2023年3月、第1子の小学校卒業式。


卒業証書授与の際、生徒は名前を呼ばれたら、

右の場所で、


「はい!

私は中学生になったら…」

と皆一言、中学校での抱負を語っていました。





すると…


第1子はなんと、


規定通りの

「私は中学生になったら…」

で始まらずに、



「はい!


私を大切に育ててくれたお父さん、お母さん、

今まで本当にありがとうございました!


私は中学生になったら、沢山勉強して将来に向かいます!」

(原文ママ。日本語がおかしいですが、そのまま、第1子の思いです。)



ビックリしました。


親にお礼を言う場面ではなかったからです。





だいたいほとんどの子供は、規定通り、


「私は中学生になったら、」

と、中学校への抱負を語っていました。



そして私の第1子以外にも、

あの場で、親へ感謝の言葉を述べる子供は、

に5、6人いました。




通常の小学校6年生が、卒業式にみんなの前で、


個別に親に向かって、

「お父さん、お母さん、ありがとうございました!」

と述べることは、


思春期特有の照れがあり、恥ずかしがると思います。

それが普通の成長過程だと思います。




何故なら、普通の小学校6年生にとって、


親が一生懸命育ててくれることは、


当たり前のことであり、


そこに特別感もないわけです。




私は両親に良くしてもらいましたが、

小学校卒業時に、親への感謝の気持ちはなかったです。

だって、当たり前のことでしたから。




私自身にとっての小学校時代、


母が食育にこだわり、

毎日11品目の健康的な食事が並んだこと、



スナック菓子は体に悪いからと、

手作りケーキを焼いてくれたこと、



家で仕事をしていた母が、

私が帰ってくると仕事の手を止めて、私に構ってくれたこと、



ピアノやスイミングなどの習い事や塾に通わせくれたこと、



自宅の本棚には、歴史マンガや、科学の本が揃えられていたこと、



お芝居やクラシックのコンサート、

エジプト展やらアウシュビッツの強制収容所展など、親が子供に有益だと思う場所へ連れていかれたこと、



門限を過ぎれば、親が探しに来て怒られたこと、



運動会には、重箱の豪華な弁当を持ってこられたこと、


修学旅行やら、ピアノの発表会やら、

デパートに連れていかれ、

洋服やら小物やら一式を買い揃えられたこと、






親が子を思い、恵まれた環境にいたことは、


私にとってすべて当たり前どころか、


思春期の私には、若干うざいことでした。







私は、感謝の言葉を述べてくれた第1子を見て、


「苦労をさせてしまっているんだな。


第1子は、必死で、崩壊しそうな家族をまとめようとしているんだな。」






また下の子も、小学校の卒業式に流れるビデオで、


「好きなモノ」

について、


他の子供たちは、

「好きなモノ」


野球、バスケ、ピアノ、読書、などと書いていましたが、



下の子の

「好きなモノ」は、


「家族」



やはり子供たちも、必死で家族を守ろうとしているんだな…。



まだ小学校6年生なのに、


何も心配しないで、


本当に好きだった「ピアノ」や「バスケ」などと、素直に答えさせてあげられなくて、本当にごめん。