人によって、この世界をどのように感じるかは、想像以上に差があるようだ。


私は、この世界を美しい、と感じる。


どんなに辛い時も悲しい時も、それでも美しいと、もう物心ついた頃から、そのように感じていたように思う。


そんな世界、この宇宙と調和して生きる、それが私の生き方だ。


私が宇宙に呼応し、宇宙が私に呼応する。


美しい宇宙の一部に私は溶けこんでいき、宇宙は私、私は宇宙、境界が消失していく。


私は、幸せ。



片道2時間かけて、父の入院する病院に通う。


父は、35年前、ギャンブルで多額の借金を作り、母と弟と私を捨て、失踪した。


母は、アルコール漬となり、24年前に自ら命を絶った。


その間の私の苦労は筆舌に尽くしがたい。


悔しい思い、屈辱も味わった。


母の死も知らず、8年前、父が突然私と弟の前に現れた。


「長い間、申し訳ありませんでした。」


と父は言った。


もう、この世にいないのではないか、と思っていたので、幽霊でも見ている気分だった。


その父、今年83歳になる父が病に伏している。


失踪中どんな生活をしていたか知らない。


今、私は、心から思う。


この父と、私が美しいと感じるこの世界を少しでも共有したい、と。


本日は、川崎大師教学研究所の公開講座「弘法大師の文章について」という講座を受講した。

講師は、同研究所教授の佐藤隆一先生。

「弘法大師の文章」というからには、難解な著作が題材になっていたら、ついていけるかしら、と思っていたが、性霊集の「大使福州の観察使に与うるがための書」が今回の題材であった。


一般の人向けに空海の文章の凄さを知らしめるには、最適な題材だろう。

遣唐使船で漂着した唐の田舎の浜で、当地の役人から海賊に疑われて足止めをくらっていた時に、一歩間違えれば、遣唐使船に乗り合わせた者が皆死罪になりかねない状況で、空海が筆を取って、見事に疑いを晴らし、一行を救った名文である。

唐の役人の心をくすぐったり、揺さぶったり、の絶妙なバランスの巧妙な文章だと思う。

すごいよ!空海、この時31歳。

佐藤先生は臨床心理学もご専門とされていたらしいが、穏やかな語り口ながら、空海の類いまれなる優秀さを存分に語ってくださった。

お話の中で、空海は天才ゆえに誰にも理解されない部分があって、孤独な人だったのではないか、というのが印象的だった。

私も、空海の孤独を感じていたからだ。


帰りは、川崎大師平間寺の大本堂に寄って、護摩勤行に参加。

雨の予報もあったが、幸いにも、雨に当たらず、少し肌寒い10月の1日だった。

下記の「お大師さまのことば」
空海は、両親や一族の期待を背負って、都の大学に進学して官僚になるはずだったが、そこを飛び出し、仏道に入った。
空海が親孝行を説く時、私には、彼が若き日の親不孝をずっと引きずっていたと思われる。




「三界の狂人は狂せることを知らず、四生の盲者は盲なることを識らず、生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死に死んで死の終わりに冥し。」(空海)

 
この1週間の間に、同じ職場の関係者が立て続けに2人亡くなった。
 
1人は同期の男性で、享年50歳。
もう一人は20年以上前の上司で、享年73歳。
 
2人とも病気療養中に残念ながら、この世を去った。
同期は、1年前はまだ元気に仕事をしていた。
2か月ほど前に入院中と聞いて、同期の仲間で千羽鶴を折って届けたばかりだった。
あっという間の別れだった。
 

こんなふうに親しい人の死に接すると、魂の存在というものを切実に望む。
 
彼らとともに生きて、語らい、彼らの生を感じ、彼らの心を感じてきた。

それらのことは私の内に深く刻み込まれている。

彼らのエネルギーは見えなくても確かにあった。

肉体は滅びても、彼らのエネルギーは残っている。

この世か、あの世か分からないけれど、どこかに。

そう思いたい。

思いたい。

日頃から、スピリチュアルや仏教に関する情報に触れているが、実は、心の底では、何も信じ切れていないかもしれない自分に気づかされる。



 兜率天までの旅路に出逢った人たちとの、しばしの別れを惜しむ。

合掌