9年間で8人。珠姫の人生が想像以上だった
おはようございます。
先日、日帰りで金沢〜富山をドライブしてきた。
金沢へ行った目的は、兼六園でも金沢城でもない。
珠姫のお寺・天徳院だ。
多くの読者さんは、「珠姫って誰?」と思うはず。
ものすごくわかりにくく説明すると、推し(淀殿)の姪。
正確に言うと、二代将軍・徳川秀忠の次女で、母はお江(淀殿の妹)だ。
つまり、推しの姪なら私の姪。
そんな常人には理解しがたい感覚で、天徳院へ行ってきた。
でも、行ってよかった。
本当に立派なお寺で、城を見なくても、前田家の財力と格式が伝わってくる。
珠姫は、わずか3歳で前田家へ輿入れし、14歳で5歳年上の前田利常と夫婦になった。
そして15歳で第一子を出産。
そこから24歳で亡くなるまでに、三男五女、合わせて8人の子どもを産んでいる。
……え?
ちょっと待って。
思わず両手の指を使って計算してしまった。
9年間で8人。
ほぼ1年に1人のペースで出産していることになる。
いくら当時とはいえ、本当にすごい。
そして珠姫は、五女の出産後に、体力を消耗し、24歳という若さで亡くなった。
夫婦仲はとても良かったと伝わっている。
だからこそ、「幸せだったんだろうな」と思う一方で、
現代的な感覚だと「あまりにも過酷だったんだな」とも感じてしまう。
寺内は、資料が充実しており、けっこうな時間を滞在した。
この地域の人たちは、珠姫を大切にしていることが伝わった。
珠姫の母・お江は、お市の方の娘。
お市の方は、織田信長の妹だ。
さらに、お江の姉は淀殿。
つまり珠姫は、織田家・豊臣家・徳川家という戦国時代を代表する三つの家に連なる姫だった。
その血が、前田家へと受け継がれていく。
そんなことを考えながら境内を歩いていると、お寺の景色まで違って見えてくる。
歴史好きにとっては、たまらない場所だった。
前田家は、時代の変化に柔軟に対応しながら家を守り、今もその血脈は続いている。
戦国の世を生き抜いた大名家が、形を変えながら現代まで続いていると思うと、
不思議な気持ちになる。
そして今では、前田家ゆかりの方が経営に携わるイノダコーヒーで、
私のような庶民がコーヒーを楽しめる。
戦国時代なら、きっと一生交わることのなかった世界だ。
そう考えると、本当に良い時代に生まれたものだなと思う。
明日は金沢グルメを書く!
これは推しの甥だ。川越に行って芋を食べずに寺に行った。
このブログを書いた人はこんな人です
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