見舞い疲れ
母の入院によって
日々の介助から
すこし解放された
毎朝トイレの介助が
苦痛に変わる間際だった
入院してからでも
まだ
朝めがさめるとまだ介助の時間だ!
と、つい思ってしまう
朝のしんどい時間
昼間の心配
夜の心配
それらから解き放たれた
しかし疲れは
緊急入院からまだまだ取れてない
ずっと寝不足で
ずっと体が重い
仕事も早退し続けているから
ボーナス査定に響くだろうし
月給も落ち込む
なんだかんだでまた別の内容で
毎日
時間に追われてる感じだ
明日は抜けられない会議で
仕事が遅くなりそうだから
入院以来、初めて丸一日
母に会わない
なにしろ
わたし以外に
会いにいく者がいない
アネはこのまま
母を見ずにいるつもりなのか
このさき
どれくらい入院するのか
また、費用もわからない
全部わからない事だらけで
疲れが消えない
悪いことにこの土曜日も仕事だ
ああ
お見舞いは2日に一度くらいに
してもいいだろうか
わたしの名前すら忘れ始めてるから
いつきたかどうかも
わからないだろうしな
わたしのことなど
気にすることもないだろうから
2日に一度にしていいかな
アネもさっそく
寝込み始めたし
ダブル入院とかなったら
わたしの体と精神がもたない…
トリプル入院になったら
どうしたらいいんだ…
地獄の始まり?
母が緊急入院したものの
重病でもないし
自宅での介助からの解放でもあったか
すこし、安堵感もある
常に気にしなくてよくなった
看護師さんありがとう
さて
今まで自宅では
30年クラスの引きこもりのアネが
母を介助、世話をしていた
わたしはある時期から
母とアネから疎遠にすることを決めたからだ
年中会話もなく
家庭内別居状態だった
しかし母の老化が進むと
アネによる世話が困難になってきていた
それでも
最低限と、対外的なこと以外は
わたしはノータッチにしていた
なにしろ
アネのコミュニケーション先は
母しかないのだから
それが彼女の生きてる証ではないのかと
わたしは考えていた
母をわたしが奪えば
彼女は1人になってしまう
ネットもしていないから
今後しぬまで
誰とも会話することなく
関わることなく
ただ生きていくだけになる
わたしはそれによる
急激な退化を恐れていた
アネとも歳が離れている
下手をすると若年性の痴呆が始まりかねない年代だ
痴呆の進行は
コミュニケーションを取らないことが一番
進みやすいと聞く
ただ
毎日食べて寝る
そんなことになると
様々な能力はすぐに退化するだろう
いままで
母を世話する大義名分で生きていたのではと思う
昼間のトイレ介助、食事の用意
テレビを一緒に見て、話しして、笑う
それが一切なくなる…
わたしでさえ
母が入院した翌朝は
ああ、母がいないんだ
介助、しなくなったんだ
と、すこし喪失感があった
それが
対外は母しかなかったアネなら
どんな喪失感だろうか
そのせいか入院の翌日から
早速、朝は遅く起きてくるようになり
夜はわたしが帰れば家の中は真っ暗だ
これが後何年続く?
もう、数年後に今度は
アネの世話なのか…
しばらくゆっくり眠れるとおもったものの
その
未知のストレスで
また咳き込みと不眠症がひどくなった
ゆっくり
ゆっくり眠りたい…
どんな治療するのかわからないのだが
あんなに立ち上がって動くのが困難だった母
今日見舞いに行くと
「午前中、車椅子に乗って2時間ほど散歩した」
って
えー
おどろき
活力低下凄かったのに!
活力戻るのもすごいのか?!
細胞がちょっとやる気出したのか?!
とろみのご飯にしたら
3分の2くらい食べたって
えー
あんな数口で終わってたのに?!
でも
食事は前介護なのだそうだ
飲み込む力がほとんどないとかで
むせさせることが
本当に辛いから
これで動けるようになったとしても
私とアネで
満足いく介護は無理だなあ…
しかし
3日目にして
まだ主治医に会えず
会う話も出てこない
治療計画書もない
仕方なく看護師さん捕まえて
聞いてみた
主治医がお忙しいそうで
会える日が決まったら連絡しますって
…私の苦手な「あの」先生な気がする
…すごいぶっきらぼうな…
しかしまあ
なんてこう、医療は
金額提示しないで
とっとと進めるんだ?
薬も出ていたけど説明がない
え、そんなん聞いてない
支払えません!
って言ってもいいもんなの?これ
リハビリの担当医が2人もいる
このリハビリいくらかかってんの?
サービスしてくれてるの?
たしかにまあ
子宮筋腫の手術代も
細かく教えてくれなかったような…
ネットでこれくらいが相場
みたいなのはみてたからよかったけど
高齢者治療って
どんなもんなの?
わからないまま進むの?
みんなこんなもんなの?!