1960年代、キューバ革命は世界の左派知識人の熱い支持を得ていたが、1971年、彼らの間に亀裂をもたらす「パディージャ事件」が起きる。
3月20日、「国家の安全を脅かした」容疑で、反体制的と見なされる作風の詩人で作家のエベルト・パディージャが妻と共に逮捕されたのだ。
このニュースに衝撃を受けたヨーロッパやラテンアメリカの左派知識人(ほぼ全員がキューバ革命シンパ)は、〈逮捕への抗議〉と〈革命の内側で批判する権利の喪失を懸念〉し、フィデル・カストロ宛ての公開書簡を4月9日付仏「ル・モンド」紙に掲載した。書簡には54名が署名した。
※ 主な署名者:ジャン・ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーボワール、マルグリット・デュラス、ファン・ゴィティソロ、ルイス・ゴィティソロ、カルロス・バラル、イタロ・カルビーノ、アルベルト・モラビア、フリオ・コルタサール、カルロス・フエンテス、ガブリエル・ガルシア=マルケス、オクタビオ・パス、ホルヘ・センプルン、マリオ・バルガス=ジョサ
※ アリババ女史のブログによると、このときフリオ・コルタサールは積極的な役割を演じたように見受けられる。
一方、ガルシア=マルケスの署名は本人の意思ではなく、友人の独断によるものだったらしい。
4月27日、パディージャは釈放されたが、公開で自己批判をさせられたうえ、妻を含め作家仲間を告発することを強いられた。“スターリニズム”を彷彿させる行為に恥辱と怒りを覚えた海外の知識人らは、第二の公開書簡を5月4日付「ル・モンド」紙に掲載した。
新たな署名者には、ピエール・パオロ・パゾリーニ、アラン・レネ、ファン・ルルフォ、スーサン・ソンタグらがいた。
ところが、ガルシア・マルケスやコルタサールの名はなくなっていた。
二人は(人間の尊厳を擁護するはずの)革命の変節に困惑しつつも、個別性よりも帝国主義との闘いを優先すべきとの信念を捨てきれなかったらしい。
コルタサールは、カルロス・フランキに宛てた手紙で〈署名しなかった理由〉を次のように書いている。
「パディージャ事件およびその関連におけるキューバ政府の行動に、私は反対の意を唱えるべきであるにも関わらず、キューバ革命はその本質において忠誠(それは批判を排除しない)に値する、と私は今も信じている。
会議やら演説やら自己批判を通して中世的で凡庸な攻勢をしかけたが、それでも革命の良い面の勝利に協力するため常に可能な存在であり続けている、と私は本当に信じているのだ。故に私は書簡に署名しなかったし、君に忌憚のない思いを綴ったのだ。なぜなら私にとって君は、キューバとその革命に私が望み得ることのすべてを表しているからだ。そして、理論と実践において我々を隔てるものがどれほどあろうとも、我々は常にどこかで一緒になれるはずだ、と私には分かっている」
Marysolより
フリオ・コルタサルは、レサマ・リマの自伝的長編小説「パラディソ」のメキシコ出版に尽力し、そのおかげでレサマは“ブーム”の作家に加えられたそうだ。
ちなみに、レサマの存在をコルタサルに教えたのは、リカルド・ビゴン(パリのユネスコ勤務時代にコルタサルと同僚だった)だった。
ビゴンは、ギジェルモ・カブレラ・インファンテが“我が映画の師匠”と評したほどのシネフィルで、パリ時代(革命前)にはジェラール・フィリップとも親交があった。
にもかかわらず、革命勝利後(アルフレド・ゲバラが認めなかったのか?)ICAICに入れず、不遇のまま持病が原因で早逝した。
Marysolの疑問2点
①
下の写真が撮られたのは1967年らしい。
コルタサールとレサマ(右)
とすれば、キューバで「パラディソ」が“限定”出版された翌年だ。
1971年以降ほどではないにせよ、同性愛者のレサマはすでに不遇だった。
コルタサルは、敬愛する作家を苦境に追いやっている不条理な状況を知りつつ、しかも〈革命の内側において批判する権利を主張〉しているのに、なぜ批判を止めたのか?まだ納得できない。
②
カルロス・フランキ宛ての手紙で、コルタサルはフランキを革命の象徴として賛美しているが、フランキは1968年の8月の「ソ連同盟軍によるチェコ侵攻事件」で革命と決別している。
1971年のコルタサルは当然それを知っているはずだが。
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追記(2022年7月13日)
「パディージャ事件」とは関係ないが、参考までに。
1988年12月27日「フィデル・カストロへの公開質問状」(国民投票の要請)が欧米およびラテンアメリカの主要紙に掲載される。
署名者(一部):パス、サバト、プイグ、カブレラ=インファンテ、リョサ、カミロ・ホセ=セラ、ソール・ベロー、ロブ=グリエ、シモン、ソレルス、ギンズバーグ、ブロツキー、ソンタグ、デリダ、イヨネスコ、ピカソ、フェリーニ等 ※「夜になるまえに」注釈参照