セシウム(Cs)とカリウム(K)

なんだか似ている響き。
実際性質も似ています。
カリウムもセシウムもナトリウムと同じアルカリ金属。

元素周期律表
http://www.arealink.org/water/atom.html

周期表で一番左にあるのは1族です。そのうち、H以外の元素をアルカリ金属といいます。最外殻電子が1個という共通点があり、一番外側の電子を放出すれば安定な希ガス配置になれます。非常に陽イオンになりやすいという共通の性質をもっています。

 
放射性セシウムの植物への吸収を低下させるためにカリを使用する。
昨年の春JA新ふくしまのホームページ説明されているのを見て。

JA新ふくしま 農作物栽培管理について
http://www.shinfuku.jp/pdf/240404.pdf

あれ?カリとカリウムってどこが違うんだっけ?
辞書でカリを調べたら
((オランダ語))kali,((ドイツ語))Kali]1 ⇒カリウム
同じかい・・・。

カリ(加里)は、窒素・リン酸と並ぶ、
植物3大栄養素
http://www.sc-engei.co.jp/siru/s_hiryou.htm

(窒素) 葉肥と呼ばれます。
     葉や茎などの生育を促進し 葉の色を濃くします。
(リン酸)実肥と呼ばれます。
     開花や結実を促進し根を伸張させます。
(カリ)  根肥と呼ばれます。
     根や茎葉を丈夫にし、耐病性を高めます。

2011年は福島県内でも作物の出来がいいとか。
豊作だとか、味がいいとか。
花も例年より大きく鮮やか。
なんて話を時々聞いていたけど。
つまり空から肥料が降ってきたってこと?
その上吸収を阻害するために肥料のカリをまけば、栄養満点ですね。
放射性じゃないセシウムならよかったのですが[m:206]


私の友人曰く。
大阪から福島県に出張になった人が。
「福島県に行くって言ったら、子供がお父さん死んじゃやだ!!って泣くんだ」
でビビッて福島に来たらみんな普通に生活しているし・・・。
その人に
「2011年福島県産の米。1kgあたりセシウム25ベクレルだけど、今までになくうまいんだ~~!」って言ったら。
「その米どこで買えますか!?」ですって。

もちろん1kgあたり25ベクレルのセシウムが検出されても。
玄米から精米すれば半分以下に。研げば更にセシウムは減ります。
ごはん茶碗1杯分なら1ベクレル以下。
健康に影響はありません。

 
日本土壌肥料学会
放射性セシウムに関する一般の方むけのQ&Aによる解説

http://jssspn.jp/info/nuclear/4137.htmlより

Q6. 土の中にあるセシウム137は、作物に吸収されますか?

A6. 根から吸収されますが、土に入ったセシウムの大部分が粘土鉱物に強く保持されるため、作物が吸収するセシウムの量は、土に入ってからの経過日数とともに減っていくことが報告されています。

 土に入ったセシウム137は、土の中の粘土鉱物などに強く保持されます(Q4に対する答えをご覧下さい)。そのため、土から水に溶け出すセシウム137の量は時間とともに減っていきます。作物は根から主に、水に溶けている養分を吸収するので、作物が吸収するセシウムの量も、同時に減っていきます。また、土から作物へ吸収されるセシウム137の量は、作物の種類によっても大きく異なります。

Q7. 土から作物への吸収を少なくする方法はありますか?

A7. 土のカリウムの濃度が高いほど、セシウム137が作物へ吸収される量が少なくなるという研究事例があります。

 土には、チッ素(N)、リン(P)、カリウム(K)の肥料が必要とされます。この3つの肥料のうち、カリウムを与えないと作物が吸収するセシウム137の量が増え、堆肥を畑に入れると減るという報告があります。このような研究から、作物への吸収をより少なくするような農耕地の肥培管理のできる可能性があります。

 

福島県の農家はこのような情報を踏まえて、
農作物への放射性セシウムの意向を減らす努力を続けています。
実際の活動内容については以下参照


不安よりずっと低かった福島県の農産物の放射セシウム
長谷川浩(福島県有機農業ネットワーク)より
http://www.farm-n.jp/yuuki/hasegawa.pdf

ちなみに2011年の福島県産米で1kgあたりセシウム500ベクレルを超えたと騒ぎになりましたが。
1kg100ベクレルを超えた米は全量廃棄されることが決定したため、
市場には出ていませんので、買うことはできません。


セシウム:100ベクレル超の福島県産米を全量廃棄へ
毎日新聞 2012年03月29日 19時54分(最終更新 03月29日 20時25分)

 食品中の放射性セシウムに対し、4月からより厳しい新基準値(1キロ当たり100ベクレル)が適用されるのを踏まえ、農林水産省は29日、昨年の福島県産米のうち検査で100ベクレルを超えた産地のコメを旧市町村単位で全量買い上げ、廃棄することを決めた。消費者の不安を解消するとともに、農家の経営を支援するのが狙いで、対象は最大3万7000トン、費用は90億円となる見込み。

 これまでセシウムの暫定規制値は1キロ当たり500ベクレルで、農水省は昨年の福島県産米については検査で500ベクレルを超えるセシウムが検出された地域を旧市町村単位で出荷停止とし、全域のコメを買い上げていた。100ベクレル超~500ベクレルが出た地域では県が農家に出荷自粛を要請し、農水省が農家単位で買い上げる方針を打ち出していた。

http://mainichi.jp/select/news/20120330k0000m040043000c.html

100万ドルの夜景

信夫山烏ヶ崎から見た夜景。
まっすぐ前が福島駅前。

aveさんの「福の歌 頑張っぺver」
http://www.youtube.com/watch?v=M_U1WB7fq7o
の元歌 「福の歌」の歌詞に

「信夫山から見下ろした100万ドルの夜景よりも
あの空に瞬く星に包まれる街がいいべした」

ってフレーズがある。
100万ドルの夜景・・・・。
そんなこと言われていたことがあったけなあ。
今も言うの?
そういえば信夫山から100万ドルの夜景見たことなかったなあ。
そう思ってみてみたいと思いつつ。
なかなか機会がなかった。


月と金星と木星が並ぶ日を去年からチェックしていたものの。
結局3月26日は天候が悪くて星が見えず。
翌27日信夫山に撮影に行きました。

残念ながらあまりに広角で木星まで入れるとあんまり絵にならず。
でも眼下に広がる福島市内の夜景はやっぱり綺麗でした。

思っていた写真は撮れなかったけれど。
仕方がないので別の被写体を入れて。

月と金星とすばる 


月と金星とすばる


星に包まれた街のかわりに

福島月と夜景 


月明かりの下の福島市

あなたは100万ドルの夜景とどっちがいいですか?

脱原発について。
福島県のこと取材したいって言われて。
福島市の写真がほしい。
昨年末そう言われた時。
え~~!福島市に来ても。震災を感じられる写真も。
原発事故や脱原発を感じさせる写真も撮るのは難しいですよ。
そう言っておいたけど。
福島市に来てみたら思った以上に普通の生活をしているって驚かれた。
だから言ったじゃないか~~。
福島市が原発事故で変わったのは外見じゃないんだよ。
警戒区域や計画的避難区域なら人がいないから外見も変わったけど。
放射能は目に見えないからね。

取材で書かれた内容を全面的に書きかえてもらって。
題も「原発事故に翻弄される福島」
にして原稿を送ったけど。
「脱原発は福島県民の願い」に改題された。

http://www.kyobunsha.jp/maga/inoti/025/_SWF_Window.html

間違いではないんだけどね。
確かに脱原発は決めたけど。
そんなに単純でも。簡単でもない。
今の福島県は原発反対ってシュプレヒコールする余裕なんてない。
第一、原発推進に賛成する人が福島県内にはいない。
いたとしても公言できる雰囲気にはない。
みんなが脱原発に賛成している中で。
わざわざ脱原発!!なんて街中に掲げる必要がない。

原発事故もそれによる被害も。避難している人も。
まだ何も収束していない。
仙台市やいわき市は復興バブルって話もあるらしいけど。
福島市はまだ全然・・・・。
市民の減少もまだ続いている・・・。
日常生活は元に戻ったけど。
特に子供たちを取り巻く環境が変わってしまった。
放射能への不安と。
東電はもちろん。政府・自治体・マスコミ・研究者・・・・。
あらゆるものへの不信。
誰を信じればいいのかわからない人も多い。
そのせいで。家族や友人とも。意見が食い違い。
溝どころか関係自体が壊れてしまう人もいる。

それでも。復興を信じて。
頑張ってる。
たくさんの人が。
「ふくしまは負けない!」って。
実際は歴史的に見れば何度も負けっぱなしだったけど。
でも。その都度。必ず復興してきたんだ。
今までの福島を築き上げたご先祖様にも負けられない。

やっぱり「立ち上がる のりこえる 福島」なんだな。きっと。

http://www.yamakawa-p.co.jp/img/fukkou/poster_fukushima.jpg

このポスターのダウンロードはこちら。
いわて・みやぎ・いばらきバージョンもあります。

http://www.yamakawa-p.co.jp/archives/970
「復興・再生運動ポスター 山川印刷所」

ちなみにこの標語は福島市庁舎にも掲げてあります。
http://www.yamakawa-p.co.jp/archives/1021


rigel88さんのブログ


これが福島市のキャラクター
「ももりん」です。
ももりんは福島市の観光キャラクター

福島市の西にそびえる吾妻小富士に春になるとあらわれる。
雪形「種まきうさぎ」(別名 雪うさぎ)をモチーフに。
福島市特産の「桃」と「りんご」から名前が付けられました。


rigel88さんのブログ

吾妻山の雪うさぎと桜

このももりんが描かれた車両が福島市保健センターの前に止まっていたのだけれど。
何の車両かなあ。
ちなみに裏側はこちら。
誰か教えてくれないかな。


rigel88さんのブログ

あと3週間もすれば雪うさぎも見られるはず。

3月14日にたまたまBS朝日のニュースの深層を見ていて唖然とした。

上杉隆さんが、がれきの広域処理についての発言をしていたのだが。
基本的に。政府は隠ぺいしてるっていいたいのね。
放射能汚染についてすごい発言してる割に放射能について知らないようだ。

一緒にゲストに出てた人が。
「福島第一原発取材で。1500μシーベルト/hの場所をバスで通った。
しかし、取材後ホールボディカウンターで測定したが。放射能は測定されなかった。このホールボディカウンターは性能が低い。」
と発言していた。
その場にいた上杉さん他数名の知識人が誰一人反論しない。

ホールボディカウンターで測れるのは内部被曝。
バスの中から線量の高い所を移動したとしても。
当然マスクをしていくのだろうし。放射能汚染物質を吸い込むわけではないだろうから。
外部被曝はするけれど内部被曝はしない。
外部被曝は放射線が身体を通り抜けるだけ。
被曝量を計るためには線量計を身に着けていくしかない。
原発事故から1年たってもまだそれもわからない人が、
いかにもわかったそぶりで、放射能の危険性を説いても。
嘘くさいって思うだけなんだけど。

あげくに福島県にいまだに住んでる人は放射能の危険性を知らない。って話になるんだな。
少なくとも福島県民の大部分は内部被曝と外部被曝の違いくらいは知っている。
放射線測定器を買って自宅や身近なところを計っている人も多いし。
線量計を身に着けている人もいる。
自分たちでできる自衛策をとりながら。
福島県で暮らしているよ。
記者だっていうなら。もっと勉強してください。
放射能のことも。福島県に住む人たちの暮らしも。


今日の福島視察・全国集会「農から復興の光が見える」


http://www.ustream.tv/recorded/21320176

交流会でも出ました。


桃の涙


rigel88さんのブログ


とにかく。おいしいんです。
女性にお勧め!
2011年産。福島県の桃を25%入り。
桃のリキュール。
日本酒ベースですが。
一口飲むと、桃の香りがいっぱいに広がります。
少し甘めで。
ほんと桃のジュース!
飲み口がいいのでぐいぐい飲めちゃいそう。
でもアルコール分8%ですから。
飲みすぎは危ないです。
水や炭酸で割って飲むのもおいしい。
是非飲んでみてください。

http://www.fmf.jp/blog/20120305-4900.html


JA新ふくしまより発売。
http://ja-cocora.com/html/momononamida.html

JA新ふくしま ホームページより。

  果樹農家が手塩にかけて育てる福島の桃。芳醇な味と香りは、一度食べたら忘れられない・・・と、全国のファンに愛されてきました。そして2011年。
  たわわに実った桃は、人々の手には届きませんでした。
  そんな中、こんな手紙が果樹農家に届きました。

「観光客が減り、果物もなかなか売れないと聞きました。私は何もできない悔しさに涙しています」と。

 「私たち農家のために涙を流してくれてありがとう。気持ちを代弁してくれてありがとう。」と果樹農家は返事を書きました。売れない桃を手に泣いていた果樹農家の心。その心を思う人が流した涙は、傷ついた心を潤しました。

  「いろんなことがあるけど、がんばっていこう」果樹農家が新たに流した涙はあたたかく包まれていました。
  応援してくださる人がいて踏み出せた新しい一歩。涙が綴った物語の中に、美味しい桃のリキュールが誕生しました。生食で味わえなかった福島の桃の果汁を福島の地酒とブレンド、さらりとした風味に仕上げて物語を届けます。


製造は福島県喜多方市 大和川酒造
http://yamatogawa.by.shopserve.jp/SHOP/470205.html


rigel88さんのブログ
「福の歌 頑張っぺver」
http://www.youtube.com/watch?v=M_U1WB7fq7o


全国の民放ラジオ100社が昨年1年間に元気づけられた曲とエピソードを募集した「Radio by your Side」賞に、福島市在住のシンガー・ソングライターave(エイヴ)さんの「福の歌~頑張っぺver.~」に励まされたエピソードを投稿した須賀川市の主婦熊田知才さん(47)が選ばれた。日本民間放送連盟は3日、福島市で表彰式を行い、熊田さんに表彰状を贈った。
 熊田さんは、原発事故を受け福島を離れたいと思っていた昨年4月ごろ、ラジオから流れてきた力強いaveさんの歌声に励まされ、県内にとどまることを決意したエピソードを紹介。全国の2817人の投稿の中から選ばれた。


3月3日表彰式に行ってきました。





福島県。とくに福島市の人にとって。

特別な曲なんです。

元歌は福島市のことを歌った「福の歌」

震災後3月12日から福島市のコミュニティFMであるFMPOCOで。

ずっと福の歌を流していたそうです。

その後震災後に違和感を感じた部分の歌詞を手直しして。

3月15日から頑張っぺverを流し始めたそうです。



原発事故の混乱の中。

会社で仕事をしながら。初めて聞いたとき。

あれ?歌詞が変わったと思った。

じっくり聞いて涙が止まらなくなった。



悔しい。悲しい。辛い。思いを全部。

誰かのせいにするんじゃなくて。

自分のせいにして立ち上がる。

福島人ならやれるだろう。

自分に言い聞かせながら。

頑張ってきた1年でした。





東日本大震災応援ソング(非公式)
『福の歌~頑張っぺver. ~』
作詞:チームave/作曲:ave


 いつか君がこの町で暮らしたいと
 言ってくれたら幸せだろう
 君の故郷になれるよう
 まずは僕が動きだそう…

声が聴こえるだろう
心が見えるだろう
頑張ろう!!が響くだろう

バラバラだった僕らが
今この時にこそ
一つになる時が来たんだ
“頑張っぺ”

うつむいた現実よりも
福島の空に未来を見よう
笑顔から生まれるものに
望みを信じてはみないか

 誰かのせいにすれば容易い事を
 自分のせいにして立ち上がろう
 そんな想いでいることが争いを失くすんだろう
 いつか君がこの町で暮らしたいと
 言ってくれたら幸せだろう
 君の故郷になれるよう
 まずは僕が動きだそう


さぁ何から始めよう
笑顔から創めよう
そこから初めよう

僕は歌を唄おう
それしか出来ないけど
君に愛を唄うように
この町に愛の歌を…

人に乗り越えられない壁はないと
証してくれた人達(ひと)がいるよ (※阪神大震災や、新潟大震災等を経験した人達の意)
その気持ちを希望を胸に
少しだけ笑ってみないか


 出来ない事に背伸びばかりするから
 出来る事すら出来ないで
 大切な事を見失いまた傷ついてくんだろう
 この町で叶えられないものはないと
 夢が生まれていけるように
 福島人ならやれるだろう
 何度でも立ち上がろう


 誰かのせいにすれば容易い事を
 自分のせいにして立ち上がろう
 そんな想いでいることが争いを失くすんだろう
 いつか君がこの町で暮らしたいと
 言ってくれたら幸せだろう
 君の故郷になれるよう
 まずは僕が動きだそう…

 君の故郷になれるよう
 まずは僕らが動きだそう…

              2011.03.15. ave


【楽曲視聴(Youtube)】


この歌の入ったミニアルバムの発売を記念して、特設サイトオープン!!
僕の歌は、君の歌。それが福の歌

この曲を1人でも多くの人に聴いてもらえるように。

福島の人たちを元気づけられるように。

aveさんは著作権の申請をしなかったと言っていました。

ですからどうか県外に避難している福島の人へ届けてください。

この曲と一緒に。

みんなのこと忘れてないよって。

離れていても無事を幸せを祈ってるって。





いつか君がこの町で暮らしたいと言ってくれるまで。

また今日から福島で頑張る。

たとえ微力でも。無力ではないと。

同じくラジオ福島から流れていた言葉をつぶやきながら。





この曲を歌ったaveさん。

本日3月11日NHKFMココロウタ 14:00~18:00に生出演するそうです。お時間ある方。聴いてみてください。



http://www.nhk.or.jp/kokorouta/



【NHK-FMココロウタ】福島のシンガーソングライターaveさんとともに、震災から1年のみなさんの思いを歌にします。「今被災地から/へ伝えたいこと」など、歌詞のフレーズをお待ちしています。http://nhk.jp/kokorouta #kokorouta
冬の安達太良と吾妻





福島って何にもない所だね。
10年以上前旅行に行った長野の観光地であった観光客に。
そういわれた言葉が今でも心にひっかかっている。
そうだね。と言って笑いながら。
本当は悔しかった。
大切な故郷。

確かに福島市は観光って言ってもこれといったものがない。
でも少なくとも。その人と会った長野の観光地に。
福島市郊外の雰囲気はとてもよく似ていたのだけれど。

私の知っている美しい福島。
それを伝えるすべも。言葉もなかったことが何より悔しかった。

それからずっと。福島の風景を見ている。
福島の人自身が「福島は何もない」そういう人が多い。
本当に何もないのか。
有るものの有難さを知らないだけじゃないのか。
大切なものはきちんと言葉で伝えなければならない。
私にはうまく言葉で伝えられないから。
代わりに写真で。見てください。
私の好きな福島を。

福島の冬。福島市の西にある吾妻山は雲に覆われる日が多い。
それでも晴れ間が広がるとこんな風景が見られる。


信夫山烏が崎から望む冬の吾妻山。



そして吾妻の南側に広がる安達太良山




本当の空がある福島。
福島大好き。


Radio by your sido賞を受賞しました。
福島の人たちを勇気づけた曲です。
私はこの曲を原発事故のさなか。
避難する人たちのニュースとともに聴きました。

福の歌 頑張っぺver
http://www.youtube.com/watch?v=jCc9zA9TINs
この写真の位置から撮りました。

聴いてみてください。
この曲を歌ったaveさん
3月11日 NHKFM 
14:00~16:00の音楽番組に出演するそうです。
$rigel88さんのブログ
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冬の安達太良と吾妻

rigel88さんのブログ


福島って何にもない所だね。
10年以上前旅行に行った長野の観光地であった観光客に。
そういわれた言葉が今でも心にひっかかっている。
そうだね。と言って笑いながら。
本当は悔しかった。
大切な故郷。

確かに福島市は観光って言ってもこれといったものがない。
でも少なくとも。その人と会った長野の観光地に。
福島市郊外の雰囲気はとてもよく似ていたのだけれど。

私の知っている美しい福島。
それを伝えるすべも。言葉もなかったことが何より悔しかった。

それからずっと。福島の風景を見ている。
福島の人自身が「福島は何もない」そういう人が多い。
本当に何もないのか。
有るものの有難さを知らないだけじゃないのか。
大切なものはきちんと言葉で伝えなければならない。
私にはうまく言葉で伝えられないから。
代わりに写真で。見てください。
私の好きな福島を。

福島の冬。福島市の西にある吾妻山は雲に覆われる日が多い。
それでも晴れ間が広がるとこんな風景が見られる。

信夫山烏が崎から望む冬の吾妻山。


rigel88さんのブログ


そして吾妻の南側に広がる安達太良山

rigel88さんのブログ



本当の空がある福島。
福島大好き。


Radio by your sido賞を受賞しました。
福島の人たちを勇気づけた曲です。
私はこの曲を原発事故のさなか。
避難する人たちのニュースとともに聴きました。

福の歌 頑張っぺver
http://www.youtube.com/watch?v=jCc9zA9TINs
この写真の位置から撮りました。

聴いてみてください。
この曲を歌ったaveさん
3月11日 NHKFM 
14:00~16:00の音楽番組に出演するそうです。
以下は3月22日友人たちほかメーリングリストに送信した日記です。
2~3箇所20文字程度訂正しています。原本は21日配信.
数字を確認訂正した上で22日再送。

福島市に住む福島県民です。3月22日です。
あの震災から10日がたちました。長いような短いような10日間でした。
毎日泣きながら過ごした10日間でした。
徐々に明らかになってくる震災の現実と福島県民、東北人の我慢強さと、人々の優しさに。

私は福島市に住んでいるので震度5強と震災被害は比較的軽微でした。
家族は無事。ガスはとまらず、電気は1日で復旧しました。
は復旧が17日までかかったので大変でしたが、
飲料水は会社の同僚から、生活用水は近所の井戸水からもらえたのと、
お風呂の汲み置きの水が使えたので他の人に比べればずっと恵まれていました。

食料は新型インフルエンザと4月からの食料品の値上げに備え、
ある程度買い置きがあったのでそれほど困りませんでした。
困ったのは震災の当日入れる予定だったガソリン。
今私の軽自動車でも残りの走行可能距離は50km。弟の車もほぼ同じ。
父の軽自動車が残り走行可能距離200km。
ガソリン入荷状況を考えれば無駄には出来ません。
私と弟の会社は幸い歩いていける距離ですので、2人でかわりばんこに乗り合わせ、
父の車は必要最低限の移動に使うことにしました。

震災後の週末2日間は電話・携帯がつながらないなか親戚や友人の安否確認、自宅の片づけで終わりました。翌14日からはラジオ福島を聞きながら会社の片付け。
次第に明らかになってくる地震と津波の被害。
悲痛な叫びと助け合いと。
ラジオ福島のベテランパーソナリティくらいではないかと思います。
リスナーからのメールやFAXを読みながら声を詰まらせ、リスナーから泣くな!!!とメールが届くのは。

状況が変わったのは14日原発が水素爆発をして避難指示がでてから。
13日から浜通りから避難しはじめていた人の数が一気に増えました。
15日福島第一原発3号機付近で毎時400ミリシーベルト(40万マイクロシーベルト)の放射線量が観測。
16日の新聞には『超高濃度放射能が拡散』の見出し。
過剰な放射能への不安。
浜通りから避難してきた人は,
スクリーニング(放射線量の測定)をして安全を確認してからでないと避難所にも入れない。

津波や突然の避難指示でとるものもとりあえず逃げてきて、
見知らぬ土地で右往左往し、ガソリンがなくなり身動きもとれず、
スクリーニングの場所を探す浜通りの人のつらさを
身近にいながら何の手助けも出来ずにただラジオで聞くしか出来ないことに情けない思いでいっぱいになりました。
福島県の基準では放射線量が10万cpm(カウント毎分)以上だと、全身除染が必要で、
除染可能な施設に移送される。1万3000cpmから10万cpmの場合は検査をした場所で部分除染を行う。
結果的に19日現在福島県の4万2000人の測定に対し、全身除染が必要とされた人は1人もいませんでした。
67名は部分除染の基準を上回ったため、
手や顔など外気にふれる部分を洗い再測定した結果健康被害なしとなりました。

これも放射能に対する過剰反応の1つです。
19日福島県から避難したということで県外の宿泊施設で宿泊拒否されるという事態になりました。
悔しい思い半分、やっぱりと思う気持ち半分。
私たち中通りの人間が無知により浜通りの人にしたのと同じことが拡大して再現されただけです。
無知と思いやりのなさは人を傷つけます。
本当は浜通りの避難してきた人たちが住んでいた大部分の地域より放射線量は福島市のほうがずっと多く場合によっては20倍以上になっていたのですから。
無知による風評被害・・・。微量の放射線量しか観測されていない南相馬市やいわき市などの避難地域・屋内退避地域に住む人がなぜこんなにも差別されなければならないのか?

いわき市にはまだ充分な物資が届きません。本当に物資がないこともあるでしょう。
でも汚染された地域と誤解されているせいで輸送トラックが入ってこないのです。

いわきの母親が訴える『ガソリンがなく医療機関にいけません。
医療品が入ってきません。子供が40度の熱が出ているのに助けてください!!!』
南相馬市の工場経営者は訴える。
『屋内退避地域で従業員が避難し操業できない、得意先には放射能に汚染された地域で作った製品は要らないと取引を断られた。』
東北道は放射能汚染が怖くて首都圏からのトラックが入ってこない。
白河市のトラックの運転手が福島のテレビに訴える。
『ガソリンがない!!!ガソリンさえあればビビッて入ってこられない首都圏のトラックに代わって俺が運ぶのに!』

福島県は不運でした。どうして屋内待機の30km圏外、原発から50km以上はなれたところにあったにもかかわらず、県都福島市が30km圏外最も高い放射線量を測定し、全国にその数値が配信されてしまったのでしょう!

実際20日現在、福島市の放射線測定値は毎時7.94マイクロシーベルト。
南相馬市は毎時2.52マイクロシーベルト。
いわき市は毎時0.73マイクロシーベルト。
・・・・ちなみに胃がんのX線集団検診は600マイクロシーベルトです。
15日通常時の500倍!!!と全国に配信された福島市の放射線量も20日にはほぼ3分の1に減っています。

少なくとも直ちに健康被害のある数値ではありません。
今後の展開によって予断は許しませんが。
実は福島市が高い数値が出たわけは簡単です。
福島市が原発の北西にあるから。原発から同心円が描かれた地図が新聞に掲載されています。
つい私たちは原爆の際の『死の同心円』を思い出してしまいます。
原爆のときは爆心地から何キロ離れたところで被爆したかが生死を分けました。
でも原爆の時には現在の原発事故とは比較にならない量の放射能が人々の住んでいる真上で撒き散らされました。
現在測定されている放射線量は原発から放出された放射能汚染物質が風に乗って流され雨に含まれて落ちてきたところで検出されています。
今は季節が冬と春の境目のため冬型の気圧配置が強まると北西の風が吹き、原発から放出された放射能汚染物質は南東の海へ流れます。
逆に春の暖かさになれば南東の風が吹きそのとき雨が降れば放射能汚染物質は北西方向に流れます。
原発爆発事故後初めて15日雨が降ったとき南東の風が吹いていたのです。
そのため北西方向60kmの福島市、原発より40km北西にある飯館村で高い放射線量が測定されたのです。

繰り返していいます。この数値は人体の健康にただちに影響を与える数値ではありません。
人体は年間およそ2.4ミリシーベルト(世界平均)の自然放射線に常にさらされています。
原発事故に対処している人たちに対する始めの規定上限は100ミリシーベルト。
(現在は250ミリシーベルトに上限が引き上げられていますが。)このシーベルトという単位は、
マイクロシーベルトの1000倍。
福島市で最高値だった23マイクロシーベルト/h(1時間裸で外気にふれていた場合に被爆する量)は、0.023ミリシーベルトになります。
知らないことは、恐怖を呼び起こします。おそれは人を傷つけます。
恐れている人に伝えてください。怖がらなくていいことで怖がらないように。

福島は宮城・岩手と違って地震・津波の被災だけではありません。
何より原発事故の被災者なのです。
福島市は物資さえせめてガソリンさえ入ってくれば自力復興というより、
浜通りの市町村を助ける立場になれるはずでした。
今はみないつ何時避難指示が出るかとおびえています。残念で悔しい。

浜通りから逃げて来る人たちの話を聞くと心が痛みます。
何より地震・津波で行方不明になった家族や友人を捜索さえ出来ずに強制的に避難しなければならなかった南相馬市、浪江町、大熊町、富岡町、双葉町、楢葉町の人たちのことを考えると涙がどうしても止まらないのです。

昨日9日ぶりに救助された人の報道がありました。うれしい。
けれど捜索も出来ず逃げてきた浜通りの人たちはこの報道をどんな思いで聞くだろう。
浪江町だけでも900名の行方不明者がいたのに。考えるだけでつらい。
無関係の私でもつらい。東京電力のばかやろう!!!
それが福島県民の気持ちです。
県外の人は誤解している人も多いのですが、福島第一原子力発電所、第二原子力発電所で発電される電力は福島県では使われていません。首都圏に送電されます。
福島県で消費するのは東北電力が発電した電力です。

東京電力はこの命にかかわる被害を受けた福島県民に対しお詫びしたのは18日になってから。
しかも『多大なご迷惑をおかけしました。』人の命が懸かっているのにご迷惑はないでしょう!!!

でも首都圏の人たちに恨みがあるわけではもちろんありません。
首都圏の人始め全国の皆さんが被災地の直接力になれないもどかしさと戦いながら、
必死に節電して、募金してくださっているのもよくわかっています。
感謝しています。
ただ今風評被害のせいで物資の輸送が滞っているせいで、助けられる命が助けられない事態になっていることだけはわかって欲しい。
昨日も牛乳から放射線物質が検知されたと大きく報道され全国で健康被害について議論しています。

でも本当は議論する必要なんてないのです。放射線物質が基準値を超えて検知された原乳は地震以来出荷されておらず、今後基準値を下回るまで福島県全域の原乳が出荷停止になりましたから。
どれだけの被害額になるか見当もつきませんが。

でも泣いているだけでは何も出来ません。私に出来ること。一生懸命考えました。
私は消防団で、市役所で昼夜頑張っている友人たちより時間があります。福島の情報を集めて全国に発信することにしました。でもやり方がわかりません。力を貸してください。
19日自宅から5kmほど離れた福島県立北高校に直接電話で確認したところ、浪江町、南相馬市から130名ほど避難しており、下着が足りないそうなので私の住む町内会で家にある新品の下着・靴下の寄付を呼びかけました。
2時間半のという短時間の募集にもかかわらず、町内各家庭より174点・約ダンボール5箱分の下着・靴下等のご協力があり、無事北高校に届けることが出来ました。
浜通りの人たちが気の毒だ。なんとか力になりたい。みんな家中探して持ってきてくれました。
翌20日更に124点・約ダンボール4箱分が集まり、20日午後福島北高校に届けました。
みんな優しいです。福島は頑張っています。負けません。
浪江町、南相馬市から県立北高校に避難されてきた方は津波に遭われた方、原発事故の避難勧告地域の方、屋内待機地域の方とさまざまなようです。
20日お話した人は津波で家は全壊、身一つで避難してきたそうです。
『前にいた避難所は食料も不足しおにぎり1つに水だけ。ふとんもなかったけど、ここは暖かいものが食べられて、布団があるからよかった。服は何日か着ていても我慢できるけど下着は代えが無いとつらいから、下着の差し入れうれしいです。』と言ってもらえました。

避難された方はそれでも20日に伺ったときは、昨日までボランティアに炊き出ししてもらっていたけれど、
今日から自分たちでします。と力強くおっしゃっていました。
高校生・卒業生のボランティアも一生懸命お世話活動していましたよ。
若い力頼もしいです。
福島市は少しずつ物資が入ってきました。
これを浜通りのもっと困っている人たちに届けてあげられたら!ガソリンがないのです。
JR在来線。新幹線。不通です。再開の見込みはありません。

医療・介護従事者でさえガソリンがないために職場に通えないことになっている現状です。
ガソリンの一滴。血の一滴。偽りのない真実です。
首都圏での買いだめの話を泣きながら聞いています。
首都圏でも震災で帰宅難民になって、ガソリンとか食料品とか目の前でどんどんなくなっていって、
原発が大爆発したらどこに逃げようとか不安になって、その上計画停電で。
買いだめしたくなる気持ちもよくわかる。

でもそのせいで被災地の特に災害弱者がいのちを落とす事態になっていることを理解してほしい。
今このときもよく調べもしないで闇雲に怖がっている風評被害のせいで命を落とす人がいることを。
今日テレビを見ていたら、いわき市や南相馬市の窮状についてリポートしてくれていました。
もっと情報ながして!!!
みんな怖がって原発から目を背けないで!
振り返ってその同心円の中に助けを待っている人たちがいることを思い出して!

本当はみんな心の奥底には優しい気持ちを持っていると思います。
ただ怖くて今は本来持つ優しさが隠れている人がいるだけだと信じています。
今日必要なものが明日変わる目まぐるしい状況で今何が出来るだろう。
私も出来ることを考えながら復興に努力するつもりです。
今福島はガソリンがないために営業できないお店、会社がたくさんあります。
一日も早くガソリンが入ってくることを待っています。
商品は少しずつ入ってきましたが、会社への通勤、商品の配達すべてが滞り、
商店街の半分がしまっている状況です。

このままでは自力復興が出来ません。
農業、漁業はこれから激しい風評被害にさらされるでしょう。
もう始まっています。
本社が福島県外にある大手建設会社は福島県から社員を避難させました。
そのため今必要な地震後の建築物の補修が大幅に遅れています。
工場では機械が壊れてメーカーに修理を依頼しても福島県だからと修理に来ることを拒否されたため、
工場再開にめどが立たない。という事態も起きています。
もちろんそんな人ばかりではなく、ぜひ福島の復興に力を貸したい!といってくれる人もいます。
何より力づけられる言葉です。そんな人が1人でも増えること祈っています。

今日今このときも福島原発で消防の人たちが、自衛隊員が、東電関連会社の人が命がけで原発を守っていると思います。本当にありがたく、感謝しています。
世界に発信されるヒーローたちでしょう。
でも私は知っています。津波の被害があったとき必死に避難を呼びかけ、
パトロールしながら津波に巻き込まれた警察官や消防団員たちを。
津波による通行規制するために機材を持って走ったきり帰ってこなかった役場の職員がいたことを。
その話をしながら相馬市長は彼らを亡くしてしまったことが悔やまれると声を詰まらせていました。
私は知っています。世界に発信されなかった本当のヒーローたちがいたことを。
彼らが文字通りいのちと引き換えに守った人たちが、
生きていて本当によかったと思えるようにできるだけのことをしなければならないと思うのです。

2011年3月22日