☆〜〜〜〜〜☆〜〜〜〜〜☆〜〜〜〜〜☆

☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

☆〜〜〜〜〜☆〜〜〜〜〜☆〜〜〜〜〜☆
今回は立川武蔵著『
最澄と空海〜日本仏教思想の誕生』をご紹介。



奈良時代の終わりから平安時代初頭にかけて、我が国の仏教界は一つの曲がり角に来ていた。

6世紀に仏教が日本に公式に導入され、律令国家の統制 ・保護の下 、八世紀中ごろまでに南都六宗 (華厳 、法相 、三論 、律 、俱舎 、成実 )が整う。

国家の保護の下、奈良仏教は政治にも関与する力を得て、政治的権力をふるう仏教僧も現われた 。


そのような時代に最澄と空海は生まれた。


本書では、インドで生まれ中国で熟成した仏教思想を変遷について、まず、解説し、それらの思想を「日本型仏教 」あるいは日本型宗教へと導いた二人の僧侶、すなわち最澄と空海の、それぞれの思想を、源流であるインド、あるいは、中国の仏教などと対比しながら語られている。


著者の立川先生によると、この二人は日本の仏教史上の立ち位置が非常によく似ている、ということだ。

それはもう、一人の人間の二つの分身ではないかと思われるほどに。

最澄と空海はともに山林修行者であったし、同じ時期に入唐した。

最澄は、当時の南都の仏教のあり方に疑問を呈し対立したのに対し、空海は南都の長老の僧たちとも上手くやっていた。

二人が似ているだけに、その違いも際立った。

それが二人の断絶にも繋がった。


ところで、この本で面白かったのは、「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」に関する考察だ。

「虚空蔵求聞持法」は、記憶力増強法として知られる。


写真は2月に大安寺でいただいた虚空蔵菩薩さまのお守り。キラキラ。



山林修行中、空海は 「虚空蔵求聞持法 」を修していた 。 

『三教指帰 』の序で空海は、ある沙門に虚空蔵聞持の法を教えられた、と記している。

その真言を百万遍唱えると、全てのお経を暗記することができるようになる。

そう教えられて、それを信じて空海はこの行法に打ち込む。


ここに大聖 〔仏陀 〕の誠言を信じて飛焰を鑽燧に望む 。阿 〔波 〕国大滝嶽にのぼりよぢ 、土 〔州 〕室戸に勤念す 。谷 、響を惜しまず 。明星来影す 。(『三教指帰 』より)


阿波の大滝嶽や土佐の室戸岬において求聞持法の修行を続けていたら、谷が響き、金星が飛んできた、というのだ。


さて、本書では、「虚空蔵求聞持法 」が本当に、単なる暗記術なのか、という疑問を呈する。

著者の立川先生によると、虚空蔵求聞持法とは、インドで生まれた観想法の一種であるらしい。

観想法とは 、尊格 (仏 、菩薩 、神等 )のすがたをあたかも実在のものであるかのようにまのあたりに見たり 、その尊格と一体となる行法である、とのことだ。


阿字観に近いのか?

そこまで、この本は言及していないが。


私個人の体験談である。

ヴィパッサナー瞑想をしていた頃、年末年始の休暇を利用して10日間の瞑想のリトリートに参加した。

新聞、テレビ、インターネットなどの外部からの情報を遮断し、リトリートの他の参加者とも一切口をきかないという環境で、眠っているとき以外は、心に浮かぶ雑念や身体に感じる感覚を観察し続ける、なかなかハードな修行だった。


瞑想を続け、8日目の夜に奇妙なことが起こった。


自分の周りが突然パァーッと明るくなって輝き出した。

なんとも言えない幸せな感覚が溢れてきた。

嬉しくて嬉しくて仕方がない。


そんな状態が、最終日まで続いた。


特殊な状況の中で、脳内に何らかの変化が起きたのだろう。

神秘体験と思う人もいるかもしれない。


この体験で私に何か特殊な能力が生じたとか、そのようなことは少なくとも自覚はない。

ただ思うのは、極めて個人的な体験だったということだ。


幸せや喜びを感じるのなら、それは人里離れた修行の場ではなく、日常の中で汗や涙を流しながら感じたい。


最澄も空海も山林修行者だった。

しかし、彼らは決して厭世的な意味で山にこもったのではない。

若き日の最澄も空海も、自然と一体になりながら、非常に前向きに生きることの意味を求めていた。

そして、それぞれの個性で、日本的な仏教の最初の伝道者になったのだ。