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☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

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今回は夢枕獏編『空海曼陀羅』をご紹介。


夢枕先生は、昨年公開されたチェン・カイコー監督、日中合作の映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』の原作『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の作者である。

説明

映画で空海を演じたのは、染谷将太さん。
全編中国語で頑張った。
小柄で童顔丸顔は、若き日の空海のイメージにぴったり。
染谷君演じる空海、椅子とか荷物をたくさん背負っている一場面が印象的だったが、あれは、兜率天に向かう途中の仮名乞児(かめいこつじ)か。
それに最後のシーン、恵果和尚の正体
何気に空海のネタは仕込まれつつ、映画は密教全く関係なかったが、空海を魅了したであろう当時の長安の繁栄ぶりがよくわかる。
そして空海も、その優れた文才と巧みな筆づかいで長安を魅了したのに違いない。

映画の話はさておき、『空海曼陀羅』である。
こちらは、夢枕先生が選んだ空海に関する著作のアンソロジー。
現代の知識人10人の空海観。

解説で夢枕先生が、「十人いれば十人 、百人いれば百人の空海像があり 、どれもがまことにおもしろい」と書いているが、どのように「空海」を捉えるかは、多かれ少なかれ、その人の人間が表れるように思う。
空海自身が人の心を映す、曼陀羅の人だ。
すごいなぁ。

10人、と書いたが、私が入手したkindle版では1人欠けている。
内藤正敏先生の「ミイラ信仰の研究 」 (抜粋 )は、著者と連絡が取れなかったため未収録とある。
解説を読むに、空海水銀中毒説に言及があるようだ。
その説に確かな証拠があるわけではないが、状況証拠的には空海が水銀中毒だった可能性が全くないとも言い切れない。
私を含め、空海好きにとっては、なんとなく空海の裏の顔を見せられるようでちょっと嫌な気分にさせられる。
だからこそむしろ、「ミイラ信仰の研究 」、読んでみたい気がする。

空海と水銀に関係。
1200年の時を超えて真相は薮の中。
何があっても、もはや肥大化した弘法大師信仰はビクともしないだろう。
真相などどうでもよくなっている。

考えようによっては空海に裏の顔があれば、これもまたオツなものだと思うが、実のところ、空海に裏も表もないのだ。
裏と表があるのは、判断してしまう私たち現代人の方だ。

空海を知れば知るほど、空海の凄さの前にただただひれ伏すだけでは済ませられない、もっと知りたい、と思ってしまう。
知ったからといって、得になることも徳になることもあると思えないにもかかわらず。

説明空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』は

説明『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』は

この半年の間に、同世代の人(50歳前後の人)の4人の訃報を聞いた。
高校の同期が二人、職場の同期が一人、そして、NLPのセミナー協会の仲間が一人である。
NLPの仲間は、私がプラクティショナー、マスタープラクティショナーの受講生だったときにアシスタントをしていたAさんだった。
Aさんとは、コースの修了後は、1、2回OB会で会ったくらいだったが、フェイスブックで友達になっており、私の投稿にいつも「いいね!」をしてくれていた。
昨年の暮れ、そういえば、最近Aさん、いいね!してくれないな〜、と思っていたところで、協会東京校の会長のU氏から、「Aちゃん、7月にクモ膜下出血で亡くなっていたそうです。協会からお歳暮を贈ったらお母さんから連絡があったそうです。」とのメッセージが届いた。
私自身も協会から少し遠のいていたのだが(空海に夢中だから)、半年近くも、Aさんが亡くなっていたことを協会の人も誰も知らなかったのだ。
Aさんのフェイスブックのタイムラインを覗くと、Aさんの誕生日の10月某日に大量の「お誕生日おめでとう」の投稿が。
この時、Aさんは既にこの世の人ではなかった。

全く今の世の中、人の繋がりが強くなったのか、弱くなったのかわからない。
SNSだけの繋がりになるとそういうことがあるのだ。

ところで、この「なつくさのブログ」は、2014年1月に開始し、同年12月に一旦休止、全記事をお蔵入り(下書きとして非公開)にしたあと、2017年に復活した。
最近は、すっかり空海ネタになっているが、一旦休止する前は、自分自身のアダルトチルドレンネタで記事を書いていた。
当時、読者になってくださった方やいいね!してくださった方は、アダルトチルドレン専門などのセラピストやカウンセラーの方が多かった。
そのあと長期間休止状態だったためもあって、当時、読者だった方で今も読者になってくださっている方はほんの数名である。(長期間、本当にありがとうございます!)

2014年当時、読者登録してくださった方やいいね!してくださった方が長期間音沙汰がない。
自分も長期間ブログを休止していながら、こういうのもなんだが、Aさんの件があってから、その方々の消息が気になってしまった。
アダルトチルドレン関係のセラピストさんやカウンセラーさんの記事は、大変参考になり、励ましても頂いた。
その方々の多くが、現在、ブログを長期間更新をしていなかったり、アメブロを退会していたりする。
別のブログに移るなら、その告知をするはずだが、何もなく、突然ブログが更新されなくなる。
もう、セラピーやカウンセリングをやめてしまったのだろうか。
実際、セラピストやカウンセラーの資格はあってないようなものであるし、素人が見よう見真似で、ブログを立ち上げ集客しようとしても、それで食べていくのは難しいだろうと思っていた。
ブログを拝見し、「この人は無理だろう」と思った人は、酷なようだが、やはり消えている。
アメブロから消えた方、いろいろ事情はおありだろうが、お元気で、どのような分野にせよ、活躍されていることをお祈りしたい。
逆に、当時から変わらずブログを更新されている方は、セラピスト、カウンセラーとしての実力とビジネス感覚とを合わせた、しっかりした基盤をお持ちの方だ。

ブログという電脳世界で、ほんのひと時の出会い。
繋がりというには、あまりに頼りない。
それでも出会えたあなたが、あなたらしく健やかに活躍されることを心からお祈りする。

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今回は立川武蔵著『
最澄と空海〜日本仏教思想の誕生』をご紹介。



奈良時代の終わりから平安時代初頭にかけて、我が国の仏教界は一つの曲がり角に来ていた。

6世紀に仏教が日本に公式に導入され、律令国家の統制 ・保護の下 、八世紀中ごろまでに南都六宗 (華厳 、法相 、三論 、律 、俱舎 、成実 )が整う。

国家の保護の下、奈良仏教は政治にも関与する力を得て、政治的権力をふるう仏教僧も現われた 。


そのような時代に最澄と空海は生まれた。


本書では、インドで生まれ中国で熟成した仏教思想を変遷について、まず、解説し、それらの思想を「日本型仏教 」あるいは日本型宗教へと導いた二人の僧侶、すなわち最澄と空海の、それぞれの思想を、源流であるインド、あるいは、中国の仏教などと対比しながら語られている。


著者の立川先生によると、この二人は日本の仏教史上の立ち位置が非常によく似ている、ということだ。

それはもう、一人の人間の二つの分身ではないかと思われるほどに。

最澄と空海はともに山林修行者であったし、同じ時期に入唐した。

最澄は、当時の南都の仏教のあり方に疑問を呈し対立したのに対し、空海は南都の長老の僧たちとも上手くやっていた。

二人が似ているだけに、その違いも際立った。

それが二人の断絶にも繋がった。


ところで、この本で面白かったのは、「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」に関する考察だ。

「虚空蔵求聞持法」は、記憶力増強法として知られる。


写真は2月に大安寺でいただいた虚空蔵菩薩さまのお守り。キラキラ。



山林修行中、空海は 「虚空蔵求聞持法 」を修していた 。 

『三教指帰 』の序で空海は、ある沙門に虚空蔵聞持の法を教えられた、と記している。

その真言を百万遍唱えると、全てのお経を暗記することができるようになる。

そう教えられて、それを信じて空海はこの行法に打ち込む。


ここに大聖 〔仏陀 〕の誠言を信じて飛焰を鑽燧に望む 。阿 〔波 〕国大滝嶽にのぼりよぢ 、土 〔州 〕室戸に勤念す 。谷 、響を惜しまず 。明星来影す 。(『三教指帰 』より)


阿波の大滝嶽や土佐の室戸岬において求聞持法の修行を続けていたら、谷が響き、金星が飛んできた、というのだ。


さて、本書では、「虚空蔵求聞持法 」が本当に、単なる暗記術なのか、という疑問を呈する。

著者の立川先生によると、虚空蔵求聞持法とは、インドで生まれた観想法の一種であるらしい。

観想法とは 、尊格 (仏 、菩薩 、神等 )のすがたをあたかも実在のものであるかのようにまのあたりに見たり 、その尊格と一体となる行法である、とのことだ。


阿字観に近いのか?

そこまで、この本は言及していないが。


私個人の体験談である。

ヴィパッサナー瞑想をしていた頃、年末年始の休暇を利用して10日間の瞑想のリトリートに参加した。

新聞、テレビ、インターネットなどの外部からの情報を遮断し、リトリートの他の参加者とも一切口をきかないという環境で、眠っているとき以外は、心に浮かぶ雑念や身体に感じる感覚を観察し続ける、なかなかハードな修行だった。


瞑想を続け、8日目の夜に奇妙なことが起こった。


自分の周りが突然パァーッと明るくなって輝き出した。

なんとも言えない幸せな感覚が溢れてきた。

嬉しくて嬉しくて仕方がない。


そんな状態が、最終日まで続いた。


特殊な状況の中で、脳内に何らかの変化が起きたのだろう。

神秘体験と思う人もいるかもしれない。


この体験で私に何か特殊な能力が生じたとか、そのようなことは少なくとも自覚はない。

ただ思うのは、極めて個人的な体験だったということだ。


幸せや喜びを感じるのなら、それは人里離れた修行の場ではなく、日常の中で汗や涙を流しながら感じたい。


最澄も空海も山林修行者だった。

しかし、彼らは決して厭世的な意味で山にこもったのではない。

若き日の最澄も空海も、自然と一体になりながら、非常に前向きに生きることの意味を求めていた。

そして、それぞれの個性で、日本的な仏教の最初の伝道者になったのだ。