洛中・洛外さんぽ 第1回「洛中」 <後編 京都御苑から下賀茂神社へ>
あっという間に桜の花が満開になり,今日は、花吹雪が舞っていました。一昨日(日)は、地区の春祭り。桜の花が、お祭り気分を一層盛り上げてくれて東京と高槻からお祭り見物にやって来た友人たちは、お祭を満喫!凄く喜んでくださいました。昨日は、いつも利用している穴吹ツアーに3人で参加。京都の3ヶ所のしだれ桜を見に行き、ふたりとは、京都でお別れして帰ってきました。本当は、桜のシーズンにそのお話を書きたいのですが、中国観音巡りや、ハウステンボス家族旅行などその前に記録に残したいことが山積しています。時間のある時に順次更新していきたいと思っているのですが、旅行の記録だけで精いっぱい!庭のお花たちの写真は、今春は多分載せる余裕がないでしょう(涙)お花さん達、ゴメンナサイね。では、前回のつづきです♪御所を出て、京都御苑を歩いていると、満開になっている桜の木がありました。この日は、3月18日。巷の桜は、まだ蕾が固かったのですが・・・直ぐそばにもう1本!ツアーのみんなから歓声があがりました(*^-^*)しだれ桜今春、初めて見た桜でした。京都御所には、猿が辻と呼ばれる場所があります。京都御所を囲む塀で、一ヶ所凹んでいる角があるのです。それが、この猿が辻。理由は、この角が御所の鬼門にあたるから。鬼門から鬼がやって来ないように、角(つの)が取られました。そのため、ここだけ角がなく凹んでいるのです。屋根の下には、お猿さんがいます。このお猿さんは、神さまのお使いです。日吉大社より遣わされました。神さまのお使いが、どうして金網の中に???それは、このお猿さんが、夜な夜な遊びに出てしまうからだと伝えられているのです。中山邸跡(明治天皇生誕の地)幕末の公卿中山忠能(なかやまただやす)の邸宅跡です。忠能の娘の慶子(よしこ)は、敷地内に建つうぶ屋で出産しました。その子が、後の明治天皇となる祐宮(さちのみや)です。井戸・祐井(さちのい)この井戸は、祐宮2歳の夏に干天のためが枯れてしまったので、新たに掘られたものです。井戸の名は、祐宮にちなんで名づけられました。明治天皇が誕生したうぶ屋幸神社(さいのかみのやしろ)今は小さくなってしまった神社ですが、創建は平安遷都に遡り、都の東北の鬼門を護る為に置かれた守護神でした。現在は縁結び、鬼門除けの神社として信仰を集めています。本殿の東側に置かれているお猿さんこの木彫りの猿は、左甚五郎の作とも言われていますが定かではありません。出町橋の袂に立っている鯖街道口と書かれた石碑京都から福井県小浜へ向かう鯖街道の出発点でした。出町橋の下を流れる鴨川この右側に、高野川との合流点があり、鴨川と高野川に囲まれた所が下賀茂神社のある糺の森です。河合神社ユネスコ世界文化遺産でもおなじみの下鴨神社。その糺の森にある摂社の一つです。この写真では、ちょと分かりにくいのですが中門の右側にある看板に記されている「女性守護 日本第一美麗神」の文字!ちょっと気になりますよね。その理由は、後程・・・中門を入ると、目の前にある舞台立派です♪日本第一美麗神の正体は、この河合神社のご祭神が神武天皇の御母神になる玉依姫命(たまよりひめのみこと)だから。本殿の脇には、たくさんの「鏡絵馬」が奉納されています。この「鏡絵馬」は、絵馬にあらかじめ描かれた顔に美しい女性になれるよう願いを込めて、お化粧して奉納するのです。絵馬にお化粧をするお化粧室で、自分のメイク道具でお化粧をして奉納するのです。私は・・・???もう年齢的に手遅れだと思ってしませんでした(苦笑) クリック! 拡大画像 下賀茂神社にある任部社の祭神は祭神は「八咫烏命(やたがらすのみこと)」ヤタガラスは日本サッカー協会のシンボルマークになってるのでこんな書き込みもありました。鴨長明の方丈この方丈は組み立て式で鴨長明が各地を転々とするのに使用されたのだそうです。葵祭の流鏑馬神事が行われる所糺の森(ただすのもり)の参道を歩いて行くと向こうの方に鳥居が見えてきました。鳥居の向こうには楼門 楼門 舞 殿拝 殿橋 殿井上社(御手洗社)その御手洗池で水占い結婚記念撮影この日は、昼食会場とここの2ヶ所で結婚式を見かけ、ラッキーな気持ちになりました(^^)v糺の森(ただすのもり)で出会った椿