備忘録として使用している手帳を何げなくめくっていたら1年前に書いた夢が目に入った。
寝起きのボケた頭で書いたらしい。
字も乱れていたが、なんとか読めた。
私には夢日記をつける習慣はない。
何故この日に限って、夢を書き残したのか、今となっては分からない。
よくある無意識のいたずらか。
その夢だが、今の部署で仕事をしている夢だった。
夢を見たときは隣の部署で仕事をしていたが、異動したばかりだったので、1年で別の部署に異動することは考えにくかった。
この4月に今の部署に異動したが、夢のことは全く思い出さなかった。
その夢を見てから1年経った今、ふと目に留まって、正夢になっていることに気づいた。
それだけのことである。
潜在意識活用系のセミナーでは、しばしば、夢日記をつけることが推奨される。
夢を記録して発表する、という課題が出ることもある。
結構、自分の見た夢を詳細に記録して、筋道を立てて話す人が多いのに驚く。
私は、自分の夢をあまり覚えていないことが多い。
かろうじて覚えている破片を合わせても、筋が通らないことだらけで、何のことやら訳が分からない。
夢を詳細に記録したり、夢日記をつける人を見るにつけて、より潜在意識と繋がりが深いように思えて、羨ましく思っていた。
昨年だったか、「無意識さん」でおなじみの大嶋信頼先生の講座を受講した。
そこで大嶋先生は、夢日記をつけたり、夢を分析することはやめた方がいい、とおっしゃったので、おおっ!と思った。
夢は忘れてしまった方がよい、
フロイトもユングも、夢なんかを分析するから、おかしくなったんだ、と。
そうか、私、夢忘れてしまっていいのね。
何かと分析したくなるのが人間である。
これが人類の繁栄、発展に繋がっているのは間違いない。
しかし、潜在意識は、分析されることが嫌いなのではないだろうか、
というのが、私が最近思うことである。
潜在意識は、意識されることが嫌いなのではないか。
潜在意識をコントロールしたり、利用しようとしたりしても、何故かうまくいかないのは、そんな理由があるのかもしれない。
自分の意志や望みを明確に持つことは大事である。
望みを叶えたいと思うとき、潜在意識が応援してくれるというのは本当だ。
応援してくれると信じること。
その上で、潜在意識を自由に遊ばせてあげられるといい。
自分の意志や望みも一旦忘れてしまっていい。
すっかり忘れて自由になった頃に、望みが叶っていたことに気づく。
潜在意識が喜んでいると感じることができる。
そして心から感謝できる。
これまでを振り返ると、そんなことの多い人生だった。
まずは、自分に感謝できて、ホントにうれしい。