これから誰とも話をしなくなる
数十年 「自宅療養」という
今で言う「ひきこもり」を続けるアネ
体が弱いといい、物が食べられない
外に出ると疲れて倒れる
体が痛い、もうたってられない
様々な理由で
自然派食品だけを食べ
でも病院には行かない
しかし
毎日決まった時間に自分で食事を作る
私より規則正しく
起きてルーティンをこなす感じだ
そんなアネが「生きる大義名分」としていたのは
母の世話だったと思う
母の食事も一緒に作り
テレビを一緒に見て
よく笑って話をしていた
2人とも話すことが好きなのだ
家にいると私は誰とも会話せず
1日口を開くことはないが
2人はいつも楽しそうだった
母も疲れやすい体質だったが
よく旅行に行ったりしていたものの
だんだん「疲れるから出かけるな」と
アネが外出させなくなった
買い物にも行かず
copeなどで宅配に切り替わった
完全に家の中で2人の生活が
完結していたのだ
それが
母が入院して
アネは誰とも接触せず
今後会話もないだろう
コミュニケーションがなくなること
言葉を発しないことは
精神的に、様々な異常をきたす
1か月で言葉を出しにくくなると聞く…
なにより
痴呆が始まるのが怖い
母が入院してから
すぐ寝てしまうようになっている
運動量が激しく少なくなった
ネットもしないから全く外とつながらない
テレビも付けなくなった
これではダメだと
嫌々ながらも
何か役割をと思い母のタオルの準備など
お願いするメモを渡したが
「私が死んでも、お葬式しないで」
とか
そんな返事が来る
もう疲れるしかない
いま
元気に引きこもっていられる人は
すしでもいい状況になり
復帰できるよう 願ってます
地獄の始まり!
?
ってしていたこのタイトルのブログがありますが
数日でもう、懸念が現れてきました
!
?ではなく、!です。
私とアネは
不仲になってから置き手紙で
やり取りするようになりました
私が姉の態度や行動に
理解ができず 会話をやめたのですが
考えてみたら
「加害者」は、だいたい理解できないもので
なぜ私がそんな態度になったのか
わからないままなんでしょうね
ただただ
私が怒ってる、とだけしか
理解されないまま月日が経っています
引きこもり開始10年ほどで
なんども「もうしぬ」「もうあまり長くない」
とアネから言われました
それからもう何十年経ったでしょう
30年ですかね?
それがまた
母が入院して5日目で言い出しました
「私が、死んでも、誰にも伝えなくて良い」
「どうせ誰も知らない」
こんな手紙をもらって
どうせよというんです?
そんなもんわかってる
誰に30年もの引きこもりの死を伝えるのか
近所の住人も、もうアネの存在を知る人はいないだろう
ただ
死んだときはやることは決まっている
問題は
命尽きる「間際」のことだ
死後のことではなく
こんな不仲なアネを
母のような介助をする毎日になることを
自身は心配して欲しい
痴呆になったアネを
母のように暖かく助ける自信がない
このアネのために
わたしの貯金を使い切る事になるのか
母で半分、アネで半分
わたしの財産が削り取られていくだけだ
地獄ですよね
母が緊急入院して
毎日色々用意して、会いに行って
1週間で体も心も疲れもピーク
そこで「わたしが死んだら」なんで話
なんでできるんだよ
せめて
「母のタオルの洗濯ぐらいやるよ」
とか
言ってくれよ…
もう返事は書かない
「せめて母の顔を見にいけるように
体力つけてくれ」
と、書きたいところだけど
きっと
喧嘩になってしまう
アネは
父の入院にも見舞いに行かなかった
父の葬儀にも出ていない
わたしが
不仲になるのは
この三行だけでも理解してもらえるのではないかな
ああ
普通の、家族が、羨ましい…
手紙をスルーしたら
また、おこりだすのかな
もう
消えてしまいたいよ
痴呆になる意味
わたしは
生き物は生まれて死ぬ、という現象が
全てで
いくら人間が進化しても
生まれて、しぬ、ということは
小さな虫と変わらない
と、考えるところがあった
しかしひとつ、
他の生き物と違うところが見つかった
「いきていること、しぬこと」
を、自覚する、というところだ
いきること に
何か意味をつけなければ
ならなくなり
しぬこと を
なんとか受け入れる手立てを考えねばならなくなった
そんな中
高齢化で 死を自覚する恐怖を紛らわせるのが
痴呆なのかな
なんて思い始めていた
もちろん
お元気で発症する場合も多いので
この説は
わたしの気休めなだけなのだけど
なので
高齢の
体の自由が効かなくなった母が
軽い痴呆であることに
少しほっとしていた
明確な精神なら
もっと辛かったかもしれないと
しかし
入院してから1日目で
ふと
「病院も、これで最後やろな」
と呟いた
何か重かった
入院はこれが最後にして元気になり
もう病院のお世話にならないということか?
と
前向きに考えてみたけれど
今日は
「もう、家に帰ることはないんやろうな」
と、一言…呟いた
病院から、直接施設にと考えていることが
伝わってしまったのか
痴呆になっていき
死を感じなくなり
つらい思いをしなくなるかなと思っていたのに
それが
高齢者の死への辛さの緩和症状と考えていたのだけどな…
甘かった
やはり
「そういう」感覚は 鋭くなるのか
さらに母が呟いた
「長く生きなければよかったな」
こんな言葉
聞きたくはなかった
「なに言ってんの」
それしか返事できなかった
わたしを忘れていくのはつらいけど
死の恐怖から逃れることができるなら
痴呆が進んでもいいと思っていた
わたしを忘れても良いと
また
つらい言葉は聞きたくないな
心が折れそうだ…
いや、
わたしが折れてどうする…