効果的な漢字学習とはなんでしょう
今息子は、漢字小2の読み書きまでとりあえずは終わったところですが
これまでは、読みをさらっとやってから、書きをしっかり、
といった流れでした
が、もしかするとちょっとこれは非効率だったかもしれません
要は覚えればなんだっていい、のですが
先に読みを繰り返しやってからのほうが、
早く書きもマスターできそうです
(当たり前かも?)
読めないものを書けるようにはならない、という
言われてみれば当たり前のこと、、、
まあ書いているうちに読めるようになるとは思いますが。
小3の漢字は200字くらいでしたが、
いったんしっかり読みをマスター(音読繰り返し)してから
書きに移行していくやり方に切り替えてみようと思います
場合によっては、小4くらいの読みまで通してみてもいいかも、、、
改めて、我が家の教育方針について
迷いが生じております
現在5歳の息子
来年春には小学生ですが、
いわゆる先取り教育をしています。
これはまあ私の趣味でやっているわけですが
果たして意味があるのかどうか、、
(ここでの意味とは、短期的な目標である中学受験です)
私自身は、おそらくそこまでの効果はないと思ってます
ただ、やらないよりはましだろう、くらいの認識です
要は、なにもせずぼけーっとする(例えば動画)くらいなら
(ぼけーっとする時間もまた大事という話もあります)
(ただ、ぼけーっと受動的に動画を見続けるのはどうなんでしょうか)
多少の教養を学んだり、勉強してもばちは当たらないよね、と
長谷川軍師先生も、低年齢からのやりすぎには警鐘を鳴らしております
曰く、10歳くらいにはブースト効果が薄れるとのこと
たしかにこの年齢がちょうど小4小5でしょうか
結局ここの壁をどうにかしないといけないわけなんでしょう
私自身も、低年齢における過度な教育は逆効果だとは認識していますが
では自分のいまの教育はどうか、と振り返ると
ここ最近、スイミングや野球をしている親子を見ていたりして
ま、やはり私もやりすぎなんだろうな、と思います
たまに、というかやや難度の高いことをしていると
子どもの表情は冴えません
ハイレベやっていたときはそれが顕著でした、、、
そして、
いったんこのあたりですこし引いてみようかな
と思い始めました
方針がぶれてしまうのと、やりすぎるのは、どちらが悪いのか?
まあどちらも悪いですが、やりすぎの方が罪のような気がしました
ただ完全にゼロにしてしまうと、それはそれで反動もありそうですし
また、家にいる間、どうせswitchやテレビ、動画三昧になることは
容易に想定できるわけで、、、
じゃあどう引いたらいいのか、、、
今は手取り足取り 親が
やるべきものを1から提供して、順にやってもらっている状況です
この状況を
パターン①
→ 親は完全に手を引く
また、「勉強しよう」といったこちらからの声掛けを完全にをなくす
教材を用意することもなく、子どもが自発的にやりたくなるまで
ひたすら待つ
メリット:自発的に学習するようになる いわゆる自走モード獲得の期待
デメリット:いつまでたっても勉強しない可能性
もしやったとしてもごくわずかかもしれない
親の忍耐力が試される
ただこれができるのも低学年の間だけかも?
やる価値はありそう、、、ただ不安もある
パターン②
→ 自分でやることを選ばせる状況 にしてみる
こどもが選べる教材はこちらで用意する
その中においては、子供が自由に選べる
メリット:自主的に勉強している感じになる
デメリット:勉強内容に偏りが出そう
→これは選ばせ方で修正できるか?
偏りをなくすよう介入するなどやりようはある
量はだいぶ減るだろう
→これまた介入すれば調整可能か
選びたくない、と言われることもあるかも、、
→その時は覚悟を決めて①に移行する
パターン③
→ 勉強の内容、難度を大幅に落とす
引き続き親が主導するのは変わらずも、平易な内容にして
ストレスを最小限に抑える
メリット:今よりもストレス緩和
デメリット:結局今と同じような感じで続いていく
勉強「させられている」感は変わらないか、、
その他 組み合わせ
パターン②+③
基本パターン②だが、③の要素をさらに上乗せ
①がたぶんいいんだろうけども
いろいろ考えてみると、
なにもやらないのは(親が)なんだか寂しいんですね
あとは自分自身忍耐力に自信がないのもある、、
とりあえず、②+③にしてみます
やりたい(そもそもあるのかどうか
)勉強を聞いてみて、
選んでもらいましょう
それと
音読くらいは、それも5分くらいだから、これは継続していこうかな
(勉強とカウントはせずに
ただ使用するものは、3年→1年に変更します
ということで、今朝から形式を変えたところ
選ばれたのは、、、
山本塾の計算ドリルでした
山本先生、ありがとうございます