あつさりと稲刈り済みて老夫婦
石田波郷波の言う『俳句は私小説である』に納得はしてないけれど、波郷を理解するには必要と知った。そんなワケで、祝いにワインを開けた。グラスはテイスティングに使っている縁のすぼまったもので始めたが、そのせいか香りは十分だたった。ただボルドーの繊細さが無くて、いささかぶっきらぼうだった。宅飲みのせいもありそうだけど。瓶に半分ほどの翌日の残りものは、ぐっと豊かになって期待に応えてくれた。この先、このワインは大化けして行くだろうが、5年程度の若さで飲むボルドーも素晴らしい。ブルにもあるふくよかな香こそがワインにハマった切っ掛けだったが、これにもある。ちなみに、ずいぶんと昔だが、思い出のその2本はアルマンルソーのジュブレイシャンベルタンとヴォルネィ1クリュだった。台風に吹かれ吹かれつ投函す 余り面白くないけど、これが石田波郷の作と知れば、『吹かれ吹かれつ』の切迫感になるほどと合点できる。『吹かれつ吹かれつ』とするよりも、怒涛のように繰り返される暴風が伝わる。『吹かれ吹かれて』では、遊び人が楽しんでいるようでけしからん。肺機能を失いつつある人が、台風に吹き戻されながら歩いている。その中を無理に出かけて投函せざるを得ないのは、俳句か随筆かは分からないけれど、家族の食い扶持を稼ぐためだから、先延ばしはできない。ブツは油紙にでも包んだか。さて今朝は台風一過の空の青さに誘われてサイクリングに出たけど、湿度も高く秋晴れとはいかなかった。荒川土手から副都心を眺めて、生気を取り戻した。ふる里は東京だから。 東京へ続く畦道野分跡外堤防の内側にはすでに刈られた田もあった。機械化の威力はすごいけど、稲刈りのコンバインがのそのそと公道を走って土手を上り、田へ向かっていった。あつさりと稲刈り済みて老夫婦大好きな富士山には雲が絡みついていた。秩父から奥多摩へと関東平野を囲む山々にも雲は流れ込んでいるようだ。台風過取り残されし雲乱れ時には雲は激しく湧き上がって不穏な気配。土手には南寄りの西風が吹いていた。台風の名残の雲や風強し素戔嗚命はつまり台風だったそうな。いきなり襲って来る暴風雨に、古代の人々は恐れおののき、必死に荒れ狂う神を宥めんとしたろうな。山頂に雲産み落とし野分去る