13
山田は谷を歩いて回っている。市長がお見舞いに来た日に勢いでこの谷を守ると言ってしまったことを激しく後悔していた。あの時、自分を見つめるユリの表情を見て、なんとかしてあげたいと思った気持ちは本物だけど、実際どうすれば言いかなんて考えてもいなかったし、この谷を救うことが出来るような大きな仕事をしている自分なんて想像も出来ない。
そんなわけであれから5日間、山田はアイデアを考えている振りをしながら谷を歩きまわっている。どこからか噂が広がったみたいで、谷の住人とすれ違うと、「頑張ってください」と声をかけられたりするようになった。なんだか頼られてるみたいで気持ちがいいが、申し訳なさで胸がいっぱいになったりもする。
一ツ橋電機のほかの人たちは、それぞれの時間の過ごし方を見つけて、山田に協力する気は全くないようだ。頼りにならないとは思ってたけど、実際一人にされると心細くてたまらない。
今日は普段は公務で忙しいユリが、時間を作ってくれて一緒に歩いてくれている。ユリは山田の不安なんてまったく気にしないで、期待のこもった顔で山田の隣を歩いて、谷のあちこちを説明しながら歩いている。
この5日間で谷の地理が結構分かってきた。ちょうど谷の真ん中に南北に流れる川があって、谷は東と西に分かれている。川には無数の小さな橋が架かっていて東西を繋いでいる。西側にはユリの家、風車、昔海を渡ってきた職人たちが住んでいたという工房なんかが集落を作っている。東側は主に田んぼや畑が集まっている。畑では、小麦や野菜や様々な果物を育てている。東西には大きな山がそびえていて、山の斜面でははっさく畑が広がっている。半日あれば徒歩で一周できてしまうくらいの大きさだ。
谷のほとんどの地面はレンガで舗装されていて、全ての道は谷の中心にあるユリの屋敷のある丘に続いているので、その道をたどって歩けば、道に迷うことはまずなかった。
ユリと二人きりで歩けるのはうれしかったけど、山田は心苦しかった。5日間谷を歩き回って出した結論は、「僕には無理です」と謝ることだった。今日は、どこかのタイミングでユリに謝ろうと考えていた。
谷を守るために一生懸命仕事をしているユリを見るたびに申し訳なくなった。自分にはそれほど何かにかける情熱はないし、アイデアも力もない。ユリの村を変えたい気持ちは痛いほど伝わってきたけど、自分にはそれを手助けする力はきっとない。
どこかのタイミングで言おうと、ずっと考えながらレンガの道を歩き続けているが、なかなか言い出す勇気がなく、結局日が暮れかけてきた。
この5日間で山田以外の一ツ橋電機の人たちはすっかり谷の暮らしに溶け込んでしまった。朝起きるとみんなそれぞれの仕事に出かけてしまう。
城田部長は焼け落ちた風車小屋のある丘に向かっていって、大工仕事をしている。瓦礫を運んだり、森から切ってきたり、オフィスで椅子に座ってる姿を見慣れた山田には、汗を流して力仕事をしている部長の姿は新鮮だった。最初はパチンコ屋がないことに文句を言われたが、今はすっかり健康的に肉体労働にせいを出している。
近藤は、お祭りの後からすっかり谷の女の子と子供たちの人気者になってしまった。ユリたんブログにアップする為にカメラを持って谷の写真を取って回っていると、近藤の姿を見つけた人は写真を撮ってとお願いされる。「しょうがねえな、メス豚ども」とつぶやきながらも親切に写真を撮ってあげている。
メイリンは昔の工房に通って、はっさ君人形の作り方を教えてもらっている。夜の街でつちかったトーク術で職人のおじさんたちに大人気だ。
池田課長と和田は村の北側の山の斜面にある牧場で、羊飼いをしている。一日中羊を見ているのが、池田課長の精神衛生的に好影響をもたらしているようで、池田課長はだいぶ表情が豊かになってきた。羊はかわいいのでいくら見ていても飽きないようだ。そんな羊に癒される池田課長がかわいくて、和田は池田課長と一緒に過ごして、一日中池田を観察している。
そんなわけで、みんななんだか自分の居場所を見つけて、自分の好きなことをはじめだした。山田に協力しようとしてくれる人はまったくいない。山田は、谷の生活を満喫しだしたみんなの姿を思い描いて楽しそうでいいな、と一時間に3回くらい思うようになった。
「山田さん、どうしたんですか?ぼーっとして」少し前を歩いているユリが振り返って、自分を見つめてくる。今日は普段着だ。普段着と言っても、谷の人たちが着ている服で、アンデス山脈の民族衣装みたいだと山田は思う。アンデス山脈がどこにあるかも良くわからないけど、そんな感じがする。スーツ姿もいいけど、こっちのほうがユリの持つ雰囲気にあっている。
「ごめん。ちょっと考え事をしてて」
「ごめんなさい。邪魔しちゃって。せっかく谷のために考えてくれてるのに」
「まあ、うん、大丈夫」
また大丈夫とか言っちゃったと後悔しながら、ユリの後をついていく。さっきからそればっかりだ。謝ろう謝ろうと思いながらも、ユリの顔を見ると言い出せない。結局、朝から夕方までそんなことをしながら歩き続けている。コレが普通のデートなら、こんな幸せなことはないのに。惜しすぎる。
「ずっと歩いてて疲れちゃいましたか?」
「大丈夫。そんなことないよ」
「じゃあ、最後に見てもらいたいところがあるんですけど。いいですか?」
「うん。なに?」
「それは、今は秘密です。じゃあ、ちょっと急ぎましょ。日が暮れちゃうから」
「そうだね。」
谷の真ん中にあるユリの屋敷から、北側の海沿いの道を歩いて、工房のある丘、風車小屋のある丘を越えて、今は南の端っこだ。すぐ後ろには谷を囲む山がそびえている。目の前には、収穫後の畑が延々と続いている。
ユリはレンガの道から外れて森の中に入っていく。
「どこ行くの?」すっとレンガの道を歩いてきた山田はびっくりして聞く。
「この先に見せたいものがあるんです」ユリの後ろには、森の中に入っていく道がつづいている。
ユリは薄暗い森の中をどんどん進んでいく。ユリの後ろをついていく山田。ユリは簡単にどんどん進んでいくけど、山田は山道は歩きなれていない。そろそろ息が切れてきた頃、いきなり視界が開けた。
「すごいな」と山田は思わずつぶやく。
目の前には森に囲まれた湖が広がっていた。真ん中に小さな島があって樹齢何百年だよってくらい大きな気が一本立っている。なんだか人面鹿とかが出てきそうな幻想的な湖。
「きれいでしょ?」
「うん。びっくりした」
「ここは村の人もあんまり知らない、私の秘密の場所なんですよ。子供の頃から一人でよく来てたの。村の外の人ではここにつれてきたのは山田さんが初めてですよ」
湖のほとりでユリがしゃがみこんで手を水につけながら言う。なんだかきれいな絵画みたい。
「ここも、市長の計画が通るとトンネルが通ってなくなってしまうの」
「そうなんだ」
「約束したんです。ここはずっと守るって。」
「約束?」
「そう」
「それって、たかしって人と?」
「そう。なんで知ってるの?」
「僕の家に泊まったとき、言ってた。寝言で」
「そうなんですか?恥ずかしいな」
「たかしって誰?」
「それは、秘密です」
「谷の人?」
「まあ、そうかな」
「ふーん」
「ねえ、もうすぐ。見てて。」
日が沈んで本当に真っ暗になってくる。そのとき湖から青いぼんやりした無数の光が浮かんできた。
「湖が光ってる」
「そう。これを見せたのは山田さんが初めてですよ。」
「なんで?すげー」
「オオグロサンショウモドキです。こいつらこの時間になると光るの。昔発見したんです」
「すげー。ライトアップされてるみたい」
なんだかきれいな景色に興奮する山田。そういえば、こんなにきれいな景色を見たのは最近なかった。オフィスからみる東京の人工的な夜景なんかより数倍きれいだ。ずっとこんなところにいたいなって気がした。
「良かった」隣でユリがつぶやく。
「え?」
「少し元気になってくれました?なんだか山田さん思い悩んでるみたいだったから。あんまり谷のために頑張ってくれてるのに、私たちは何も出来ないから。」
「僕の為に、連れてきてくれたの」
「うん。」
青く光る澄んだ湖と、そのほとりで微笑むユリの姿。これ以上ないってくらいの組み合わせだ。思わず好きですって言ってしまいたい。が、その後のことを考えると怖くて何もいえない。「は?何勘違いしてんですか?」とか言われたら立ち直れない。
二人は青い光が消えるまでほとりに座って湖を見ていた。山田はユリの為に何かをしたいとそればかり考えていた。
帰り道は月明かりを元にレンガ道を進んでいった。あんまり話すことはなくなってしまったので、会話は少なくて、だまって二人で並んで歩いていた。山田はそれだけでも十分満足だったが、ユリが何を考えているのかがとても気になる。
ユリの屋敷に帰り着くと、二人のほっこりした空気とは対照的にみんながあわただしく動いていた。山田たちが鉄砲玉と名づけたサルのような小さい老人があわただしく廊下を駆けて行く。
「どうしたの?」
すれ違いざまユリが聞く。
「ユリ様。水戸が襲われて、それにあんたの連れも襲われて。大変じゃあ。」
そういうとまたどこかへ駆けて行ってしまう。
二人は慌てて、鉄砲玉の後を追った。
山田は谷を歩いて回っている。市長がお見舞いに来た日に勢いでこの谷を守ると言ってしまったことを激しく後悔していた。あの時、自分を見つめるユリの表情を見て、なんとかしてあげたいと思った気持ちは本物だけど、実際どうすれば言いかなんて考えてもいなかったし、この谷を救うことが出来るような大きな仕事をしている自分なんて想像も出来ない。
そんなわけであれから5日間、山田はアイデアを考えている振りをしながら谷を歩きまわっている。どこからか噂が広がったみたいで、谷の住人とすれ違うと、「頑張ってください」と声をかけられたりするようになった。なんだか頼られてるみたいで気持ちがいいが、申し訳なさで胸がいっぱいになったりもする。
一ツ橋電機のほかの人たちは、それぞれの時間の過ごし方を見つけて、山田に協力する気は全くないようだ。頼りにならないとは思ってたけど、実際一人にされると心細くてたまらない。
今日は普段は公務で忙しいユリが、時間を作ってくれて一緒に歩いてくれている。ユリは山田の不安なんてまったく気にしないで、期待のこもった顔で山田の隣を歩いて、谷のあちこちを説明しながら歩いている。
この5日間で谷の地理が結構分かってきた。ちょうど谷の真ん中に南北に流れる川があって、谷は東と西に分かれている。川には無数の小さな橋が架かっていて東西を繋いでいる。西側にはユリの家、風車、昔海を渡ってきた職人たちが住んでいたという工房なんかが集落を作っている。東側は主に田んぼや畑が集まっている。畑では、小麦や野菜や様々な果物を育てている。東西には大きな山がそびえていて、山の斜面でははっさく畑が広がっている。半日あれば徒歩で一周できてしまうくらいの大きさだ。
谷のほとんどの地面はレンガで舗装されていて、全ての道は谷の中心にあるユリの屋敷のある丘に続いているので、その道をたどって歩けば、道に迷うことはまずなかった。
ユリと二人きりで歩けるのはうれしかったけど、山田は心苦しかった。5日間谷を歩き回って出した結論は、「僕には無理です」と謝ることだった。今日は、どこかのタイミングでユリに謝ろうと考えていた。
谷を守るために一生懸命仕事をしているユリを見るたびに申し訳なくなった。自分にはそれほど何かにかける情熱はないし、アイデアも力もない。ユリの村を変えたい気持ちは痛いほど伝わってきたけど、自分にはそれを手助けする力はきっとない。
どこかのタイミングで言おうと、ずっと考えながらレンガの道を歩き続けているが、なかなか言い出す勇気がなく、結局日が暮れかけてきた。
この5日間で山田以外の一ツ橋電機の人たちはすっかり谷の暮らしに溶け込んでしまった。朝起きるとみんなそれぞれの仕事に出かけてしまう。
城田部長は焼け落ちた風車小屋のある丘に向かっていって、大工仕事をしている。瓦礫を運んだり、森から切ってきたり、オフィスで椅子に座ってる姿を見慣れた山田には、汗を流して力仕事をしている部長の姿は新鮮だった。最初はパチンコ屋がないことに文句を言われたが、今はすっかり健康的に肉体労働にせいを出している。
近藤は、お祭りの後からすっかり谷の女の子と子供たちの人気者になってしまった。ユリたんブログにアップする為にカメラを持って谷の写真を取って回っていると、近藤の姿を見つけた人は写真を撮ってとお願いされる。「しょうがねえな、メス豚ども」とつぶやきながらも親切に写真を撮ってあげている。
メイリンは昔の工房に通って、はっさ君人形の作り方を教えてもらっている。夜の街でつちかったトーク術で職人のおじさんたちに大人気だ。
池田課長と和田は村の北側の山の斜面にある牧場で、羊飼いをしている。一日中羊を見ているのが、池田課長の精神衛生的に好影響をもたらしているようで、池田課長はだいぶ表情が豊かになってきた。羊はかわいいのでいくら見ていても飽きないようだ。そんな羊に癒される池田課長がかわいくて、和田は池田課長と一緒に過ごして、一日中池田を観察している。
そんなわけで、みんななんだか自分の居場所を見つけて、自分の好きなことをはじめだした。山田に協力しようとしてくれる人はまったくいない。山田は、谷の生活を満喫しだしたみんなの姿を思い描いて楽しそうでいいな、と一時間に3回くらい思うようになった。
「山田さん、どうしたんですか?ぼーっとして」少し前を歩いているユリが振り返って、自分を見つめてくる。今日は普段着だ。普段着と言っても、谷の人たちが着ている服で、アンデス山脈の民族衣装みたいだと山田は思う。アンデス山脈がどこにあるかも良くわからないけど、そんな感じがする。スーツ姿もいいけど、こっちのほうがユリの持つ雰囲気にあっている。
「ごめん。ちょっと考え事をしてて」
「ごめんなさい。邪魔しちゃって。せっかく谷のために考えてくれてるのに」
「まあ、うん、大丈夫」
また大丈夫とか言っちゃったと後悔しながら、ユリの後をついていく。さっきからそればっかりだ。謝ろう謝ろうと思いながらも、ユリの顔を見ると言い出せない。結局、朝から夕方までそんなことをしながら歩き続けている。コレが普通のデートなら、こんな幸せなことはないのに。惜しすぎる。
「ずっと歩いてて疲れちゃいましたか?」
「大丈夫。そんなことないよ」
「じゃあ、最後に見てもらいたいところがあるんですけど。いいですか?」
「うん。なに?」
「それは、今は秘密です。じゃあ、ちょっと急ぎましょ。日が暮れちゃうから」
「そうだね。」
谷の真ん中にあるユリの屋敷から、北側の海沿いの道を歩いて、工房のある丘、風車小屋のある丘を越えて、今は南の端っこだ。すぐ後ろには谷を囲む山がそびえている。目の前には、収穫後の畑が延々と続いている。
ユリはレンガの道から外れて森の中に入っていく。
「どこ行くの?」すっとレンガの道を歩いてきた山田はびっくりして聞く。
「この先に見せたいものがあるんです」ユリの後ろには、森の中に入っていく道がつづいている。
ユリは薄暗い森の中をどんどん進んでいく。ユリの後ろをついていく山田。ユリは簡単にどんどん進んでいくけど、山田は山道は歩きなれていない。そろそろ息が切れてきた頃、いきなり視界が開けた。
「すごいな」と山田は思わずつぶやく。
目の前には森に囲まれた湖が広がっていた。真ん中に小さな島があって樹齢何百年だよってくらい大きな気が一本立っている。なんだか人面鹿とかが出てきそうな幻想的な湖。
「きれいでしょ?」
「うん。びっくりした」
「ここは村の人もあんまり知らない、私の秘密の場所なんですよ。子供の頃から一人でよく来てたの。村の外の人ではここにつれてきたのは山田さんが初めてですよ」
湖のほとりでユリがしゃがみこんで手を水につけながら言う。なんだかきれいな絵画みたい。
「ここも、市長の計画が通るとトンネルが通ってなくなってしまうの」
「そうなんだ」
「約束したんです。ここはずっと守るって。」
「約束?」
「そう」
「それって、たかしって人と?」
「そう。なんで知ってるの?」
「僕の家に泊まったとき、言ってた。寝言で」
「そうなんですか?恥ずかしいな」
「たかしって誰?」
「それは、秘密です」
「谷の人?」
「まあ、そうかな」
「ふーん」
「ねえ、もうすぐ。見てて。」
日が沈んで本当に真っ暗になってくる。そのとき湖から青いぼんやりした無数の光が浮かんできた。
「湖が光ってる」
「そう。これを見せたのは山田さんが初めてですよ。」
「なんで?すげー」
「オオグロサンショウモドキです。こいつらこの時間になると光るの。昔発見したんです」
「すげー。ライトアップされてるみたい」
なんだかきれいな景色に興奮する山田。そういえば、こんなにきれいな景色を見たのは最近なかった。オフィスからみる東京の人工的な夜景なんかより数倍きれいだ。ずっとこんなところにいたいなって気がした。
「良かった」隣でユリがつぶやく。
「え?」
「少し元気になってくれました?なんだか山田さん思い悩んでるみたいだったから。あんまり谷のために頑張ってくれてるのに、私たちは何も出来ないから。」
「僕の為に、連れてきてくれたの」
「うん。」
青く光る澄んだ湖と、そのほとりで微笑むユリの姿。これ以上ないってくらいの組み合わせだ。思わず好きですって言ってしまいたい。が、その後のことを考えると怖くて何もいえない。「は?何勘違いしてんですか?」とか言われたら立ち直れない。
二人は青い光が消えるまでほとりに座って湖を見ていた。山田はユリの為に何かをしたいとそればかり考えていた。
帰り道は月明かりを元にレンガ道を進んでいった。あんまり話すことはなくなってしまったので、会話は少なくて、だまって二人で並んで歩いていた。山田はそれだけでも十分満足だったが、ユリが何を考えているのかがとても気になる。
ユリの屋敷に帰り着くと、二人のほっこりした空気とは対照的にみんながあわただしく動いていた。山田たちが鉄砲玉と名づけたサルのような小さい老人があわただしく廊下を駆けて行く。
「どうしたの?」
すれ違いざまユリが聞く。
「ユリ様。水戸が襲われて、それにあんたの連れも襲われて。大変じゃあ。」
そういうとまたどこかへ駆けて行ってしまう。
二人は慌てて、鉄砲玉の後を追った。