2001年に
息子が脳障害を負ったとき鬱になり
その後パニック障害にもなり
その後も何年も
それを
行ったり来たりしていた
後から
ああ、あれは鬱だったんだ…
とわかった
そして
その後もこのように
症状は違えど
それを繰り返していた
そして
呼吸も排泄も筋肉量も
人生も生き方も在り方も考え方も
全てを整えていたが
中でもわたしにとっては
食事の変化
甘い物、糖分を摂らなくなったことが
物凄く大きかったようで
この頃から
物凄く落ち着いてきたように思う
それは
息子が突然脳障害を負い
導かれるように出会った
世界一ハードなリハビリを
三年必死でし
それを終えて
日常の生活に戻り
ある意味それは
障害を負った息子を含む
五人家族の生活の真の始まりの時で
その時によく聴いていた曲だった
それも
リハビリという希望も無くなり
でもそれに変わるどころか
それ以上の、人生で
とんでもなく大切なことに気付き
とんでもなく大切なことをやり続けていたが
でもまだその時は
その気づきや行動の凄さに気づかず
鬱々しく不安定で
その、前に住んでいた家で
よく一人で月を眺めたり
吸えないタバコを吸ってみたりしながら
よく聴いていたのを
ふと思い出した
また
この家に引っ越してきてからは
鬱もだがパニック障害が酷い時に
田んぼ道を泣きながら散歩していた事も
今日改めて思い出し
あの時は
見える月も田んぼも自分も人生も
悲しくて不安で仕方なかったし
月は今も眺めるし
田んぼ道も今も散歩していて
月も田んぼも
あの時と変わらないが
でも今
一切の心配も不安もない
わたしから見る
月も田んぼも全ての景色も自分も
輝きと落ち着きでしかなくなり
今日は
この曲を聴きながら
ああ、一周回ってきたな…
と泣いた
そして
わたしは
雰囲気で歌を聞くので
歌の歌詞というのは
昔からあまり聞かないので
この曲の歌詞も知らなかったが
改めて調べてみたら
今のわたしにピッタリで鳥肌が立った
今は一人見てる夜空、とか
きっとこの街ならどこかですれ違う
そんなときは笑いながら逢えたらいいのに、とか
思い出を越えられる明日があるから、とか
そっと閉じた本に続きがあるなら
まだなんにも書かれてないページがあるだけ、とか
明日は新しいわたしが始まる、とか…
もう、全て、全てが…
そして、わたしは歌には定期的に縁があり
その都度物凄い、癒しや浄化を得ていて
ここ数年は「Midnight Swan」など
奈落の底や闇や死を感じる曲を聞くことが多く
最近は「ツバメのように/松任谷由実」聴いていて
それは自死した友人の歌だった
そして
あの時は
絶望の中だったので
希望を求め
祈り続けていたが
今は
絶望も無ければ
希望も祈りも無く
それはわたしが
絶望も希望も闇も光も
統合した先の
光を生きているからで
希望という状態だからで
祈らなくて良いほどに
祈りが既に叶った状態を生きているからで
でも今のわたしには
これが物凄く自然で
普通なのだが
ああ、
あの時のわたしからしたら
わたしのような絶望の中にいる人からしたら
今のわたしは
希望でしかないな…
奇跡でしかないな…
と思い
やはり
還ってきたな…
よく、身体ごと還って来たな…
これが、〝落ち着く〟だ…
これをずっと探していたな…
と嗚咽した















