私はちなみに、カリフォルニアの免許を持っています。


もう長い時間がたちますがまだ有効です。


なので運転免許はマイアミに変えるだけなのですが、


友達の運転免許のときの通訳を頼まれてしまいました。


Sonido 大和魂・絆・誠 日本をこよなく愛する人 in アメリカ


マイアミの運転免許試験の実情


カンニング可


(注意:駄目なんですよ。本当は)

漢数字は外人には読めません。紙の辞書は持ち込みありです。これがメモ帳になるらしい。

過去問を読んでおけば基本的に大丈夫です。


しかし!!!


2度も落ちてしまいました。私の友人。

スペイン語で受けたのですが、専門用語がさっぱり。辞書は和英辞書

使えない。。。。。


通訳がつくと口頭でのマンツーマン試験なんですよね。

ということで、打ち合わせをして、友達は英語ができないため私が勉強しておいて演技をしんがら答える

ことになりました。


友達が困っていると、YESといってしまう私。


久しぶりに勉強というか暗記というか読んでいます。法律を。。。


問題集すら周りが持っていなかったため、試験場がだしている本をひたすら読んでいます。


本を読むのは嫌いではないですが、こうして期限がつくと大変です。


試験日程は月曜日!頑張らなくては。


こっちで2万マイルくらいは運転したことはあるんですが、

基本的に運転は重要なポイントを抑えておけば大丈夫なんですよね。


彼は日本ではずっと運転してたみたいです。

筆記試験は私がどうにかしても、実技試験はそうとはいきません。


ちゃんとそれなりに英語がしゃべれないと困ります。

私が後ろに座れば大丈夫だと思いますが。


左ハンドルなので少しややこしいのです。

私は日本でも少し運転したので、よくワイパーがでてしまいます。


ちなみに日本でもワイパーがでてしまいます。


おっちょこちょいです。


あとシートベルトを無意識に違うほうから引っ張ろうとしてしまいます。

その都度冷たい視線を受けます。


なかなか恥ずかしい。


はやくこちらの習慣になれなくてはいけません。




以前この番組をみた。非常によいと思う
















教育とはどういうものなのか。

どれがベストな教育というのは不可能であるが、私が個人的に嫌いな教育方針がある。

それは、無理やりやらせる。
親が子供より考えを選考させて、それを強要する。

親のしいたレールにそわすように走らせる。

私はあまり好きではない。

小さいときに何かスポーツをやらせる。
大いによいことである。
やりたくないといったときに、なぜか?を聞く。
子供のやりたいようにだけに進めてはいけない。

私が好きな言葉がある。
「子供も子供をするのは、初めてや。親も親するのは初めてや。」
確かに、子供も親も完璧を求めすぎてはいけない。

だから何が大事なのか?

それはコミュニケーションだと思う。

ただ何かをやらえるにも、コミュニケーションさえうまくとれていれば大丈夫だと思う。
現に、ピアニストになる方は初めた年代が早い人が多いだろう。

それは親がやらしたことに間違いはないのだが、ただしそこから、その子供が自分なりに
自分の思うようにできるようになるというのが肝心だと思う。

嫌々やっていてもしょうがない。
ただし、練習には嫌なときもある。

嫌にもたくさんの種類があると思う。

親が何かをやらせる場合は、無理強いをさせるのではなく、うまくやる気を引き出させる必要があると思う。
挫折を経験して這い上がる考え方。
コミュニケーションを通して、いろいろ教えてあげる。

そして考えさせてあげる。

考えるという時間が非常に重要だと思う。
結論をすべてあたえてはいけない。どういう考えでそうなったかというのをちゃんと聞いてあげればよいと思う。

親の
「こうだこうだ」
はエゴだと思う。

私の子供教育の理想。

子供が20歳を超え、独り立ちしたときに良い友に囲まれ、良い師に恵まれ、良い後輩を持ち
さらに親、家族、兄弟に尊敬をもっていること。


私は現在こういう風に思えることができている。
私も自分の子供にこういう風に感じる人生を送らせてやりたいと強く感じている。








Sonido 大和魂・絆・誠 日本をこよなく愛する人 in アメリカ

水は私たちの身近にある、奇跡の物質である。


なぜか???


水の水和力というものをご存知でしょうか?


水和力とは、水が他の物質となじみ溶かしてしまう能力のことです。


よく水に溶けないものをよく聞くでしょう。

身の回りのものを例にとると油。


しかし、科学的に見るとわずかに溶けてはいるのです。水にまったく溶けないという物質は

ほとんどありません。


火星に生命が存在したかどうかが話されるとき、何を一番基準にするのかといった話がある場合。

間違いなく水になります。


水の水和力によって、たくさんの物質がとけ、そこの中で化学反応をおこします。

水があることは、生命がうまれていることにおいて、一番可能性が高い証明ということになります。


それほど、水の存在というものは大きいものです。


水不足 については、前回書いたので、参照していただきたい。



水の汚染などはよく聞く話ではないでしょうか?


水には数々の物質がとけてしまいます。

しかも、水に近い性質の物質がとけてしまった場合、精製するのはきわめて困難です。

水を汚染してしまうと、飲める水にするまでにはかなりのコストがかかってしまいます。

一度汚染すると一番精製が難しい物質は水であるといわれています。


現在垂れ流しの合成洗剤。

このようなものばかり使っているとこの世界の将来が恐ろしいです。


汚染するにはコストがほとんどかからない。

戦争で地雷を設置するのにはコストがかからない。


だからといって、簡単にしてしまうと元に戻すことができなくなる。


現在環境にあまり負荷をかけない商品は他の商品より割高である。

このような浄化コストを計算して商品の値段が決められれば、環境負荷の低い商品の値段と普通の商品の

値段の差がうまるのではないかと思います。

こんなコストを値段に反映すると、数々の化粧品会社などなどからクレームがくることは間違いないが、

大量消費社会が生む弊害というものを考えなくてはならない時代ではないか?

と私は強く感じている。


私達の祖先 が命をかけて残してくれたこの日本を

さらにはこの日本から世界を変える。そんな国になればと思っています。


水の汚染するということは、かなりの弊害を生むということを皆様に少しでも理解していただければと思います。