八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳南麓大泉と東京を行ったり来たりの毎日。日々のよしなしごとを綴ります。

 
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(古備前にルドベキアを無造作に放り込んでみた 繊細と奔放、生と死、そういったモチーフが感じ取れる方はゲージツの心があります)

 

 8月20日、岡山より、旧友岡山氏(仮称)が遊びに来た。移動距離800kmの大ツアーである。この男は会社の同期だがすでに20年位前に退職し、今は地元の女子短大で教鞭をとっている。

 

(愛車スズキジムニー 走行距離20万キロ!)  

 

 いったい何を教えているのか、彼の識見、能力から全く想像がつかないのだが、本人もその辺は十分恥じ入っているらしく、

「まあ、いろいろだよ」と言葉を濁す。根がナイーブな好漢なのである。

 

「はは~ん、これは見栄をはって教職と称しているが、実は用務員さんかなんかだな」、と私が邪推しているのが伝わったらしく、

「結構評判いいよ。『単位楽勝』ってさ」、と付け加える。根が空気を読む好漢なのである。

 

 2年前、大泉に家を建てた、と伝えると岡山氏は我がことのように喜んでくれ、新築祝いとして実家に秘蔵されていたという備前焼の壷を、厳重な包装を施して送ってくれた。

 ひょっとして古備前?、と尋ねるとそれは定かではないが、モノはいいはずだ、という。根が気前のいい好漢なのである。

 

 私は感激して、1万円近くするマロングラッセをお礼に送ったが、ある日押し入れの整理をしていると、

この古備前とウリふたつの花器が出てきた。家内が学生時代に習い事で使ったもので、生徒さんみんなで同じようなものを買ったそうだが、値段は1,000円かそこいらだった、というではないか。

 私は憤激し、マロングラッセ返還を要求しようと思ったが、考えてみれば根が頭のちょっと弱い男である。お祝いの気持ちだけでもよしとして、花器の方を古備前に格上げすることにした。

 

(見よ 堂々の古備前である)

 

 夜は我が家でバーベキューで歓待した後、「サニーサイドカフェ」に一杯やりに行った。ラムトニックを

ほんとに一杯ずつ、その後懐中電灯を手に、夜道をトボトボと歩いて帰った。

 

(山盛りラムトニック 2杯で1,000円!)

 

 そらは、岡山氏が着いた時こそ興奮したが、すぐ慣れた。ところが、一夜明けてみると、なんか得体のしれないおっさんが同居しているという状況が理解できないようだ。

(なんか見覚えがあるような、誰だっけ?)

 

 これから1泊で八ヶ岳周遊の旅に出る。

 

 

      

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 8月19日、一週間ぶりの大泉、そらは朝の散歩でライト君(オス10歳 犬種はなんだっけ?)と久しぶりの対面である。ライト君とはオス同士だが、お互い仲がよい。

 

(お~す!)               (くんくん、元気そうだね~)

 

 午後、老師が怪我をしたので、Jマート近くの「いのうえ整形外科」へ連れて行った。「森の診療所」見学の好機ではあるが(不謹慎だ)、同診療所は内科のみなので、やむを得ない(そういう問題ではない!)。

 先生方も看護師の皆さんも明るく親切な方ばかり、院内も明るく気持ちのいい医院である。

  

(3年前にオープンしたそうだ)

 

 すっかり元気になった老師は、看護師さんに冗談言ったりして幸せそうである。ヴァンフォーレ甲府の

うちわをお土産にいただいた。お世話になりました。

(老師の電話連絡用に1枚 私も1枚、計2枚もらう 私はこの手のものに目がない)

 

 16:30頃帰宅すると、パル君一家が遊びに来てくれた。パル君はゴールデンレトリバーのオス、20歳に近い老犬である。春に手術をしたが、すっかり元気になったようで何よりである。

(ヨッ!おひさ)

 

 パル君一家は杉並のご近所さんで、散歩で時々出会って挨拶をする関係だったのだが、2年前の夏に

ひまわり市場で偶然出くわした。

 聞けばパル君は幼犬のころ盲導犬の訓練を受けていたが、性格的に不適当なところがあって不合格になったそうだ。そういう不合格犬を引き取る里親ネットワークのようなものがあるそうで、その縁で清里にしばしばいらっしゃる、とのことであった。

 それ以来スケジュールが合うと、我が家に寄ってくださるのである。ちなみに、私がしょっちゅう食べに行く大泉「カーティスクリーク」のワンちゃんも、不合格犬仲間だそうだ。

 

 パル君の登場にそらは大興奮である。

単純にうれしいのと、自分のテリトリーが侵犯されることに対する警戒、私と家内がパル君をかわいがることに対する嫉妬、そういった感情が自分でも制御できず、パル君にマウンティングを繰り返し始める。やむを得ず、何の罪もないパル君はデッキに隔離されることになってしまった。

(え~僕なの? でもマウンティングされるよりいいや)

 
移動の疲れ
ライト君との交流
長い留守番のストレス(老師の治療の際)
パル君訪問の興奮
 
 そんなものが一斉に降りかかってきたそらは、ぐったり。
 晩メシをたいらげるやいなや、電光石火の爆睡である。おつかれさん。
 

(どんな夢をみているのだろうか)

 

 

      

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 8月18日(金)気温はさほどでもないが、蒸し暑い。揚げ物には適当とはいえない陽気だが、かねて懸案の神田須田町「やまいち」に行くことにした。

 

 11:20淡路町交差点に着く。

 この界隈には、あちこちの電柱に「みますや→」「みますや↑」と大量の看板があることに気がついた。
  20年近く前の血気盛んな頃、通ぶってみますやには何回か通ったものだ。まだ時間があるので久しぶりに訪ねてみると、ありました。神田司町「みますや」。

創業明治38年、この辺でも最も古い飲み屋である(食べログスコア3.58 なんてことない古いだけの居酒屋だけどけっこういいスコアだ)

 (いまでも土間があるのだろうか 店舗の周囲は「みますやビル」。ここも儲かってます)
 
 全く知らなかったのだが、ランチをやっている。ここで焼き魚かなんかで、という誘惑を必死に断ち切った。悔いが残る。
 
 ちょっと南の路地に出ると、すでにお客さんが満員の店がある。「うお幸」。朝定食500円というのもやってるらしい(食べログスコア3.23)。
 気持ちが魚に傾いているので、ふらふらと店先に進んでしまう。20年前の私なら、迷うことなくここで刺身定食かなんかを食ってから「やまいち」でカツ、という行動をとっていただろう。
 
「今だって、やればできるよ。まだ若いよ。」
「そうだそうだ。この後クルマにひかれて死んでごらん。食わなかったの後悔するよ。一期一会だよ。」
「じゃあ、こういうのどうだ?定食でメシ抜きにするの。それなら前菜と同じだろ。」
「いや、メシ半分でいいんじゃないか。やまいちもメシ半分にしてさ。」
脳内野党の声がうるさい。やかましい、野党を叱責しながら断腸の思いで、去る。

(ここの電柱にも「みますや←」)

 

 須田町方面に進むと、ジャズバー「Gugan」。注意書き(というのだろうか)に、

・ 迷惑にならない程度の会話可

・ 喫煙者優先

・ 食べ物はありません

 客に媚びない、というこの姿勢、頭が下がる。「食べにくるリスト」へ(食べ物がないので、この場合「飲みにくるリスト」である)。

(食べログスコアはなかった・・・)

(中はこんな感じらしい)

 

 外堀通りを横断して司町から須田町に入ると、みますや級のぼろい天婦羅屋があった。「八ツ手屋」。

モロに私のツボ。もう止めよう。急ぎメシ。街をぶらぶらして、気に入ったものを食う。これが一番だ。

 

「そうだよ、おまいさん、あんた元々腕はいいんだからさ。変に依怙地になっちまうのが、なんだけどね。」

「富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 揚げもんに変わりがあるじゃなし、ってさ」

誰だか分からない声が背中を押す。

 ごま油の香ばしい匂いの中、ふらふらと暖簾に手をかけたところで、われに返った。 

(食べログスコア3.57だって! あ~後悔)

 

 そうこうするうちに11:40、ついに誘惑に打ち勝ったユルフワシッタールダは、栄光の殿堂「やまいち」の戸をガラリと開けたのであった。勢いが良すぎて、店内のお客さんが一斉にこっちを見る。

(関連記事勝漫で20年ぶり大かつ丼

 

 開店後10分、勝漫と同程度の大きさの店内はすでにほぼ満員である。さっそく「かつ丼1,700円」を

注文した。その間にもお客さんは次々と来店、5人、6人と順番待ちとなった。

 

 待つことおよそ10分、かつ丼堂々登場である。店内ではかつ丼を食うお客さんが一番多いように思える。次が「上ロース海老1本追加」が人気のようだ(私もそれが良かった・・・)。

(ロースカツが7切れ この配列はかつての勝漫と同じだ)

 

 旨い。勝漫と比べてどうか、と問われると何ともいえない。客の入り、という点ではやまいちに軍配があがるのかもしれないが私にはこの勝負引き分け、である。

 

 12時を過ぎ、帰りを急ぐ。

「和菓子司庄之助」で老師のお土産として、「二十二代庄之助最中」を買った。

(やまいちと同じ区画 関連記事そらとニンジン

 

一坪程度の狭い店内には和菓子と相撲グッズが満載である)

 

  老師はこの最中がすこぶる気に入ったようだ。

  次回は、お土産を買うついでに、「八ツ手屋」へ。

 

  まさに一石二鳥、これにて千秋楽にござりまする~。

 
 

      

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 8月17日付け日経新聞朝刊に、「国民健康保険料統一進まず」との記事があった。

 なんでも、来年度から国民健康保険事業の運営主体を各市町村から都道府県に移管することになっているが、都道府県内の料率統一作業が進んでおらず、現時点ではわずかに山梨県など9府県が統一に向けた検討に着手している状況である、とのことだ。

(なんであれ、健康がいちばんさ~  「みさおとふくまる」より)

 

 ふ~ん、なんだか大変そうだね、とのんびり構えていたが、よく考えてみれば2020年4月からは(現企業健康保険の任意継続期間が終わるため)、私も国民健康保険の被保険者になるのであるから他人事ではない。

 

 国民健康保険料は高い、老後の年金生活の圧迫要因、という話はよく聞く。実際どれくらいの負担になるのか、はたまた自治体によって格差があるのか、調べてみた。その結果次第では、住民票は杉並区のまま、という選択肢もある。

 調査対象は現在の住まいの杉並区、北杜市、甲府市(県内統一の際のベースとなりそうだから)、それから老人医療費無料で有名な長野県原村の4都市である。

(料率などは各自治体HPより)

 

 現時点では、杉並区よりは北杜市に住民登録した方がよさそうだ。モデルケースで月に4,158円、

豆玄コーヒー換算693グラム相当の節約となる。

 

 よっしゃ~北杜市だ、というのは早計だ。

 

 まず、県内統一作業の過程で、北杜市もマジョリティの甲府市にひきずられて、料率が上がるものと思われる。

 
 次に、「資産割」の扱いである。もともと課税根拠の曖昧な固定資産税と健康保険料を連関させた狂気の沙汰「資産割」は、厚生労働省の指導で都道府県移管の際に廃止される模様である。

 

「保険料適正算定マニュアル」(2016.2厚生労働省保険局国民健康保険課編)によると、

4方式の場合(=現北杜市) 所得割40% : 資産割10% : 均等割35% : 平等割15%

3方式の場合(=現甲府市) 所得割50% : 資産割 0% : 均等割35% : 平等割15%

としなさい、となっているので、資産割廃止の折には所得割の税率が現行の20%増しとなり、杉並区と大差ない料率となる。

この結果、私の場合は北杜市内の資産が少ないので、保険料が10%程度値上げとなる(泣)。

 
 これらの帰趨がはっきりしないうちは、どの自治体が、というのはにわかに判断ができない。

 

 老人医療費無料の村、原村の保険料がそれほど安くないのも意外である。ペンション産業が衰退し、村興しとして始めた施策なのだろうが、噂が噂を呼び、今では「医療費特別給付金」も年間2億円規模に

迫っているのではないだろうか。最近受給対象年齢を引き上げたようだが、同村HPを見るとさらに70歳以上に限定するらしい。

 

 原村を批判するつもりは毛頭ないが、この手の給付金施策というのはちょっとズルいところがあって、支出してもそれに伴って地方交付税交付金も増えるので、自治体の腹は大して痛まないのだ(それでも変なバラマキよりはるかにマシであるが)。

「やったもん勝ち」という意味では返礼品つきふるさと納税とよく似ている。

 原村の財政も、地方交付税17億円(平成27年度決算値)が主要財源で、自主財源率はわずかに38%、来年度の長野県統合の時点で、施策そのものの見直し論が高まるに違いない。

 
 国民健康保険料はさておいて、杉並区、北杜市どちらの住民となるか。
 温泉が安くなることはともかく(どうせ使わない)、「5年間毎月レシート収集」という全く意味のない苦役から解放される分、わずかに北杜市がよい、というところだろうか。
 

(左 阿佐ヶ谷河北総合病院 右 北杜市甲陽病院 将来どちらの厄介になるのだろうか)

 
 

      

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 私は「ハゲ家系」である。オヤジは若ハゲ、祖父も二人とも見事なつるっぱげであった。

(3人とも花札のボウズそのもの)

 

 1973年、第一製薬(現第一三共ヘルスケア)が、

「抜け始めてわかる 髪は長~い 友だち」というキャッチーなCMとともに育毛剤「カロヤン」を発売した。ハゲ恐怖におびえる当時の私は、すぐさまこれに飛びつき、以来44年間毎日かかさず使ってきた(カロヤン製造中止により2010年からは「カロヤンアポジカΣ」を使用)。

 その霊験はあらたか、額は多少後退したものの、私の髪は、まさに長~い友達としていまだに健在である。

 

(カロヤンアポジカΣ 主成分 カルプロニウム塩化物水和物(なんのこっちゃ?))

 

 また、フケが出ると見栄えが悪いうえに、いかにも毛根が詰まって抜け毛を助長しそうなので、LIONが1985年に発売したオクトシャンプーをこれも一貫して毎日使っている。おかげで、32年間フケとは無縁の生活を過ごしてきた。

 

(オクトシャンプー 主成分 ピロクトンオラミン(はあ?))

 

 ところが、6月頃から頭がかゆくなってきた。当初は庭仕事で大泉の強烈な紫外線を浴び、そのせいで

頭が日焼け状態なのだろう、と楽観していたのだが、いつまでもかゆい。

 ググってみると、「 脂漏性皮膚炎」という業病をわずらった可能性がある。昨年4月の水疱瘡に見られるごとく、ここに来て免疫力が落ちているので、いろんな細菌性の病気になりやすいのである。グーグル先生によると、「放置するとハゲにつながる」というではないか。

 

 あわててオクトシャンプーのQ&Aを見ると、

Q 脂漏性皮膚炎でも使えますか?

 「使用できません。湿疹や皮膚炎(かぶれ、ただれ)等の皮ふ障害があるときには、悪化させるおそれ 
  があるので使用しないでください」

とある。

 

 こうして、私は32年つきあったオクトシャンプーにいったん別れを告げることにした。また、刺激もいけないだろう、ということで、カロヤンも44年ぶりに使用を中止したのである。

 

 さっそくひまわり市場向かいのウエルシアに行き、数ある類似商品から選んだのが、

 

ロート製薬「薬用シャンプーメディクイックH」 である(1,800円位)。

 

 この商品を選んだ理由、それはボトル上部にプリントされた懐かしの「メンソレータム」のシンボルマークであった。カイカイ、切り傷、湿疹、子供の頃なにかとお世話になった万能薬だ。

(近江兄弟社がライセンス販売していた「メンソレータム(製造元米国メンソレータム社)」は、1988年にロート製薬に会社ごと買収された。 近江兄弟社は現在、類似商品「メンターム」をピーターパンのようなシンボルマークで販売している)

 

 懐かしさに惹かれて偶然選んだ商品だが、これは効きます。

 かゆみがピタリと収まった。

 アマゾンのレビューを見ると、脂漏性皮膚炎(なんとも恐ろしげな名前)の方も、ひどいフケ性の方も、みな高評価である。

 

 同様の症状の方、ぜひ一度試してください。

 
(ロート製薬HP製品情報より)
メディクイックH頭皮のメディカルシャンプー」はフケ・かゆみの原因菌の増殖を抑える抗真菌成分(ミコナゾール硝酸塩)と、炎症を抑える抗炎症成分(グリチルリチン酸ジカリウム)を配合した薬用シャンプー。
しっかり洗っても頭皮がかゆい方や、フケが気になる方におすすめです。症状が改善した後も、予防として毎日お使いいただけます。
これ1本でも髪の毛がきしみにくい、コンディショニング成分配合。さっぱりした洗い心地で、リフレッシュシトラスの香りです。
弱酸性・アミノ酸系洗浄成分・保湿成分配合・ノンシリコン処方・無着色。
 
・・・それは分かったけど、商品名の「H」は何?
 
 

      

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 北海道出身の友人と高田馬場で飲むことになった。私は地下鉄東西線、友人は山手線で通勤しているので、どちらも都合がいいという理由である。

 高田馬場の街自体は、学生君の街であること、JR、地下鉄、西武線の結節点であること、さらに繁華街が早稲田通り沿いに東西に伸びていてその歩道がすこぶる狭いことから、「雑踏」という印象が強い。

 

 地名の由来である「馬場」は、駅からおよそ3kmほど東方にあったようだ。1910年新駅開設の際、

地元住民は「戸塚駅」とするよう陳情したそうだが、東海道線にすでに戸塚駅があることから却下、なんとなく「高田馬場駅」となったらしい。

 (天保13年(1842年)当時の地図 ほぼ山手線の内側が「江戸市中」だったことがわかる

  高田馬場界隈は「市中」から外れている。妙正寺川、善福寺川の合流点で町を造成するには不適切
  なロケーションだったのかもしれない           画像は「古地図で見る江戸時代の関東」より)

 

 18:00雨のそぼ降る中、まずは単独行で店さがしのスタートだ。この時山中慎介がまさかのTKO負けを喫しているとは知るよしもない。

 

 まず、スタートはいつもの「青柳」へ。高田馬場のスタートは100%ここであるが、残念ながらお盆休みであった。

(新店を構えて、おなじみの「まずい魚」、「宮内庁御用なし」のコピーは看板に堂々と刻まれている)

 

 神田川方面に路地を進むと、中華バル、という感じの「PANDA Street」。ここはワインが置いてあるうえに、餃子が3個で頼めるので2軒目に好適である。私は麻婆豆腐も必ず注文するがそれはお好みで。

(店内が明るいので営業中かと思ったが、やはり休業だ)

 

 神田川のほとりまで出ると、「ババミャンマーヌードル」。ミャンマー人と思わしきお客さんでいつも

満席である(食べログスコア3.41)。看板の「えんむすび」というのが謎だが、どうも旧店名らしい。

 
 ちょっと戻って路地を駅方面へ。ぽつりぽつりと店がある。いずれも落ち着いた風情で、早稲田通り沿いの赤看板の店たちとは一線を画している。
 そんな中、「巴喰利家(ぱくりや)」というのが目についた。「煮物の店」だという。いいじゃないですか。
立て看板にべたっと貼ってある紙を見ると、「白ワイン 甲州」とある。
 私は大泉で白ワインを飲むときは、セブンイレブンで売っている「シャトーマルス甲州穂坂」を愛飲している(1700円位だがおいしいです)。 その白ワインで、里芋や厚揚げとかを煮たようなものを食う自分
をうっとりと想像した。
 
 
 店を物色しながら、早稲田通りに戻る。ファミマの横の路地を入ると、派手な店構えのタイレストラン
「カオタイ(タイ語でタイのご飯)」。 ランチビュッフェがあるらしい(食べログスコア3.18)。
 
 さらに路地を進むと、イタリアン「CAPOLAVORO」。野菜中心のイタリアンだという(食べログスコア3.52)。店名はイタリア語で「傑作」。
(女性客が2組 さすが野菜の力)
 
 さらに、さらに路地を進むと、袋小路であった。早稲田通りと神田川にはさまれたここら辺の界隈は、意外なほど袋小路があるが、これはその中でも大物の袋小路だ。

 

(台風5号のような進路で袋小路にはまりこんだ)

 

 するとそのドンヅマリに、「ECHIGOYA STUDIOカフェ」。なんともうっとりするようなたたずまいである

(店内は明るいがここもお盆休み 食べログスコア3.05)

 

 結局、高田馬場に向かいつつある友人の意向も確認し、「煮物の店」巴喰利家へ。これまでのルートを逆回りである。ほどなく友人も現地に到着、さっそく酒盛りだ。

レバーペースト

明太とクリームチーズの春巻

トリッパ煮

手羽先揚げ

ガーリックチャーハン

レモンサワー×1

生ビール×1

白ワイン甲州 デキャンタ×6

合計7,700円であった。なお、「白ワイン甲州」でググってみると、似たような名称のワインが無数にあるではないか。この店の白ワイン甲州がどれなのかは全くわからない。

 

 里芋と厚揚げ、とか言ってたのに食ってないなあ、と消えゆく意識の中でぼんやりと考え、近くの

和風割烹へ(名前忘れた 地図の☆のところ)。

 獺祭4.5合(友人)、磯自慢など3.0合(私)を飲み干して、代金はいくらだったか忘れたが、今宵のぶらり旅も無事終了したのであった。

 

(あ~あ、よく降るし、よく飲むね。)

 
 

      

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 2017年8月15日、戦後72年目の終戦記念日はあいにくの雨である。

 私は、反権力、反権威、どちらかというとヒダリがかっている方だと思うが、靖国は別物である。

 ここには太平洋戦争の戦没者だけでも232万の英霊が眠っているのだ。
 
 春の晩、家族みんなで貧しいながらも楽しい夕食だ
 上の子は4月から国民学校へ 下の子もようやく歯がはえそろった
 ささやかな幸せ、そんな思いが去来する
 そこに突然玄関をたたく音、妻が出てみると、「おめでとうございます」と赤い紙
 
 やがて南方の戦場で飢えとマラリアに苦しむ毎日
 生きて故国の土を踏むことはもはやありえまい
 ひと目妻と子に会いたい 両親に先立つ不孝を詫びたい
 家族の写真を握りしめ、一人、また一人と物言わぬムクロとなってゆく
  

 私は神も仏も、魂の永遠も全く信じないが、家族と引き離され無念の最期をとげた数多くの英霊に想いをよせる場があってもいいと思う。 軍国主義の象徴、A級戦犯合祀反対、そんなことはこの際どうでもよいではないか。

 

 9:30、九段下交差点界隈は、デモ警備の準備をするお巡りさんたちが飛び回っている。

 ひとこと「ご苦労様です」と声をかけたかったが、あいにくオフホワイトの麻ジャケットとズボン、白紺のストライプシャツ、という怪しげな風体のため自粛した。

(厳重な警戒態勢)

 

 デモは10時以降なので、参道を行きかう人々もどこかのんびりしている。周囲を見渡すと、一番タチが

悪そうなのが、私だ(汗)。

(西南の役からこっち、246万6,584柱の英霊が祀られている そのほとんどが無理やり戦争に

 駆り出され、無念の死を遂げたのだ)

 

(靖国の所轄麹町消防署 神田署三崎町出張所の方が近いのでは?最近消防関係につい目が行く)

 

(参拝客であふれる拝殿前 行列が次第にのびる)

 

 参拝を終えてふと見ると、異形の集団が。 なんと、台湾からの参拝者である。

 

(見よ 堂々の台湾参拝団  先導のおっちゃんがハローキティのショルダーバッグを持っていた)

 

 志半ばで凶刃に斃れた大村益次郎像。はるか東方を睥睨している。

(享年46 上野寛永寺を眺める益次郎を題材としているそうだ)

 

 日々平和に人生を楽しんでいる幸福をかみしめながら、帰途についた。

 

 生ある限り、豊かに生きてまいります。そんな決意を新たにした一日であった。

 

 

      

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  松山英樹君、全米プロ惜しかった。わずかなミス、わずかな運で手が届かなかったが、メジャーで勝
 つのは時間の問題だ。

(似てると思いませんか?)

 
 ちょうど20年前、私はお茶の水のオフィス勤務となったが、そこで出くわしたのが「ヒルメシ番長」こと、某次長であった。
 この番長とは叔父、甥の関係(=直属の上下でなく、隣同士の部で役職が違う)というサラリーマンが最も気楽につきあえる関係であったうえに、無類の大食漢という共通項があったことから、毎日のようにヒルメシに誘っていただいた。

 神楽坂「大〆(大阪寿司)」、同「志な乃(蕎麦屋だが鍋焼きうどんを食う)」、赤坂「はやし(日本一の親子丼)」、神保町「揚子江菜館」等々、中でも印象深いのが、神田須田町「勝漫」である。その旨さは筆舌に尽くしがたく、私の精神と胃袋に深い感銘を与えたのだ。

 

 11時を回ったころ、番長が巨躯を揺らして近づいてくる。

「ふふ。行っちゃう?カツマン。連チャンで。」

 二つ返事の私は番長と11:30ビルのロビーで待ち合わせ、片道20分かけてノシノシと勝漫へ。

 名物「大かつ丼」も食いたいし、ロースカツも捨てがたい、迷っていると番長がささやく。

「ふふ。カツ、半分こしようか?オレ出すから」

 大かつ丼を平らげ、ロースカツも食うと腹がはちきれそうだ。すると番長がまたささやく。

「ふふ。タクシーで帰ろうよ。オレ出すから」

 番長の実家は茨城だか栃木だかの地主で、給料は小遣い、という噂の人物であった。まさに私のB級グルメの師だったのである。

 

 その後番長とのおつきあいはなくなってしまったが、2007年、勝漫にお家騒動が勃発、揚げ方が独立して近所に「やまいち」というとんかつ屋をオープンした、という噂を耳にした。

 

 サラリーマン人生も残り7か月ちょっと、食い意地の原点「勝漫」を20年ぶりに訪れることにした。

 小川町交差点から2つほど南の路地を入ると、昔と同じ勝漫だ。場所の記憶は曖昧だったが、胃袋がしっかり覚えていてくれた。記憶したり、消化したり、胃袋も大変だ。

 

 店内の様子はパッと見、昔と変わっていない。メニューも同じ。せまい店なのに店員が6人もいるのが異様である(かつては二人で切り盛りしていた)。迷わず「大かつ丼」を注文した。

(大かつ丼1,700円 カツの量も盛り付けも変わっていない)
 
 味は昔と変わっていないように思えるが、こっちは変わってしまった。恥ずかしながらご飯を少し残す。あわよくば「やまいち」のかつ丼も食って味比べ、などと考えていたが、身の程知らずもいいところだ。
(店の向かいは「東京蒟蒻会館」という謎の建物が往時のまま。一階は小じゃれたバルになっていた)
 
 100メートルも離れていないところに「やまいち」が店を構えていた。独立した揚げ方さんも亡くなって、今は昼だけの営業、と何かで見たが、真偽はわからない。
(食べログスコア3.82  勝漫は3.58)
 
 腹がはちきれそうなので、JRお茶の水駅まで散策だ。靖国通りに出ると、そこは蕎麦「まつや」。ひっきりなしに客が出入りしている。
 汚い造作で健気に蕎麦を打って、という印象だが、もりはしっかり650円取るし、吉祥寺やらそこいらに
支店は出すし、通販も手掛けている。おそらく土地の権利関係で建て替えができないのだろう。
(もり650円 室町砂場600円、藪は670円 ゆで太郎320円)
 
 神田「藪そば」。火事出してヒョウタンから駒、立派な店構えに生まれ変わった。
 そういえば番長は決して蕎麦屋には行かなかった。理由は、「大した食いもんでもないくせに、法外に高い」からである。
 
 まつやと藪の中間地点の立ち食いソバ屋。お客さんが屋外で文字通り立ち食いしている。これが蕎麦屋の原点でしょう。
 神田三崎町「とうがらし」を凌駕する立ち食いソバ屋があるとは思えないが、いちおう「食べにくるリスト」へ。
(写真右下のお客さん二人組は順番待ちではなく、路上で蕎麦を食っている)
 
 次回は「やまいち」のかつ丼だ。
 勝漫の大かつ丼の味を忘れてしまいそうだが、少し涼しくなってからでないと完食の自信がない。
 自分の歳を思い知らされた一日であった。
 
 

      

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 18:00マルタケにて肉食開始。お客は我々以外に家族連れが1組いるだけで、あとは5、6組すべて

カップルである。肉の焼ける音以外は静かな店内に我々の高笑いや怒声が響き渡る。迷惑な話だ。

  

 (店構えはショボいが中はもっとショボい 造作と人件費にカネをかけない店は旨いに決まっている)

 

ロース 500円×1(以下値段はうろ覚え)

カルビ 500円×2

ミノ   600円×1

レバー 600円×1

特選ロース 2,450円×1 (これは間違いないと思う)

ナムル 500円×1

超大盛キャベツ(無料)

サワー×2(私)

ウオッカトニック×2(私)

生ビール×1(私)

ウーロン茶×4(友人)

以上8,000円くらい

 

 特選ロースは、友人の制止を無視して頼んだのだが、脂が強くて往生した。

「ほらね、前回も同じだったんですよ」と友人。そこから怒涛の口撃が始まった。

・ いい歳して飲みすぎである。もし一緒にいるときに倒れたら、私は奥様に顔向けできない。

・ しかも最近は酔うのが早い。酔うと人の話を聞いてない。特選ロースがいい例だ。

・ 前回親戚の大学受験の件で相談したときも、生返事ばかりであった。

 

「私の話を聞くのが苦痛だというなら、はっきりそうおっしゃっていただきたい(キッパリ)」という友人の

顔を見ると、酔っ払っていない。そりゃそうだ、まだウーロン茶しか飲んでないんだからなあ、まあ、まあ、まあ、と宥めながら外に出るとまだ19時である。

 

 今日は醜態をさらすまい、固く心に誓う。

 

 この友人には奇癖があって、2軒目は必ず違う場所に移動して飲みたがるのである。案の定「四谷に行きましょう」と言ってきたが、最近四谷は食傷気味だしなあ、でも少し下手に出て友の歓心を買った方がいいかもなあ、など夜風に吹かれながらぼんやりしていると、「神楽坂でもいいです」と救いの手を差し伸べてきた。友人は神楽坂上の会社に勤務していた経歴があるのだ。

 

 よ~し、神楽坂だ。この際溜まっている「食べにくるリスト」も消化できるし、好都合である。歩いて行こうか、と水を向けるとOKの返事。「stand by me」を口ずさみながら夜の行進である。水道橋方面の下り坂をトボトボ歩いていると、昔懐かしいジャズライブハウス「東京倶楽部」が営業中であったが、友人の心は

はるか神楽坂に翔んでいる。

 

(我々の行進ルート 歩行距離おおよそ4km)

 

 飯田橋交差点東側でお巡りさん二人組に遭遇した(地図の★の辺り)。さっそく職務質問だ(私が)。

ゆる「もしもし、何してるんですか?事件?」

警官「いえ事件はないのでご安心ください。ただの警戒中です」

ゆる「お盆休みなのに、ご苦労様であります!(敬礼)」

警官「ああ、どうも。どちらへ行かれるのですか」

ゆる「わはは~。あっちです。神楽坂です~」

警官「ああ、そこは(横断歩道を指す)自転車専用なんで、歩行者は歩道橋使ってください」

ゆる「自転車専用?ふ~ん、歩行者は歩道橋、上等だね。じゃあこういうのはどうなるわけ?」と、馬になって、友人を背中に乗せようと友人を見ると、はるか歩道橋の上まで逐電している。私がお巡りさんに声をかけたあたりでスタコラ遠ざかったらしい。遠目にも怒っているのがわかる。

 

 そういう馬鹿げたマネに私を巻き込まないでください、

 わかってる、わかってる、わかってるから、しまいまで聞いてくれ~

 反省が感じられないですね

 してる、してる、すごくしてるから~

とくんずほぐれつ、酔っ払いと素面の二人組は、神楽坂「神喜屋(みきや)」に転げ込むように飛び込んだ。例のおでん屋跡地である。

(写真は7月 関連記事夜の神楽坂「食べに来るリスト」消化の旅 )

 

 幸い客は我々のみだったが、しばらくすると妙に騒がしくなった。狭い店内に客は我々だけ、なんと我々の大音声が店内にこもっていたのだ。恥ずかしさのあまり、30分ほどで店を出る。

 ラムトニック×2(私)  

 カルバドスのコーラ割(友人)

 

 なぜ急に出ていくのか釈然としない友人を引きずるように、シャンパンバルnumero cinq」に行くと満員である。ここは想像以上の人気店だ。

(6月の写真 関連記事朝の神楽坂

 

 神楽坂通り沿いを行きましょう、という友人をなだめたり、スカしたりしながら「焼き鳥とワインrouge」に

行くとあいにく定休日、さらに「離島キッチン」に行くと店は開いていたが、戦勝国(=今日は友人)から、拒否権発動である。

(この店にはなぜか心を惹かれる)

 

 結局二人とも初見の神楽坂駅付近通り沿いの店に入った。

(シャンパン専門店 品書きがないので落ち着かない)

 

 私はかねてから友人の故郷に連れて行ってくれ、と頼んでいるが、店でシャンパンを飲むなり友人は、

「私の町に来たら、店や外で気安く人に声かけないでください」という。

「あ~やっぱり指定暴力団とかの、多かですもんね。九州は。」というと、そうではなくて、うっかり声をかけたりすると、いろんなもんがたくさん寄ってきて収拾がつかなくなる、というのだ。

 

お客さん、東京の人?あ~北千住って知ってありますか?そこにマタイトコがおってですね・・・

こちらの方はこの辺の人ごたるね。どこね?どこ?・・・・どこね?・・・どこね?

あ~〇〇中学卒業したっちゃろ?うちの娘も同窓ばい。まあ、飲みんしゃい

そんなら、〇〇ば知っとろう?ばあさんがオレオレ詐欺に引っ掛かりよった。

 

という感じらしい。友人が昨年帰郷して横断歩道を渡っていたら、突然、

「〇〇ちゃんね?〇〇ちゃんやろ?わたし、わたし」と声をかけられ、必死に思い出して話を合わせ、再び横断歩道を渡るのに30分を要したというのだ。

 

 了解しました、心配ご無用~、と友人の案内で中華料理屋に飛び込んだ。「香港酒家」。

五目チャーハン、担々麺(友人)、冷担々麺(私)。

(またどうぞ!はいよ~、と愛想のいい店主と挨拶 よく見たら友人であった)

 

 ついさっきまで8時位だったのが、いつの間にか11:30である。

友人は近所の100円ショップでラジオペンチを買って帰ったが、夜中にそんなもん振り回して職務質問を受けたりしないだろうか。友の行く末に不安を覚えながら、神楽坂駅ホームで再会を約したのであった。

 

 

      

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 九州出身の友人と、お茶の水「マルタケ」に行くことになった。 友人も私も肉が好きだが、ここ数回私が選んだ店がはずれ続きなので、何度も通っている店でゲン直し、ということになったのである。この友人は私より5つか6つ年下だが、某大学数学科卒、英語ネイティブという逸材で、私はいろいろ教えを乞う立場である。

 

 17:40お茶の水聖橋口を出た。当地最大のアイコン、ニコライ堂が夕陽を浴びている。思わず

「東京ラプソディ」を口ずさむ。

(1929年建立 正式名称は「東京復活大聖堂」だ)

 

 私は1997年から3年ほど、杏雲堂病院近くのオフィスに勤務したことがある。かつての店たちはまだ

健在なのだろうか。

 駿河台口方面に移動して、幅1メートルもない路地に入ると、ありました。「ミロ」。かつてはかの古賀政男先生を始祖とする名門「明治大学マンドリン部連絡所」をやっていた格式と伝統のある喫茶店である。

(その後「明治大学マンドリン部関係者立ち入り禁止」となった。)

 

 ここの大ばあちゃん(すでに故人)は何故か私のことを気にいってくれて、朝コーヒーを飲みに行くと、毎回オマケでフルーツを山盛り出してくれる。

「こんなに食えないよ~」、と残したりすると、気の短い小ばあちゃん(娘)に、

「うちのは、千疋屋のフルーツだからね!その辺のとは違うよ。食べきれない分は会社に持っていきなさい」と言われて、アルミホイルで包んだフルーツを持って出勤したものだ。

 今は小ばあちゃんの方が切り盛りしているのだろうか。それとも代が変わったのだろうか。

 

(あいにく定休日)

 

 再びニコライ堂方面へ。丸善のとこから靖国通り方面に下る坂道を「池田坂」という。江戸時代池田某の屋敷があったことに由来するらしい。別名「唐犬坂」ともいうそうだ。

(靖国通り方面へ 街路樹が美しい落ち着いた通り)

 

 降りきったところに「マルタケ」があるのだが、まだ時間があるのでぶらり旅だ。

(面(おもて)、土桜(におう)と良店がならぶ路地 ここはお茶の水で一番風情がある)

 

(こういった店は足並みそろえて15日までお休み  ここは洒落た洋食屋、というくくりかな

 

 「アキヤマ」も健在であった。こういう昔ながらの喫茶店は東京中でどんどん消えつつある。私の職場の周辺でもこの1年で3軒廃業した。

(こういう店はたいがい「スペースインベーダー」(20年前から「故障中」)テーブルがひとつ位ある。気を

 つけないと、操作レバーなんかに膝を痛打する)

 

18:00 お待ちかねの「マルタケ」だ。

(「焼肉ランドマルタケ」が正式名称らしい)

 

 飲みすぎで体調がすぐれない。続きはまた後で。

 

 

      

 

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