恋詩~koiuta~ -3ページ目

第一章 ~薫~  第7話

「それで?なんでそれがお前が殺したことになってんだ?」



俺は妙に落ち着いていた。

大学の刑法の講義ではしょっちゅう耳にするような話だが、

身近で誰かが死ぬという話は聞きなれたものではない。

だが、

この日の俺は薫の言葉が脳に染み渡っていく感じがした。


薫は、彼女の亡骸を見て動転した。

当然だ。

眠りにつく前は、隣で愛を囁いた相手が、

目を覚ますとこの世からいなくなっていたのだから。

しばらく部屋の隅にへばりついていた薫だったが、

救急車を呼ぶことにしたらしい。


「もう・・・冷たくなってた・・・。助からないと思ったけど・・・。」

救急隊員がたどり着いたときにはすでになくなっていた彼女は、

その場で死亡が確認された。

事件性があるかもしれないということで、

すぐに警察がかけつけることとなったようだ。


薫はありのままを警察に話したが、

彼女が他殺体であるということは、

薫を第一発見者でなく容疑者として扱う格好の材料とされてしまった。


取調官から薫が聞いた話では、

死因は頸部圧迫による窒息死だという。

何らかのひも状のものでしばられた形跡があり、

体中の穴という穴から、

体液がしたたりおちていたらしい。

その隣で朝を迎えるだなんて、想像しただけでもぞっとする。

ただ、この話を聞いていて、妙な違和感を持った。



「朝起きて、隣に死体があった。それでお前が警察に疑われているってこともわかった。」



そう。

この点に疑問はない。



「でも、何でお前は『殺した』って自分で認めてんのにここにいるんだ?」



そうなのだ。

薫は俺に、『人を殺した』と言った。

この自白らしいものが通っているなら、

なぜ警察は彼を逮捕し拘束しておかないのか不思議だった。



「俺はやったことを覚えていないんだ。」



薫は俺の目を見ながら続けた。



「隣で寝てただけで、凶器って言われてる紐もどこにもない。

 一昨日まで警察に任意同行ってので呼ばれて、

 ずっと俺は何も覚えてないって言ったんだけど、

 警察はお前がやったんだろって一点張りでさ・・・。

 もしかしたら寝ている間にやったんじゃないかって思えてきて・・・。」


薫は泣きそうだった。

いつも軽くて、適当な男の姿はどこにもない。



「しっかりしろよ、薫。 それで、今は何で自由に動けてんだ?」


「たぶん親父が・・・。」

事件の現場にいながらにして、

任意同行での取り調べで済んだのが不思議に思えていたが、

薫の親はどうやら大きな役職についているらしい。

事件をもみ消すことまでできるかはわからないが、

とりあえず息子の身柄を自由にしたのだ。
そんなことが可能だとすると、日本の警察もどうも信用ならなく思えてしまう。



「なぁ、ソータも記憶がない時期があるって言ってたよな??

 こんな風に寝てるときに何かをしちまうこともあると思うか?」



薫は既に自分が寝ている間に人をあやめてしまったと思い込み始めている。

警察の取調の威力を改めて思い知らされた。



「だからしっかりしろよ、薫。

 俺は記憶が欠けてるって両親に言われただけで、

 自覚はねーよ。

 それに、

 お前だって寝てる間に隣で彼女を絞め殺すとかありえねーだろ?」



そう言いながら、

寝ているときに自分がどう動いているかなんて、

考えたこともなかった自分に気付く。

寝ている間、自分の意識はこの世にはない。

無意識下での行動を制御することが可能かどうかなんて、

改めて考えても答えはでるわけではない。

薫は黙っていた。

さっきまでの元気はやはりかけらも見当たらない。

一定期間警察で拘束された鬱憤晴らしにコンパでもしようと思ったのだろうか。

不安をかき消すために遊ぼうとしたのだろうか。

この新宿は、薫と彼女が出会った思い出の街のはずである。

記憶を消したいとでも思っているのだろうか・・・。



窓のないシーガルの片隅に置いてある水槽に目をやる。

のっそりと動くプレコの目が、薫の目と重なった気がした。