黒塗りのベンツが3台続いて谷に入ってくる。市長の金田とお付の人たちだ。金田は谷を見るたびに気に入らなかった。他の市民はうまく手なずけているのに、この谷だけ言うことを聞かない。グレーのスーツ、ボリュームの少なくなってきた髪をオールバックに撫で付けている。飲み屋に行くと、若い頃のジェンキンスさんとか、ロシアのプーチン大統領に似てるって言われて、ちょっと意識していたりする。六本木のキャバクラでのあだ名はプーちんだった。

この谷に産業廃棄物の処理場を完成させるのが、当面の自分の大きな仕事だ。官製談合の話は完璧にまとめてあるので、この計画が頓挫すると結構ややこしい話になる。後は、谷を説得するだけ。ただ、この谷の議員が強く反対するので、決定が遅れている。2期目の市長選挙も迫ってきており、多少の犠牲とか強硬な手段は仕方ないと考えるようになってきた。

計画は着々と進行しており、谷の住人の何人かを協力者として手なずけてある。力を効果的に使えば人を動かすのはどの世界でもそんなに難しいことではない。谷の協力者から、大きな祭りが開かれているという情報を入手した金田は、その隙をねらって部下にちょっと暴れるように指示を出していた。今日は、そのお見舞いの為に朝から山越えだ。

ユリの屋敷の玄関の前で車が止まる。秘書のヤスがドアを開く。吸いかけのタバコを地面に投げ捨て、磨き上げられたエルメスの革靴で踏みつけながら車を降りる。

なんども交渉に来ているけど、いつ見ても腹が立つほど大きな屋敷だ。そのうちここを買収して、市の特別公舎として使ってやろうと思った。

玄関の前には水戸と2人の老人が腕を組んで怖い顔でこちらを睨み付けている。年よりは頭が固いから嫌いだ。

「おはようございます。昨日は大変でしたね」
「何をしに来た?」
「あれ、連絡行ってないかな?お見舞いに訪問させていただいたんですけど。」
「聞いとらん。帰れ。」
「ヤス君。」
「はい!」
「どうなってんの?聞いてないとおっしゃってるよ?」
「いえ、あのちゃんと電話した・・・」
「言い訳しないでよ。」

いきなりヤスを殴りつける。地面に倒れたヤスを靴で踏みつける。

「困るよ。ちゃんと事前にご連絡差し上げないと。みなさん迷惑されてるだろ。」
「ぐふっ」

ヤスの腹を蹴り上げる。素人の目の前で暴力を見せ付けるのはどの世界でも効果的だ。この谷の住人のように平和に生きてきた人間の前では特に。ヤスの「ぐふっ」って声も、痛みを想像させて同情を呼び起こす絶妙のニュアンスで、秘書としての成長を感じさせる。

市民の前では、革新的で紳士的な頭の切れるビジネスマンのような市長を演じているが、この谷の人間には通用しないので、怖い一面を見せるのもやむを得ない。

「すみませんね。秘書が間抜けで。後でイワシときますから、ちょっと中でお話させてくれやしませんかね?」
「無駄じゃ。話すことなんて無いから帰れ」
「そうじゃ」
「そうじゃ」

2人の老人がわめく。こいつらは犬か。頭の悪い番犬。向こうが折れるまでヤスに頑張ってもらうしかない。ヤスをにらみつける金田。怯えるような目で見つめるヤス。が、その奥にはちょっと期待の光も見える気がする。前々から思ってたけど、こいつはきっとドMなんだろう。最近ちょっと怖い。

「お前のせいで皆さんが怒ってらっしゃるじゃないか」蹴ろうとする金田。
「ヒ、ヒィ~」北斗の拳の雑魚キャラのような悲鳴を上げるヤス。

「もうやめてください。水戸爺案内して差し上げて」

きれいな声が聞こえる。顔を上げると金田の目の前に、ユリが悲しそうな顔をして立てっいる。こんな田舎の議員にしとくには惜しいくらいの美貌。ただ、自分の意のままに動かないのは許せない。いつか、自分の愛人ラインナップに加えたい。

「佐藤先生。すみませんね。こちらの不手際で連絡が行ってなかったようですが、昨日の事件のことを聞いて、お見舞いに上がりました。」
「わざわざありがとうございます。どうぞ。私たちからもお話がありますから。」

水戸爺とに連れられて、屋敷の廊下を進む、金田とその秘書たち。でかい老人と小さい老人はどこか違うところに行ったようだ。会議室のような部屋に通される。席に座りユリと水戸に向かい合う金田。

「昨日は大変だったようで。私たちも心配してたんですよ。」
「谷のみんなのおかげで火も消えましたし、落ち着きました。」
「そうですか。でも、風車が焼け落ちたらしいですね。」
「情報が早いな。内通者がいるんじゃろ」水戸爺が口を挟む。
「さあ、何のことか」
「ただの火事じゃ、あれほど急に燃え広がらん。それに、爆発音も聞こえた。誰かが、意図的にやらないとあんな火事は起こらん。この谷にお前らに協力する者がいるんじゃろ。絶対に見つけ出してやる」
「水戸爺、やめなさい。この谷の人を疑うことはしません。」
「そうですよ。そんなに起こるとまた、この前みたいに倒れますよ」
「うるさい!」立ち上がって叫ぶが、めまいがして座ってしまう。
「それより、そろそろ考え直してもらえないですか?風車がなくなると生活が困るでしょ。私たちの計画に賛同してもらえれば、皆さんの生活を今とは比べ物にならないくらい便利にできますよ」
「それは、あなたたちの基準です。私たちは私たちの基準で考えます。」
「そうも言ってられないんじゃないですか?先生の考えに反対している人もいるんじゃないですか?昨日の火事もそういう人たちの抗議活動かもしれませんよ?」
「産業が必要だって言うのは、私たちにもわかっています。そのための準備も進めています」

そのときドアが開いて、2人の老人に連れられて6人の男女がぞろぞろと入ってくる。みんななんで自分がここにつれて来られてるか良くわかってないような表情をしている。一番最後に入ってきた妙に露出の高い女がじろじろ見つめてくる。俺のかっこ良さに惚れたのか?と思っていると、女が口を開く。

「プーちんジャナイ。久しぶりアルネ。ナンデコンナトコロにいるの?」

と言って手を振りながら近づいてくる。何でこいつは俺の昔のあだ名を知っているんだ?頭をフル回転してどこであったかを思い出そうとするけど、思い出せない。周りのみんなの不審げな視線が自分に集まっているのを感じる。

「プーちん、ドウシタカ?」
「メイリン知り合いなの?」隣の男が女に聞く。
「うん。ギロッポンで働イテル時によくお店にキタヨ。ヤクザの人ダヨ」

思い出した。東京にいたときに仕事で世話をしてたCP(チャイナパブ)のホステスだ。何でこんなところにいるんだ。ここで素性を明かされると困るので、白を切ることにした。

「誰かと勘違いしてるんじゃないですか?大体この人たちは誰?」
「一ツ橋電機の皆さんです。協力してこの谷に新しい産業を作るんです。市長のご提案とは違って、谷の自然を守りながら、みんなが共存できるような事業を作るんです。ね。」

ユリが6人の中で一番偉そうな男に同意を求める。男は困った顔でおろおろしながら隣の男に声をかける。

「どうなんだね、池田君?」
「そ、そ、そ、それは、ど、ど、どうでしょう和田君」
「どうなのかしら?山田ちゃん?」

伝言ゲームのように話が振られていく。山田という男は、「え、俺?」というような顔をしながら、隣を見る。隣の若者はゲームに熱中しているし、さらに隣の女は金田の顔をまだ不思議そうに見つめている。

山田は視線をユリに向ける。ユリはすがるように山田を見つめている。

「やりますよ。僕らがこの谷を守ります」

山田がそういうと周りが「おおー」といいながら拍手をする。なんだか照れてる山田。なんなんだこいつらは。

「そういうわけなので、もう私たちにかまわないでください。」

強気になったユリが言う。こんなわけのわからない奴らがやってきても計画に影響はないと思うが、今日は引き下がることにした。

「そうですか。とりあえず今日はお見舞いに来ただけなので、これで帰ります。だが、この谷を開発することは市の決定事項だから、あまり無駄なことはしない方がいいですよ。また、思わぬ事故が起きるかもしれない。あまり私を怒らせないほうがいい。」

そういい残して席を立つ。

「塩じゃ。塩まいとけ。」

背後で水戸爺の声がする。

金田の今日の目的は、昨日の火事の反応を探ることだったが、どうやらまだまだ脅しが足りないようだった。一ツ橋電機の動きも気になる。次の方法を考えながら、金田は車に乗り込んだ。