八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳南麓大泉と東京を行ったり来たりの毎日。日々のよしなしごとを綴ります。

「八ヶ岳南麓デュアルライフゆるふわラジオ」の第6回の収録を終えました。
今回のお題は「都会の常識、八ヶ岳南麓の常識」。

「山梨ルール」ってご存知でしょうか。
交差点で青信号になった途端対向車がガガっと右折してくるヤツのことです。
そんな話題などで黒田社長と話しましたので、是非お聴きください。
アップ日は8月5日です。
 
「ゆるふわラジオ」は「Sportify」、「Youtube」、「アップルポッドキャスト」でお聴きになれます。

(2026年8月23日収録 於八ヶ岳やまびこホール)

 

 少し前のことだが、「石屋きらり」さんのブログに北杜市で「出張!なんでも鑑定団」が開催されることが紹介されていた。

 

(これだ!)

 

 案内によると観覧希望者は往復はがきに所要事項を記入して出せし、とのこと。

 さっそく大泉郵便局で往復はがき10枚買って応募することにした。往復はがきなんて何十年ぶりのことだろうか。

 

 こういう時に一度に同じポストに投函するのはシロウトさんというもの。敵もバカではないので、まとめて来ると勝手に処分しちゃうかもしれない。

 日にちをずらし、かつあちこちのポストに分散するのがプロの応募要領である(オマエはプロか?)。

 

 抽選結果は7月末にはがきで知らせるから待ってろし、とのことだったが、8月になっても梨の礫である。

 ことによると、

「課長、市民でもねえくせに10枚も応募してるノブいヤツがいるじゃんね」

「てっ、チョビチョビしたこんするヤツは、こうだ~(まとめてゴミ箱へポイ)!」

「あ~、スッキリ」

「不正は許さねえ、つうこんずら」

「さすが課長、うまいもんだよカボチャのほうとうじゃんね」

「なんかエラい(疲れた、の意)な~。そろそろ飲みいかざあ」

 なんて会話が北杜市役所秘書広報課(=なんでも鑑定団の市役所側窓口)で行われていたのかもしれない。

 

 きっと当選の人にだけ返信はがきを出して、ハズレには連絡しないんだよ、なんて自分に言い聞かせていたところ突然はがきがやってきた。

 何故か5枚返ってきて、なんとそのうちの1枚が当たりではないか。

 

 

 秘書広報課の皆さんありがとう~。

 オンエア日は収録から1~2か月後になるらしいが、派手なアクションでカメラを向けてもらえるよう頑張ろう。

 

 きらりさん、おかげさまでタダで楽しむことになりました。

 末筆になりましたが、この場を借りてお礼申し上げます。

 

(やまびこホール2002年竣工 7町村の非公式な合併協議が始まったのが2000年のこと

「課長、ホール建設中止しますか」

「バカ言っちょ。合併したら勝手にできないんだから今のうちに作っちめえし」

なんて会話があったのかも)

(白骨温泉 築93年「斎藤旅館別館」)

 

 中学・高校時代の旧友A君と白骨温泉に出かけた。

 宿は白骨温泉の湯元である「斎藤旅館別館」。本館は20年程前に新築されていて、別館の方が古めかしく、かつ料金も本館の半額だからこちらがおススメだ。

 

 小淵沢駅で集合して1530には宿に到着する予定だったのだが、またぞろ車中でああでもないこうでもないと話し込んでしまい、ふと気がついた時には愛車フォレスターは駒ケ根ICを通過していた(汗)。

 結局宿にたどり着いたのは1700過ぎ。あわてて風呂へ飛び込んだ。

 

(しあわせのかたち①白濁湯につかって法悦の表情を浮かべるA君)

 

 白骨温泉は鎌倉期にはすでにその存在が知られていたという。

 というのも白骨温泉の所在する杣道は当時鎌倉と北陸を結ぶ最短ルート「鎌倉往還」として人の往来が盛んだった由。

 

 ちなみに温泉名の由来は、「舟」と呼ばれた丸木舟状にくりぬいた運搬具が温泉の湯で白濁した「白舟」を「しらほね」と称し、これにいつからか「白骨」という当て字が用いられるようになったことによるという。

 これを決定づけたのが中里介山の長編小説「大菩薩峠」である。

 上高地の河童橋もそうだが、テレビやSNSなんぞなかった時代には活字媒体の影響度は今では想像できないほど強大だったのだろう。

 

 先日行った乗鞍温泉と一見白濁度は似通っているが、こちらの方が硫黄臭が強く、また炭酸カルシウムの影響か、ヌルヌルした感じは乏しい。

 

 温泉を堪能(私は10分ほどだけど)したあとはいよいよ晩メシである。

 山中の温泉宿に多くを期待するのはいかがなものかと思うが、それなりに手がかかった料理が

待ち受けていた。

 

(中央の八寸ぽいヤツはどこの宿でもお約束だが、はっきり言って不味いのでこれはなくていいと思うのだが)

 

 冷えたビールが湯上りに心地よい。

 ビール、酒、ビール、酒・・・。

 アルコールの無限ループはいつしか2人を桃源郷へと誘った。

 夢か現か、鄙にもまれな天女が周囲を舞い踊り始めたではないか。

 

(しあわせのかたち②天女じゃなくて仲居さんだった模様)

 

(イワナ塩焼き 塩加減が強烈で酒が進む)

 

 翌朝は24時間開いている浴場へ。

 私は例によって10分ほどで上がったが、待てど暮らせどA君が戻ってこない。

 万が一にも死んでたらどうしよう。

「オヤジを、返してくれよ~」なんて遺族に責められてもねえ。

 

 1時間ほどして安否確認に行くと、親の心子知らず(親子じゃないだろ)、A君は湯舟でまったりしていた。ちっ。

 

(中央上は珍しい山芋のしゃぶしゃぶ 関西からのお客さんも多いせいか納豆は見当たらない)

 

 

(名物温泉粥 病人食じゃあるまいし普通のご飯が食いたい)

 

 メシを済ませて今度は本館の風呂にいってみることにした。

 白骨温泉の源泉は1号~5号まであり、別館は5号の由。本館は1~5全て揃っているという

からさすが本館だけのことはある。

「ここから遠いですか」

「本館までは200m位ですけど、そこから遠いです」

 まあ遠いといってもそれほどではあるまい。どうせチェックアウトまですることもないので2人はトボトボと本館に向かった。

 

(鉄筋コンクリート造の本館は温泉街のどん詰まりにある)

 

 本館の案内の人に別館のルームキーを見せて館内へ。

 エレベーターで4階まで行くとほどなく露天風呂が見つかった。

 

(しあわせのかたち③孤高の湯治客)

 

 さて、大浴場はどこか。

 そこいらをウロウロしてもそれらしきものは見当たらない。

 たまたま通りかかったヒョウ柄のおばちゃん(←あくまで心象風景でホントは浴衣姿)に聞くと、

「ず~っと先やで。ず~っと」と、まるで虫コナーズの宣伝のような口調で道筋を教えてくれた。おばちゃん、おおきに。

 

 廊下をずんずん進んでいくと行き止まりにエレベーターが。これで2Fに行くとようやく大浴場にたどり着いた。

 仲居さんが遠いです、と言ってたのは館内のことだったのね。やれやれ。

 

「おお」

 帰り際A君が奇声を発した。

「ゆるふわ、カラオケルームがあるぞ」

 

 案内の人に聞くと予約制で午後3時からやっているそうな。

 再びこの地を訪れた時はまっさきにカラオケを予約しよう、2人は手に手をとりあって固く誓ったのであった。

 

 宿を後にした2人は「大王わさび農場」へ。

 オッたまげたことに平日にもかかわらず道は大渋滞。広大な駐車場も「満車」サインが出ていたがウロウロしてようやく空いてるとこをみつけてやれやれ。

 ところが売店を覗いてみるとここも長蛇の列である。

 ワサビ市場がここまで熱いとは。

 

(肝心のワサビ田は日よけシートで覆われて冴えない)

 

 結局ロクに見物もせず、土産も買わずに近場の蕎麦屋へ(名前忘れた)。

 観光客向けというより地元のお客さんでほぼ満席状態だ。

 

 A君は天ぷら盛り(並)と十割そばのセットに決定。

 

 (海老天1、野菜天4という盛り合わせ 1690円なり)

 

 地元志向の強い店のせいか、カツ丼セットのカツ丼があまりに巨大なのにビビった私は十割そばの特盛に海老天とキス天のトッピング。

 

(2つで430円の追加なり)

 

 そうこうするうちにA君、

「やっぱ天ぷら盛り(上)にするわ」

 海老天なんと2本、キス天、野菜天5品という豪華版である。

 

 待つこと10分、しずしずと登場したセットを見てまたもオッたまげた。

 蕎麦の多いことといったら。

 ついついどこぞの申し訳程度の分量でせいろ1枚で1000円ふんだくる店を想像してしまったのだが、さすが地元志向の店は貫目が違う。

 

 

(特盛は並の倍はありそう)

 

「こんなに食えないな~、A、蕎麦少し手伝ってよ」

「これだって多すぎるよ。天ぷらも食いきれないし」

「じゃあなんで「大」に変更したのさ」

「だってその方がトクだから」

 A君は私のトッピング代が430円のところ、「大」にすると海老天、キス天が1つずつ増えて野菜天もついでに1つ増えて差額は300円というのをすばやく計算したらしい。

「目から鼻に抜ける」といえば聞こえはいいが、まあ「才子才に溺れる」の典型でしょう。

 

 黙々と蕎麦をたぐり、天ぷらを腹に詰め込んだ。

 苦しくて口をきく元気もない。

「考えてみるとさ・・・」

「・・・」

「天ぷら大を2人でシェアすればよかったね」

 

 そういうこと、早く言ってよ~。

 

TIL(Today I Learned)

・斎藤旅館別館の方が風情があって料金半分、こちらがおススメ

・本館のカラオケはチェックイン前に予約すること(別館の客も利用可)

・本館の風呂はパスしてもよい

・夏の大王わさび農園は行くだけムダ

・蕎麦の注文前によくよく吟味すること シェアできるものはシェアすること

(写真撮影が許される上演終了後のカーテンコール)

 

 知り合いから頂戴したタダ券で「第37回清里フィールドバレエ」を見物に行った。

 今回の演目は「ラ・シルフィード(La Sylphide)」。

 

 

 スコットランドの青年ジェイムズは婚約者エフィとの結婚を間近に控えたある晩に風の精霊シルフィードと出会い、恋に落ちた。

 全てを投げだしてシルフィードを追いかけたジェイムズだが、適わぬ恋が成就しかけた瞬間に

魔女の奸計でシルフィードは死んでしまう。

 絶望に打ちひしがれたジェイムズが故郷の村に戻ると、エフィは他の男と結婚していた。

 

 なんとも救いようがない話である。

 蝶々夫人とか、捨てられた婚約者の物語は数ありそうだが、おバカな男の身勝手さをテーマにする作品は古今東西それほどないだろう。

 

「ラ・シルフィード」の初演は1832年3月12日のパリオペラ座。現存する最古のバレエ作品だそうだ。

 時のフランスはナポレオン失脚後の王政復古で返り咲いたブルボン朝が市民暴動で倒れ、新たに7月王政が誕生するなど貴族政治が揺らぎ始めた混乱の時代だった。

 一方すでに立憲君主制を確立していた英国ではこの年人類史上初の普通選挙が行われた。

 おそらく貴族階級が悲劇(見ようによっては喜劇だが)の舞台を英国にしたのはそんな政情を反映しているのだろう。

 

 開演20分前に着くと屋外の会場はほぼ満席。

 バレエ市場がここまで熱いとは。

 

(少し肌寒いくらいだが快適な会場)

 

 1930開演。

 バレエには全く興味がない私は5分ほどでウンザリしたが、家内の手前帰るわけにもいかない。

 これが屋内なら心底げっそりするところだが、野外のバレエというのは想像を超えて息を飲むほど美しい。

 また、筋と関係ない集団が跳ねまわったりして目障りなことおびただしいのだが、慣れるにしたがって気にならなくなってきた。

 そこには長年培われてきた様式美があるのだろう。

 知人に能が好きな方がいるが、彼が能を好む理由が少しだけわかったような気がした。

 

 結局2130の終演まで居眠りもこかずに見続けてしまった。

 チケットを買ってまで見たいとは思わないが、タダなら来年も行きたいな。

 それが正直な感想だ。

(まるまる2年間放置された我が家の芝生)

 

 芝生がすごいことになってきた。

 なんせ最後に芝刈りをしたのは2024年の夏だから徒長するのも当たり前である。

 

(長いとこで10センチほど もっとも2年放置してもこの程度だからクヨクヨすんな、という見方もできる)

 

 ストレスになることは止めとけし、元々ナマケモノじゃんけ。

 いいさよ~ほっとけば。芝刈りはゴルフ場でやるもんずら。

 耳元にささやく悪魔の誘惑を振り切って物置から芝刈り機を取り出した。3年前か4年前に買ったアイリスオーヤマ製である。

 

(アイリスオーヤマG200N 後継機はAmazonで1万2000円程度と破格に安い)

 

(調べてみたら買ったのは5年前の2021年だった まさに光陰矢の如し)

 

 作業に取り掛かる前に全体の段取りを考えた。

・これだけ徒長した芝を丁寧に刈るのは大変だからまずは虎刈りで全体を刈る

・熱中症やらなんやらあるので作業は2回に分けて行う

 

 まずは2年間放置した芝刈り機が動くかどうか確認したところ、奴さんも無聊をかこっていたのか、いきなり「ウウウウウ~」と元気いっぱい。

 さすが天下のアイリスオーヤマ製だ。

 話は飛ぶが我が家のコーヒーメーカーはアイリスオーヤマ製である。

 これが実によくできていて、これまで使ってきた鼻クソニックだの、有象無象印だのより安いうえに気が利いている。これは皆さんに是非お勧めしたい逸品である。

 

 ならばとさっそく芝生の東サイドから芝刈りを始めたのだが、これだけ徒長していると芝収納袋がすぐいっぱいになるうえに、刃先に芝が詰まって中々作業は進まない。

 

(モーターが停まるとこの位の芝が溜まっている)

 

 芝を刈る、

 モーターが停まる、

 コードを外して(ナマケモノでもこれはやらなくっちゃ)芝を掻き出す、

こんな作業を10なん回繰り返しているとウンザリこいてきた。時間にして30分ほどだろうか(もうちょっとやれっての)。

 

 続きはメシ食ってからやろうっと、そう決意して作業を中断すると、一天俄かにかき曇り驟雨が八ヶ岳南麓を覆いつくした。

 

(まさに干天の慈雨)

 

 やった~。この雨じゃやりたくてもできないし。

 かくして1日目の作業は終了した。

 

(本日の進捗度5%なり)

 

 翌朝6時半から作業を開始した。

 作業はなんといっても気温が上がる前がよい。

 

 ウウウ~ん、ウウ~ん。

 愛機も気分がいいらしくサクサク歯車を回転させて作業がはかどる。

 そんな主従に突如襲いかかってきたのがヤブ蚊の集団である。

 どうやら彼奴等も涼しいうちが稼ぎ時らしい。

 

 虫よけスプレーをつけたのにもかかわらず首筋やらおでこやらを数か所刺されたところで作業は断念した。

 

(2日目朝までの進捗度10%)

 

 う~む。

 大自然の驚異の前に作業はなかなか捗らないが、急ぐ旅ではなし、昼メシのあとにチャチャっとやって進捗度20%に達すれば御の字だろう。

 

 

(誰が置いたか麦わら帽子)

 

 麦わら帽子は もう消えた~

 芝生の蛙も もう消えた~

 それでも待ってる 夏休み

(建部(たけべ)神社 日本武尊東征の折に建立 治承年間(鎌倉幕府成立の頃)に建御名方(タケミナカタ)を祭神として諏訪社より勧請 鎌倉幕府の有力御家人だった諏訪氏の威勢がここいら辺まで及んできたのだろう)

 

 今年で12回目となる「建部神社マルシェ」。

 同マルシェのコンサートにサックス友の Aさんが出演するというので、見物(鑑賞、かな)に行ってきた。

 

 建部神社は我が家の地鎮祭をやっていただいた縁でその後時々参拝に訪れているなじみの神社だ。「たかねの湯」と「スコヤコーヒー」のほぼ中間点という地の利に恵まれた古社である。

 

(チラシによるとどうやら出演は1010~の模様 チラシには「たてべ」とわざわざルビが振ってあるからこちらが正しいのかも)

 

 ちょうど1000に到着すると、Aさんとそのお師匠まつりさんがスタンバっていた。

 

(村娘とちょっかいを出すテキヤのおっちゃんという風情)

 

 無料ドリンクありま~す、の声にひかれて屋台を覗くとそこには意外な人物が。

「バックハウスインノ」のマダム、猪原さんではないか。

「あら~、ゆるふわさん。いつもどうも」

 さすが客商売とあって私の顔を覚えていてくれた。一度見たら決して忘れられない顔なのだろう。

 

 

 

 猪原さんはどうやらマルシェの実行委員長かなんからしい。前回の北杜市長選にも立候補しただけあって、とてもエネルギッシュだ。

 

 猪原さんの紹介でいよいよ演奏が始まった。

 まず師匠が「千と千尋の神隠し」の挿入曲(名前忘れた)、サザンの「波乗りジョニー」を演奏、さすがプロだけあって音の美しいこと。聴衆はしわぶきもせず聴き惚れた。

 

 余韻の残る中、いよいよAさんの登場がした。

 曲は「ホテルカリフォルニア」。八ヶ岳ブルーにふさわしい選曲だ。

 

 タララ~ララ、ララ

 ラララ~ララ

 アルトサックスがむせび泣くように音を紡ぎ出す。

 上手い。上手いぞAさん。

 

 その後師弟で合奏してエンディング。

 

(カッコも師匠よりAさんの方がホンモノっぽいし)

 

 帰り際宮司さんがいらっしゃったので立ち話。

「スミマセン、こちらは『たけべ』ですか、『たてべ』ですか」

「た、て、べ、です(きっぱり)」

「世の中の建部神社の殆どは『たけべ』らしいですけど」

「ふふふ。まあこっちに来なさいな」

 木陰へと移動した宮司さんによると、たてべ神社の縁起である日本武尊には、建部(たてべ)何某なる眷属がいたそうで、社名はその人にまつわるそうだ。

 その後甲州弁の特異性から「君が代」の「き・み」は何を意味しているか、イザナミの「ミ」イザナギの「ギ」とは何か、などなど、延々とウンチクを伺った。

「実は12年前に宮司さんに地鎮祭やっていただきました」

「ほうほう」

「その衣装のままハイラックスサーフで乗りつけて来られたのでオッたまげました」

「あれはレンジローバーだけどね。まあまた話を聞きにいらして下さい」

 

 Aさんの演奏を聴くだけでなく、猪原さんや宮司さんとも話ができた楽しいひと時を過ごすことができた。

 

 ところでオマエのサックスはどうなってんのって?

 ・・・ちょっとサボってましたけどね、涼しくなったら再開しようと思ってますよ(目が泳ぐ)。

(肉好きの聖地 野辺山「レストラン141」)

 

 全国津々浦々に「ご当地ソング」と呼ばれるものがある。

「横浜たそがれ」、「そして神戸」、「長崎は今日も雨だった」とか港町はご当地ソングの宝庫だが、圧倒的にご当地ソングが多いのは東京で、カラオケJOYSOUNDに収録されている「東京〇〇」、「〇〇東京」とタイトルに「東京」が入っている曲はなんと1355曲もあるという。

 これに「銀座カンカン娘」だの、「新宿そだち」だのといった文字通りのご当地ソングを加えたらいったいどの位の量になるのだろうか。

 

 ご当地ソングの重要なモチーフは「出会い(恋)」、「別れ」、「酒」らしい。別離の象徴である港町や人が集散する都会がご当地ソングの舞台となるのは自然なことだろう。

 

 一方八ヶ岳南麓はご当地ソング不毛の地である。

 なんせ彼の地は人が少ないから「出会い」もないし、「別れ」といえば葬式ばかり。クルマ社会ゆえ「酒」がテーマになることもないから当然といえば当然だ。

 

 そんな風にタカをくくっていたのだが、ポッドキャスト「八ヶ岳南麓デュアルライフゆるふわラジオ」のお題の関係で調べてみてオッたまげた。

 なんと高名なミュージシャンによる八ヶ岳ご当地ソングがあった。それも2つも。

 

 ひとつは「戦争を知らない子供たち」の杉田二郎作曲の「八ヶ岳」。

「旅の宿」(1972吉田拓郎)、「神田川」(1972かぐや姫)あたりから始まったラブソング系フォークの潮流にのったなかなかの名曲である。 

 

八ヶ岳(1978作詞高石ともや作曲杉田二郎)

花飾りが似合うよ 若い母親だね

手を伸ばせば八ヶ岳 空が高いね

子供連れの旅では ふさわしくないけど

ひとつ部屋で 5年目の遅いハネムーン

(中略)

教会の鐘が鳴る ぼくらのためだね

なだらかな裾野がやさしい秋だね

明日からは街暮らし また始まる 

八ヶ岳はもうすぐ 初雪なんだね

 

(「聖アンデレ教会」1948年清里の地に建立 二人に聴こえた鐘はおそらくここだろう)

 

 5年目の子連れハネムーンということは、2人がつき合い始めたのは1972年頃、ということになる。なんだか「旅の宿」の続編的な曲のようにも思える。

 

 もうひとつは「青葉城恋唄」のさとう宗幸による「愛しき八ヶ岳」。

 

愛しき八ヶ岳(2019作詞・作曲さとう宗幸)

森かげの小径よ

想い出語る小径よ

揺れる野辺の花に

 

寄りそう二つの影

ああ愛しき八ヶ岳よ

歌は流れてゆく 胸に熱く

 

 こちらは2019年作ということでそれほど古い曲ではない。

 曲は「青葉城・・・」風だが、詞はいかにもありがちなもの。「若者集う学び舎に~」とか、甲子園で流れる全国の高校校歌みたいな感じである。

 

 全く地縁のないさとう氏が老年になって突如八ヶ岳のご当地ソングを作ったのも不思議だが、

なんと小海線野辺山駅に歌碑まであるというから驚きだ。

 なんだか村おこしのマーケティングのような気がしなくもない。

 

 そんなわけで興味本位で歌碑を見分することにした。

 ついでに野辺山の名店「レストラン141」で肉でも食ったろか、という大型企画である。

 

 高原大橋を渡ってやがて国道141号にぶつかって北へ北へひた走った。

 そうだ、と途中で思いついたのは蕎麦とカレーの名店「最高地点」。ここの方が近いし、最近カレーを食っていないのであっさりこっちに鞍替えした。

 ところが今朝の「羽鳥慎一モーニングショー」で「最高地点神社」が紹介されていたせいか、

駐車場は満杯。世の中にはヒマな人が多いね(オマエが言うなって)。

 

(長野県神社庁にも登録されてないなんちゃって神社 ご神体はJRから寄贈されたレールだって)

 

 やむなく当初の予定どおり「レストラン141」へ。

 開店間もないこともあり、お客さんの入りは五分といったところだろうか。

 

 さっそくランチメニューを観察したところ、海老フライに目が吸い寄せられた。「デラックス海老フライ・・・なんと4本!」だって。

 

 

 これは食わずばなるまい。

「すみませ~ん、『デラックス海老フライ なんと4本』って結構出ますか」

「出ますよ。ただね・・・」

「・・・(ごくり)」

「昼は肉にした方がいいよ。夜はこの値段じゃ出せないからね。海老フライは今度夜に来て食べなさいな」

「は~い」

 実にまっとう至極なアドバイスではないか。んなわけでBランチ(肉120g)2000円なりをお願いした。

 

 待つこと10分、Bランチがやってきた。

 付属物の野菜たっぷりサラダが凄い。さらにそこに鎮座するブロッコリーは野球のボール並みのデカさだ。

 

(ウサギの餌というよりカバかサイの餌という感じ)

 

(肉にもつけ合わせの野菜(ズッキーニ、エリンギ、エノキ)がどっさり)

 

 ロースターでジュージューやって食う肉の旨いこと。

 ここはごはんも比較的ちゃんとしているのでさらに肉が旨い。

 次回の海老フライ4本づけが楽しみだ。

 

 腹がくちくなると諸々の雑事はどうでもよくなるのが人情というもの。

 歌碑なんぞ今さら見たくもないが、きっとそうなるに違いないと思って歌碑より遠い店でメシを食ったのが、さすがおのれを知れば百戦危うからず、である。

 

 野辺山駅は閑散としていた。

 駐車場の脇に岩が転がっていた。これも20万年前の阿弥陀岳大噴火でここまで飛ばされてきた噴石なのだろうか。

 

 

 もしや、と思って裏側を覗いてみるとはたしてさとう宗幸の歌碑だった。

 

 

(文字もところどころかすれてきている)

 

 う~む。

 想像以上にショボい。

 まあ今日は肉を食いにきたついでに寄っただけだからサ。

 そう自分を納得させて家路についた。

 

 梅雨明けの八ヶ岳はどこまでも、暑い。

 

(定休日じゃなくてよかった~)

(「和信」の海老フライは3本つけ ここと清里「レストハウス八ヶ岳」、「たかねの湯」内レストラン以外で3本つけを見かけた方はご一報ください)

 

「あめみや」の翌日のこと。

 ゴルフの後でゴルフ友のAさん、ゴルフはしないが反省だけはするという有徳人のBさんと向かったのは海鮮居酒屋「味のれん和信」。創業1968年という高根町の老舗である。

 

(スタートは1800なのでまだ明るい 往きはBさんのクルマ、帰りはタクシー)

 

 まずは生ビールで乾杯して、刺身盛り合わせ(二人前)の登場を待った。

 やがて登場した大皿は鄙にも稀な豪華盛り。

 

(見るからに新鮮で旨そう ネタは女将さんが説明してくれたけど全部忘れた)

 

(女将さんは何故かポスターになってる 何故だ)

 

 数えてみると玉子を除いて刺身は7種14切れ。

 この日はBさんの誕生日祝いも兼ねていたことから、まずBさんに5切れの選択権を付与し、

続いてAさんが5切れ選んで残った4切れを私が頂戴する、ということに。

 一番年かさの私が遠慮する、これが人徳というものだろう。

(そのうち何故だか刺身が2切れ余ったので、これが人徳というヤツだなと私が2切れ頂戴したのだが、今写真を確認するとマグロだけ4切れになっているので総数は16切れだったらしい(汗))

 

 ビールのあとはサワーに切り替えた。

 昨晩の失敗があるのでこの日はどうしても慎重にならざるをえない。

 ボトルは止めとこうよ時間が短いしさ、ということでショットでやることに。

 

(シロイカ刺身 スルメイカは不漁だがシロイカ、アオリイカは好調らしい)

 

 連休の最終日、店は満席である。どうやら想像以上の人気店らしい。

 

(揚げ出し豆腐2人前全8切れ 割り当てはしなかったがなんとなく3、3、2で食った模様)

 

(鯛かぶと焼き ほぐし役は主役のBさん)

 

 3人で飲むのは久しぶりで、ああでもないこうでもないと話が弾む。

 話がはずめば酒もガンガン進むのが自然の摂理というものだ。

 

(天ぷら盛り合わせ2人前 海老天4切れのうち2切れを私がもらう代わりに他のネタを食う権利は放棄した)

 

 飲み過ぎ食い過ぎで苦しい。

 ところがAさんがシメが欲しくなったらしく、蕎麦が食いたいと言い出した。

 さあどうするか。

 指を咥えて見てるのも業腹だし、二人前を3人で分けるのもメンドウだからままよと三人前を頼んだ。ついでにご飯ものもちょっと、と悪ノリして穴子寿司を追加。

 

(私だけ海老天もり蕎麦という豪華版 穴子寿司は絶品)

 

 う~む。

 半分ほど食ったら限界がきた。

 みると言い出しっぺのAさんも残しているではないか。

 

 シメを残すのはいかにもおツムが弱いようで、気がひける。

 これ誕生祝いというほどのものじゃないけどサ、と大食漢のBさんに残った蕎麦を押しつけ、宴は無事終了。

 

 勘定を見てオッたまげた。

 高い~。

 どうやらサワーを3人で30杯近く飲んだようだ。

 こんなことならハナからボトルを2本頼んだ方がよかったのに。

 

「羹に懲りて膾を吹く」という。

 とかく人生はピッタリと納まらない。

 損こいた虚しさを抱えながら大泉タクシーで家路についた。

(「あめみや」の海老フライは2本づけ)

 

 この日「八ヶ岳南麓デュアルライフゆるふわラジオ」(長いな~)の収録を終えた私と黒田社長は、創業1969年、八ヶ岳南麓大泉の地で最も古い店「あめみや」へ向かった。 

 もともとは寿司割烹だった「あめみや」だが、三代目の若大将が焼鳥を扱うようになった今ではなんでもござれのコングロマリット系居酒屋に成長している。

 

 1930過ぎに訪れるとさすがに3連休の中日とあって店内は満席、わずかにカウンター席が2つ空いているのみだった。

「大将久しぶり」

「ゆるふわさん久しぶりだね」

 あめみやを訪れるのは3年ぶりだろうか。

 それでも私を覚えていてくれたのは、よほど顔つきが忘れられないものなのか、それとも隠しきれない内面の風雅がなせる業なのか(こわくて聞けないよ~)。

 

「8時で終わりだからね、注文は1回きりだよ」

 う~む。

 そういうことなら余ってもいいから多めに頼むのが常道だろう。

 つまみ玉子焼き

 シメに握り寿司を食いたいという黒田社長のリクエストで寿司1人前

 若大将が焼く焼鳥(ねぎま、つくね)

 海老フライ(私の強いリクエスト)

 イカフライ(イカもいきましょうと黒田社長)

 

 まあこんなものかと思ったが、

あと4000回しかない晩メシで悔いを残すわけにはいかない。ままよ、飽食の時代ゆえ食えなければそれでもいいからサ、と肉野菜炒め

 じゃあ肉豆腐追加していいですか、と黒田社長。

 

 大将が切ってくれた玉子焼きで乾杯(運転手の黒田社長はノンアル)していると、間髪を入れず握り寿司が登場した。寿司台のみをとりしきる大将はどうやらヒマらしい。

 

(順序が逆になっちゃった 頼めば後でも握ってくれたはず)

 

(中村農場産鶏肉を使ったねぎま 備長炭を使って焼鳥コーナーで焼き上げるのがウリだったが今は厨房のグリルで焼いている模様)

 

 1950、いきなり寿司を食って焼鳥2本食った黒田社長は「これで十分ですね~」と早くも腰が引け始めた。

 

 そこにやってきたのが今宵の注文で最も高カロリーのフライ群である。

 

(イカフライは大ぶりのものがなんと5切れ)

 

「うわ~、すごいボリューム」

「黒田さんが頼んだんだから、3切れ食っていいですよ」

 そんなに食ったら海老フライは無理です、というのでじゃあ私が2本食っていいですかと尋ねるとお願いしますとのこと。

 名古屋出身の黒田社長によると「名古屋人はエビフリャーが大好き」というのは都市伝説で、実際はそれほどチヤホヤされている食い物ではないらしい。

 

 2000、看板間近にもかかわらず肉豆腐と肉野菜炒めが残ったまま。

「大将折詰めにして持って帰ってもいい?」

「ああ、いいさよ~」

 お店にしても残り物を前にウダウダ粘られても迷惑だろう。

 

 じゃあそろそろ行きますか、と黒田社長に声をかけると当人は最後のイカフライに睨まれたカエル状態。

「あの、折をもうひとつ貰っていいですか」

 黒田社長は残ったイカフライと野菜類を折に詰め込んだ。 

 

 空腹のうえオーダー1回こっきりの押せ押せ状態とはいえ、頼み過ぎだ。

 

 もう若くないさと君に言い訳したね~

 

 最後の客となった2人が店を後にすると、ひっそりとした店内には懐かしい曲が流れていた。

 

(遅くまでど~もスミマセン)  

(アブ(虻)ハエの仲間で我が国には約7600種存在するとのこと)

 

 ゴルフの練習をしていたら、半ズボンの脚がムズムズした。

 見るとやや大ぶりの昆虫が脛の脇に止っていた。どうやらアブらしい。

 

 それから5分もしないうちに脛の辺りが一面どす黒く変色した。それほど痛みは感じなかったのだが、毒性が強いようだ。

 子供の頃からプールや海でアブはしょっちゅう見かけたが、刺されたのは69年の人生でこれが初めてである。

 

 幸い変色だけで済んでよかったが、八ヶ岳南麓には危険生物が多い。

 筆頭はなんといってもスズメバチだろう。

 2025年のスズメバチによる死者数は全国で18人。

 クマの被害(13人)より多く、我が国で最も危険な生物である。ちなみにこれまでの年間最多死者数は73人(1984年)だというから侮れない。

 

(「みんなの蜂駆除屋さん」より 見かけたら「これはどのスズメバチ?」なんて観察しないで立ち去ること)

 

 スズメバチの被害は8月、9月に集中しているから今後警戒が必要である。

 散歩や畑仕事の最中に哨戒飛行をしているスズメバチに出くわした際はしゃがみ込んで動かないようにするのが最適とのこと。急に逃げ出したり手で払ったりすると連中は敵対行動とみなすらしい。

 スズメバチの毒は水溶性なので刺されたらすぐ流水で傷口を洗うのはそこそこ効果が期待できる由。

 なん年か前にハチ対策でポイズンリムーバーを買ったが、実験してみるとそれほど吸毒力は期待できないように思える。

 

 もうひとつの危険生物がマムシである。

 この10年で庭や近所で見かけたヘビはマムシ、アオダイショウ、ヤマカガシ、シマヘビの4種。合わせて10匹弱といったところだろうか。

 

 マムシの被害は年間2000件ほどで死者数は毎年10人程度。ルイヴィトンのモノグラムのような紋様が特徴なのですぐそれと分かる。

 産卵から子育て時期の6~9月に被害が集中しているので、スズメバチと並んでこれから注意が必要だ。

 

 マムシに噛まれたらただちに119番。対毒の血清剤が必須であるが、私が調べた限りでは地元の医院には置いてないようだ。

 ちなみにアオダイショウの子供はマムシと瓜二つ。外敵から身を守るためにマムシに擬態しているというがホントウだろうか。

 それらしいヘビに出くわした時「こいつはマムシかな、それともアオダイショウの子供かなあ」などと観察する必要はない。噛まれたら即119番、噛まれる前なら一目散に退散すること。

 

 ヤマカガシは派手な赤色の紋様があってすぐそれと分かる。

 一応毒蛇なのだが毒牙が口の奥の方にあってまず噛まれる心配はないという。事実1990年代まではヤマカガシに毒はないと思われていた。

 

(マムシ(左)、ヤマカガシはひと目で分かる それ以外のヘビは地味な佇まい)

 

 梅雨が明ければ野外で活動する機会も増える。

 黒っぽい服を避ける、半ズボンを避ける、裸足・サンダル履きで歩き回らないなどの対策は講じた方がよいだろう。 

(ノーザンハイブッシュ系「ジャージー」)

 

 ポリフェノール、ビタミンEを大量に含み栄養価の高いというブルーベリーを庭の周辺に植えたのはかれこれ10年前のこと。

 いずれも寒冷地向きのノーザンハイブッシュ系だが、成長は思いの外遅く、樹高はせいぜい1.5mほどにとどまっている。

 

 例年この時期にホンの少しだけ実をつけていたが、今年はようやく成人を迎えたのか、初めて多くの実をつけた。

 

(同「バーリントン」)

 

 特に実がついたのは庭の西北隅に植えた「ジャージー」と「バーリントン」の2種。隣家との

境にある高木(種類は不明)のせいで1日の半分は日がささない悪い場所なのだが、高温多湿を

嫌うというノーザンハイブッシュにとっては西日が遮られるのでかえって居心地がいいのかもしれない。

 

 私はブルーベリーを食いたいとは金輪際思わないが、家内のためにエンヤコラと収穫に励んだ。

 まあこん位でいいだろうと気が緩んだのが命とり、笊は我が手からポロリと落ちて草むらへ。あわてて拾ってみたものの、雑草が結構伸びていてとりにくいうえに気配を察したヤブ蚊がワンワン蝟集してきて泣く泣く撤退するハメになった。

 

(手元に残ったのはわずかな実のみ)

 

 実は冷凍しておいてヨーグルトなんかに載せて食えばよい。

 まあ風物詩のようなものだから少しでも口に入れば御の字だ(オマエが言うな)。

 

 ブルーベリーの収穫が終われば梅雨も明けて八ヶ岳南麓にも本格的な夏がやってくる。

 

(ミニトマトアイコの成長が遅い やっぱり接木苗にしなくちゃダメらしい)