大きな焚き火を囲んで、あちこちで音楽が奏でられていて、村人たちが踊っている。歓迎会は山田が想像していた、会社の飲み会的なものとはぜんぜん違った。なんだかお祭りみたいだ。
部屋に入って少し寝ていると、三間坂が迎えに来てくれて、庭に案内され一列に並ばされた。庭には大勢の村人が一ツ橋電機の6人を見るために詰め掛けていた。ちょっと有名人になった気分。
列のはじっこにいる山田の横には、ユリがいた。その奥にはさっきの3人の老人が立っている。
「すごいね」小さくユリに話しかけてみる山田。
「ええ、みんな都会の話が聞きたいんですよ。みんなこの谷から出たことがないから。いろいろお話してあげてください」ユリが微笑みながら答える。君と話せれば他の人はいいんだけどと思いながらも頷く山田。
視界に城田部長がもぞもぞ動いている姿が入ってきたので、城田部長を見てみると、スーツの内ポケットから、A4用紙10枚くらいのレジュメを取り出して、読む準備をしている。どれだけ長い挨拶をするつもりだろう。
最初に、ひげの水戸爺がみんなの前に出て挨拶をする。
「種まきのすんだ日に、遠くから友人が訪ねてきてくれた。今宵は村の食糧庫を開け放って大いに楽しもう」
シンプルな挨拶に続いて、谷の人たちの歓声が聞こえる。自分の挨拶の番が来たと思った城田部長は、用意した原稿を読もうと一歩前に出た。が、押し寄せてきた谷の人たちに手を引かれて、6人はそれぞれ、人の輪の中に連れて行かれてしまった。
山田は谷の人たちに手を引っ張られながらも、ユリに向かって叫んだ。
「あの、後で話せる?」
「もちろん」ユリが手を振りながら答える。
「じゃあ、後で」
大きな焚き火に火がつけられて、宴会が始まる。いたるところでグラスをぶつける音がする。女の人はみんな大皿に、見たこともない料理を載せて運んでくる。ギターに似た弦楽器を演奏する人たち、オルガンみたいなのを演奏している人たち、あんまり見たことのない楽器だ。音楽はアイリッシュな感じ。タイタニックの3等客室のパーティーのシーンでこんな音楽が流れてた。
音楽にあわせてひたすら踊る人たちや、乾杯ばかりしている人たち。みんな楽しそうに笑っている。最初緊張していた一ツ橋電機の6人も、しばらくするとみんなと打ち解けてきた。
城田部長は三人の老人に囲まれて飲んでいる。あんなに怯えてたのに、今は「まあ、まあ、どうぞ、どうぞ」とお酒を注ぎあっている。水戸爺たちも「いや、かたじけない」とか言いながら、返杯している。なんだか打ち解けているみたいだ。会長の飲み友達として管理職の地位を守っているだけあって、飲み会で相手の懐に入りこむ技はさすがだ。
部長たちの隣には、人の輪が出来ていて、その中心では池田課長がぼそぼそと自分の経歴を話している。転職活動の面接でする職務経歴の説明みたいだけど、村の人たちはみんな興味深く池田課長の話に聞き入っている。自分の話をこんなに聞いてもらえた経験のない池田課長は、いつもよりほんの少し楽しそうな表情をしているように見える。言葉もスムーズに出てくるみたいだ。
和田とメイリンは谷の人たちと手をつないで輪になってくるくる回りながら踊っている。和田は誰かから借りた、女の人の服を着ている。全く似合ってないけど本人は楽しそう。周りの人たちは2人にステップを教えている。メイリンは一瞬で覚えるんだけど、和田は全くうまく踊れない。でも、たどたどしい姿がみんなにうけてるみたい。
近藤は子供たちに大人気だ。デジカメが珍しいみたいで、女の子に写真を撮ってってせがまれている。近藤は三次元の女の子は苦手なくせに、ちょっと困りながらも写真を撮ってあげてる。男の子たちには、宴会中に一人でやろうと思って持ってきたPSPとDSを奪われている。使い方を教えてあげて、子供たちからちょっぴり英雄扱いされてる。
山田は谷の人たちから谷での生活をヒアリングしている。なんだか聞けば聞くほど日本の村とは思えないような生活だ。少しでも、ユリを助けるアイデアになればと思って聞いているが、どうやってもここでの生活と一ツ橋電機のビジネスを結びつけることが出来ない。楽しそうに自分たちの生活を話す谷の人たちは少しうらやましかった。
夜が更けて来て、歌って踊り続けてた谷の人たちにもだんだん脱落者が出てきて、そこら辺で眠りだした。谷の人たちと話しながらも、ユリの姿を追っていた山田はユリが一人で丘の上に上がっていくのを見つけた。みんなに気付かれないように席をたって後を追う。
「ユリちゃん」丘の上のユリの後ろ姿に声をかける山田。ユリがゆっくり振り返る。ユリの後ろには星空が見えて、絵みたいにきれいだ。
「どうしたんですか?山田さん。」
「歩いてるのが見えたから。どこ行くのかなと思って。」
「ちょっと酔いを覚まそうと思って。私お酒をあまり飲みすぎると、いつもその後の記憶がなくなっちゃうんですよ」
家に泊めたとき、コンビニに使いっ走りさせられたことを思いだした。あのときはまさかこんなところまで来る事になって、こんな所でユリと二人で並んでるなんて思いもしなかった。
「俺もいっしょに行っていい?」
「いいですけど。お酒は飲まなくていいんですか?」
「本当は俺もあんまり飲めないんだ」
「そう。じゃあ一緒に行きましょ。」
ユリは屋敷とは反対方向に進んでいく。先には石作りの塔が見える。
「あそこに行くの?」
「そう。この谷で一番高い場所なんですよ。風が気持ちいいの」
二人は塔を目指して歩く。あんなところに行っちゃったら、みんなの目も届かないし、いろんなことが出来てしまうんじゃないかと、ちょっと期待に胸を膨らませる山田。ひょっとしてさっきの妄想が現実になるかもしれない。この前読んだ自己啓発本にも思考は現実化するって書いてあったし。
「何考えてるんですか?」突然ユリに聞かれてびっくりする。
「え、なんで?」妄想が顔に出てたんだろうか?
「なんだか、ぼーっとしながら歩いてるから」
「どうすればこの村を守れるか考えてて」
「今日は楽しんでくれればいいのに。山田さん、まじめなんですね」素敵とか好きとか語尾にくっつけて欲しい。
窓から差し込む月明かりを頼りに塔の螺旋階段を登る。塔の上からは谷が一望できた。少し下では、焚き火の明かりの周りで踊っている谷の人たちが見える。その向こうには、海へと続く街の谷の町並みが一望できる。こうしてみるとドラクエに出てきそうな街並みだ。ユリが言っていたように風が心地好い。
「ここは、古くて危ないから本当はあんまり入っちゃダメって言われてるんです。でも、一人になりたいときはここに来るの。きっと私以外に登ったのは山田さんだけですよ」
「そうなんだ。」
「村はどうですか?」
「きれいでびっくりした。もっと田舎の何も無いところかと思ってた。」
「山田さんが住んでるところに比べたら何もないでしょ?」
「モノがありすぎて、本当に必要なものはきっとあんまり無いんだよ。だから、谷の人たちみたいな顔をしている人はあんまりいない。」
「でも、谷にももっと便利でモノが溢れてる生活を求めてる人もいるんですよ」
「俺の生活と変わってあげたいよ」
「私はどうしたらいいんだろう。私はこのままの姿を守りたいんだけど、本当にそれがいいのかよくわからなくなるんです。」
「ユリちゃんはさ、ユリちゃんが正しいと思うことをやればいいんじゃないかな。」
「そうでしょうか。」
「うん。この谷の生活は守るべきだよ」
「私の自分勝手な思いかもしれないって思うんです。私は昔からあんまり家から出してもらえなかったから、友達もいなくて、いつも一人で遊んでたんです。だから、この谷の自然とか動物とかが私の全てなんです。でも、谷にはそうじゃない人もいるし。それに、約束したんです。大事な人と、ここから見える姿を守るって。だから、ひょっとしたら私は自分の為にその約束を守ることにこだわって、自分の為に頑張ってて、他の人の気持ちを考えてないんじゃないかって思ったりするんです」
大事な人ってのは誰だ!と激しく気になったが、山田は質問するのをぐっとこらえて、意見を言った。
「全員が納得する正解なんてあんまり無いけど、本気でやったことはきっと伝わると思うよ。」
それは、山田の本心だった。自分がここまで来たって言うのは、きっとユリの気持ちの強さの結果だと思った。問題は、自分がここで何を出来るかがノーアイデアだってこと。そんな山田の気持ちをよそに、ユリはにっこり笑って言う。
「期待してますよ、山田さん」
自分を頼ってくれる女の子がいるってのはとっても嬉しい。ユリの無邪気な笑顔を見ると、胸が痛くなって思わず抱きしめたくなる。いや、もしかしたらこのシチュエーションなら何でも出来てしまうんじゃないか?「チャンスの神様には前髪しか生えてない、だから通り過ぎてしまってからじゃもう捕まえることはできない」って、この前読んだ自己啓発本にも書いてあったけど、今まさに神様が目の前を全速力で駆け抜けようとしている気もしないでもない。
山田は、勇気を出して、隣で谷を見下ろしているユリの肩にそっと手を伸ばした。後3ミリくらいで肩に触れちゃうって時に、遠くで大きな爆発音がした。
下では、音楽と歌声がやんで、代わりに火事だって叫び声が聞こえて、あわただしく動く村の人たちが見えた。