水守神社(いわき・平山崎)
どうもこんにちは、りんですm(_ _)m昨年の年末参拝の記事に辿り着いた…福島県いわき市平山崎字辰ノ口12水守神社(みずもりじんじゃ)社号標鳥居御祭神墓二十三夜塔神橋愛谷江筋水盤参道階段拝殿拝殿扁額本殿鳥居左・養蚕神社、右・熊野神社境内より東の海を望む創建は昭和26年(1951)3月15日昭和30年(1955)5月17日、本殿竣工御祭神は三森治右衛門光豊公江戸時代前期、磐城地区は大旱魃に襲われ磐城平藩藩主・内藤忠興は家臣・澤村勘兵衛勝為に領内巡視を命じる領内の状況を鑑み澤村は水路開削を開始、これが後の小川江筋である。この小川江筋開削時に三森光豊は澤村勝為の下、開削に従事完成後、澤村を妬む奸臣による讒言により切腹を申し渡されるその後、澤村の遺志を引き継いだ三森は夏井川南側に愛谷江筋(あいやえすじ)を開削延宝7年(1679)、平赤井から平下高久までの約18kmの水路を完成させる。これが愛谷江筋である。これにより五百十余町歩もの土地が潤され、平藩は新田開発をしたそうなさて、こちらは昭和20年代の創建と新しいのですが、祀られている方はいわき市において農業に従事している方にとり、知らなくてはいけない人だと思いますね…この愛谷江筋は今も昔も変わらず、この地区を潤しているのだから( ´ ▽ ` )ノそんな訳で、そういう方々によりこの神社が創建されたのだと思います。灌漑水路を開削した方を祀るぐらいなので、創建年あたりに旱魃や水害があったのかなと調べてみると…旱魃の記録はわかりませんでしたが、前年にはジェーン台風などかなりの被害をもたらしたものがあったり、創建月である3月には伊豆大島の三原山噴火があったりしました。農業というのは天候に左右されやすいので、水利を確保した三森光豊公を祀る神社を創建してもおかしくはないのだろうか?本務社である大國魂神社でいただけましたこの日、こちらを参拝後に三森光豊の師でもある澤村勝為を祀る澤村神社へと参拝水守神社が開削祖神と書き入れがあった事から、澤村神社でも小川江筋開削祖神と書き入れを( ´ ▽ ` )ノ以前は開削祖神とは無かったので、隣が水守神社だったからこう書いてくれたのでしょうね( ̄▽ ̄)やっと、やっと……去年参拝分が終わったぁ‹‹\(´ω` )/››‹‹\( ´)/››‹‹\( ´ω`)/››♪今年の分…………とてつもなく溜まってる寝よ(:3_ヽ)_まぁ、とりあえず去年の分が終わったんで初詣が書ける(笑)下手すると、初詣記事を書いてる最中に来年ななりかねんヽ(´Д`;)ノ気長に待ってもらえると幸いです( ´ ▽ ` )ノ明日は笠間市の文化財公開に行く予定……台風らしいけどΣ( ̄□ ̄)!