キーボードによる古代の儀式ともいえるサウンドになっている。神秘的なギターの音色と南国的なパーカッションが異国情緒を誘う。3曲目の『帰還への緑の迷宮』は、フルートとアコースティックギターによる牧歌的なサウンドスケープが広がる楽曲。単調なメロディだが、妙な没入感のあるサウンドである。4曲目の『錯覚』は、まるで古楽器を利用した不協和音のようなサウンドになっており、不気味な世界観を創生している。5曲目の『まわりくどい呪文』は、風のような効果音の中で様々なシンセボイスを組み合わせた楽曲。ムーディーでありながらやや暗く、非常に内省的な曲である。6曲目の『孵化』は、荘厳なメロトロンとキーボードによるサウンドスケープとなっている。7曲目の『認識への紫の迷宮』は、重苦しいベース音と沈むようなフルートの音色が印象的である。後半ではドラムソロと反復的なベース、会話形式のシンセボイスが堪能できる。8曲目の『光のアーチ』は、メロトロンとビブラフォンを中心とした楽曲。反復的でありながらメロディアスであり、陶酔的な雰囲気を創生している。9曲目の『再生』はベースと2つのメロトロンを中心としたゆったりとした楽曲に、早いテンポのリズムセクションが加味されている。10曲目の『日曜日の朝の村』は、メロトロンを使ったアップテンポな楽曲。非常に短い曲ながらポップなメロディに満ち溢れている。11曲目の『破片』は様々な楽器が渦巻いており、不協和音と混沌に満ちた楽曲。ピアノやドラミングを中心とした即興性のある内容になっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、古代ローマやエジプトの時代にタイムスリップしたかのような抽象的で心に残るサウンドスケープを基調とした、実験的なエレクトロニック・プログレッシヴロックである。そこにアコースティックギターとフルートによって牧歌的な雰囲気に強化され、シンセサイザーのスペーシーな動きと古風な管楽器のノスタルジックなサウンドが見事に融合している。

 アルバムは1979年というプログレッシヴな音楽が淘汰されつつあった年であり、また、自主レーベルであったこともあってプレスした枚数も少なく、すぐに廃盤となったという。元々、フラメン・ディアリスはディディエ・ル・ガリックにとってプロジェクト的な意味合いの強いグループだったこともあり、アルバムリリース後にグループは解散。メンバーはそれぞれ自分の音楽の道に進んだと思われる。ディディエ・ル・ガリックはその後、マルチミュージシャン兼スタジオプロデューサーとして活躍し、表舞台に姿を見せなくなったという。彼らが再度脚光を浴びることになるのは、埋もれたプログレッシヴミュージックのリリースに特化したイスラエルのMIOレコードと日本のマーキー・インコーポレイティドから、2004年にCD再発盤がリリースされたことだろう。そんな2000年代のプログレグループへの関心が再び高まる中、何と2009年にディディエ・ル・ガリックによってフラメン・ディアリスが再結成。2012年にセカンドアルバムにあたる『トランスフォーメーション』がリリースされる。そのアルバムはル・ガリック1人で作詞作曲、演奏を行っており、本作と同じように催眠的なポストロック風の反復と対位法的な要素を巧みに組み合わせた手法を用いながらも多様な展開を見せている。また、ル・ガリックは2017年にもサードアルバム『ドキトー・ラスベガス』を発表しており、現在でも陶酔感あふれる曲作りに邁進しているという。

フラメン・ディアリスのシンプトム・ダイ ジャケットフラメン・ディアリス:アヴァンギャルド電子プログレディディエ・ル・ガリック、フラメン・ディアリスのポートレートディディエ・ル・ガリック:フラメン・ディアリスの肖像

 

フラメン・ディアリス Symptome-Dei ジャケット

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はマルチミュージシャンであるディディエ・ル・ガリックを中心に結成されたフランスのプログレッシヴロックグループ、フラメン・ディアリスのデビューアルバム『シンプトム・ダイ』を紹介しました。グループ名のフラメン・ディアリスとは、古代ローマの神ユピテル(ジュピター)に仕えていた最高位の祭司であり、彼は金属に触れることや馬に乗ること、そして死体を見ることなど、様々なことを禁じられた非常に制約の多い人物として知られています。そのため、フラメン・ディアリスは絶対的な純粋さと自由という属性を持った雷と王権を操る天上の神に仕えていることを示したとされています。この「ジュピターの司祭の交響曲」とも呼ばれる本アルバムは、先進的なサウンドと古代の儀式を融合させた実験的な作品になっています。それは、ル・ガリックが当時述べたように「音符は時代を超越し、最終的に色とりどりの泡が音の混沌の中で融合」するアヴァンギャルドなエレクトロニック・プログレッシヴ・ミュージックだそうです。これがフラメン・ディアリスがメロトロンを多用したスペイシーなマグマと呼ばれる所以になっています。

 さて、本アルバムはフルートやヴィブラフォン、メロトロンがアルバム全体にささやくように響き渡りますが、とうの昔に忘れ去った時代のリズム、動きといった古代からインスピレーションを得た作品になっています。プログレッシヴロックを出発点とし、どこかアマチュア的な雰囲気を漂わせつつ、奇妙なサイケデリックな世界観を創り出しながらサウンドの重厚さを際立たせています。それは映画的でありながらも生々しく、反復的な要素は1970年代初頭のドイツのクラウトロックシーンの実験精神を彷彿とさせます。この驚くほどユニークなアルバムは急遽集められたミュージシャンたちとわずか2日間でグループを結成し、テープ操作やその他のスタジオ技術を駆使してサウンドと構成を作り上げながらアルバム全曲をレコーディングしています。たった1枚のアルバムで解散してしまいますが、ディディエ・ル・ガリックが表現した音世界は、当時理解されにくかったとしか言いようがありません。クラウス・シュルツェの宇宙的な世界観、もしくはユニヴェル・ゼロの不気味な陰鬱さと破滅感、マグマのようなリズミカルな推進力が好きな人にオススメの作品です。

それではまたっ!
 

オパス・アヴァントラ アルバム7つの大罪

Opus Avantra/Lord Cromwell Plays Suite For Seven Vices
オパス・アヴァントラ/クロムウェル卿の奏する7つの大罪の為の組曲
1975年リリース

ジャズ的前衛とバロック音楽を融合させ
唯一無比の空間を構築した名盤

 「前衛(革新)=アヴァンギャルド」と「伝統=トラディショナル」のオペラという言葉をグループ名にしたイタリアのプログレッシヴロックグループ、オパス・アヴァントラのセカンドアルバム。そのアルバムはピューリタン革命で知られるイギリスの政治家、オリヴァー・クロムウェルをテーマにした7つの大罪にまつわる組曲形式のコンセプト作となっており、前作同様に耽美的なバロックの香りと前衛的なジャズ要素が同居する唯一無比の空間を構築したイタリアンプログレの傑作である。ピアノと弦楽器を主体にした組曲をインプロヴィゼーションで展開するなど、その芸術的とも言える高度な技術で支えられた演奏は今なお高く評価されている。

 オパス・アヴァントラは、イタリアの北東部の水の都として有名なヴェネチアを州都とするヴェネト州で結成されたグループである。メンバーの中核は、有名なテノール歌手のマリオ・デル・モナコを祖父に持つ女性ヴォーカリストのドネラ・デル・モナコ、オーケストラの首席ヴァイオリン奏者を務めていた父親を持つピアニストで作曲家のアルフレード・ティゾッコ、そしてグループのコンセプターであり哲学者のジョルジョ・ピゾットの3人である。アルフレード・ティゾッコがドネラ・デル・モナコと出会ったことがグループ結成の始まりだが、彼らはロキシー・ミュージックを脱退したブライアン・イーノの前衛的な音楽との出会いによって、正式にオパス・アヴァントラというグループ名で1973年から活動を開始している。すでにアンビエントなサウンドを作り続けるブライアン・イーノの影響は大きく、自分たちの提唱する伝統的にして革新的な音楽に自信を持ったと言われている。彼らは活動時にプロデューサーにレナート・マレンゴを迎えて、クラシック、ロック、民族音楽、現代音楽、コンテンポラリー・ジャズ、実験音楽などの分野に所属する、様々なゲストミュージシャンとのコラボレーションを重ねている。その中で得たインスピレーションの下、ドネラ・デル・モナコとアルフレード・ティゾッコの2人で曲を作り上げ、そこにジョルジョ・ピゾットがアイデアを入れていく流れでアレンジを加えたという。1974年にはプロデューサーにレナート・マレンゴがデモテープを手にレコード会社に回り、オパス・アヴァントラの実験的なサウンドに興味を持ったトライデント・レーベルと契約を結ぶことに成功する。トライデント・レーベルは、セミラミスやビリエット・ペル・リンフェルノといった独自性の強いプログレッシヴグループの傑作アルバムを世に出してきたレーベルである。こうして彼らはスタジオで数ヵ月をかけてレコーディングを行い、同年にファーストアルバム『オパス・アヴァントラ -ドネラ・デル・モナコ-』、いわゆる『イントロスペツィオーネ』というタイトルでリリースされる。そのアルバムはドネラが子供時代から大人になるまでの旅に基づいたコンセプト作になっており、バロックの香りが漂う伝統と抽象的でありながら偶然ともいえる音楽の革新を内包した、非常に芸術性の高いサウンドとなっている。

 アルバムリリース後、アルフレード・ティゾッコはグルッポ・イタリアーノ・ディ・ダンツァ・リベラの創設者であり振付師のフランカ・デッラ・リベラと出会っている。ティゾッコは音楽における自分たちのように、クラシックとアヴァンギャルドの間を軽やかに踊っているのを見て、ライヴステージでオペラのコンセプトに基づいた振付が必要だと感じたからだという。また、彼はこの頃にピューリタン革命で知られるイギリスの政治家、オリヴァー・クロムウェルをテーマにした7つの大罪にまつわる組曲のアイデアをオペラのために作曲している。フランカが彼のアイデアをとても気に入り、人類の進化をテーマにしたバレエのコンセプトを練り上げたという。しかし、その一方でドネラがヴェネツィア・ビエンナーレのための現代作品制作のため、シャリーノやブッソッティといった現代音楽家たちとのコラボレーションに着手。彼女はセカンドアルバムへの積極的な参加を断念することになる。レコーディング時には代わりにアメリカ人のコーラス隊が参加し、ヴォーカルが変わったためか全編英語の歌詞になっており、難解な楽曲は少なくなっているという。また、ゲストにはリッカルド・ペラーロ(チェロ)、ルチアーノ・タヴェッラ(フルート)、レナート・ザネラ(ギター)、パオロ・シアーニ(パーカッション)、エンリコ・プロフェッショーネ(ヴァイオリン)、ピエレジディオ・シュピラー(ヴァイオリン)が参加している。こうして1974年にセカンドアルバム『クロムウェル卿の奏する7つの大罪の為の組曲』がリリースされる。

★曲目★
01.Flowers On Pride(自惚れに咲く花)
02.Avarice(強欲)
03.Lust(肉欲)
04.My Vice(我が悪徳)
05.Ira(憤怒)
06.Gluttony(暴食)
07.Envy(嫉妬)
08.Sloth(怠惰)
★ボーナストラック★
09.Allemanda(アルマンド)

 アルバムの1曲目の『自惚れに咲く花』は、クラシカルなピアノとティンパニ、フルート、ヴァイオリンによる室内楽に近い楽曲。そこに女性コーラスが含まれており、全体的に優雅なクラシックオペラといった感じである。2曲目の『強欲』は、不協和音のようなピアノとベース音からなる楽曲。激しい疑似ベートーヴェンのようなピアノを経て、ぼやけた無調のシンセサイザーパートとピアノのドローンペダルポイントで両者を融合させている。3曲目の『肉欲』は、美しいピアノソロから始まり、天上のような女性コーラスとフルート、そしてシンセサイザーのアンサンブルとなった楽曲。ゲストのレナート・ザネラのギターが良いアクセントとなっており、全体的にクラシカルながらロック的なアプローチとなっている。4曲目の『我が悪徳』は、1960年代風のアナログシンセサイザーが無調のチェン​​バロパートの背後で滑らかに回転した楽曲。非常に前衛的なサウンドだが、底辺にはクラシックをベースにした伝統的な旋律となっている。5曲目の『憤怒』は、マシンガンの効果音から強力なリズムセクション上で狂気に近いヴァイオリンやフルート音、ギター、ピアノが即興で演奏された楽曲。非常にアヴァンギャルドで実験的な内容になっているが、彼らの卓越した演奏技術で成り立った見事な1曲とも言える。後半には男女コーラスとヴァイオリン、そして荘厳なチャーチオルガンによるオペラチックな展開となっている。6曲目の『暴食』は、美しいシンセサイザーと女性コーラスを中心としたシンフォニックな楽曲。非常に穏やかで夢心地なメロディとなっており、一瞬聴き手を幸せな気分にさせてくれる。7曲目の『嫉妬』は、無調のピアノとリズムセクションからなるスリリングな楽曲。その後、シンセサイザーを加味した変拍子のあるアヴァン系のヘヴィロックとなる。8曲目の『怠惰』は、ピアノとリズムセクション、シンセサイザーによる耽美的な楽曲となっており、最初はまばらでまとまりのないピアノの旋律から、やがて劇的なクラシック音楽へと展開している。ボーナストラックの『アルマンド』は、CD化で追加されたライヴ曲。オリジナルヴォーカリストのドネラ・デル・モナコが歌ったクラシカルで鮮烈な内容になっている。

 本アルバムの曲はヴィチェンツァのテアトロ・オリンピコをはじめ、ヴェローナのフィルハーモニー管弦楽団、ミラノのテアトロ・リッタなどの数々の公演を行っている。そして1975年のラティーナ国際ダンスフェスティバルでラティーナ賞を受賞するなど、大きな成功を収めたという。これをきっかけに、フランカとの共同制作は続き、『オペラ・バッハ』、『オルトレ・イサドラ』、『TICSダンス』などの作品が生まれ、フランカが1999年に早世するまでその友情は続いたという。しかし、このセカンドアルバムをもって、オパス・アヴァントラの活動は一旦終えることになる。1977年と1978年にはミラノのヴィゴレッリ劇場で『1979 il Concerto』を販売している。これは、前日にニューヨークで亡くなったアレアのデメトリオ・ストラトスを救うための資金を集めるためのものだったという。その後、所属していたCramps Recordsが1978年に財政難に陥り、1979年に閉鎖。アルフレード・ティゾッコは、現代バレエのための作品を作ることになり、その後ソロに移行する。ドネラ・デル・モナコは、故郷のヴェネチア周辺の歌曲にスポットを当てた歌曲集をリリースし、イタリアの伝統を歌う活動へと広げていくことになる。メンバーは一度離散したが、14年後の1989年に長い沈黙の後に再度3人が集まり、3枚目のアルバム『ストラータ (大夜想曲)』をリリース。そのアルバムは人の頭脳をテーマとしたクラシック、オペラ、チェンバーロックなどが融合したプログレッシヴロックの傑作となっている。1995年には4枚目のアルバム『リリックス』、2003年には5枚目となる『ヴェネチア・エト・アニマ』をリリースしており、イタリアを中心にライヴ活動も積極的に行っている。3人は定期的にファーストアルバムから再販している日本でのツアーを長い間示唆しており、ルーマニアのブカレストのプレビューの後、2008年4月12日に川崎のCLUB CITTA'で初来日のライヴを実現している。そこにはドネラ・デル・モナコ(ヴォーカル)、アルフレード・ティゾッコ(キーボード)、ジョルジョ・ピゾット(マジスター・テネブララム)、マウロ・ハンマー(フルート)、ヴァレリオ・ガラ(ドラム)のメンバーで、本アルバムの数曲もライヴ演奏したという。

Opus Avantra: Lord Cromwell Suite surreal artOpus Avantraのクロムウェル組曲、バイオリン演奏オパス・アヴァントラ演奏風景、7つの大罪オパス・アヴァントラ:クロムウェル卿の7つの大罪

 

Opus Avantraクロムウェル卿の7つの大罪

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はイタリアンロックの中でも非常に芸術性の高い演奏を繰り広げるオパス・アヴァントラのセカンドアルバム『クロムウェル卿の奏する7つの大罪の為の組曲』を紹介しました。オパス・アヴァントラの紹介はファーストアルバム『イントロスペツィオーネ (内省)』に次いで2枚目となります。タイトルのクロムウェル卿(オリヴァー・クロムウェル)とは17世紀のイングランドの政治家で軍人です。彼は国王の専制に断固として対峙する議会派に立ち、1645年6月14日のネイズビーの戦いで国王軍と戦って勝利し、最終的に国王のチャールズ1世をスコットランドに亡命させています。しかし、クロムウェル死後にチャールズ2世を国王に迎えて王政復古を行うと、彼は反逆者として墓を暴かれ、遺体はタイバーン刑場で絞首刑の後斬首され、首はウェストミンスター・ホールの屋根に四半世紀晒されたといいます。クロムウェルは「王殺し」や「簒奪者」と徹底的に貶められましたが、18世紀に入るとアイザック・キンバーやジョン・バンクスによって見直しが行われ、現在は英雄の1人として再評価されているそうです。それでも多くのイングランドの国民はクロムウェル卿をあまり快く思っていない人が多いと聞きます。

 さて、そんなクロムウェル卿の7つの大罪(傲慢、貪欲、色欲、怒り、暴食、嫉妬、怠惰)をアルフレード・ティゾッコは組曲形式で作曲し、相容れない対立(善と悪、光と闇、前衛と伝統)の解決策を探求したコンセプトアルバムでもあります。主に6つの楽器(キーボード、フルート、ギター、ヴァイオリン、チェロ、パーカッション)とアメリカのコーラス隊からなるアンサンブルとなっていますが、ティゾッコの卓越したピアノやオルガン、シンセサイザーによる奥深い領域を探求する演奏が素晴らしく、その結果、実験的なアヴァンギャルドから伝統的なクラシック音楽まで多岐に渡っています。また、その合間にインプロヴィゼーションによるジャズ的なアプローチもあり、優雅な一面もあればスリリングな一面もあります。大胆で美しく、ところどころ少し型破りなところもありますが、常に美しいピアノから生まれる穏やかな落ち着きを保っており、やはり、1970年代のイタリアらしい音楽の精神に満ちあふれた作品だな~と思っています。

 本アルバムはバロックの伝統とジャズ的な前衛を融合させた独特の様式美を確立した作品です。前作よりもインパクトは欠けますが、非常に芸術性の高いイタリアンロックが堪能できる1枚です。ぜひ、聴いてみてください。

それではまたっ!
 

 

 

コンティニュアム Autumn Grass アルバムアート

Continuum/Autumn Grass
コンティニュアム/オータム・グラス
1971年リリース

クラシック&ジャズを融合させた
チェンバー色の強いアートロックの快作

 ハンガリー出身のマルチ楽器奏者のヨエル・シュワルツが中心となって結成された英国のプログレッシヴロックグループ、コンティニュアムのセカンドアルバム。そのアルバムはハモンドオルガンやサックス、フルート、ピアノ、ギター、そして典型的なリズムセクションを擁したロックの編成でありながら、現代作曲家パトリック・スタンフォードの楽曲『オータム・グラス』を中心に、古典的なクラシック&ジャズを披露したチェンバー色の強いサウンドとなっている。クラシック音楽に精通したミュージシャンたちが、古楽やフォーク、ジャズ、そしてロックを融合させようと試みたプログレッシヴな作品であり、英国的な味わいのある隠れた逸品となっている。

 コンティニュアムは1967年にハンガリー出身のマルチ楽器奏者のヨエル・シュワルツが、オランダで構想したグループである。ヨエルは第二次世界大戦後の幼少期に難民となり、両親と共にオランダやイギリス、フランスに移り住んだ経験を持っている。1960年代初頭、ヨエルはロンドンでプロの画家として10年間作品を発表した後、オランダでクラシックや古楽を学び、ギターやフルート、クラリネットといった楽器を覚えている。ヨエルは画家の道から音楽家の道を選び、最初はヤンという名のチェコ人ギタリストと共に音楽のアイデアを練り上げ、2人は翌年の夏にはアムステルダムのクラブでデュオとして演奏したという。ちなみに「コンティニュアム」というグループ名は、ヨエルがプロとして絵を描いていたロンドンのギャラリーで開催された彼の絵画展のタイトルから採ったものである。その後、ヨエルはイギリスのロンドンに戻り、ヤンはアムステルダムに残ることを決めたため一時解散するが、その後、まもなくヨエルはクラシックギタリストのジョン・ウォーレンと出会い、2人は共通のアイデアを発展させるためにグループを結成することに決めたという。そしてマイク・ハート(コントラバス)、ディック・ワイルドマン(ドラムス)が加わり、新たなグループのラインナップが完成。このプロジェクトはグループの枠組みで正式に始まったが、ヨエルが事実上のリーダーであり、まさに彼の作品でもあったという。1970年にレコード会社のRCAは、ヨエル・シュワルツと契約を結び、同年にセルフタイトルのデビューアルバムをリリースしている。そのアルバムのA面はバッハとヘンデルの音楽による4つの即興演奏で構成されており、B面はメンバーではないリチャード・ハートリーが作曲したバイロン卿の詩作に基づいた4部構成の長編組曲だったという。ヨエルはさらに次の作品で即興演奏に探求したいと考えていたが、メンバーが抵抗したことで、1971年にヨエル以外のメンバーが脱退。その後、ピーター・ビラム(ベース、エレクトリックギター)、ハーヴェイ・トループ(ドラムス)、ティム・ライス(キーボード)を新たに加入させている。ヨエルは現代作曲家パトリック・スタンフォードがこのグループのために特別に作曲した『オータム・グラス』を収録しており、その曲の録音にはファーストアルバムのメンバーたちがゲストとして演奏に加わっている。こうして新たなメンバーと旧メンバーによるセカンドアルバム『オータム・グラス』が1972年にリリースされることになる。

【曲目】
01.Byrd Pavan(バード・パヴァン)
02.Vivaldi Synthesis Two(ヴィヴァルディ・シンセシス2)
03.Overdraft(オーバードラフト)
04.Autumn Grass(オータム・グラス)

 アルバムの1曲目の『バード・パヴァン』は、荘厳なチャーチオルガンと、それに寄り添うフルートによる美しいメロディで幕を開ける楽曲。神聖な雰囲気が漂い、まるで教会で行われる厳粛な宗教行事を彷彿とさせるが、躍動感あふれるハーモニカやサックス、そしてキーボードによる華麗な技巧を駆使したファンキーなジャズフュージョンとなる。曲名から推測するにおそらくジャズ・トランペット奏者のドナルド・バードへのオマージュであり、バードの『アール・オブ・ソールズベリー・パヴァン』とパーセルの『グラウンド・ベースによるアリア』を組み合わせた即興演奏である。2曲目の『ヴィヴァルディ・シンセシス2』は、ヴィヴァルディのギター協奏曲を現代風にアレンジした楽曲。アコースティックギターによる心地よいシンフォニックなシンセストリングスに包まれており、非常にロマンチックな旋律と響きとなっている。3曲目の『オーバードラフト』は11分に及ぶ大曲であり、穏やかなピアノとフルートのナンバーから始まり、その後には素晴らしいジャズセッションへと展開していく。この曲には、サイケデリックなギターソロと活気あふれるキーボードの技巧がフィーチャーされており、その崇高ともいえるサウンドはピアノソロの優しい音色で締めくくられている。4曲目の『オータム・グラス』は、現代作曲家であるパトリック・スタンフォードがこのグループのために特別に作曲したものであり、レコードでいうB面を全て利用した26分に及ぶ大曲である。「儀式的な祈り」と記されたこの曲は、古典的なピアノとコントラバス、チェロ、フルート、ハーモニカ、アコースティックギター、そしてティンパニといった楽器を擁したジャズとクラシック音楽が見事に融合しており、メンバーたちによる巧みなメロディと緻密な即興演奏が織り成したまさにバロック系ジャズロックと呼ぶにふさわしい内容になっている。刺激的なサウンドだが非常に牧歌的な雰囲気が漂っており、演奏者の才能が発揮されているだけではなく遊び心が見え隠れした素晴らしい曲になっている。この曲にはゲストとして脱退したクラシックギタリストのジョン・ウォーレンやパーカッショニストにディック・ワイルドマン、コントラバスにマイク・ハートが参加している。

 本アルバムは前作よりも即興的な演奏が多く、より古典的なクラシック&ジャズを披露したチェンバー色の強いサウンドとなり、多くのクラシック音楽の影響と多様な文化を融合させたアルバムは評論家から高く評価されたという。彼らは前作に続いて英国ツアーを行ったが、より音楽の高みを目指そうとするヨエルの考えに再度メンバーとの緊張が高まり、ヨエルはグループの脱退を決意。それから数ヶ月後、コンティニュアムは解散することになる。リーダーだったヨエル・シュワルツは、セッションミュージシャンとしてテナーサックスを演奏し、サウサンプトン大学で電子工学の修士号を取得。その後、ヘンリー・カウのライヴサウンドを担当し、ツアーにも参加している。また、1980年頃にはサックス奏者のヨシコ・セファーと仕事をし、1987年までライヴサウンドインスタレーション、劇場、コンサート、ツアーなどのデザインを手がけたという。1990年12月にフランスに戻って、サウンドの仕事に携わるようになったが、2015年9月13日にフランスで死去している。本アルバムはリリース以降、しばらく再販が無いまま眠りに就くことになるが、約50年経った2021年に日本のビビット・サウンド、韓国のビッグ・ピンクから初のCD盤がリリースされる。

コンティニュアム オータム・グラス アルバムジャケットコンティニュアム Autumn Grass アルバムアートコンティニュアム Autumn Grass メンバー肖像コンティニュアム Autumn Grass ジャケット写真コンティニュアムAutumnGrass 演奏風景

 

コンティニュアム オータム・グラス アルバムアート

 皆さんこんにちはそしてこんばんはです。今回は2021年に50年ぶりにCDによる再発で少し話題となった英国のプログレッシヴロックグループ、コンティニュアムのセカンドアルバム『オータム・グラス』を紹介しました。グループのリーダーであるヨエル・シュワルツは古典的なクラシックに精通したミュージシャンであり、デビューアルバムではバッハとヘンデルの音楽による4つの即興を演奏しており、後にリチャード・オブライエンとの仕事で最もよく知られる作曲家のリチャード・ハートリーの長編組曲を収録しています。そして本アルバムでも作曲家のパトリック・スタンフォードが作成した26分に及ぶ『オータム・グラス』を演奏&収録しています。パトリック・スタンフォードと言えば、『バレエ組曲:天上の炎』や『クリスマス・キャロル交響曲』、『聖フランシスの祈り』を残した著名な現代作曲家であり、クラシック音楽の影響を受けたコンティニュアムのためにわざわざ書き下ろしたというから驚きです。しかもその大曲を脱退したクラシックギタリストのジョン・ウォーレンを含む旧メンバーと共に演奏、録音したというのがステキ過ぎます。ちなみにジョン・ウォーレンはグループからの脱退を決めた後も、ヨエル・シュワルツとは親交が続いていたそうです。

 さて、そんな本アルバムですが、クラシックと古楽に精通したヨエル・シュワルツ自身が即興という形で応えた、ジャズとクラシックの見事な融合作品と言ってもよいです。1曲目の『バード・パヴァン』はジャズ・トランペット奏者のドナルド・バードのオマージュですが、古典的な「パヴァン」にジャズの要素を加えており、特にライスのオルガン演奏が際立った素晴らしい曲です。2曲目の『ヴィヴァルディ・シンセシス2』はヴィヴァルディの『ギター協奏曲』をシンセサイザーのストリングスでアレンジしたものです。どこかで聴いたことがあるな~と思っていたら、イエスのギタリストであるスティーヴ・ハウの『スティーヴ・ハウ・アルバム』でも演奏されていますね。そしてパトリック・スタンフォードがバンドのために特別に作曲したタイトル曲である『オータム・グラス』は、マイク・ハートのコントラバスやオリンパス・ストリングスのチェロセクションをはじめ、様々なゲストミュージシャンが参加しています。中でもハイライトは曲の中盤あたりで伴奏がまばらなバロック調のメロディを奏でるヨエル・シュワルツのフルートだと思っています。このテーマを基に即興演奏が展開し、次第に増える伴奏の中でフルートによる緊迫感あふれるクレッシェンドへと導きますが、最後にメインテーマによって秩序を取り戻す流れが素晴らしいです。全体を通して前衛的なクラシック音楽をはじめ、ジャズや中世音楽、そして異彩を放ったドラムソロなど、1970年代初頭のプログレッシヴロックの要素をほぼ全て網羅していて、とても緻密なアレンジが施された稀有な作品だと思います。

 本アルバムは古典的なクラシックとジャズの融合を試みた即興性の高いアルバムです。発表当時から今もなお過小評価されていますが、プログレファンにはぜひとも聴いてほしい作品です。

それではまたっ!
 

Aunt Mary アルバムジャケット画像

Aunt Mary/Aunt Mary
アント・メアリー/ファースト
1970年リリース

妖しく彩るフルートとオルガンが冴えた
ノルウェーロック黎明期の名盤

 ポポル・エースやルーファスと並ぶ1970年代のノルウェー産プログレッシヴロックグループ、アント・メアリーのデビューアルバム。そのアルバムは1960年代のサイケデリックロックの残り香を持ちつつ、ジェスロ・タルを彷彿とさせる妖しいフルートやサックス、オルガンを用いたブルース&ジャズ要素のあるサウンドとなっており、北欧らしく親しみやすいメロディが特徴となっている。セカンドアルバムからハードロック寄りのサウンドになるが、本アルバムは彼らにとって最もプログレッシヴな作品であり、ノルウェーロック黎明期の名盤として現在再評価されている。

 アント・メアリーは1969年2月にノルウェーのエストフォルド地方にある都市フレドリクスタッドで結成されたグループである。メンバーは、ヤン・グロート(オルガン、リードヴォーカル)、スヴェイン・グンデルセン(ベース)、ビョルン・クリスティアンセン(ギター)、イヴァン・ラウリッツェン(ドラムス)、ペル・イヴァル・フューレ(フルート、サックス、ハーモニカ)の5人であり、当初はプログレスというグループ名で活動を開始している。彼らはレイ・チャールズとタムラ・モータウンのカヴァー曲をレパートリーとした演奏で、ノルウェーのドラメンにあるカジノで初のコンサートを行っている。しかし、彼らはロックの需要があまりないノルウェーを出て海外に進出しようと決意。最初はフランスのパリを目指そうとしたが、手持ちの資金が少なかったため、デンマークツアーで稼いだお金でパリに行こうとしたという。彼らはデンマークのブッキングエージェントと連絡を取り、ツアー開始予定日の2日前、彼らはコペンハーゲン郊外のベラホイに到着。この時、グループ名をもっとキャッチーな名前にしようと気付き、リトル・リチャードの『ロング・トール・サリー』の冒頭の一節から「アント・メアリー」という名前を選んでいる。彼らは1969年8月にライヴツアーを行い、ツアーを計画したエージェントのステン・ウィズロックは、コペンハーゲンのジョニー・ライマーに連絡を取り、アント・メアリーとレコード契約するよう提案している。彼らはライマーのオーディションを受けて契約を約束されたことでパリへの計画を断念している。

 その後、ステン・ウィズロックが取り付けたイスラエルでの公演を行うために、アント・マリーはバスでテルアビブに向かっている。しかし、テルアビブのエージェントはバスから降りた彼らの長髪と汚れた服を見て衝撃を受けたという。エージェントは彼らを快く思わず、ヒットシングルを大量に渡して、彼らにレパートリーの変更を強要。そして到着から1ヵ月後、彼らは解雇され、約束されていた給料のごく一部を受け取り、帰国を命じられたという。わずかなお金はバスのガソリン代に消え、彼らはほとんど食事も取れないままデンマークのオーデンセに戻っている。その後、ステン・ウィズロックが彼らの滞在場所を知って保護し、オーデンセ郊外のヴィゲルスレウにある古い商人の邸宅に住まわせたという。1970年1月に彼らはジョニー・ライマーからアルバム制作の契約が成立したことを知らされたが、ドラマーのイヴァン・ラウリッツェンが脱退。後任にはケティル・ステンスヴィクが加入することになる。彼らは曲作りのためにノルウェーのフレドリクスタッドに1ヵ月過ごし、その後、デンマークのヴィゲルスレウに戻ってプロデューサーにジョニー・ライマーを迎えてレコーディングを行っている。こうして1970年にデビューアルバム『アント・マリー』が完成し、そのアルバムを聴いたレコード会社のポリドールが大変気に入り、17カ国でリリースすることを決定したという。

★曲目★
01.Whispering Farewell(別れはささやきながら)
02.Did You Notice?(気付いた?)
03.There's A Lot Of Fish In The Sea(海にはたくさんの魚が)
04.I Do And I Did(今までのまま)
05.47 Steps(47のステップ)
06.Rome Wasn't Built In One Day(ローマは一日にして成らず)
07.Come In(カム・イン)
08.Why Don't You Try Yourself(自分で試してみれば?)
09.The Ball(ザ・ボール)
10.All My Sympathy For Lily(リリーへのあわれみ)
11.Yes, By Now I've Reached The End(ああ、もう終わった)

 アルバムの1曲目の『別れはささやきながら』は、英国ロックの影響を受けたブルージーなサウンドに妖しいフルートの音色を織り交ぜた楽曲。ギターはややサイケデリックな傾向が見られ、意外とベースを中心としたリズムセクションが重厚である。2曲目の『気付いた?』は、ピアノやギター、フルートによるメロディアスなポップ曲。1分20秒辺りから、突然サックスとオルガンを交えたヘヴィな展開になるなど奇妙なパターンがある。3曲目の『海にはたくさんの魚が』は、パワフルなリズムセクション上でヘヴィなギターリフが特徴的なブルース曲。ギタリスト兼ヴォーカリストのビョルン・クリスチャンセンは、まるでジョー・コッカーを思わせる歌声を持っている。4曲目の『今までのまま』は、フルートをリードとしたムーディーなジャズブルース曲。途中から素晴らしいストリングスが響き、さらに抒情的なギターとフルートのソロが待っている。5曲目の『47のステップ』は、ホーンセクションとオルガン、そしてコーラスによる、まるでブラッド・スウェット&ティアーズを彷彿とさせるような自由奔放なポップソング。後半にはヤン・グロートのオルガンソロがあり、意外と楽しい楽曲になっている。6曲目の『ローマは一日にして成らず』は、ヴォーカルハーモニーとサイケデリックなギター、そして存在感のあるサックスが特徴の楽曲。まるでザ・バーズやクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングのようなスタイルであり、彼らが1960年代から1970年代の過渡期にあるグループであることが良く分かる。7曲目の『カム・イン』は、ピアノやハモンドオルガン、ストリングスをバックにしたヴォーカル曲。ホーンセクションもあり、初期のシカゴが持っていたジャズサウンドに近い。8曲目の『自分で試してみれば?』は、荘厳なハモンドオルガンとアコースティカルなギターによるフォーキーな楽曲。非常に即興的であり、まるでスタジオでジャムセッションが行われたかのような曲である。9曲目の『ザ・ボール』は、オルガンとフルートによるクラシカルな楽曲。ヴォーカルと音楽があまり合っていないものの、まるでオランダのエクセプションを彷彿とさせるオルガンによるバッハの解釈を試みているようでもある。10曲目の『リリーへのあわれみ』は、メロウなオルガンとサックスによるブルース曲。後半はオルガンとギターによるヘヴィなアンサンブルとなる。11曲目の『ああ、もう終わった』は、素晴らしいオルガンの響きとサックスによるプログレッシヴな楽曲。まるでヴォーカルは陰鬱な雰囲気を醸し出そうとするノルウェー版ジム・モリソンのようである。

 アルバムリリース後、彼らはデンマークでライヴを行ったことも貢献して、アルバムは4月にはドイツのハンブルクのトップ10に2週間連続で返り咲いたという。この頃、彼らの音楽はよりヘヴィな方向へと進化しており、サックス兼フルート奏者のペル・イヴァル・フューレは、もはやグループに貢献できるものは何もないと感じて脱退を発表。その後、4人となった彼らはノルウェー全土を巡る初のツアーを開始している。ツアーは大成功を収め、評論家たちはこぞって絶賛し、アント・メアリーはノルウェー史上最高のロックグループと称されたという。この人気ぶりを象徴する出来事として、1971年の夏に彼らはデンマークのオーデンセで演奏するディープ・パープルのサポートアクトとして招かれ、さらにジェスロ・タルのツアーに3日間同行している。その年にはロリー・ギャラガーとのコンサートが2回、テン・イヤーズ・アフターとのコンサートが1回、マディ・ウォーターズとのコンサートが2回行われ、すべてアント・マリーが同行したという。彼らはジョニー・ライマーの提案でマーヴィン・ゲイの『エイブラハム、マーティン・アンド・ジョン』をロックバージョンにして、登場人物の名前を最近亡くなったジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ブライアン・ジョーンズに置き換えたシングルを発表。このシングルは大ヒットとなったが、登場人物が麻薬と関連付けられているという理由でイギリスのBBCでは放送を拒否したというエピソードが残っている。1972年にはノルウェーで新曲『ロザリンド』がレコーディングされたが、オルガン奏者兼リードヴォーカルのヤン・グロートが脱退。代わりのキーボード奏者にベングト・イェンセンが加入し、ギタリストのビョルン・クリスティアンセンを新たにリードヴォーカルとしている。セカンドアルバム『ローデッド』を発表し、よりヘヴィになった彼らのサウンドは新たなファンを獲得したが、ヤンの脱退は一部の古くからのファンを失望させたという。それでも3枚目のアルバム『ヤヌス』は、自分たちの音楽をさらに高みへと押し上げたいと考え、前作よりもプログレッシヴロック色を強めた作品に仕上げようとしたという。しかし、スタジオに入った彼らは、ツアー生活にすっかり疲れ果てており、アルバムを制作とリリースツアーを行った後に解散することを決めたという。1973年にノルウェーのトロムソで行われた最後のライヴをもって解散をしたが、1974年にスヴェイン・グンダーセン、ビョルン・クリスチャンセン、ケティル・ステンスヴィクからなるトリオとして再結成コンサートを行っている。そして1981年には故郷であるノルウェーのフレドリクスタッドにあるホーク・クラブで再結成ライヴを開催。このコンサートは録音され、翌年アルバムとしてリリースされている。その後も不定期でメンバーが集まってはライヴコンサートを行い、現在でも公演を続けているという。しかし、2014年8月27日にオルガン兼リードヴォーカルのヤン・グロートが癌のため68歳で死去。また、ドラマーのケティル・ステンスヴィクも2015年4月に残念ながら亡くなっている。

Aunt Mary アント・メアリー アルバムジャケットアント・メアリーのメンバー集合写真アント・メアリーのメンバー写真アント・メアリーのメンバー、ノルウェーロック

 

Aunt Maryデビューアルバムのアートワーク

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は1970年代のノルウェー最高のロックグループと讃えられたアント・メアリーのデビューアルバムを紹介しました。彼らはノルウェーロックの黎明期に誕生し、いち早く世界に目を向けたグループとしても有名で、彼らの演奏スタイルや音楽性は常に一歩進んでいたそうです。そんな彼らが残した3枚のアルバムは傑作とされており、サイケデリック&ブルース、ヘヴィロック、プログレハードとジャンルは違えど、自分たちの音楽をさらに高みへと押し上げようとする意気込みが感じられます。また、彼らはディープ・パープルやジェスロ・タル、ロリー・ギャラガー、テン・イヤーズ・アフターといった大御所のグループのツアー同行を務めるほどの人気ぶりでしたが、すでに彼らはツアー生活にすっかり疲れ果ててしまい、4年という短い活動期間で解散することになります。解散後の1974年に彼らは『ベスト・オブ・アント・メアリー』と同年秋に『ベスト・オブ・アント・メアリー Vol.2』がリリースされますが、スタジオアルバム3枚とシングル2枚しかリリースしていないグループが、わずか1年で2枚のベストアルバムをリリースするなんて正直言って聞いたことがありません。そんなアント・メアリーの功績は大きく、同国のポポル・エースやルーファスと共に後のノルウェーの多くのプログレやハードロックグループに影響を与えることになります。

 さて、アント・メアリーの3枚のアルバムのうち、サードアルバムの『ヤヌス』が最もプログレッシヴ色が強く、後にファンや評論家からはピンク・フロイドやキング・クリムゾン、ビートルズのサイケデリック版などと評されることになります。『ヤヌス』こそ彼らの最高傑作であることは間違いありませんが、私はフルートや口琴、ハーモニカの存在が際立ち、サイケデリックの芳香が残った本アルバムのほうが、粗削りですが意外と型破りで実験的な試みのあるサウンドになっていると思っています。さらにブルースやジャズにプログレの要素を織り交ぜた曲もあり、言葉を変えれば本アルバムは1970年代初頭のサイケデリックやブルースから、より構造化されたプログレッシヴロックにある過渡期のサウンドを非常にうまく表現しています。個人的には4曲目の『今までのまま』や5曲目の『47のステップ』など、初期のシカゴやブラッド・スウェット&ティアーズが持っていた明朗なジャズサウンドに近く、9曲目の『ザ・ボール』はサイケデリックとクラシックの融合を試みた型破りな曲もあり、1曲1曲を良く聴いてみるとブルースやジャズをベースにしたヘヴィな展開やフリーフォームな演奏もあり、彼らなりに普通の曲ではなく屈折感のある曲に仕上げているのが面白いです。さらに最後の曲の『ああ、もう終わった』は、この曲におけるオルガンの存在感が、その後の2枚のアルバムの目指す方向性を示しているように思えます。

 本アルバムはアント・メアリーが1960年代のブルースやサイケデリックから、プログレッシヴなサウンドに移行する過渡期に作られた興味深い作品です。彼らのポップでメロディアスなサウンドの中で散りばめられた奇妙な展開をぜひ聴き取ってほしいです。

それではまたっ!
 

 

 

Egg - The Civil Surface アルバムジャケット

Egg/Civil Surface
エッグ/シヴィル・サーフェイス
1974年リリース

室内楽とロックの融合を試みた
嗜好性の高いカンタベリーミュージック

 セカンドアルバムのリリース後に解散したが、未発表のままだった曲を録音するためにディヴ・スチュワートの提案で再結成されたカンタベリーシーンの最重要グループ、エッグのサードアルバム。そのアルバムは複雑な作曲や拍子、豊かなハーモニー、タイトなアレンジ、そして力強いソロによるジャズ中心主義の強化と皮肉なメロディに満たされており、そこにモント・キャンベルの厳格な古典主義が散りばめられたクラシック志向の強いカンタベリーミュージックとなっている。ゲストにはスティーヴ・ヒレッジ(ギター)、リンゼイ・クーパー(オーボエ、ファゴット)、トム・ホジキンソン(クラリネット)、そしてバックヴォーカリストのアマンダ・パーソンズやアン・ローゼンタール、バーバラ・ガスキンといった豪華なミュージシャンが参加している。

 エッグの結成はシティ・ロンドン・スクールというパブリックスクールに通うディヴ・スチュワートが、冴えない風貌で変わり者だったスティーヴ・ヒレッジ、そしてモント・キャンベルと出会ったところから始まっている。勉強はまるでダメだった3人が共通して興味を持っていたのが音楽であり、ヒレッジは独学でギターを覚え、キャンベルはベースやギター、そしてピアノを覚えていたという。その後、彼らはメロディ・メイカー紙にドラマー募集の広告を出し、応募してきたクライヴ・ブルックスを加入させて、「Uriel(ユリエル)」というグループ名で活動を開始する。しかし、メンバーのスティーヴ・ヒレッジがケント大学に進学するためにグループを脱退。残った3人はブルース調の音楽を捨てて、モント・キャンベルの多調性なハーモニーとクラシックの要素を取り入れたトリオ編成のグループとなる。1969年にグループ名をエッグに改めた3人は、ミドル・アースに所属するグループとなり、ギグではストラヴィンスキーやホルストのクラシックの要素を取り入れたオリジナル曲をプレイするようになっている。彼らは脱退したスティーヴ・ヒレッジを加えたユリエルの4人が再結集して“Arzachel(アーザケル)”名義でアルバムをレコーディングをしている。これは企画アルバムとして制作を打診されたものだが、彼らにとって初めてレコーディングを行った作品となっている。BBCのラジオセッションやBBC2のマイケル・パーキンソンの「カラー・ミー・ポップ」のテレビに出演したエッグは、後にデッカ・レコードとの契約の話が持ち上がり、マネジメントを通じて最終的にデラム/ノヴァレーベルと契約をしている。こうして1969年10月にランズドワン・スタジオに入った3人はファーストアルバムのレコーディングに入り、1970年3月にデビューアルバム『エッグ』がリリースされる。そのアルバムはモント・キャンベルの楽曲をベースに、ディヴ・スチュワートのクラシカルでサイケデリックなオルガンが鳴り響くサウンドとなっており、後のカンタベリーミュージックにも通じる複雑なプレイが堪能できる傑作となっている。

 その後、ミドル・アースのギグでも順調に人気を獲得していったエッグだったが、セカンドアルバムのレコーディング後に事態は一変する。なんとデッカレコードがアルバムのリリースを突然拒否してきたという。彼らはデッカから次のアルバムリリースの約束があったからこそレコーディングを行ったことを訴えたが、後で分かったことはデッカのレコード部門の営業が契約課に話を通していなかったという酷いものだったという。最終的にプロデューサーであるニール・スレイヴンの説得もあって、レコーディングから8か月後の1971年の2月にセカンドアルバム『優雅な軍隊』が無事リリースされることになる。しかし、メンバーは一度アルバムのリリースを断られたことで意気消沈し、それに並行するようにギグの回数も減っていったという。その後もデッカとの関係は修復されないまま悪化が続き、モント・キャンベルが本格的にフレンチ・ホルンを学ぶためにロイヤル・カレッジ・スクールに進学する決意をしたことで、1972年7月にエッグは解散することになる。ドラマーのグレイヴ・ブルックスは後にグラウンド・ホッグスに加入して活躍。ディヴ・スチュワートはユリエル時代のメンバーだったスティーヴ・ヒレッジのグループ、カーンのレコーディングにゲストとして出演し、その後はハットフィールド&ザ・ノースのキーボード奏者として活躍していくことになる。その活躍の中、所属レコード会社のヴァージンレコードからメンバーのソロ作の打診があり、ディヴ・スチュワートにも声がかかる。しかし、ディヴは自身のソロアルバムよりも悲願だったエッグのサードアルバムの方を選択。エッグが再結成され、ヴァージンレコードのサブ部門であるキャロラインレコードより、1974年に『ザ・シヴィル・サーフィス』がリリースされる。このアルバムの録音にはかつてのキャンベルやブルックスをはじめ、ハットフィールド&ザ・ノースでも活躍したコーラス隊、アマンダ・パーソンズが参加。さらにファゴット奏者にリンゼイ・クーパー、クラリネット奏者にトム・ホジキンソンも参加しており、ジャズや現代音楽、クラシックをも取り込んだエッグらしい多様性のある楽曲になっている。

★曲目★
01.Germ Patrol(ジャーム・パトロール)
02.Wind Quartet I(ウインド・カルテットⅠ)
03.Enneagram(エニアグラム)
04.Prelude(プレリュード)
05.Wring Out The Ground ~Loosely Now~(リング・アウト・ザ・グラウンド~ルースリー・ナウ~)
06.Nearch(ネアーク)
07.Wind Quartet II(ウインド・カルテットⅡ)

 アルバムの1曲目の『ジャーム・パトロール』は8分を越える大曲であり、メトロノームに合わせて様々な効果音を駆使したコミカルなイントロから、クラシックを引用したエッグらしいファズオルガンとなる楽曲。ウォーキングベースラインやタムのビートがサーカス風に演奏されるにも関わらず、モント・キャンベルのクラシカルな志向が所々に発揮されており、6分目の複数のキーボードによる「会話」さえも皮肉に聴こる。オルガンとピアノのソロの後にホーンセクションとフェードアウトしていくフレンチホルンのソロの展開があり、カンタベリーらしい曲調が散りばめられている。2曲目の『ウインド・カルテットⅠ』は、フルートやクラリネット、ファゴット、フレンチホルンを中心としたモント・キャンベルによるホルン四重奏曲。クラシカルな曲だが、ジャズ要素も感じられた英国らしいアレンジが施されている。3曲目の『エニアグラム』は9分を越える大曲であり、ディヴ・スチュワートのオルガンによる楽曲。非常にダイナミックレンジが広く、かなり刺激的なアップテンポの曲となっており、変拍子を多用した複雑なアレンジとなっている。それでも洗練されたハーモニーとアレンジ、滑らかで豊かなオルガンの音色が素晴らしい。4曲目の『プレリュード』は、バーバラ・ガスキンを含むノーセッツの美しいコーラスのあるユニークなオルガン曲。エッグのファーストアルバムを彷彿とさせるやや不協和音的なクラシカルなナンバーだが、デイヴの知的な実験精神とモントのベースプレイが見事に調和した機能的な曲でもある。5曲目の『リング・アウト・ザ・グラウンド~ルースリー・ナウ~』は8分を越える大曲であり、モント・キャンベルがヴォーカルを務める非常に奇妙な歌詞で始まるクールな楽曲。渦巻くようなオルガンやリズムセクションから、いびきの音に合わせて様々な音が登場する実験的なセクションを経て、素敵なオルガンやピアノを中心としたアンサンブルと展開している。6曲目の『ネアーク』は、モント・キャンベルのフレンチホルン、クライヴ・ブルックスの精緻なドラミング、リンゼイ・クーパーのファゴット、トム・ホジキンソンのクラリネット、ディヴ・スチュワートのベースペダルによるもう1つのネオチェンバー曲。興味深い練習曲でありエチュード曲であるが、非常にシンプルにまとめたアレンジになっている。7曲目の『ウインド・カルテットⅡ』は、2曲目の『Ⅰ』の四重奏の続編。フルートが主体の管楽器が中心となっており、中世風の美しい旋律と雰囲気が感じらたクラシカルな曲となっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、メンバー全員がそれぞれ他の分野で経験した演奏が活きており、これまで以上にユーモアが強く洗練されたアルバムになっている。中でもフレンチホルンを学んだモント・キャンベルの古典的でクラシカルな嗜好が散りばめられており、ジャズ要素の強いカンタベリーシーンにおいて、エッグがクラシック寄りであることを指し示した作品でもある。

 アルバムリリース後、ディヴ・スチュワートは所属していたハットフィールド&ザ・ノースが1975年に解散したことにより、スティーヴ・ヒレッジ率いるゴングのフランス公演にゲスト出演している。その後にキーボード奏者のアラン・ゴーウェンと元ハットフィールド&ザ・ノースのギタリスト、フィル・ミラーと共にナショナル・ヘルスを結成する。2枚のアルバムを残し、その後はドラマーのビル・ブルーフォードからの要請でブルーフォード自身のグループに加入。解散後、1981年に彼は音楽の方向性を変え、ポップアレンジや作曲の実験を始め、バーバラ・ガスキンとタッグを組んだスチュワート&ガスキンで7枚のアルバムを制作している。1990年代以降はミュージシャンとしての活動の他にテレビ番組やドラマシリーズの作曲を行っており、BBCの音楽番組『オールド・グレイ・ホイッスル・テスト』や北アイルランドを舞台にしたテレビドラマシリーズ『Lost Belongings』のサウンドトラックの多くを作曲&プロデュースしている。モント・キャンベルはナショナル・ヘルス参加後にロック音楽というジャンルを完全に放棄し、フォークの伝統をはじめとする非西洋音楽に興味を持つようになったという。彼は1989年にレッドウィング・フィルムズから映画やコマーシャルの作曲依頼を受け、作曲家としての本格的なキャリアをスタートさせ、現在は古代の音楽や、非西洋音楽を現代音楽に取り入れる方法について講義を行っているという。また、彼はサセックスに拠点を置く代替エネルギー企業Ovescoの取締役でもある。クライヴ・ブルックスは、ロンドンに拠点を置くブルースバンドのザ・グラウンドホッグスに加入。1977年にはライアーというグループに加入し、その後はピンク・フロイドの専属ドラムテクニシャンとなり、1994年までグループと共に活動したという。彼はピンク・フロイドの「ザ・ウォール・ツアー」の最終公演中、病気になったドラマーのウィリー・ウィルソンの代役としてドラムを担当している。彼はまた、TOTOやロビー・ウィリアムズ、ジェフ・ウェインの「宇宙戦争」 の2007年ツアー、ピンク・フロイドのカヴァーバンド、オーストラリアン・ピンク・フロイド・ショーなどのグループでもドラムテクニシャンとして働き、2008年にはレナード・コーエンのツアーのバックライン・ドラムテクニシャンを務めている。近年まで精力的にドラム技術を教えていたクライヴ・ブルックスだったが、残念ながら2017年5月5日に亡くなっている。

Egg Civil Surface アルバムジャケットの卵カンタベリー・ミュージック Egg メンバー写真
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The image shows several musicians in what appears to be a studio setting. The overall theme of the blog post is Egg's "The Civil Surface" album, which is categorized as Canterbury Music.

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Final Answer: カンタベリー・ミュージック Egg メンバー写真Eggのメンバー3人、カンタベリーミュージックEggのメンバー3人、ヴィンテージ風写真

 

Egg - The Civil Surface アルバムジャケット

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は解散前の未発表曲を録音するために再結成&レコーディングを行ったエッグのサードアルバム『シヴィル・サーフェイス』を紹介しました。エッグはセカンドアルバムでレコード会社の酷い仕打ちが発端となって解散し、ディヴ・スチュワートはハットフィールド&ザ・ノースへ、クライヴ・ブルックスはザ・グランドホッグスに加入し、モント・キャンベルはフレンチホルンを学ぶために大学に通うことになります。そんな中、1974年に発表したハットフィールド&ザ・ノースのデビューアルバムが成功し、メンバーのソロアルバムが打診された際、スチュワートはエッグの再編を試みたそうです。実際はエッグ時代の未発表曲の録音という名目ですが、セールスやライヴの受けを気にしていたハットフィールド&ザ・ノースとは違い、スチュワートはかつてのメンバーと自由な発想でアルバムを作りたいと考えたのだろうと思います。きっと、昔の空気に触れたかったのでしょうね。その結果、旧友であるモント・キャンベルやスティーヴ・ヒレッジ、そしてクライヴ・ブルックスが集まり、それぞれの分野で腕を磨いたことによる魅惑的で非常にポテンシャルの高いアルバムになっています。私はたぶん、このアルバムのリリースによって、エッグというグループの価値が相当高まったのではないかと考えています。

 さて、そんな彼らのアルバムですが、聴いているとディヴ・スチュワートとモント・キャンベルが音楽的なコラボレーションを通して、まるで複雑な数式を一緒に解いているかのような知的な作品になっている感じがします。カンタベリーミュージックらしく変拍子のある複雑な展開とコミカルでユーモアあふれる要素がある一方で、モント・キャンベルが専攻していた室内楽とロックとの融合という要素もあり、本アルバムもまたジャンルにこだわらない実験的な作品であることは間違いありません。また、ディヴ・ステュアートのプレイはハットフィールド&ザ・ノースらしい音色やフレーズに進化し、モント・キャンベルは四重奏という曲を提供するなど、解散前のセカンドアルバムの『優雅な軍隊』と比べれば確かにそれぞれの方向性の違いを魅せつけた作品でもあります。さらに本アルバムが最後となると分かっていたドラマーのクライヴ・ブルックスは、ドラムスが目立つようにミックスしてほしいという強い希望があり、スチュワートが苦言を呈していたとも言われています。本アルバムはスチュワートの関心の広がりを反映したジャズ中心主義の強化と皮肉なメロディのあるカンタベリー・テイストの強い作品ですが、メンバーのそれぞれの想いや要素が散りばめられていながら、やはりエッグらしいサウンドになっているという非常に面白いアルバムになっていると思います。

 本アルバムは未発表だった曲を録音するために再結成した作品です。複雑な作曲や拍子、豊かなハーモニー、タイトなアレンジ、力強いソロで満たされたハットフィールド&ザ・ノースにもつながる内容でありながら、キャンベルの厳格な古典主義が加味されたクラシカル風カンタベリーミュージックをぜひ今こそ堪能してほしいです。個人的には後にヘンリー・カウに所属するファゴット奏者のリンゼイ・クーパーやクラリネット奏者のトム・ホジキンソンが参加しているのが興味深いです。

それではまたっ!

 

トリロジー Here it is アルバムジャケット

Trilogy/Here It Is
トリロジー/ヒア・イット・イズ
1980年リリース

煌びやかなツインキーボードが織り成す
ジャーマンシンフォニックロックの逸品

 キース・エマーソンに敬意を表するキーボード奏者、ヨッヘン・キルシュタインを擁するドイツのプログレッシヴロックグループ、トリロジーのデビューアルバム。そのアルバムはオルガンやシンセサイザーを含むツインキーボードとギターによるシンフォニックロックとなっており、派手さは無いものの優雅なメロディと展開美を持った緻密性の高さが大きな特徴であり、エマーソン・レイク&パーマーやトリアンヴィラートとは似て非なるサウンドとなっている。すでにプログレ自体が淘汰されつつあった1980年リリースだが、その圧巻ともいえるクオリティの高さにドイツのキーボードプログレの隠れた傑作と言われている。

 トリロジーは1977年にドイツの西に位置する都市ドレスデンで結成されたグループである。グループの中心メンバーはキース・エマーソンに敬意を表しているキーボード奏者、ヨッヘン・キルシュタインであり、結成前は様々なリズムセクションと組んで、エマーソン・レイク&パーマーの楽曲をコピーして演奏していたという。1976年頃にそのエマーソン・レイク&パーマーに影響を受けたドイツのキーボードトリオのトリアンヴィラートが成功しているのを見て、自分たちもキーボード主体のプログレッシヴロックグループを作ろうと考えたと言われている。キルシュタインは同郷のマーティン・ブロイヤー(ドラムス)とルドガー・サムソン(ベース)をメンバーにし、当初はトリオグループとして活動しようとしたが、音楽に幅を持たせるためにデトレフ・ディーケン(ギター)、グイド・ハーディング(キーボード)を加えた5人編成としている。こうして彼らは1977年にエマーソン・レイク&パーマーの作品タイトルである『トリロジー』を拝借したグループ名で活動を開始する。彼らは地元のドレスデンを中心にライヴステージを行い、ベルリンにまで足を運んで演奏するなどして、一定のファン層を築いている。彼らは自分たちの音楽には自信を持っていたが、すでにプログレッシヴな音楽は衰退し始めていた時代である。彼らはほとんどのレコード会社やレーベルがそのような音楽は受け入れられないことを知って愕然としたという。彼らは1979年に設立したばかりの独立系レーベルのカインと契約し、すぐにボン・ミュージック・スタジオに入ってレコーディングを行っている。プロデューサーはレーベルのカインのオーナーであるヴォルフガング・ボンゲルツが行い、レコーディングにはパーカッショニストのアンディ・ランゲンホルストをゲストとして迎えている。こうして1980年にデビューアルバムである『ヒア・イット・イズ』がリリースされることになる。そのアルバムは煌びやかなツインキーボードを主体としたシンフォニックロックとなっており、やわらかな叙情を聴かせたメロディと展開美が素晴らしいサウンドとなっている。

★曲目★
01.Venice(ヴェネツィア)
02.Breakthrough(画期的な)
03.Changing Scene(シーンの変化)
04.Andy(アンディ)
05.Crowded(混雑した)
06.Encore(アンコール)
★ボーナストラック
07.Treibsand(流砂)

 アルバムの1曲目の『ヴェネツィア』は、シンセサイザーとギターのアンサンブルを中心としたフォーカスとジェネシスのミックスのようなサウンドから始まり、途中からエマーソン・レイク&パーマーのようなリリカルなキーボードロックとなる楽曲。非常に組み立てられた展開となっており、耳触りの良いメロディに終始しているのが大きな特徴である。2曲目の『画期的な』は、タイトなリズムとベースプレイ上でハモンドオルガンやクラヴィネットが鳴り響く、シンフォニック要素の強い楽曲。ジェネシス的な影響があるもののグループ独自のオリジナリティを兼ね備えた構成とメロディを持っている。3曲目の『シーンの変化』は9分を越える大曲であり、オルガンやシンセサイザーを中心としたキャメル風の心地よいメロディアスなサウンドとなった楽曲。挑戦的な拍子とコード進行が魅力的な曲だが、全体的にキーボード主体のエレガントな曲調にまとめあげている。4曲目の『アンディ』は、エマーソン・レイク&パーマーらしいクラシカルなオルガンソロから、リズムセクションとシンセサイザーを加えた力強いキーボードロックとなる楽曲。ハモンドオルガンが主役だが、クラヴィネットも重要な役割を果たしており、1970年代初期にトリップするかのようなサウンドが素晴らしい。5曲目の『混雑した』は12分を越えるアルバムメインの楽曲。キャメルのようなギターのメロディ、ジェネシスのようなシンセサイザープレイ、そして中間部にはエマーソン・レイク&パーマーのようなリリカルなハモンドオルガンがあるアグレッシヴなフレーズが満載のキーボードロック。ギターを交えた複雑な展開ながら、ツインキーボードの利点を最大に活かしたメロディ主体の内容に終始している。6曲目の『アンコール』は、2曲目のテーマの1つであり、40秒ほどの短い楽曲。ボーナストラックの『流砂』は、ドイツのドルスデンの様々なロックグループを集めた1981年のコンピレーションアルバムに収録されていた楽曲の再録。1980年代らしいポリフォニック・シンセサイザーが使用されており、ヴォーカルはギタリストのデトレフ・ディーケンが担当している。こうしてアルバムを通して聴いてみると、ギターが楽器として加わっているものの、2人のキーボード奏者が中心となった挑戦的な全編インストゥルメンタル作品になっており、非常に相互作用の効いたハーモニーとメロディ主体のアルバムとなっている。エマーソン・レイク&パーマーに影響された楽曲が多いが、ツインキーボードとギターが加わったことで独自の音世界を創り上げた心地よいキーボードロックともいえる。

 アルバムはドイツ国内で好評を博し、一部はイギリス市場にまで流通したという。しかし、プレスした枚数も少なく、弱小レーベルだったこともあり、売り上げはほとんど無かったとされている。彼らのキャリアはシンフォニックの黄金時代が衰退しているときに結成し、後にネオプログレが勃興する以前にアルバムがリリースされたことで、聴衆が彼らの音楽を真剣に受け止める機会がほとんどなかったのだろう。トリロジーが再評価されるのは、1993年にムゼアからリイシューされるCD盤からである。アルバムリリース後、ベーシストのルドガー・サムソンが脱退。代わりにジャズ出身のハルトムート・クラハトが加入する。彼らはこれまでインストゥルメンタルにこだわっていたが、ヴォーカルの必要性を感じて地元のドレスデンでヴォーカリストを務めていたデトレフ・ゴリッツをグループに迎えている。こうして新たなラインナップで、1984年にセカンドアルバム『ナイトリヒター』がリリースされる。そのアルバムはソウルやファンク、ジャズ要素のあるシンセサイザーポップとなっており、前作のようなシンフォニックな要素はほとんど無くなっているという。アルバムの売り上げは芳しくなく、同年にグループは解散することになる。その後のメンバーの動向は不明だったが、ムゼアから本アルバムのCD化の話が持ち上がった後にメンバーと連絡を取り合い、1998年に一時的にメンバーが集結して再結成している。ドイツ国内でライヴコンサートを行い、アルバムの曲を演奏したものの、残念ながら長くは続かなかったという。

トリロジー「ヒア・イット・イズ」CDジャケットジャーマンシンフォニックロック TrilogyのHere It Isトリロジーのヨッヘン・キルシュタインとグイド・ハーディングトリロジー、ドラム奏者マーティン・ブルーワーDetlef Deeken playing guitarトリロジー Here It Is アルバムジャケットトリロジーのデビューアルバム「ヒア・イット・イズ」のバンド写真

 

Trilogy Here It Is アルバムジャケット

 皆さんこんにちはそしてこんばんはです。今回はトリアンヴィラートやグローブシュニットと同じようにエマーソン・レイク&パーマーに影響されたドイツのキーボードグループ、トリロジーのデビューアルバム『ヒア・イット・イズ』を紹介しました。アルバムのジャケットを見ると皮が剥かれた地球をイメージしていますが、こちらはあくまでCD盤です。なぜ、CD盤を採用したかと言うと、オリジナル盤のジャケットがあまりにもショッキングすぎるからと言っても過言ではありません。実際のジャケットは白い布にくるまれた人が横たわっており、そこから血?が流れている写真が使われています。そしてタイトルは『ヒア・イット・イズ(ここにあるよ)』というその写真と並べると、とても意味深いものになります。なぜ、この写真をジャケットに選んだのか定かではありませんが、たぶん、自分たちのプログレッシヴな音楽を認めない世間に対する当てつけではないかと思われ…う~ん、ちょっと考え過ぎかも。しかし、このアルバムジャケットはある程度インパクトがあったにせよ、音楽が好評だったことを考えると、ちょっともったいないな~と思いました。その点、CD化にあたってデザインを差し替えたのは良かったのではないでしょうか。私だったら呪われそうで手にすることすら憚れます。

 さて、オリジナル盤はそんなジャケットデザインのアルバムですが、全編インストゥルメンタルという当時としてはなかなか挑戦的な内容になっています。2人が演奏するキーボードは、ミニモーグやハモンドオルガン、クラヴィネット、ファルフィサ・エレクトリックピアノ、ストリングスシンセサイザーとなっており、時代が変わったにも関わらず、素晴らしいキーボードサウンドを生み出しています。さらにそこに技巧的なエレクトリック&アコースティックギター、タイトなドラミングとベースが加わったことで、エマーソン・レイク&パーマーの影響を受けたクラシカルなハモンドオルガンもありますが、ジェネシスやキャメル、グローブシュニットといったグループのフレーズやメロディが聴き取れます。オリジナリティには欠けますが、決してエマーソン・レイク&パーマーのような刺激的ではなく、トリアンヴィラートのような派手さは無いものの、キーボード主体のアンサンブルの組み合わせで意外と独自性を発揮しているのが本アルバムの大きな魅力となっています。個人的には聴いていてやはりアナログキーボードの音色は素晴らしく楽しいな~と改めて思ったものでした。ぜひ、この機会に聴いてみてください。

それではまたっ!
 

 

 

エレクトラEP「システィーナの聖母」とライブバンド

Electra/Die Sixtinische Madonna
エレクトラ/システィーナの聖母
1980年リリース

混声合唱をフィーチャーした
クラシカルキーボードロックの名盤

 シュテルン・コンボ・マイセンやリフトと並んで旧東ドイツを代表するプログレッシヴロックグループ、エレクトラが1980年にリリースした4枚目のアルバム。そのアルバムは表題曲のラファエロ・サンティの絵画をテーマにした20分に及ぶ荘厳なシンフォニックロックを中心に、ライヴ曲でありながらも圧倒的な完成度とスペイシーかつ荘厳なシンセサイザーサウンドが堪能できる1枚となっている。これまでクラシック作品を独自のセンスでアレンジをしてきた彼らが、ひとつの集大成として臨んだ東欧キーボードロックの名盤となっている。

 エレクトラ(エレクトラ・コンボ)は1969年に旧東ドイツのザクセン州ドレスデンで結成されたグループである。当時のメンバーはカール・マリア・フォン・ウェーバー音楽アカデミーの学生だったピーター・ルーデヴィッヒ(ヴォーカル、ドラムス)、ベルント・アウスト(サックス、フルート、キーボード)、ヘルムート・リン(ベース)、カール・ハインツ・リンゲル(キーボード)、エッケハルト・ベルガー(ギター)という5人編成からスタートしている。彼らはクラシック音楽をベースにしたキーボードロックにアレンジした楽曲が多く、そこに表現力豊かなヴォーカルと比較的に長い楽器のソロをフィーチャーしたプログレッシヴなスタイルだったという。音楽アカデミーを卒業した後も活動を続けたが、ベーシストのヘルムート・リンが脱退し、代わりにヴォルフガング・リーデルが加入。また、1971年には歌手のステファン・トレプテが加入して6人編成になっている。彼らは同年の1971年に旧東ドイツ国営レーベルであるアミーガと契約し、ドレスデン・セクステットと組んだシングル『Der Neue Tag/Vo Thi Lin』をリリース。その後も3枚のシングルを立て続けにリリースし、そのクラシック曲を大胆にアレンジした楽曲は瞬く間に人気を博したという。1974年にアルバム制作の依頼が持ち掛けられたが、キーボード奏者のカール・ハインツ・リンゲルとギタリストのエッケハルト・ベルガーが脱退。代わりにマイケル・デムニッツ(ベース)、ハンス=ペーター・ドハネッツ(キーボード)、ペーター・サンドカウレン(ギター)が加入し、新たなラインナップによるデビューアルバム『エレクトラ・コンボ』がリリースされる。そのアルバムはハモンドオルガンやフルートを主役にしたサイケデリック性のあるクラシカルポップとなっており、エマーソン・レイク&パーマーを意識したような楽曲が多い。しかし、レフォームに加入した歌手のステファン・トレプテは、加入したばかりだったデムニッツ、サンドカウレン、ドハネッツと共にエレクトラを脱退。代わりにギスベルト・コレン(ギター、ヴォーカル)とライナー・ウーベル(キーボード)が代わりに加入し、1976年にセカンドアルバム『アダプテーションズ』がリリースされる。そのアルバムはバッハの曲やベルント・アウストのフルートソロがフィーチャーされた『トルコ行進曲』が収録されており、クラシックキーボードロックの名盤と呼ばれるようになる。1978年には新ヴォーカリストとしてマヌエル・フォン・ゼンデンが加入し、新体制でサードアルバム『エレクトラ3』が1980年初めにリリースされる。この頃からエレクトラはシュテルン・コンボ・マイセンと共に東ドイツ最高のプログレッシヴロックグループとして認知される。そして彼らはすぐにクラウス・ピーター・アルブレヒトをプロデューサーに迎え、本アルバムのレコーディングを行っている。彼らはスタジオでレコーディングした楽曲とライヴコンサートを収録したロック組曲『Die Sixtinische Madonna(システィーナの聖母)』が同年にリリースされる。そのアルバムは混声合唱団を含む大編成を活かした20分を越える組曲をはじめ、ライヴながらも圧倒的な完成度と荘厳なシンセサイザーが素晴らしいクラシカル&シンフォニックロックの傑作となっている。

★曲目★
01.Die Sixtinische Madonna(システィーナの聖母)
 a.Der Maler(画家)
 b.Das Bild(絵)
 c.Der Betrachter(批評家)
02.Scheidungstag(離婚日)
03.Jahrmarkt(公平)
04.Erinnerung(記憶)

 アルバムの1曲目の『システィーナの聖母』は、26分に及ぶ3つの楽章からなる組曲形式の楽曲。最初の楽章の『画家』はスペイシーなシンセサイザーと混声合唱から始まる荘厳なシンフォニックロックであり、柔らかなヴォーカルやアコースティカルなギターの音色、そしてクラリネットのソロがあるなどから、どこか牧歌的な雰囲気のある内容になっているのが大きな特徴である。最後はピアノとフルートによるクラシカルなアンサンブルと賛美歌風のコーラスで終えている。第二楽章の『絵』は、荘厳なコーラスとピアノをバックにしたヴォーカル曲。情感的で伸びやかなステファン・トレプテの歌声は素晴らしく、ギスベルト・コレンのメロウなギターソロも心地よい。4分50秒あたりからギターとキーボード、繊細なドラムスによるリリカルなプログレッシヴ曲となっている。第三楽章の『批評家』は、つぶやくようなヴォーカルとベースでまさに批評から喧騒をイメージした内容から、ギターを主導としたヘヴィなハードロックに変貌する楽曲。後半では再び批評のつぶやきを掻き消すようなフルートの音色と賛美歌風のコーラスで締めている。2曲目の『離婚日』は、ストリングスキーボードをバックにした牧歌的なヴォーカル曲。柔らかなギターとキーボードによるアンサンブルは絶妙であり、トレプテの歌声が見事に映えている。3曲目の『公平』は、ヘヴィなギターリフとスピーディーなリズムをバックにしたヴォーカル曲。1980年代らしいメロディとなっており、ギターを巧くフィーチャーしたキーボードロックともいえる。4曲目の『記憶』は、荘厳なシンセサイザーの音色を中心とした複数のキーボードをバックにしたヴォーカル曲。非常に英国風ともいえるキャッチーなメロディであり、非常に優雅な展開となって本アルバムを締めている。

 本アルバムは多くの批評家から高く評価され、エレクトラの人気はさらに上昇したという。1980年に彼らは『Es brennen die Berge und Wälder(山と森が燃えている)』という曲でドレスデン国際シュラガー・フェスティバルのグランプリを受賞している。この頃からエレクトラは時代がニューウェーヴやディスコといった音楽が流行しているのを機に、ポップなサウンドに移行していくことになる。1984年にはシングル『アイネムブーツを履いたヴィア・ミリアーデン/ニー・ズヴォル』で、同年の東ドイツの年間チャートで5位と9位を獲得。1985年には西ベルリンでの公演が実現したが、キーボード奏者のライナー・ウーベルが西ベルリンでの公演から東ドイツに戻らなかったため、新たなキーボード奏者としてアンドレアス・ロイシュナーが加入している。1989年に元歌手のステファン・トレプテがグループに復帰し、さらに1996年には一時グループから離れていたドラマーのペーター・ルーデヴィヒルデヴィヒも復帰したことで、グループのスタイルは再びプログレッシヴな音楽に変化していったという。2002年10月25日にはドレスデンのアルター・シュラハトホーフで33周年記念コンサートを開催し、2004年10月23日には35周年記念コンサートを行っている。また、彼らは同じようなスタイルのバンドであるリフトやシュテルン・コンボ・マイセンと共演も行ったという。2014年12月に彼らは2015年のフェアウェルツアーを終えた後、解散する意向を発表。2015年9月26日に彼らは満員だったオーバーフォーゲルゲザングで最後のコンサートを行い、46年の長い活動に終止符を打っている。1969年結成から多くのメンバーチェンジを行ってきたエレクトラだったが、最後まで残ったのはサックス兼フルート奏者のベルント・アウストのみだったという。なお、元メンバーだったキーボード奏者のハンス=ペーター・ドハネットは2006年に亡くなっており、また、歌手だったステファン・トレプテも残念ながら2020年に亡くなっている。

Electra システィーナの聖母 ジャケット画像エレクトラ、ロックバンドの集合写真エレクトラ DDR*"システィーナの聖母" ジャケット画像*Electra band live performance

 

Electraのアルバム「Die Sixtinische Madonna」を掲げるアニメキャラ

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はリフトやシュテルン・コンボ・マイセンと共に旧東ドイツ最高のプログレッシヴロックグループと呼ばれているエレクトラの4枚目のアルバム『システィーナの聖母』を紹介しました。エレクトラの作品はベルリンの壁が崩壊した1989年以降にCD化が進んだため、東欧のグループにしては比較的に知っている方も多いのではないでしょうか。また、本アルバムは1993年にドイツ・シャルプラッテン・ベルリン(DSB)と1994年にアミーガからCD化が果たされており、最近ではセカンドアルバムの『アダプテーションズ』とのカップリングCD盤もリリースされているとのことです。エレクトラはリフトやシュテルン・コンボ・マイセンと同じくザクセン州出身のグループであり、キーボードを主体としたプログレッシヴロックを演奏し、2000年代まで活躍するなど、ほぼ東ドイツで人気を三分してきたグループでもあります。そのため、スタイルが似たエレクトラとシュテルン・コンボ・マイセン、リフトという3つグループは「ザクセン・トリオ」として活動し、エレクトラが2015年に解散するまで続いたそうです。

 さて、彼らの4枚目となったアルバムタイトルの『システィーナの聖母』とは、盛期ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンティが、その晩年の1513年から1514年頃に描いた絵画とされています。祭壇画の一翼として描かれ、ラファエロが描いた最後の聖母マリアであり、ラファエロが自身だけで完成させた最後の絵画でもあります。そんな絵画ですが、1754年にザクセン選帝侯であり、ポーランド王でもあったアウグスト3世が『システィーナの聖母』を購入し、ドレスデンの自身の絵画コレクションに加えたそうです。しかし、第二次世界大戦後にソ連が押収し、1946年以降にロシアのプーシキン美術館にて保管されていましたが、10年後にドイツに返還されて、現在はアルテ・マイスター絵画館の最重要なコレクションの1つとなっているそうです。こうして歴史をたどっていくと『システィーナの聖母』は、ドイツ人の想像力をかきたて、芸術と宗教との融合あるいは乖離の議論となった絵画であり、ドレスデンの人々にとっては非常に重要な絵画であったのだろうと思われます。そんな絵画をロック組曲にするあたり、時代を無視してでも彼らのプログレッシヴな感性を反映させた重要な作品であることは間違いありません。

 やはり、26分に及ぶ組曲『システィーナの聖母』が素晴らしく、複数のキーボードによるオーケストラとメロウなギターをバックに、これまた荘厳な賛美歌風のコーラスがフィーチャーされたクラシカル風のシンフォニックなロックとなっています。最初と最後に観客の拍手が入っていることから、もしかしたらスタジオライヴ形式で録音されたかもしれません。クラシカルではありますが、暗さは無く全体的に明るくキャッチーなメロディとなっており、どこか牧歌的ですら思ってしまえるところが大きな特徴となっています。第一楽章の『画家』とはラファエロ・サンティのことであり、第二楽章の『絵』は完成した「システィーナの聖母」の素晴らしさを讃えています。第三楽章の『批評家』は、そんなラファエロの生み出した絵を批評するような声を表しており、それぞれが「システィーナの聖母」という絵画を「ロック組曲」としてイメージしているところが良いです。2曲目以降は歌手であるステファン・トレプテの美声を活かしたヴォーカル曲となっており、メロウなギタープレイと共にキャッチーなポップロックとなっているところが、1980年らしいサウンドになっていると思います。ぜひ、東欧らしくクラシカルでありながらメロディアスなポップ性を秘めたサウンドを堪能してほしいです。

それではまたっ!
 

 

 

クリス・ニール イシスの風 ジャケット

Chris Neal/Winds Of Isis
クリス・ニール/イシスの風
1974年リリース

メロトロンやチェレステなどを駆使した
気品あふれるシンフォニックロックの傑作

 後に数多くの映画やテレビ番組の作曲家兼プロデューサーとして名を馳せるオーストラリアのマルチミュージシャン、クリス・ニールが1974年に残したソロアルバム。そのアルバムはメロトロンやチェレステ、オルガン、シンセサイザーといったキーボードによるクラシックの素養を感じる気品あふれるプレイと、オーストラリアらしい活き活きとしたポップなメロディが組み合わさった組曲形式のコンセプト作となっており、さらにキーボードやギター、ドラムス、ベースといった20以上の楽器を演奏している。後のクリス・ニールの作曲活動はプログレッシヴロックからかけ離れたものである。しかし、2020年にペイズリー・プレスより本アルバムが46年ぶりにCDとして発掘されたことによって、その緻密なシンフォニックサウンドと彼の卓越したマルチプレイヤーぶりに、現在多くのプログレファンから注目を浴びている1枚でもある。

 クリス・ニール(クリストファー・ヒュー・ニール)は、1946年にオーストラリアのシドニーで生まれたミュージシャン兼プロデューサー、レコーディングエンジニアである。彼はシドニー大学に通っていた時期に、英国のザ・ビートルズに影響を受けてギターやドラムスといった楽器を覚えている。ニールがミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせたのは、1962年に結成されたシドニーのジャズポップグループ、ザ・ショーマンのメンバーとなったことである。1966年の再結成時にギタリストのトニー・ハミルトンの代わりに加入して演奏している。その後、作曲に目覚めた彼はオーストラリアの作曲家であるピーター・スカルソープと協力し、1968年の映画『エイジ・オブ・コンセント』の音楽を制作。これを機に1972年にはクリス・ニールが作曲したミュージカルの17曲の歌を収録したアルバム『マン・チャイルド』をリリースしている。ニールは『マン・チャイルド』の一連の独立した夢の場面を作曲したことをベースに、「イシス」というファンタジックな世界をモチーフにしたプログレッシヴな作品を作ろうと考えたという。1972年当時は英国のキング・クリムゾンやエマーソン・レイク&パーマーをはじめ、多くのプログレッシヴロックグループが台頭してきた時期でもある。ニールはギターやリズムセクションの他にメロトロンやチェレステといったヴィンテージのキーボードを演奏し、組曲形式の一大コンセプト作を創り上げている。ニールがアルバムで使用された楽器は次の通りである。ムーヴシンセサイザー、ピアノ、メロトロンヴォーカルクワイア、Mu-tronスクリーム、バレーベル、Mu-tronレスリー・ワウペダル・ウィンド、ハモンドB3オルガン、チェレスタ、グロッケンシュピール、ハモンドオルガン・ベースペダル、アコースティックギター、メロトロンチェロ、中国行進ドラム、クラビネット、トライアングル、メロトロンストリングス、ベースギター、フィンガーシンバル、Mu-tronクワイア、ドラムス、マンドリン、ギブソンエレキギター、そり鈴、鼻笛、Mu-tronクラビネット、Mu-tronギター、ボトルネックギター、リコーダー、ハーモニカ、カウベルである。また、レコーディングにはベースギターにビル・C・グラハム、ドラムスにはローリー・ケンプがゲストとして参加している。こうして1974年にオーストラリアのレーベルであるM7からコンセプトアルバム『イシスの風』がリリースされる。そのアルバムは20分の大作を含む組曲形式ながら、多彩なキーボードによる気品あふれるプレイとオーストラリアらしいポップなサウンドが合わさった魅力的なシンフォニックロックとなっている。

★曲目★
01.Prelude(序曲)
02.Into The Valley Of The Ancients~A Glimpse Of Isis~(古代の谷へ~イシスの姿を垣間見る~)
03.Full Moon Lightning~The Acid Test~(満月の稲妻~アシッド・テスト~)
04.Ritual Eternal~Initiation Of The Searcher~(永遠の儀式~サーチャーの開始~)
05.The Legend(伝説)
 a.From The Castle The Winds Arose ....(城から風が吹き始めた…)
 b.Through The Corridors Of Time, Including The March Of The Undead~Temptation To Turn Back~(時の回廊を抜けて、アンデッドの行進を含む~引き返したくなる誘惑~)
 c.Carnival Of The People~A Brief Respite~(民衆のカーニバル~束の間の休息~)
 d.Nightmare~Isis Unveiled~(悪夢~イシスの正体が明らかに~)
 e.Dance Of The Astral Shadows~Beyond The Point Of No Return~(星影の舞踏~後戻りできない地点を越えて~)
 f.Flight From The Unknown(未知からの逃走)
 g.Ashes To Ashes(灰は灰に)

 アルバムの1曲目の『序曲』は、メロトロンを使ったオープニングがデイヴ・グリーンスレイドを彷彿とさせる楽曲。スペースシンフォニー的な内容になっており、まさにこれから壮大な物語が始まろうとしているようである。2曲目の『古代の谷へ~イシスの姿を垣間見る~』は、アコースティックギターやハモンドオルガンによるオールドフィオレンティーナ風のサウンドとなった楽曲。ギターはスウェーデンのボ・ハンソンを彷彿とさせ、そこに荘厳なメロトロンやリッケンバッカーのベースが合わさることでイエスのようなサウンドに昇華している。3曲目の『満月の稲妻~アシッド・テスト~』は、素朴なチェレステの響きとニールの敏捷性を示したギターの音色が心地よいヘヴィロック。シンセサイザーのアナロジーが全体に浸透しており、特にメロトロンが効果的である。4曲目の『永遠の儀式~サーチャーの開始~』は8分を越える大曲であり、祝祭的なシンセサイザーとギターの響きを中心とした神秘的な楽曲。リック・ウェイクマンに影響を受けたようなモーグのソロがあり、クラシカルな雰囲気の中で多彩なシンセサイザーによる魅惑的な展開が散らばっている。5曲目の『伝説』は、レコードでいうB面のすべてを利用した20分に及ぶ大曲。7つの楽章による組曲になっており、最初の『城から風が吹き始めた…』は吹きすさぶ風をバックにベースやグロッケンシュピール、そしてピアノを交えたポップアレンジの利いた楽曲。『時の回廊を抜けて、アンデッドの行進を含む~引き返したくなる誘惑~』は、荘厳なオルガンとギターによる賛美歌風の楽曲となっており、リズムセクションが加わるとまさに行進曲のようである。『民衆のカーニバル~束の間の休息~』は、リズミカルなピアノとギターによる祝祭的な楽曲であり、その後はオルガンとギター、リコーダーによるポップなダンス曲となっている。『悪夢~イシスの正体が明らかに~』は、不安感をあおるような不協和音から笑い声、まさに悪夢のような世界を描いた内容になっている。『星影の舞踏~後戻りできない地点を越えて~』は、リズミカルなピアノを中心とした美しいキーボードによる優雅なアンサンブルとなっており、牧歌的なアレンジが施されている。『未知からの逃走』は、スピーディーなピアノプレイとシンセサイザーによる逃走のイメージを描き、後半にはリック・ウェイクマンを彷彿とさせるキーボードプレイがある。最後の『灰は灰に』は、メロトロンと牧歌的なアコースティックギターによる美しいパッセージとなった楽曲。再びイシスの風が吹きながら、この幻想的で神秘的な世界に別れを告げている。

 本アルバムはまだニール自身が作曲家としてまだ間が無い時代に作られたアルバムだったため、プレスした枚数は少なかったという。彼は1970年代に広告業界、レコードエンジニアリング、プロデュース業にも進出し、1980年代には映画音楽の作曲に本格的に取り組み、以来、その分野でキャリアを築いている。彼の作品には『バディーズ』、『ボディライン』、『ザ・シラリー』、『タートル・ビーチ』、『ファースケープ』、『アーチャー』、『シャドウ・オブ・ザ・コブラ』、『エメラルド・シティ』などがあり、1980年代にはオーストラリア児童テレビ財団のパトリシア・エドガーが制作したテレビ映画『ウィナーズ』シリーズの映画音楽を担当している。これをきっかけに子供向けテレビドラマの音楽の作曲と作詞をするようになったという。ニールの歌と音楽は『ジョンソン・アンド・フレンズ』を基にした舞台ショーでも使用され、1995年から1996年にかけてはテレビシリーズ『リフト・オフ』を基にした舞台ミュージカル『リフト・オフ・ライブ』の音楽を作曲している。ニールが作曲家としてクレジットされている長編映画音楽は20本近くあり、彼の曲が使用されているテレビドラマは1,000時間以上に及んでいる。2005年にニールは息子のブレイディと共に『Foreign Exchange: Episode 1』でAPRA(オーストラリア著作権協会)の子供向けテレビ番組音楽賞を受賞している。また、ニールはオーストラリアの映画やテレビの作曲家が作品に関連する権利を保持できるよう、長年にわたり積極的に活動し、2000年からはAPRAの非常勤ライター・ディレクターとして理事を務めている。さらにニールはオーストラリア映画作曲家協会の創設メンバーであり、元会長でもあり、オーストラリア映画作曲家連盟の創設メンバーでもある。そんな映画やテレビ番組の作曲家として輝かしい経歴を持ったクリス・ニールが、1970年代に残したプログレッシヴな作品があるという話題が1990年代に持ち上がる。オリジナルアルバムはコレクターアイテムとして高値で取り引きされてきたが、2020年に46年ぶりにペイズリー・プレスから初CD化を果たすことになる。そのアルバムは数多くのテレビや映画のサウンドトラックを作ってきたクリス・ニールとは思えないキーボードによるシンフォニックロックの逸品として、現在でも注目されている。

クリス・ニール、イシスの風 ジャケットクリス・ニール「イシスの風」ジャケット写真クリス・ニール、ミュージシャンのポートレート


クリス・ニール イシスの風 アルバムジャケット

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はオーストラリアの映画やテレビシリーズの作曲家兼プロデューサーとして著名なクリス・ニールが、1974年に残したソロアルバム『イシスの風』を紹介しました。今でこそ作曲家として名を馳せているクリス・ニールですが、そもそも彼が正真正銘のギタリスト兼ドラマーのミュージシャンであったことを知っている人は少なかったらしく、彼がキーボードを中心とした多彩な楽器を駆使して作られたソロアルバムがあることすら知らない人が多かったと言われています。本アルバムが注目されるようになったのは1990年代のプログレッシヴロックの再興の頃だそうで、すでにオリジナル盤はコレクターの間で高値で取り引きされていたそうです。2020年にペイズリー・プレスから初CD化を果たしますが、マルチミュージシャンだったクリス・ニールの時代があったことに驚いた人も多かったのではないでしょうか。私もCD化されるまで全く知らなかったアルバムです。

 さて、そんなクリス・ニールのソロアルバムですが、聴いてみて個人的にスウェーデンのボ・ハンソンの『指輪物語』のイメージが強く、メロトロンを使ったオープニングはディヴ・グリーンスレイドを彷彿とさせます。とにかくメロトロンやチェレステ、クラヴィネットといった豊かなヴィンテージキーボードをはじめ、絶え間なく響くハモンドオルガン、そしてモーグシンセサイザーをここまでふんだんに掛け合わせて使用した楽曲はなかなか無いと思います。どちらかというともっとスペイシーな内容かな~とイメージしていましたが、ニールの弾くアコースティックギターが非常に牧歌的で、愛らしいサウンドに昇華しているのが心地よいです。意外と目立つベースはリッケンバッカーだと思いますが、リック・ウェイクマン風のミニモーグの音と組み合わせると、その時代のイエスのようなサウンドになっており、ホンキートンク風のピアノもところどころにあって微笑ましいです。最後の組曲は1972年にミュージカルの17曲の歌を収録したアルバム『マン・チャイルド』をベースにしており、テクスチャの変化とパッセージが容赦なく次々と続く流れが素晴らしいです。ぜひ、多彩なキーボードを駆使した優雅なプログレッシヴロックを聴いてみてほしいです。

それではまたっ!
 

エマーソン・レイク・アンド・パウエル アルバムジャケット

Emarson,Lake And Powell/Same
エマーソン・レイク・アンド・パウエル/ファースト
1986年リリース

よりダイナミックになって帰ってきた
EL&P版プログレッシヴハードロック

 1980年に解散した英国のプログレッシヴスーパートリオ、エマーソン・レイク&パーマーが再結成時に、カール・パーマーの代わりにコージー・パウエルを迎えて作られたアルバム。そのアルバムは1970年代後半のEL&Pサウンドの延長線上にありながら、ハードロック&ヘヴィメタル界で活躍してきたパウエルの迫力あるドラミングプレイが合わさり、よりダイナミックになったポップ&ハードロックサウンドとなっている。また、日本のテレビ番組のテーマ曲にも使用された『ザ・スコアー』やホルストの『惑星』をモチーフにした『火星~戦争をもたらすもの~』などの名曲が収録されており、プログレらしいサウンドが堪能できる秀逸な1枚として現在再評価されている。

 1978年頃のエマーソン・レイク&パーマーは、税金問題などの絡みもあって、新作アルバムをイギリスではなくバハマで制作している。すでに3人はEL&Pの活動の継続をするのには否定的であり、このアルバム制作を最後に解散することに合意していたという。同年9月にアルバム『ラヴ・ビーチ』を発表したものの、このアルバムのためのプロモーションツアーは行われなかったとされている。その後、1977年のモントリオールでのコンサートを収録したライヴアルバム『イン・コンサート』が1979年10月にリリース。そして翌年の1980年2月にEL&Pの解散が正式に発表されている。解散後、キース・エマーソンはバハマに残って映画音楽やソロアルバムを制作。グレッグ・レイクはゲイリー・ムーアらと共演したソロアルバムを2作発表し、ムーアが同行する形でツアーを行っている。また、レイクは解雇されたジョン・ウェットンの後任としてエイジアに一時期在籍して日本公演にも参加している。カール・パーマーは自身のグループであるPMを結成して1枚のアルバムを発表。その後はジョン・ウェットン、スティーヴ・ハウ、ジェフ・ダウンズと共にエイジアを結成し、3人の中で最も大きな成功を収めることになる。

 そんな中、EL&Pの再結成の話が持ち上がったのは、キース・エマーソンがゲフィン・レコードとの契約に向けて1984年から1985年にかけて制作していたデモテープが元になっている。テープを聴いたポリドールの関係者が、エマーソンにEL&Pを再結成するよう促したことで、エマーソンはすぐにグレッグ・レイクに連絡。レイクはすぐに承諾してくれたが、ドラマーのカール・パーマーはエイジアとの契約上の義務のため参加できなかったとされている。エマーソンとレイクの2人はドラマーを何人もオーディションをし、サイモン・フィリップスやイアン・ペイス、フィル・コリンズに声をかけ、中には本気か冗談か分からないがリンゴ・スターにも声をかけたという。そんな中、白羽の矢が立ったのは、ホワイトスネイクを脱退したばかりで、エマーソンの長年の友人でもあったコージー・パウエルだったという。パウエルは1980年8月にレインボーを脱退した後、グラハム・ボネットやロバート・プラント、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイクといったグループを渡り歩き、どこのグループにも属さないドラマーとして有名だったという。こうして様々な紆余曲折の後、エマーソンはグレッグ・レイクとコージー・パウエルと共にエマーソン・レイク・アンド・パウエルを結成。偶然にもパウエルの姓も偶然Pで始まるため、グループのイニシャルをそのまま残すことができたが、カール・パーマーがEL&PやELPなどの略称がエマーソン・レイク・アンド・パーマー以外に使用されることを禁止する訴訟を起こして勝訴している。彼らはレコーディング開始直後、エマーソンの納屋スタジオが暴走したトラクターによって破壊され、アルバムの一部を再録音する必要が生じたが、翌年の1986年にセルフタイトルのアルバムがリリースされることになる。そのアルバムは1970年代のEL&Pサウンドに、ハードロック界のドラミングが合わさったことで、よりスケール感の大きいダイナミックなサウンドに生まれ変わったプログレッシヴハードの秀逸な1枚となっている。

★曲目★
01.The Score(ザ・スコアー)
02.Learning To Fly(ラーニング・トゥ・フライ)
03.The Miracle(ザ・ミラクル)
04.Touch And Go(タッチ・アンド・ゴー)
05.Love Blind(ラヴ・ブラインド)
06.Step Aside(ステップ・アサイド)
07.Lay Down Your Guns(レイ・ダウン・ユア・ガンズ)
08.Mars, The Bringer Of War(火星~戦争をもたらすもの~)
★ボーナストラック★
09.The Loco-Motion(ロコモーション)
10.Vacant Possession(ヴェイカント・ポセッション)

 アルバムの1曲目の『ザ・スコアー』は9分を越える大曲。力強さと荘厳さのあるキーボードを中心とした素晴らしいファンファーレ曲となっており、エマーソンがしっかりと1980年代にふさわしいプレイをしているのが好印象である。グレッグ・レイクのヴォーカルとコージー・パウエルのドラミングもパワフルであり、ライヴで大盛り上がりとなるに違いない名曲である。2曲目の『ラーニング・トゥ・フライ』は、心地よい1980年代風のキャッチーなプログレッシヴポップ。グレッグ・レイクのヴォーカルに耳が行ってしまうが、エマーソンのインストパートが優れており、一見シンプルながらもダイナミックな楽曲が生まれている。3曲目の『ザ・ミラクル』は、スリリングなほど映画的で魅惑的なコーラスが特徴のシンフォニック調の楽曲。ミックスの前面にハモンドオルガンが現れるという珍しい機会があり、ネオ・プログレのような力強いサウンドとなっている。4曲目の『タッチ・アンド・ゴー』は荘厳なキーボードと複雑なベースが特徴的なシングルカットされたプログレハード。アップテンポでエネルギッシュな曲でありながら、クラシック音楽の要素が加味された聴きどころの多い曲である。5曲目の『ラヴ・ブラインド』は、エイジアが演奏していてもおかしくないほどのキャッチーなポップソング。パウエルのドラムソロからのエマーソンのキーボードソロが素晴らしい。6曲目の『ステップ・アサイド』は、リリカルなピアノと柔らかなリズムセクションによる心地よいジャズナンバー。オスカー・ピーターソン風のクラシックなイントロの小粋なハーモニーが印象的であり、雰囲気たっぷりで見事に構成されたジャズアレンジの名曲である。ジャズは得意分野ではないパウエルが、センスの良いスウィング・グルーヴを奏でているのが面白い。7曲目の『レイ・ダウン・ユア・ガンズ』は、エルガー風の流麗なピアノとストリングスシンセサイザーをバックにした楽曲。グレッグ・レイクらしい穏やかなバラード曲であり、反戦の歌詞をつけた平和への賛美歌でもある。最後のキーボードによる不協和音はまるで何かを暗示させるようである。8曲目の『火星~戦争をもたらすもの~』は、ホルストの『惑星』をモチーフにした8分に及ぶ大曲。あの重厚な交響曲を3人で演奏するという試みも素晴らしいが、荘厳なシンセサイザーによってシンフォニックな旋律構成を完成させている。様々な音楽を表現できるキース・エマーソンのセンスが見事に発揮されており、おなじみのEL&Pスタイルへの回帰の表れの1曲でもある。ボーナストラックの2曲はCD化の際に追加収録された楽曲で、『ロコモーション』は1962年のリトル・エヴァのシングル曲であり、緊張感のあるイントロと絶妙とも言える安堵感があるメロディが展開していく楽曲。メロディの解釈が面白く緩急のあるテンポに織り交ぜたリズムも素晴らしい。『ヴェイカント・ポセッション』は、1980年代らしいゆったりと流れる穏やかなリズムと表現豊かなメロディによるパワーバラード。力強く感情的なグレッグ・レイクのヴォーカルが冴えており、曲の後半に現れる明るいメロディも独創性がある。

 本アルバムは英国のオフィシャルチャートで35位、アメリカのビルボードチャートで最高23位にランクインしている。また、日本のオリコンチャートでも44位にランクインするなど、彼らの再結成を高く評価する動きがみられたという。また、シングルでは『タッチ・アンド・ゴー』がリリースされている。なお、1991年に再結成したEL&Pは、この曲をカバーして1993年のCDボックス『リターン・オブ・ザ・マンティコア』に収録してコンサートでも頻繁に演奏したという。彼らは同年の8月15日から11月2日までの約2か月半に、アメリカでコンサート・ツアーを行っている。ライヴパフォーマンスでは『タルカス』や『パイレーツ』、『ラッキー・マン』、『ロンド』といった EL&Pやナイスの名曲も演奏したものの、アルバムのセールスには結びつかなかったという。彼らのライヴツアーは、最終的にマネジメントとの対立によって台無しとなり、彼らはマネジメントを解雇。そして『エマーソン・レイク・アンド・パウエル」は2枚目のアルバムを録音することなく解散することになる。キース・エマーソンはカール・パーマーと再会し、ロバート・ベリーと共に3(スリー)を結成し、1988年にアルバム『スリー・トゥ・パワー』をリリース。その後1992年にオリジナルメンバー3人によるEL&Pが再結成され、アルバム『ブラック・ムーン』が発表される。このアルバムはエマーソン、レイク・アンド・パウエル時代のアルバムといくつかの点でスタイル的に類似しているという。エマーソン、レイク・アンド・パウエルのスタジオリハーサルやライヴ録音の一部は、1990年代にブートレグとして出回っている。その後、これらの音源はリマスタリングされ、2003年に2枚組CDとして正式にリリースされている。当初はマンティコア・レコーズのEL&Pウェブサイトでのみ入手可能だったという。ご存じの通り、3人とも鬼籍に入っている。キース・エマーソンは2016年3月11日に頭部への銃撃により自殺と判断されて71歳で亡くなっている。グレッグ・レイクは2016年12月7日に69歳で膵臓がんで亡くなっている。また、ドラマーのコージー・パウエルは1998年4月5日未明、イギリスのブリストル郊外の高速道路にて、サーブ・9000ターボをシートベルトをせず酩酊下で運転かつガールフレンドと携帯電話で会話しており、時速167kmで中央分離帯に衝突事故を起こしてこの世を去っている。まだ50歳という若さだった。その2ヶ月後に発売されたブライアン・メイのアルバム『アナザー・ワールド』がパウエルの遺作となっている。

エマーソン・レイク&パウエル アルバムジャケットエマーソン・レイク・アンド・パウエルEP3人組エマーソン・レイク・アンド・パウエル、3人組の写真エマーソン・レイク・アンド・パウエル trio 演奏

 

エマーソン・レイク・アンド・パウエル アルバムアート

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は1986年に再結成したパワートリオグループ、エマーソン・レイク・アンド・パウエルの唯一作を紹介しました。このアルバムは私がリアルタイムでレコードを買って聴いていた作品で、当時1曲目の『ザ・スコアー』が店内に流れていて地元のレコードショップでも結構宣伝していた記憶があります。とりわけ日本のEL&P好きはハンパなく、さらにハードロック界では宿無しコージーと称された孤高のドラマー、コージー・パウエルが参加した作品として、プログレファンやハードロックファンからも注目されていました。1986年といえばカール・パーマーが所属するエイジアが3枚目のアルバム『アストラ』のリリースをはじめ、スティーヴ・ハウとスティーヴ・ハケットがタッグを組んだGTRというグループのアルバムもリリースされた年でしたね。いろいろな意味で良い年だったな~と痛感しています。

 さて、本アルバムですが、当時普通に聴いていた私にとっては心躍るアルバムの1枚でしたが、これまでエマーソン・レイク&パーマーを聴いていたリスナーにとっては、彼らの1970年代の音楽性の解体と再構築を表した作品であるといいます。キース・エマーソンが制作したデモテープが基軸となっていますが、そこにグレッグ・レイクのメロディセンス、そしてハードロックで鍛えられたコージー・パウエルの新鮮で力強いドラミングが織り成した傑作であり、1980年代にふさわしいシンセサイザーによるハードポップとなっています。個人的に1曲目の『ザ・スコアー』を聴いたところ、キース・エマーソンはキーボードで金管楽器風のファンファーレをよく使いますが、その劇的に展開していく流れに感動すら覚えます。キースがこのモチーフに使えるハーモニーのバリエーションが尽きたと思った矢先に、彼はさらに新たなバリエーションを生み出しています。また、2曲目の『ラーニング・トゥ・フライ』や4曲目の『タッチ・アンド・ゴー』、5曲目の『ラヴ・ブラインド』といったキャッチーでメロディアスな曲をはじめ、6曲目のジャズバラードとなった『ステップ・アサイド』は彼らの挑戦的ともいえる1曲です。また、最後の曲の『火星~戦争をもたらすもの~』は、このようなホルストの作品をEL&Pが手掛けるには「あまりにもありきたりすぎる」と言われたそうで、キースは編曲に着手する前に躊躇したと言っています。それでも大胆にアレンジし、キースらしいプレイを魅せてくれたことで、私は彼が挑戦してくれたことにとても嬉しく思っています。ちなみにボーナストラックの『ロコモーション』のカヴァー曲がかなり素晴らしく、このためにCD盤を買いに行ったのは遠い昔の思い出です。

 本アルバムはドラマーにコージー・パウエルを迎えて、1980年代らしいキーボードによるパワートリオに生まれ変わった作品です。時代が変わっても尽きないキース・エマーソンの心躍るメロディとフレーズにぜひ触れてみてください。ちなみに1曲目の『ザ・スコアー』の冒頭曲はワールドプロレスリングの1989年1月からのオープニング曲として使用されたそうです。

それではまたっ!

 

 

 

ミルクウィード アルバムジャケット

Milkweed/Milkweed
ミルクウィード/ミルクウィード
1978年リリース

緻密なアレンジと高い演奏力による
幻と呼ばれたシンフォニックロックの名品

 キーボード奏者のセルジオ・ゴンサルベスを中心にカナダのケベック州出身のミュージシャンで構成されたプロジェクトグループ、ミルクウィードの唯一作。そのアルバムはヴォーカルやツインギター、ドラムス、ベース、キーボード、オーボエ、サックスを擁する8人編成のアンサンブルとなっており、キーボード主導ながらモダンなオルタナティヴ性のあるプログレの要素と、クラシカルなシンフォニック要素が散りばめられた独創的とも言える唯一無二のサウンドとなっている。自主制作された本アルバムは数あるカナダ産プログレの中でも幻と呼ばれた作品であり、オリジナル盤はCD化された現在でも高額で取引されている。

 ミルクウィードは1977年にカナダのケベック州で結成されたプロジェクトグループであり、メンバーは地元で活躍するミュージシャンである以外はほぼ不明という謎に包まれたグループでもある。後の1989年にSyn-PhonicよりリイシューされたCD、およびレコードでは、いくつかのメンバーの詳細が明らかになっており、グループの中心となっていたのはキーボード奏者で作曲を兼ねていたセルジオ・ゴンサルベスであることが分かっている。セルジオはキーボードやシンセサイザーを駆使した1970年代のシンフォニックロックを独自に制作したい考えを持っており、彼は地元で演奏するジャズや室内楽を専門とするミュージシャンに声をかけ回ったという。その中でも歌手兼作詞家のピエール・ナドーの協力を得たことがグループ結成の大きなきっかけとなっている。ピエール・ナドーはヴィル・エマール・ブルース・バンドのメンバーであり、1976年にソロデビューアルバムをリリースしているなど、豊富なキャリアを持っていたミュージシャンである。アルバムでのナドーは歌唱パートがない代わりにナレーターのような役割を担うことになる。他にサックス奏者のマルセル・ラポワントは室内楽で腕利きのミュージシャンとして著名であり、MUSA DIENG KALAといったのワールドミュージックのレコーディングにゲストアーティストとして参加したこともある。ギタリストのジョセリン・シーヒーは、1974年のフランス映画『Guitare』にミュージシャンとして出演しており、その腕前は折り紙付きである。また、ドラマーのジェラール・マッセはプログレッシヴロックグループのメイルストロームのメンバーである。こうしたセルジオ・ゴンサルベスの働きによって、ピエール・ナドー(ヴォーカル)、ジョセリン・シーヒー(ギター)、エドゥアルド・コウト(ギター)、マルセル・ラポワント(サックス)、ルイーズ・カフォペ(オーボエ)、ジェラール・マッセ(ドラムス)、ネルソン・ガンボア(ベース)のメンバーが集まり、8人編成で構成されたミルクウィードというプロジェクトグループが結成されることになる。彼らはケベックのサンピエール通りにあるスタジオPSMに入り、後にSyn-Phonicレーベルを立ち上げるグレッグ・ウォーカーをプロデューサーに迎えてレコーディングを行っている。彼らは自主レーベルからリリースすることを決めており、チェックメイト・オーディオビジュアル・プロダクションズという名のレーベルから、1978年にデビューアルバム『ミルクウィード』をリリースする。そのアルバムは13分を越える大曲『アウト・フォー・ア・ウォーク(散歩)』を筆頭に、緻密なアレンジによる繊細かつ叙情的なカナディアン・シンフォニックロックの見本ともいえる高水準の内容になっている。

【曲目】
[Milk Side]
01.Nervous Houses(神経質な家)
02.Milkweed(ミルクウィード)
03.Time Bomb Ticking(時限爆弾が時を刻んでいる)
[Weed Side]
04.Out For A Walk(散歩)

 アルバムはレコードのA面の「Milk Side」とB面の「Weed Side」というテーマで分かれている。の1曲目の『神経質な家』は、重厚なピアノとシンセサイザーをバックにピエール・ナドーの語りから始まり、ニューウェーブ風シンセサイザーポップとなる楽曲。その後、アヴァンギャルドやシンフォニック、さらにはネオプログレといった次世代を感じられる幅広いスタイルを網羅している。2曲目の『ミルクウィード』は息を呑むほど美しいアコースティックギターの調べとフルートの音色のようなシンセサイザーをバックに、語りのようなナドーのヴォーカルが印象的な楽曲。中盤からスペイシーなキーボードとジャムセッションのようなギター、そして手数の多く畳みかけるようなドラミングが占めたアヴレッシヴな内容となる。そして再度美しいアコースティックギターの調べとエレクトリックピアノによる静のパートとなって終えている。3曲目の『時限爆弾が時を刻んでいる』は、重厚なシンセサイザーと素晴らしいドラミングによるスリリングで激しいジャムセッションとなった楽曲。スペイシーでうねるようなキーボードに少しアヴァンギャルド風のオーボエの音色が、まさにこれから爆弾が爆発するような切羽詰まった状況を演出している。4曲目の『散歩』は13分を越える大曲で、大きく3つの特徴的なセクションからなるインストゥルメンタル曲。ピアノの連弾とパーカッション、そしてウッドベースが中心となったフリージャズ的な雰囲気のある演奏から、中盤以降はグルーヴ感のあるシンセサイザーソロによるフュージョン的な演奏を経て、最後はオーボエを中心に繊細な風景を見せたバロック風の室内楽的な演奏となっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、ピアノやシンセサイザーを駆使したキーボード主導のポップアレンジの利いたシンフォニックロックとなっているが、アヴァンギャルドなシンセワークとジャズ寄りのハードなリズムセクションが合わさったことで独特なサウンドに昇華している。後のフュージョン要素やシンセサイザーによるネオプログレの要素もあり、すでに1980年代を見据えた斬新なサウンドがあることに驚いてしまう。

 本アルバムは自主レーベルであったことを踏まえ、プレスした枚数は少なく、市場にほとんど出回らなかったという。そのため、すぐに廃盤となり、後にプログレファンからはオリジナル盤が入手不可能な幻の1枚として知られるようになる。アルバムのレコーディングが終了した後、プロジェクトとして集められたメンバーはそれぞれの分野に戻っている。その後のメンバーの動向について触れておこう。ほとんどのメンバーは地元のケベック州のセッションミュージシャンとなっているが、キーボード奏者のセルジオ・ゴンサルベスは、1986年には歌手であるペレグリン・エル・カディのアルバムに参加し、1989年には南アフリカ出身のワールドミュージック歌手であるロレイン・クラーセンのアルバムに参加するなど、作曲家兼ミュージシャンとして活躍している。ヴォーカルのピエール・ナドーはカナダ東部で著名なコンサートピアニストとして活躍していたが、残念ながら2004年に亡くなっている。廃盤となった本アルバムは本来であれば長らく埋もれたままになっていたはずだが、10年後の1989年にいち早くレコードの再販とCD化が行われている。プログレッシヴロックのレーベル兼ディストリビューターのSyn‐Phonicから6番目の作品としてリイシューされたものだが、それは当時ミルクウィードのアルバムをプロデュースしたグレッグ・ウォーカーが設立したレーベルだったという。これと同じくして日本のマーキーからもCD化が実現し、オーパス5やアルモニウムに次ぐカナダ産プログレッシヴロックグループとして紹介されることになる。

ミルクウィード アルバムジャケットとロゴミルクウィード アルバムジャケットとトラックリスト

 

ミルクウィード、シンフォニックロックの名盤

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は早くもCD化されているものの、そのCD盤ですらほとんど見かけないという幻の作品であるミルクウィードの唯一作を紹介しました。ミルクウィードは日本語で「オオトウワタ(大唐綿)」という名で、北アメリカ原産の顕花植物の一種です。古くから綿は繊維として使われ、乳液はゴムの原料として使われてきたとされています。個人的にミルクウィードは最近まで知らなかったグループですが、マーキー誌などでは早くから紹介されていたらしく、ただオリジナル盤がプレスした枚数の少なさからファンの間では入手不可の幻のアルバムとされていたそうです。1989年にSyn-PhonicからCD化、その前後には日本のマーキー(メロス)からもCD化を果たしているので、多くの人が手に入れられるようになったはずですが、なぜかCD盤も入手困難となっているようです。その理由は1989年のリイシュー以降、一切再販が行われていないからです。特に日本語の解説が入っているメロス盤は見たことがなく、あったとしてもたぶんかなりのプレミアが付いているのではないかと推測します。無論、私は持っておりません。(´;ω;`)ウッ…

 さて、そんなミルクウィードのアルバムですが、4曲ともシームレスに進行しており、全体的に大きなテーマのあるコンセプトアルバムになっている感じがします。1曲目からニューウェーヴ風シンセポップから始まりますが、2曲目以降はキーボード主体によるアヴァンギャルドやシンフォニック、ジャズ、さらにはシンセによるネオプログレ要素まで幅広いスタイルを網羅した楽曲になっています。そこには全曲に渡ってピエール・ナドーによるナレーション風のヴォーカルが印象的ですが、ジェラール・マッセのジャズベースでありながら激しいドラミングがあり、その手数の多さは圧巻のひと言です。このアヴァンギャルドなシンセワークとジャズ寄りのハードなリズムセクションが合わさると、ここまで前衛的と言うか独創的なサウンドになるのかと唸ってしまいました。最後の大曲はピアノとシンセサイザーによるホーン&ストリングスのパートが交互に現れたインストゥルメンタル曲であり、1つの曲の中にフリージャズとフュージョン、バロック室内楽を演奏した非常にプログレッシヴな内容になっています。全体的にプロジェクトとして集まったミュージシャンとはいえ、高水準の演奏となっており、1980年代を見据えたシンセサイザーミュージックの走りと言っても過言ではないと思います。

 本アルバムは当時、幻とされたケベック州のミュージシャンたちの手によるプロジェクト作品です。1970年代後半という時代にキーボード主体のプログレッシヴなサウンドに挑んだ彼らのイマジネーションあふれる音楽をぜひ聴いてみてください。

それではまたっ!