あまりにも色々ありすぎて今となっては細かいところは覚えていないのですが、気管支鏡で確定診断が出なかったので他の検査の結果と合わせて判断したいと言う事でした。


肺癌だった場合、脳に転移していないかどうかも診てもらった方が良いとの事で、脳神経内科に紹介されました。

そこではMRIとCTの予定が入りました。

呼吸器科でCT撮ったばかりなのにその結果ではだめなのかなぁ。と思ったり…

すると普通のCTではなくて、ダイナミックCTだと言う事で、どこかが違うらしいのです滝汗


全部が高額な検査のオンパレード!

母の治療の時に高額医療の手続きをしたのですが、何となく父の分も手続きしてたんです。やっておいて本当に良かった!


(*^ー゚)b グッジョブ!!自分


脳外科と呼吸器科でCT、ダイナミックCT、MRI、PET-CT…

怒涛の検査でした。


脳神経内科では、脳に転移は無しという結果でした泣き笑い が、気になる箇所があり経過観察したいとの事でした~💦


呼吸器科ではPET-CTで転移はみられませんでしたが、肺が強く赤く光っていました。

その為、やはり癌として治療していきましょうというお話となりました悲しい


右肺下部が赤い…



去年の春頃、家族が健康診断で肺がひっかかり、病院へ行きました。

肺に何かしらの炎症があると言う事で様子を見るため月1回程度で通院が始まりました。

数ヶ月長期間抗生剤を内服してみましたがなかなか軽快しませんでした。


そこで気管支鏡検査で肺から細胞を少し取って癌かどうか調べてみましょうと言われ検査しました。


すると取った細胞からは癌が見つかりませんでした。

喜んでいると、先生がすぐに「細胞を引きずってきたときの粘膜?から癌の様な細胞が出て来ました」との事でしたガーン


「癌じゃ無いかも知れないし癌かもしれない。」


一番厄介な診断を頂きました滝汗


もしかしたら、炎症性の病気に隠れて癌があるのかも知れません。との事でした。


もしこれが癌だったら

ステージはⅢです。肺の壁に炎症がくっついているので手術は出来ないと思います。


治療としては抗癌剤や放射線治療がありますが、炎症性病変も併発しているので、放射線は胸の壁にくっついているのでお勧め出来ない、抗癌剤治療を行うと免疫が下がるので逆に炎症が悪化する可能性があります。


それが先生から最初に言われたお話でした。







ブログを始めた最初の頃は趣味のハンドメイドや好きなアーティストの事をブログに書いたりしていました。


その後家族の闘病がはじまり、自分の健忘録も兼ねて闘病ブログとして続けていたのですが、今年家族が苦しみから解放された為、心が落ち着いたらブログのカテゴリーを変更しようかなと思っていました。


…そう思っていたのですが。


来年4月頃までにかけて解決しなければいけない悩ましい問題が次々と不安


これでもかと言う位覆い被さってきています。

こんなに続かなくてもいーじゃないちょっと不満むかっ悲しい


来年は絶対良い年になりますように✨






以前から集めていたキウイブラザーズが、今年も発売されました~目がハート





以前と比べてキウイが大きい!!

以前はかなりの数が入っていて食べきれなかったのですがこれなら大丈夫そうだ(^ー^)/

これは第1弾でゴールドキウイのフィギュアです。
という事は第2弾もあるという訳で…ガーン
やっぱりゴールドとグリーンで集めたいよね目がハート

でもすぐグリーン発売されたら買えるかな…不安

↓以前のキウイブラザーズの記事です。
こんなに食べてるはずなのに、ぬいぐるみは全然当たりませ~ん笑い泣き





何とか良くなりましたニコニコ

余りにもしんど過ぎたのでこのままずっと最初の症状が続くのかと思うと絶望しか無かったのですが少しずつ良くなってきたのでほっとしました。

ですが2週間位は起きていられなくて一日の大半は横になって過ごしていました不安

今は胸の奥がもやもやする(すっきりしない)感じと、曇り&雨が近づくと起きていられない感じです。(今までは気圧の変化で具合悪くなったりはほとんど無かった人です)

家族が鼻うがいを勧めて来たのですが、何となくやりたくなくて、聞き流してたのですが、半ば無理やり鼻うがいセットをくれたので渋々やってます。

初めて使った時は失敗したらしく、耳と鼻が痛くなってしまいました悲しい

2回目使っても耳に違和感があって、諦めそうです💦

でも何度も「使ってる?」と聞いて来るのでまたやってみようと思いますが…真顔マジデイヤダワ

実際、今まで感染して来なかったので自分の中では感染しない体質なんじゃないかと意味不明な自信があったと思います滝汗
そんな事は全然無くて今まで感染した人と接触していなかった事がラッキーだったんだと思います。

(亡くなった)家族に感染しなかったのは本当に良かったなと思います。

まだ体調は本調子では無いのですが、何度も感染する場合があるそうなので、もう感染はこりごりなので人混みには出歩かない様にしたいと思いました。


大好きだったコーラが不味くて飲めなくなってしまった悲しい

他にも好きだった物の味が美味しく無い。

起きていられる時間も数時間だけ。

あとは気持ち悪くなってしまい起きていられない。

ごはんも食べれない。

これがこれからもずっと、一生続くなら今後生きて行けないと思う位しんどいです。

今は良くなる気が全然しない。

来週のCDTVにBTSのVが!!飛び出すハート

最近は全く推し活から遠退いていた生活だったけどあまりにもびっくりして大声出てしまった。

来週までは頑張る!

😠宣伝系、私の記事とは全く関係の無いブログからのいいね止めてください!
ブロック&通報、今後注意喚起として迷惑ブログ名をまとめて表示させて頂きます。




急に思い出した事を書いています。


在宅での緩和ケアに入り、毎日1回の点滴交換、週1回の針&ルート交換、針を抜いた日(週1回)の入浴介助を私が行っていました。


訪問看護は週2回。


入浴の日も私達が入浴が終わるのを見計らって訪問して来ました。

訪問看護って血圧測るだけ?

入浴は手伝ってくれない?


しまいには家族が亡くなる4日前に、週2回の訪問看護を「週1回にしてもいいですか?」

と言われた。


何で?

状態悪くなっていってるのに。

あなた方だってプロなんだから見たら分かるでしょ…


ケアマネージャーも結局何をしてくれる人なのか分からないまま。

前の病院に入院していた時から緩和ケアに移ったら、看取りは病院でと話を決めたはずなのに訪問初日から家で看取るように遠回しに勧めて来た。(家族激怒り!)


在宅の緩和ケアって一体何だったんだろう?

ほぼ家族が行うって事だったみたい。


強く痛がった時、熱が下がらなかった時、どうしたら良いかと相談しても腹膜炎の痛み、熱だから。冷やしたりレスキュー飲んでと言われて終わりました… 


家族が急変した時、第一連絡先は訪問看護師でした。

その時はかろうじて会話出来ていたので本人が覚悟を決めて入院したいと言った際、コロナで面会は一切出来なくなるとか色々言われて直ぐ担当医師へ連絡してくれなかった。


思い返せば家族は最後の力を振り絞って言ってくれたんだと思う。


やっと救急車を呼んでもらい、病院へ移動の際に突然心臓が止まり亡くなりました。

もっと早く医師へ連絡してすぐに救急車呼んでくれたら何か違ったのか…

それとも同じ結果だったのか。



家族が亡くなった後は一切連絡無し。

請求書だけが届きました。


大量の点滴と薬はどうしたら…


もう亡くなってしまったので何を言っても虚しくなります。


ですがもし次があるとするなら、ここは選択しない事と、最期はどうしたいかをはっきり伝える事、遠慮しないでダメだと判断したら担当を変える位の強い気持ちを持って対応する必要がある事を学びました。












生前、診察時突然家族がドクターに


「私が死んだら献体したいと思ってる」と言い出し仰天しました。


以前から考えていたんだとの事。


丁度その頃、献体を防腐処理を怠り、遺体を重ねて放置していたと言うニュースを見ていたので即反対してしまった。


https://mainichi.jp/articles/20220821/ddp/041/040/014000c 



後日そのニュースを家族に話すと

「やっぱりやめる」とは言っていましたが…


せっかく亡くなった後の事まで考えていてくれたのに即反対してしまって…

思い返すと申し訳無かったです。


最近ずっと、ああすれば良かった、こう言えば良かった、これを聞けば良かったと常に頭の中でぐるぐる回っています。


〖亡くなってからわかるよ〗


頭では十分分かってたし、もう聞く事も無いくらい聞けたと思っていたけど、実際は全くだった。





膵臓癌が発覚し手術不能と言われ、ネット等で余命を調べてみると手術以外の5年生存率はとても低いと書いてありました。

根治は手術のみだと言う事も。


実際私も以前から膵臓癌は長く生きられない病気だという事は認識していました。



だけどどうにか少しでも長く生きられる方法が無いかと毎日の様に調べ、重粒子線治療にたどり着き、その時はまだ元気だった家族と千葉まで話を聞きに行ったりと頑張りました。



家族も初めは諦めモードだったのですが、徐々にもう少し生きたいと思ったようで希望を持ちはじめました。


ですが段々と抗癌剤が効かなくなり最後の砦とも言うべく 遺伝子パネル検査を行いました。

すると保険外の治験があると言う結果が出ました。



結局、重粒子線治療に関しては、適応となるにはハードルが高く、(転移が無い、膵臓(癌)が小さく胃腸に接していない等)抗癌剤で癌が余り小さくならず適応にはなりませんでした。


また治験も本人の体力面の状態と、保険適用の治験だと効果が見られる可能性は高いが、保険適用外ではあまり効果は期待できないのではないかと言われて泣く泣く諦める事となりました。


家族が亡くなった今、何度も期待させては諦めての繰り返しで、私のした事は間違いだったのではないかとずっと考えてしまいます。

思い返すと残りの日々を家族の好きな事に使えば良かったとも思っています。


膵臓癌は何年経っても医療の技術が進歩しても根治が難しい病気だと言う事を家族の身をもって思い知らされました。


本当に亡くなった気がしなくてまだ入院している様な感覚です。

会いたいです。



緩和ケアへ移行してからの話はまたいつか書きたいと思います。(何だかもやもやしてます…)








家族は1ヵ月程全く食事が取れなかったのですが最後の時までゴーヤジュースは飲めました。

味に慣れた?のかビタミンを取りたかったのかとても好きになったそうです。



この度、


家族が長い苦しみからやっと解放されました。


良かったね。


楽になれたね。


私も悔いが残らない位お手伝い出来たと思えるよ。


本当にありがとうハート