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身の回りのことを自由に書いてみます。食べること、飲むこと が 好きなのでこれに関係すること、段々多くなってきました。



CIAラトクリフ長官モスクワ訪問の目的が何であったかまだ本当のことは分かっていませんが、C17に何が入っていたかについて報道がなされています。

ここには通信施設が入っていて誰もラトクリフ氏が話した内容が分からないようになっているとのことです。今回の訪問は西側に何も通知せずに行われています。

その為ラトクリフ氏の訪問自体がアメリカとロシアの連携に関する話し合いだったとする説明が冒頭の報道に入っています。

そして私が注目するのはナリシキン氏が「情報機関の活動について話した」としている点です。ラトクリフ氏はボルトニコフ氏と話した後彼の上司と言えるナリシキン氏と話しています。

「あなたが話した内容は我々情報機関の担当分野を超えている」「あなたのscope of workを逸脱した内容をあなたは話している」「その話は貴国の国務長官がすべきで我が国にもそのテーマを担当する閣僚がいる」「我々の担当は情報機関だ」と話したと推測されます。

ラトクリフ氏からは自分の担当分野を超える「NATOに対する米ロ協調」が話されたというのが冒頭情報の結論です。それゆえにNATO側には話していないし、会話内容の盗聴も遮断したのです。なるほどと感じました。










韓国版を先に見ていたのでstoryは分かっているのですが、段々先が見えてくるに従って悲しくなって行きました。

「僕は、あなたのことが、とても、とても好きでした。」

後でこんなこと言われても悲しくてつらいですよね。



イランが石油の輸出で潤っていた頃は60~70年代ですが当時はパーレビ王朝でした。一代目は軍人から立ち上がった人であまり実質のない方だったようです。

二代目はエジプト王朝との繋りもあり実質的に王朝の形式になっていました。そして経済的にとても豪華な国家運営を行いました。これが大変な浪費となり国の内部から大きな批判と反感を受け、半ば追放のような形でエジプトに逃れました。

この時はパーレビ国王自身が操縦した航空機で移動したとのことです。空軍パイロットの資格を持っていたのです。

パーレビ政権下ではNIOCが外貨収入の点で重要な役割を果たしイラン中銀は殆どNIOCと一体化していました。現在でもその系譜は残っておりNIOCとイラン中銀には優秀な人材があります。

ホルムス海峡を巡るアメリカとの交渉がどうなるかまだ不明ですが、紛争が停戦となった場合はNIOCとイラン中銀が国の再建を担うことは間違いありません。

又、イラン国民は平均年齢が若く識字率も高く今後の再建に期待が持てます。何とか早く停戦を実現して欲しいと考えます。