妻と黒猫と腰痛と不眠症と戦うデスパレートな男の日記 -13ページ目

修理代9

あっ、と思わず声を上げてさっきのお礼を口にした。「先程はありがとうございます。」すると係員は「いや、仕事ですから。」と言いながら私の前まで進みでると立ち止まって「お客さんがあんまりキョロキョロとしているので少し心配になってなって様子を見に来たわけです。車をあずかったいじょうはその持ち主にも責任を持つのがあたしらの仕事ですんで。」と角に刈った頭に手をおいた。「良かった、これで駐車場に戻れる。」と私はほっと胸をなでおろした。すると係員は「では、あたしはこれで失礼します。」と踵を返すと地下鉄の入り口に向かって歩き出した。私はあわてて係員にむかって「ちょっと待ってください。ちょっと待ってください。駐車場は、あの建物はどっちだったですかね、できれば教えてもらえませんか?もしお急ぎでなければ。」と係員に聞いた。係員は返した踵をさらに返して「そうですよね、こう言っては失礼かも知れないがわかりませんよね、帰り道。急いでますけど行き掛かりじょう教えます。いいですか、よく聞いてくださいよ。あっ、メモかなんかとれません?あぁ、そうですか、じゃ、よく聞いてくださいね。できれば一度で覚えてください。」

修理代8

妻の腕時計の修理は待ってさえいれば、一時間くらいで終わるということなので待つことにした。雑誌を読みながら待っているとどうやら眠ってしまったようだ。ふと時計をみるとちょうど一時間過ぎたところで時刻は昼の12時を少し過ぎていた。
店員に起こされた私は少し高めの修理代を支払い時計の修理具合を確認すると店員は丁寧に赤い箱にしまった。
店を出ると陽のひかりがまぶしく感じる。眠ってしまったせいもあるのだろうか、右も左もわからなくなった。お天道様のせいにするのはあまりにも罰当たりなので私の元来の方向音痴が出たということにした。どうやってここまで来たのか忘れてしまった。もう一度店に戻って聞こうにもみっともなくて聞くに聞けない。はてさてどうしたものかと途方にくれる羽目になってしまった。すると「大丈夫ですか?」という声がきこえた。声の主のほうに身体を向けると頭髪を角に刈った駐車場係員の姿がをみえた。まさに地獄に仏とはこんな状況なのだろう。

修理代7

「時計なおさないの?」その私の問いかけに妻は決まってこう答えた。「うん、だけどお金がかかるし、でもやっぱりもとに戻れば嬉しい。」と遠慮がちにいうのだった。二人で慎重に大切に選び、そして探した腕時計である。そんな思い出に考えをめぐらせながら目の前の雑誌を手に取ろうと身体をソファーから起こしかけたとき、カウンターの向こうから私を呼ぶ店員の声が聞こえた。カウンターでは女性店員が微笑みながら待っている。近づくとカウンターの上に白い紙と妻の腕時計が置かれていた。妻の腕時計はベルトをはずされ分解されている。薄いピンク色の文字盤には銀色のローマ数字が4箇所に配置されていてデイト機能や曜日機能はついていない、至ってシンプルなデザインをしている。いつも妻は「この時計にして本当に良かった。どんな格好にも合わせやすいし、色も私にぴったりでしょ。」と言っては嬉しそうに時計を見る。そんな妻がいじらしく思えたものだった。今は分解されてしまっているが、その時計は妻のか細い腕によく似合う。