仏像曼茶羅御一行さま
ようこそ東京へ!

巷で話題の「東寺〜空海と仏像曼陀羅」展に行ってきた。
昨年12月に急に立体曼陀羅が見たくなって新幹線に飛び乗ってからはや4カ月。
今度は東京で再会。
ただし、私の一番のお気に入り、大日如来さま(国宝ではないけど)は京都でお留守番。
誠に恐れ多くもおこがましいことであるが、あのお顔を拝見する度に「私だ。」と思うのである。

ともかく今回の目玉は凛々しい帝釈天さま。



でもやっぱり大日如来さまが好きだ。

そして、いつもは、真言宗総本山東寺別格本山観智院内で横一列に並んでおられる五大虚空蔵菩薩像のみなさまも、東京国立博物館平成館では、曼荼羅フォーメーションでおわしますなる。

下の写真は、五大虚空蔵菩薩坐像の曼荼羅フォーメーションのイメージ。(実物は立体です。)
このお札は観智院でいただける。ありがたや。

今回ミュージアムショップで購入した品。
まずは、空海筆『風信帖』ソフトマット付き。
部屋に飾ったが、あまりの格調の高さに、見る度に眩暈がする。

次、両界曼荼羅ブックカバー。
渡辺照宏・宮坂宥勝先生の『沙門空海』(ちくま学芸文庫)にぴったり。(本はミュージアムショップで購入したものではありません。)

会期は6月2日まで。









本日は、川崎大師教学研究所の公開講座「真言宗のお経」を受講した。

講師は、福田亮成先生のあとを継いで同研究所の所長になられた廣澤隆之先生。


今年度は「真言宗のお経と教え」というテーマで全6回開催され、今回は、その第1回目ということで、全般的な概要のお話だった。

空海が真言僧が学ぶべき、とした経典(朝廷に申告した経典)である『真言宗所学経律論目録』と、自ら重要として『開題』として取り上げた経典の謎の不一致の話、とても興味深かった。

真言宗では密教独自の大日経、金剛頂経、理趣経が重要であるが、密教の教えは顕教(密教以外の仏教)の経典も包含している、と密教的解釈をしながら空海はいう。

そのようなお話を、現在東京国立博物館で公開中の東寺の立体曼荼羅などの話題を取り入れながら、わかりやすく説明していただいた。

空海が、特に重要とした顕教は華厳。
奈良東大寺の大毘盧舎那仏を仰ぎ見ながら、
「華厳までは分かる。
だが、大日経がどうしても分からぬのじゃ。」
と呟いたであろう若き日の空海。

その頭脳には既に十住心論の構想があったのだろうか。



講座のあとは、いつものように、川崎大師平間寺大本堂にて護摩修行に参加。

お寺は花まつり週間で、参拝客で賑わう。
外人さんもたくさんいた。

灌仏会の花御堂。

お生まれになった直後の釈尊像に甘茶を灌いで。
「天上天下唯我独尊」

久しぶりの川崎大師平間寺。
清々しい1日となった。


1990年(平成2年)、社会人になりたての私は、仕事の関係で大手広告代理店H堂の方たちとお話しする機会があった。
その中の、当時40歳くらいの男性がこう言った。

「これまでの世の中は、人の物欲に訴え、物を消費させる物質主義の「もの」の時代でした。これから90年代以降は、もっと人間の心や感性に訴える人間主義の「こころ」の時代になるでしょう。」

まだ学生気分の当時の私は、へぇー、と思うだけだった。

あれから30年。

阪神淡路大震災、オウム事件、酒鬼薔薇事件と、平成ヒトケタ時代は、ショッキングな出来事が多く、教育評論家と名乗る方々が「こころの教育」の必要性を説く。

昭和の頃は、うつ病でさえ「人には言えない」病だったが、今では「誰でも罹り得る」病として、ある意味市民権を得ている。

心療内科が開設され、カウンセリングも気軽に受けられるようになった。
1990年代はじめに私は身近な人を自殺でなくしているが、その当時はカウンセリングなんて気軽に受けるものではなかった。
彼女を医者に連れて行こうとしたが、本人が「世間体が悪い」と言って拒んだのだ。
そのような偏見がある時代に育った人だった。

「こころ」の問題がみんなの問題として語られるようになったのは、私にとって嬉しいことだ。
救える命が実際に救える環境ができてきた。

それでは「もの」の時代から「こころ」の時代になっただろうか。

そう考えたとき、何か違うように感じた。

周りを見まわしてみて思う。
80年代以前の「もの」に取って変わったのは「じょうほう」すなわち情報、ではないか。
しかも、ネットワーク化した、「情報」。
インターネット、AI、ビッグデータ。

こんな高度情報化社会になるとは、世の中の流れに最も敏感な広告代理店の人も、予想していなかっただろう。

もちろん「こころ」の時代というのは当たっているのだろう、と思う。
思うが、このおびただしい情報の網に「こころ」は、どのように映し出され、絡め取られるのか。
そこに仏の姿を見るのだろうか。

「重々帝網なるを即身と名づく。」


写真は仙厓さんが描いた弘法大師。