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☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

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今回は『高野山の秘密』をご紹介。

高野山の秘密高野山の秘密
1,620円
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元高野山奥之院維那(いな)の日野西眞定(ひのにししんじょう)師との対話を伊豆野誠氏が本にまとめられたものである。

拙ブログ記事晩秋に空海を訪ねて③東寺でも書いたように高野山奥之院では、毎日、弘法大師が瞑想を続けているとされている御廟に御膳を運んでいる。


維那というのは、その御膳をお運びするお役目の方のことである。


日野西師は、平成19年まで9年間 、この維那として毎日「お大師様」にお仕えされた。


その一方で、高野山大学の教授として仏教民俗学の立場から高野山の研究を続けてこられた方でもあった。


本書では、奥之院の維那と仏教民俗学の研究者との両方の立場を経験された日野西師の大変興味深いお話が語られている。


この本で語られている高野山の秘密とは、開山以来約1200年にわたって高野山が霊場として深く信仰されてきた、その秘密についてである。


なぜ、今もなお、多くの人びとが高野山を訪れるのか。


〜密教 、密教と言いますけどな 、それだけだったら日本に根付くはずがありません 。

と日野西師はいう。


お大師さま以下 、時代ごとの密教のお坊さんたちが 、日本人に合うような信仰の形態を作り上げてきた結果 、これほどまでの信仰を得るようになったのです 。


この本では高野山が時代ごとに信仰を集めてきた歴史や今なお伝わる伝統的な行事など、高野山の魅力がふんだんに語られている。


高野山の隠れた魅力が満載の1冊である。


大正13年生まれの日野西眞定師は平成28年にご遷化されている。


日野西師は、無闇に弘法大師信仰を唱えるのではなく、一歩引いた目で日本人の心と大師信仰を見つめながら、1200年という長きにわたる人びとの祈りを背負って、高野山奥之院維那というお役目を粛々と勤めていらっしゃったのだろう。


写真は昨年夏に私が撮影した夕暮れの根本大塔。



奈良南都の寺、大安寺を訪ねる。


癌封じの寺として知られる。

私がこの寺を訪ねるのは二度目である。

一度目は6年前、バスツアーの駆け足の旅だった。

その時購入した癌封じの御守りは、今も手元にあって守ってくださっている。


大安寺は、若き日の空海が師と仰いだとされる勤操大徳が首座を勤めていた寺である。


JR奈良駅からバスで大安寺バス停まで行き、そこから徒歩10分ほどのところに大安寺はある。


バス停から大安寺に行く途中に、大安寺旧境内という史跡があった。

前回はバスツアーだったので、このようなものに気づくことができなかった

やはり自分の足で歩いてみるものだ。





大安寺の横の駐車場のそばには、推古天皇のお社があり、そこにはなぜか大日如来様。



大安寺。



大安寺を訪ねた日の前日に、京都の種智院大学で福田亮成先生から空海の『御遺告』についておはなしを聞いたが、その『御遺告』の中で、空海は勤操を「我が大師」と呼んでいる。


また、同じく『御遺告』の中で大安寺について「大安寺は是れ兜卒の構、祇園精舎の業なり」と言っている。

インドの祇園精舎は弥勒菩薩がいらっしゃる兜率天宮を模しており、唐の長安にある西明寺はその祇園精舎を模しており、さらに日本の大安寺は西明寺を模していたらしい。

大安寺には鑑真や菩提僊那などの唐や天竺から渡来した僧も住んだそうだ。

異国情緒溢れる壮麗な寺院だったのだろう。


大唐長安、そして天竺へ。

若き空海の、大唐長安、そして天竺への熱い眼差しを育んだのは、ここ大安寺だった。


現在の大安寺、特に真言宗とはうたっていないが、高野山真言宗のにおいがプンプンする。


護摩堂があるし。

瞑想会は阿字観とのこと。


四月二十一日(旧暦三月二十一日の弘法大師の御入定日)に、大師の御影を祀って供養する法会、正御影供(しょうみえく)があるそうだ。


本堂からは癌封じのご祈祷の声がして、春まだ浅い南都の空に心地よく響いていた。



大安寺をあとにして、一旦昼食をとるためにJR奈良駅に戻る。

ここで何故かスマホのバッテリーがピンチになる。

充電場所も見つからぬまま、バスに乗り華厳宗大本山東大寺へ。


まずは、東大寺ミュージアムで歴史の勉強をしてから、盧遮那大仏さまを拝みに大仏殿へ行く。


この日、ミュージアムショップの向かいの金鐘ホールで「弘法大師と奈良」という講演会をやっていたらしいが、残念ながら、時間が合わず聴くことができなかった。


空海と奈良、結構縁が深いのだ。


大安寺に出入りしていた頃の空海は何度も東大寺にも出入りをしていたであろうし、37歳のときに東大寺の別当に補せられている。


〜東大寺の本尊である毘盧遮那仏 (大仏 )の宝前で 、密教の重要経典である理趣経を誦むべく規定し 、こんにちにいたるまで東大寺の大仏殿で毎日あげられているお経は理趣経なのである 。(司馬遼太郎『空海の風景』より)


毘盧遮那仏を見上げた若き日の空海。

その向こうに、大唐長安、天竺、さらにその先の兜率天を見ていただろうか。



高野山大学は、2年前から大阪なんばに社会人向けの講義をサテライトキャンパスを設置した。


少子高齢化のこのご時世、社会人に門戸を広げる大学は非常に多いが、高野山大学や先日行った種智院大学のような小規模大学では、死活問題のようだ。


生き残りをかけて、高野山で行われている講義が、大阪なんばに降りてきたのである。


その高野山大学難波サテライトのオープンキャンパスに参加した。


空海ラブ❤️仲間である、関西カウンセリングセンターのT先生も一緒だった。


難波サテライトでは、来年度は、密教学科と人間学科の2学科が開講される。


乾学長のご挨拶のあと、この2学科の模擬講義が行われた。


密教学科の模擬講義のご担当は土居夏樹准教授、日本人にもっとも馴染みのある般若心経を題材に密教の思想を解説していただいた。


空海の「般若心経秘鍵」、ひと味違う般若心経の密教的解釈。


空海の晩年に書かれた著作であり、さすがの空海も焼きが回ったかなどの批判もあるが、「般若心経秘鍵」私は大好きだ。


人間学科(心理ケアコース)の模擬講義のご担当は臨床心理士でもある森崎雅好准教授、スピリチュアルとは?空海がいう「不思議」と「不可思議」とは?興味深いお話だった。

 

スピリチュアルケアの講座の実習は、お話を聞いていると悲嘆系のケアもあるようで、なかなかハードそうだ。


短い時間で、充実したお話が聞くことができた。

これだけ聴いても価値ある講義だと感じた。


大阪在住の関西カウンセリングセンターT先生は、こちらのオープンキャンパスのリピーターだったが、結構そうしたリピーターがいるというのも、うなづける。(ちゃんと入学して学費払えよって話であるが。)


残念ながら、私は関東在住、せっかくの高野山から降りてきた講義も、通うことが難しい。


ということで、大学院通信教育課程、まずは科目等履修生から頑張ってみようか。