2020年の9月にスリップした夫は、NAミーティングに通い、それから1年間、また優しい夫に戻ってくれましたが、


しかしちょうど1年後の2021年のまたまた9月、


今度はお酒ででっかいスリップをしました。





どこかに相談をしたら、


「ご主人は、アルコール依存症では、山型飲酒といわれているものです。


毎日飲む連続飲酒ではなく、


山型飲酒は、

もう末期、

大変危険な状態です。」



毎日飲む連続飲酒より、


例えば1年間はクリーンだけど、突然スリップする山型飲酒の方が、

危険な状態だと言われました。




大変危険な状態…。


一年間、優しい夫だったのに…。




私はこの頃から、家では横になることが多くなりました。

仕事は休まず、バリバリやっていました。


ただ会社で平気なフリをしている自分の存在も、辛かったです。




夫がスリップしておかしくなっている時のある日、当時小学校6年生の第1子が、


区の陸上競技大会の短距離走で、小学校代表に選ばれました。



「ママ、陸上競技大会は観にきてね。」



「絶対行くよ。」



「私は小学校代表に選ばれたから、これからは毎朝6時に起きて土手を走る。」



「朝6時はまだ少し暗くて危ないから、ママも一緒に行くね。」




しかし私は起きれませんでした。


第1子は、秋の暗い朝、ひとりで土手を走っていました。


そして帰ってきて、私が朝食を作るための牛乳がなくて困っていると、第1子は優しく、


「私が牛乳を買ってきてあげる。

まだまだ走りたいから。」





そんなある日、いつも明るい第1子が神妙な顔をして黙りこんでいたので、私は、


「ごめんね…きっとパパのことだよね?」




すると第1子は、


「え?違うよ?

陸上競技大会のことを考えていた。

小学校代表だから、学校に迷惑をかけないように。


パパの依存症のことは、

私にできることは何もない。


今、私がやるべきことは、

陸上競技大会で、がんばること。



パパは、

パパのやるべきことをやって、


私は、

私のやるべきことをやって、

生活をしていく。」





その通りなんです。


夫の薬物依存症、

家族にできることはないんです。


妻の私ひとりか夫の依存症に翻弄され、

何とかしようと、片っ端から相談機関に電話をしたり、

怒ったり、泣いたり、失望を繰り返していました。



子供たちは、パパがスリップしようとも、

何も変わらずパパと接していました。


怒ったり泣いたりせず、

それよりも自分たちの人生を生きていました。


学校に行き、

塾、ピアノ、スイミングに通い、

空いた時間は、ひたすら友達と遊んで…。


家でも毎日、明るく楽しそうにしていました。





それから第1子が「来てね」と言った陸上競技大会は、コロナ禍で親の見学は禁止でした。



それでも当日、私はひとりで陸上競技場へ行ってみました。


陸上競技場のゲートが開いていて、ゲートの外から少し中の様子が観れました。



しかし同じように考える他の親御さんもいて、

やっぱり学校側としては、コロナ禍で親が集まるのが困るのか、

ゲートは閉められて、観れなくなりました。



外からアナウンスだけでも聞きたかったけど、

よく聞こえず諦めて帰りました。



私は家に帰り、パッタリとまた横になっていたら、午後に第1子が帰ってきて、私に言いました。


「ママ、一番だったよ!」



「一番!すごい、さすがだね。」



私の子供は3人とも足が早く、いつも一番でした。




すると…私のスマホにショートメッセージがいくつも入りました。



第1子の友達のお母さんたちから、


「おめでとう!」



何と、転校前の小学校のママ友たちからも…。


「おめでとう!」


続々と…。




え…?

何でみんな、私の子供のことでこんなに喜んでくださっているのかな…?





その数日後、別件で小学校へ行ったら、


校長先生からも、

「おめでとうございます!」

と言われました。



そこで気づいたのが、


小学校の掲示板に大きく、

私の第1子が1位と称えられていました。



…なんと、

区で1位。






「え!

1番って、区全体で1位だったの!?」



家に帰って、第1子に喜んで話すも、

しかし第1子は、

「よくわからない。

1番と言われたけど、

どの中で1番なのか。」




「◯◯区の小学校で、1番足が速いっていう意味だよ!」




「ふーん。それ、ママ嬉しい?」




「嬉しいよ!だってこの区で、1番なんだよ!」




「ママが嬉しいなら良かった。」




そして後でわかったのですが、


ライバル校だった、

第1小学校は、子供たちが転校前に通っていた小学校、


第2小学校は、保育園時代の友達が沢山いる小学校、


そして第3小学校は、子供たちが通っている小学校ですが、




私の子供がスタートラインに立った瞬間、


ライバル校の、第1小学校と、第2小学校までもが、

歓声を上げて、私の子供の名前を呼び、応援したそうです。


「コロナ禍で、声を出しての応援禁止」だった為、


「応援を止めてください。」

と異例のアナウンスが入ったそうです。



担任の先生にも、

「ライバルの小学校からも歓声が上がり、

◯◯さんは、この街では大人気なんですね。」

と言われました。





あの辛かった日々に、とても嬉しいニュースでした。



そして、


私がちゃんとやらないと、


この子達が生きづらくなってしまうと思いました。