恋詩~koiuta~ -5ページ目

第一章 ~薫~  第5話

電話を切ってから、

俺は改めて歌舞伎町の方へと向かって歩いた。


シーガルは、

俺と薫がよくいくショットバーである。

大学生の身分でこんなところに出入りするのはどうかと世間からは言われそうだが、

値段は居酒屋とたいして変わらない。

初めて訪れた日に、バーテンの平さんという人になぜか気に入られ、

それ以来新宿で飲む日にはちょくちょく顔を出している。

駅からもそこそこ近いので、ギリギリまで飲んでいられるのがいい。


俺は途中の自販機でマルボロを買い、

2階にあるシーガルへの階段を上がった。

重厚なドアをあけると、平さんの声が聞こえた。


「いらっしゃいませ!」

「ども、平さん。」

「おー、颯ちゃん! いらっしゃい! 今日は一人?」


ショットバーのバーテンというと、

何だか気取った人が多いイメージだったが、平さんは違った。

たしか中卒だと言っていたが、

色々な物事の道理を知っている。

しょせん学校の勉強をかじっただけの俺とは大違いだ。

緩やかなオーラに包まれた彼の周りには、

いつも多くの人たちが集まってくる。


「んや、じきに薫がくるよ。それまでカウンターで待ってていいかな?」

「もちろん! んじゃ、とりあえずはいつものでいいね?」


平さんは、テキパキとグラスを準備し、

カウンター越しにコースターとおしぼりを並べる。

ぼんやり見ていると、あっという間に、

コロナビールがライム付きで置かれた。


「さ、どーぞ。カオの分ももう用意しといちゃおうかな。」


平さんがギネスの瓶に手を伸ばそうとしたとき、

別の客がオーダーを入れたので、その作業は中断した。


俺は薫が来るのを待たず、ライムを瓶の中に押し込んで、

乾いた喉を潤すことにした。

さっきからなぜか喉がカラカラだった。

酸味のきいた薄味のコロナが、口の中にひろがる。


数分もしないうちに店のドアが開いた。

外からは、少々肌寒い外気と共に薫が疲れた表情で入ってきた。

さっきまでの元気な様子はいったいどこへ行ったのだろうか。


「おー、遅くなった。すまん、ソータ。」

「んや、さっき来たばっかだよ。でも先に飲んでるぞ。」


薫は俺の隣に座って、平さんにギネスを注文した。

平さんと俺は目を合わせて、にやりとした。


「ふぅ。今日はお疲れ、つき合わせて悪かった。乾杯。」


俺のコロナの瓶に、勝手に自分のギネスの瓶をカチンと合わせる。

どうも様子が変だ。


「どうした? テンションずいぶんさがってっけど、そんなに相手に期待してたのか?(笑)」

「そんなんじゃねーよ(笑) まぁ、とりあえず飲もう。」


薫は、微妙な笑い顔を作ってから、

ギネスをあっという間に飲み干した。

すぐにおかわりを注文する。

俺と違って、いくらでも飲める薫を家までかついで送る心配はない。

二本目が用意されたとき、

薫は俺の方を向きなおした。


「なぁ、ソータ。俺、すげー困ってる・・・。」

「なんだよ?」


あまりに深刻そうな薫の表情から、よくない事態を想像した。

困る、ということは、何かに困っているわけだ。

何かに困るというと、金、女、単位、人間関係・・・そんなところか。

薫の個人的なことはよく知らないが、

金にしても、女性関係にしても、

たいして困るようなことはなさそうに思う。

俺は相手が会話をするとき、こんな風に先を読むクセがある。

親父から話を聞くときもそうだったが、

相手が全てを話す前に、あらゆるパターンを想像する。

そうすることを脳が命じているような気がする。

もちろん、こちらの想定内の言葉が続くなんてことはめったにないのだが。


コンマ1秒にも満たない時間にそんなことを考える俺へと向かって、

薫は続けた。


「俺・・・実は・・・。」


ギネスに一度手を伸ばし、ゴクゴクと喉を鳴らしてから、薫は言った。


「人を・・・殺した・・・・・・・・。」


小刻みに揺れる薫の指先が、妙にリアルだった。