前回ブログを書いてから3ヶ月以上が経ちました。
前回のブログ 父の残された時間 http://ameblo.jp/rigel88/entry-11563476094.html に書いたっきりですので。
心配されている方もいらっしゃると思いますが。
父まだ生きてます(*^◯^*)!!

6月4日に緊急入院した時には水も飲めない状態で。
医師からはすい臓がん末期で肝臓への転移もあり、何もしなければ余命3ヶ月。と言われました。
6月14日には医大でセカンドオピニオンの結果が本人に説明されて。
抗癌剤治療が始まりました。

最初の1月は抗がん剤の効き目もあまりなく。
主治医に家族が呼び出されて電気も付けない暗い部屋で、「残り時間はありません。」と言われたことも。
(余命3ヶ月でも時間はないと思うのにどないせいゆうねん・・・ヽ(;▽;)ノ)

食事がほとんどとれないために栄養剤の点滴。
手術で胸から直接入れるようになって。
腹水が溜まってお腹がパンパンに膨れて。
胃が圧迫されて食欲が更になくなり。
点滴したこともありました。
肺が圧迫されて呼吸が苦しくなり。
酸素吸入もしました。
お腹が膨らんでんで寝返りも打てず。腰や背中の痛みを訴え続ける。
酸素濃度が少なくなったためか。寝たきりになったせいか。それとも熱のせいか。
めまいで倒れたこともあり。
7月半ばから2ヶ月は弟と交互に毎晩病室に付き添ってトイレの介助。
いつ亡くなっても不思議はない状態で。
7月にはお盆までもたないか??と心配していました。

それでも徐々に抗がん剤の効果が出始め、
一方腹水で膨らんだお腹がどうしようもなくなり。
点滴に腹水が尿になって出る薬を入れていたのですが。効かないということで。
結局9月半ばに腹水をとる手術をしました。
それでも毎日溜まる腹水を毎日1~2Lくらいとって1週間ほどするとほとんどお腹の膨らみが目立たなくなり。
少しずつ食欲が出て。肺の圧迫もなくなり呼吸が楽になりました。
今は熱を出すこともありますが。微熱程度で、
7~8月のように39度以上の熱が出ることもほとんどなくなりました。
9月半ばからは家族が病院に泊まることもほとんどなくなりました。

そうして。落ち着いたから言えるけど・・・。と主治医。
余命3ヶ月と医大の先生は告知したそうですが。僕には電話で1ヶ月って言ってたんです。だって。
母も。最初にレントゲンの結果を見た近所の医師から、電話では余命1ヶ月と言われたのだそうで。
私がその直後に直接レントゲンの結果をもらいに行って、面と向かって聞いたときは2~3ヶ月って言ってたんですが。
やっぱり電話では厳しい内容を伝えられても。面と向かうとどうしても厳しい内容は伝えにくいものなのでしょうね。

そんなこんなで、気がつくと入院から3ヶ月を軽く超えていていました。
で・・・病状も安定してきたので退院ということになりました。

本来はまだまだ元気というわけではないのですが。
今の医療制度だと3ヶ月以上の入院は病院にとって点数が減って困るらしい。
なので退院が無理なら転院も・・・。と言われたのですが。
今の病院は家から近く家族も頻繁に行けるけど。
転院すると家族が行きにくくなる。特に母が通うのが困難になるので。
せっかくなら父の病状が少しでも安定しているうちに1週間でも家に帰らせてあげたい。
と家族の総意で退院が決まりました。
日中私と弟が会社に行っている時間は目の悪い母が一人で看ることになるので母はとても不安。
父も病院では優等生ですが。母には一番ワガママ言うし・・(´Д` )。
でもとにかく介護サービスで何が使えるのか。ケアマネージャーさんに聞きながら。
ポータブルトイレも金曜日には入るので。
19日土曜日に退院する予定です。

あとは実際家に帰ってきたらどうなるか・・・・。
家に帰ることで元気になる人もいるようだし。
やってみなけりゃわからない。
退院が良い方に転びますように。
全力を尽くして後はなるようになるだけ!!



前回のブログを書いてから1月余り。
6月は落ちついて日記をまとめるはずだったのですが。
状況が変わってしまいました。

6月1・2日の六魂祭が終わって2日後の6月4日。
体調を崩していた父が食事を受け付けなくなり、
近所の総合病院に夜間救急外来に弟が連れて行きました。
その場で入院が決定。
胆石の可能性があるということでした。

翌日。会社から帰って、病院にお見舞いに行こうとしていた時。
父が受診していた近所の医院から電話が入りました。
応対した母が急に暗くなって?と思っていたら。
数日前検査していた父のエコー検査結果の連絡でした。

結果はすい臓がん。末期。余命は2~3ヶ月。
転移もあり、手術は不可能。抗癌剤治療のみ。

目の前が暗くなりました。
それから、毎日があっという間に過ぎていきます。
父の見舞い、そして父の部屋の片付け・整理。その他諸々。

県立医大でセカンドオピニオンも受けましたが結果は変わりませんでした。
抗がん剤が効かなければ、余命2~3ヶ月。
どれだけ効果があるのか。残された時間がどれだけあるのか。
本人が動ける時間がどれだけあるのか。
意識がある時間がどれだけあるのか。
もう神様しかわかりません。

本人への告知もされました。
本人の希望です。
希望の理由は「家族の精神的負担を減らすため」
ギリギリまで家族のことを心配する父です。

毎日家族が交互に父の病室に行きます。
「家族みんなに毎日来てもらえて幸せだなあ」
そう呟く父のところに。本当はずっと付き添ってあげたいです。
一方で震災以来、高齢の父では片付けきれなかった父の部屋を片付け
ゆっくり休んで欲しい。
数年分たまっていた父の撮影した写真も整理して見せてあげたい。
気ばかり焦って進みません。
本当に父にとって幸せな残り時間はどうすることなのか。
走りながら考える日々です。


父が昨日は眠れた。チーズ一口、果物一口が食べられたと言っては喜び。
痛みで辛い、熱が出たと聞いては不安になります。
残された時間はどれだけだろう。
でも泣いて落ち込む余裕はありません。
母が倒れてから小康状態で過ごせた十数年。
家族で過ごせた時間は宝物だったと思います。
でもきっと過ぎてしまえば今家族で過ごす時間が宝物になるでしょう。
今父と過ごせる時間を大切にしたいです。

今後日記へのコメントに返信する精神的余裕があるとは限りません。
父との時間を優先した結果と思ってください。

夢は。
父が見たいと言っていた福島市の下野寺のローズロード。
10月のバラ園と。
父の大好きな霊山。もう登ることはできないだろうけれど。
10月末の霊山神社の紅葉。見せてあげたい。
今年2月の父の誕生日に新しく買ったけど、
まだ使っていないカメラで写真を撮ってもらいたい。
出来たらいいなあ。

 

福島から見えるもの-魔女の瞳開眼

福島から見えるもの-鎌沼と磐梯山

むちゃくちゃ忙しかった仕事ももう少しで一段落しそうです。

春になって吾妻山に行ってきました。

福島市。上の写真が吾妻連峰一切経山頂から見える五色沼です。

5.18撮影。

通称「魔女の瞳」

冬の間全面凍結して固く閉ざされた瞳が雪解けによりようやく開きました。

遠く左手奥に見えるのが朝日連峰(山形県)。正面奥に見えるのが蔵王連峰(宮城県)です。朝日連峰の手前には米沢の街並みも見えます。


下の写真は一切経山から降ってくるときに見える鎌沼。
奥に見えるのが磐梯山です。

一切経山への登山口に行くための磐梯吾妻スカイラインも登山口の浄土平駐車場も今年は復興支援のため無料になりました。

夏休みに浄土平天文台で夜間公開のバイトもしてます。

たくさんの皆様のお越しを心からお待ちしています。

福島から見えるもの-スカイライン入口八重桜

 
ポストカードの購入を協力してくださた方にご報告。

福島市を中心に花と風景の写真をポストカードにして1枚100円で販売してきました。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.250858401713839.62678.100003690436731&type=3

花見山 

桜の花と雪うさぎ 

吾妻小富士紅葉 

四季の里イルミネーション 

昨年の夏から販売を始めて、直接購入いただいたのが約400枚。
その分は50%を寄付する。
それから福島市の浄土平天文台(私のバイト先)で委託販売してもらっていて、
そこでは30%を委託料、40%を印刷代。30%を寄付する予定で昨年212枚売れました。


直接購入と浄土平天文台の委託販売で集まった寄付金に自分のバイト料を含め、
2月16日に以下の2箇所に2万円ずつ寄付してきました。


①「かーちゃんの力・プロジェクト」
飯舘村を中心に原発事故で避難を余儀なくされた農家のかーちゃん達が農産物の生産・加工・販売する団体です。

http://www.ka-tyan.com/



②「浪江in福島ライブラリー きぼう」
浪江町から福島市に避難してきた人が暮らす仮設住宅内に設置されたミニ図書館です。

計124の企業や大学からの支援と一般の募金から支援を受けて建設されたそうです。
福島県産材を使用したログハウスのような作りになっています。
将来帰還が実現された時には浪江町に移築できるように工夫されています。

「浪江in福島ライブラリーきぼう」外観
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&frm=1&source=web&cd=3&cad=rja&ved=0CD0QFjAC&url=http%3A%2F%2Fwww.studio-nasca.com%2Fpublic%2Fin.html&ei=GlchUdnpCuufmQWjjIH4Cw&usg=AFQjCNGme_bhJtK___thqxZ7ziQDM3cbDA&sig2=GmjH6XcynUXU5XYYNxNWEw&bvm=bv.42553238,d.dGY

浪江町から避難してきた人の話①
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&frm=1&source=web&cd=6&cad=rja&ved=0CFAQFjAF&url=http%3A%2F%2Finforanger.tasukeaijapan.jp%2Freport%2F130125-f6%2F&ei=GlchUdnpCuufmQWjjIH4Cw&usg=AFQjCNFyRDJ-VlnL1xf-Cs3Pi4VovM6_lw&sig2=VZ5GjpDIZsf6szVSAGGoPg&bvm=bv.42553238,d.dGY

浪江町から避難してきた人の話②
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&frm=1&source=web&cd=5&cad=rja&ved=0CEgQFjAE&url=http%3A%2F%2Finforanger.tasukeaijapan.jp%2Freport%2F130203-f6-2%2F&ei=GlchUdnpCuufmQWjjIH4Cw&usg=AFQjCNHxps4BbBFAMwaVCGJFXjb4KcELOA&sig2=4GAUfC-JWCHFwCn8W8FjCg&bvm=bv.42553238,d.dGY

今後も種類を増やしながら販売は継続する予定ですので、
興味がある方はご協力よろしくお願いします。

10月20日 ポスター展「震災とわたし それからのわたし inかながわ」http://t.co/PP4NH2Vb
が横浜で開催されました。ここで福島の話をしてほしいと言われて自分の体験について話をしてきました。でも結局ぶっつけ本番で話したのでせっかく1週間以上かけて作ったパワーポイント資料は全く使いませんでした。
運営参加者の方から資料を公開してほしいと言われたのでここで修正のうえ公開します。


「東日本大震災とわたし ~原発事故後の福島で暮らすということ~」 

1.福島県とは

関東のすぐ北。面積は北海道・岩手県に次いで広い。
福島市は県庁所在地。県の最北に位置し、宮城・山形に接する。
東京までは約270km、新幹線で約1時間半。
福島第一原発からは北西約60km。
(福島第一原発から郡山市は西約50km、いわき市は南側で一番近いところが30km圏内にかかる。東京までは約220km)
県内の70%が森林。
東側で海に面する浜通り。
阿武隈山地を挟んだ西側が中通り。
さらに西側に奥羽山脈があり、その西側が会津地方。

2.震災前の福島

災害への意識が低かった。
地盤が強固で地震に強い。→首都機能移転候補地
津波は来ない→三陸地方と違い、海岸線がなだらかで大きな津波が来にくい。

・福島県庁  平成23年1月、耐震補強計画を発表。
5年かけて耐震補強をする予定だった。
発表直後の震災で被災。
震災当日は庁舎が倒壊の恐れがあるため立ち入り禁止に。
災害対策本部も移転→災害対応が混乱

3.県内各地の震災被害状況
地震・津波により
 Ⅰ.停電・断水・ガス等ライフラインの被害
  (福島市周辺では断水の被害が大きく、復旧まで1週間から10日を
   要した。この期間に原発事故が起きたため、特に給水車に並んで
   いた人たちが被曝の不安を抱える)
 Ⅱ.通信の不通
   固定電話・携帯電話・インターネットが不通。
   停電によりTVも見られなかった人たちが
   情報の不足から余分な被曝をしたケースもある。
 
Ⅲ.道路・橋・線路の被害。
   交通網が混乱。高速道路・JRが不通
Ⅳ.ガソリンの不足
   震災から2週間は6時間並んでも買えないくらいの不足。
   ガソリン給油で並んでいて亡くなる人もいた。
   避難・被災者への物資の供給・復旧工事等・通勤・配達、
   すべての日常生活が麻痺状態に

4.県内各地の被災状況
① 浜通り 地震・津波・原発事故が直撃
第一原発から 
 Ⅰ.20km圏・・津波・原発事故で避難指示拡大。
          避難所を複数ヶ所移転した人が多い。
 Ⅱ.30km圏・・屋内退避。食料・燃料・医療品
           生活物資・支援物資が届かないまま3週間近く放置
 Ⅲ.30km圏外・一部放射線量が高い。
          2011.4.22から1月を目安に計画的避難指示。
          (南相馬市の一部・浪江町の津島地区・飯舘村等)
          線量が低い地域は被災住民の受け入れ。
          (相馬市・南相馬市鹿島地区・いわき市等)
②中通り 地震被害・放射能汚染・被災住民受入れ
③会津地方 地震被害・被災住民受入れ・風評被害・観光客の激減

5.震災直後

地震の被災地が原発避難住民の受け入れ
  福島市では震災直後は浪江町・南相馬市の住民が多かった。

想定外の避難受け入れで自治体の対応能力を大きく超える事態
  避難住民→まともな支援のないことへの不満
       断水中。食糧・燃料が不十分
  受け入れ側→ガソリン・生活物資の不足の深刻化への不安
        放射性物質が持ち込まれることへの不安

全国各地で福島県民の人・産物への差別と同様のことは福島県内でもあった。
一方で住民が避難所へ各家庭から物資を集めて持っていくことも各地でみられた。


6.原発事故からの避難
  数字だけでリスクの度合いがわからない報道
  場当たり的で基準の見えない政府の対応
  バラバラな研究者の見解

 →マスコミ・政府・学者への不信。
 基準が不明確なまま危険の自己判断を迫られる
 
・避難指示が出ていない地域の住民が自主的に避難を始める
 ・原発から30km圏にかかった市町村は放射線量の量にかかわらず物資が  届かない状態に
 ・移動手段がない災害弱者が取り残される
  
7.避難区域の見直し

・避難指示の基準がわからないことへの不安

・2011.4.22避難区域の見直し
  
ⅰ.原発から20㎞圏内は放射線量が低くても立ち入り禁止。
  自宅に帰っても罰金
ⅱ.福島市は毎時2μsvを超えていても何も避難指示がない。
ⅲ.飯館村・浪江町など線量が高い時期100msvまでは安全といわれ、
  下がってから全村避難指示が出る

8.原発被災者間の格差
  ⅰ.津波被災者・・帰る家も家財もない。
           職場も同時に被災している場合も
           原発事故の避難区域に入っていなければ補償もない
  ⅱ.原発被災者・・20km圏内帰る家がない。
           家財も持ち出せない人が多い。
    (川内村・広野町など比較的放射線量の少ないところは  
     避難指示解除準備区域に指定され帰れるところも出てきた)
           インフラが整っていない。
           スーパーも再開していない。
           除染が終わっていない。
           職場がない。
           →住民の帰還は進んでいない。
  ⅲ.計画的避難区域・・家財は持ち出せたものの、
             農業・畜産業が主力産業だったため、
             生業を絶たれた人が多い。
             線量の高い地区に1月以上いた人も多く、
             被曝への不安を持つ人が多い。

  ⅳ.避難勧奨区域・・指定の有無の差→住民間の軋轢
            指定されると1か月につき
            1人10万円の補償・税金・医療費の無料化
            仕事がなくなったかどうかは関係がない。
       ※同じ地域内でも指定の有無により大きな経済格差ができる

9.避難の問題点

Ⅰ 収入と役割の喪失
 
・避難による失業
 ・避難地区内の住居・事業のローンと避難先のローンの二重払い
 ・大家族の中で介護する人を抱えている。
祖父母の世代に子育てを支援してもらっている。
 ・地域の中での役割を避難によって果たせなくなる

Ⅱ チェルノブイリとの違い
 
・社会主義国だったソ連では住居・職業とも国から支給される
 避難先で代替の住居と農地が与えられた

 日本では住居・農地は個人所有。自己責任で東電からの賠償を交渉する。
 避難区域以外では住居・農地への賠償はない。
 (除染費用・出荷停止による損害賠償はある)

Ⅲ 地域による自然の違い

 ・原発があった浜通りは温暖な気候のため雪に慣れていない人が多い。
 ・会津・中通りで今まで必要なかった
  雪かき・雪下ろし・雪道運転での疲労
  暑さが厳しい内陸の気候への不適応
 ・山形に母子避難→週末通勤をしている父親が限界に
→被災前と気候風土が似ているいわき市へ移住希望が集中
(いわき市の住宅難。医療・介護・子育てなどのサービス低下懸念)

10.低線量被曝への不安

・子供を持つ人
・農林水産業の従事者
・有機農法や自然食等自然や環境に配慮した生活を送っていた人
・自然保護・環境保護活動をしていた人
  →放射能汚染により敏感に反応

・意識・不安の度合いは家族・友人・職場・地域によっても異なる。
・自分の意見が自由に言えなくなる場合もある。
・放射線量が内部被曝・外部被曝ともおおよその数値が出てきているが。
発表している公的機関への信頼感が低いほど不安が大きい。

11.健康問題

Ⅰ.避難生活
  
  畑仕事などの仕事が減る
  仮設住宅・借上げ住宅で知り合いがいない
  放射線への不安
  →運動量が減る
  →大人・・・糖尿病・膝痛・腰痛・認知症等の患者が増える
   子供・・・運動能力・発育の低下

Ⅱ.心の問題 
  うつ病・アルコール中毒・DV増える
   ※被災住民以外にも
  役場職員・東電職員・医療・介護関係者等の過重な負担。
  一方で住民の不安の矢面に立たされる人がいる

12.復興への障害

Ⅰ.風評と風化
  悪いイメージでの固定化
   →福島の将来への不安
Ⅱ.避難解除・・・・線量が低くても
  インフラが復旧していない
  仕事がない
  医療・介護サービスの低下
  近隣住民が戻っていない
  買い物をする場所がない
  帰還することで賠償額が減る?
  帰還したほうが経済的に不利益になる可能性。
  
13.農作物への対策

・避難区域(警戒区域・計画的避難区域)では作付ができない。
・放射線量が高い区域では農産物の出荷前に測定規制値を超えた場合は地域単位で出荷制限。
・制限解除のためには3週間連続で規制値以下であることが条件。
・米の場合は平成23年産米で1kg当り500ベクレルを超えるコメが出た地域は作付制限。
・地域による管理ができたところのみ作付出来る。
・24年産米は家畜の飼料用も含め全袋検査。1kg当り60ベクレルを超えるコメはより精密な検査をする。

14.まとめ

福島県内にも地域・家族構成・職業・被災状況などにより住民には様々な問題と考え方がある。
復興状況にも大きな地域差があり一概に考えることはできない。
避難区域以外はインフラなどの復旧は進んでいる。

観光客の減少が地域経済にも影響を与えており、
観光客を呼び戻すため復興イベントが各地で開催されている。
福島県内でのイベント参加者は多いが、今だ放射線への不安を持つ人も多く、全国からの観光客を呼び戻すには至っていない。

食品への放射線測定はかなり徹底している。
各市町村でも測定機器を整備していて個人でも各自の食品を測定することが可能。測定値を見て安心できる人も増えてきた。
福島県産品の測定結果については県・JAホームページ等で確認できる。
ふくしま新発売 http://www.new-fukushima.jp/

福島県産でも市場に出ているものについては内部被曝の危険性について心配ない程度まで下がっているが、その事実について全国的に知られているとは言い難い。
今年のペルセウス座流星群は曇りだった…。

で8月12日浄土平天文台でたくさん来たお客さんも流星群はほとんど見られず。

観望会終了後はさっさと飲み会。

12時過ぎてさて寝るか。と思って車の中の寝袋をとりに外に出ると!!!

なんと満天の星空夜!!!

ついでだから夏の大三角の写真を撮っておくか。とセットして。

せっかくだから夏の大三角だけでなく、白鳥座とわし座もいれられるだけ入れてみよう!!

と思って設定して撮影をしていたら。

飛び込んできた流れ星!!!

夏の大三角とペルセウス座流星群 



たぶんこんなラッキーな写真はもう一生撮れないと思います。

わーいわーい(嬉しい顔)!と天文台の親方に自慢したら。

写真の補正してやるから、天文ガイドに出せ!!

と言われて出しました。

それから約1月半忘れていたのですが。

天文ガイドの11月号に掲載されてました。

福島天文同好会の友人からメールで教えてもらいました。

それで来週は福島天文同好会有志による祝賀会の飲み会です。

参加費は私もちだそうです。

ホールインワン賞と同じかあせあせ・・・・・・。

掲載料ほんとに入ってくるのかなボケーっとした顔・・・・・。
福島から見えるもの-SH3801180001.jpg
グリーンコイン 東急ホテルに泊まったらグリーンコインってのがあった。部屋に備え付けの歯ブラシ・カミソリ・ヘアブラシ・コットンセットを使わずフロントにこのコインを持って行くとオイスカなどの森づくり活動に寄附されるそうです。明日フロントに持って行こう。
去年の春。

吾妻山に雪うさぎが見えるころ。
気持ちは最悪だった。
別の言葉で言えば。
一番落ち込んでいた。
4月の半ばごろで震災から1ヶ月がたって。
本来なら少し落ち着きを取り戻したはずだった。

避難区域の変更により。
隣町の川俣町山木屋地区まで計画的避難区域になった。
福島市は十分放射線量が高かったから。
避難区域に指定されることもありうると思っていたので。
指定されなかったことは本来喜ぶべきことだった。


でも。原発から20km圏で福島市内よりも放射線量が低い地域が警戒区域として立ち入りができなく(家に帰っても罰金が科される。)なった。
一方で相当放射線量が高いと皆心配していた30km圏外の浪江町津島地区や飯館村、川俣町山木屋地区は1ヶ月を目標に避難することとされた。
原発事故から3週間もたって。なぜ今さら避難?
原発事故直後から線量が高いのを知っていたはずなのに。
計画的避難区域に指定された地区の線量だって当時よりずっと下がっていたのに。
なぜ今さら?
避難させるならせめて子供がいる家庭だけでもできる限り早急にとなぜ言えない?
少しずつ、基準が厳しくなって。どんどん避難区域が広がって。
しかもその区分は放射線量とは一致しない。
基準が明確でないから不安になる。
次はどこ?自分の住む町?

それとも福島市周辺は県庁所在地で、多くの重要施設も、JRの駅も高速道路も通っていて。住民を避難させて都市機能が維持できないくなると困るから避難地域に指定しないのか・・・。
政府の避難基準がどこでどうやって決まっているかがわからず。
疑心暗鬼で明日が見えなくて。
今見ている美しい風景が。来年は見られなくなるかもしれない。
そう思って2011年の春を写真に残そうと。
あちこちを歩き回った。

 

この景色がもう来年は見られなくなるかもしれない。

 

大好きな桃畑の美しい花も。
放射能で汚染されて。
売れなくなったら作る人がいなくなる。
作る人がいなくなって、手入れされなくなった畑は。
病虫害が広がるのを防ぐために。樹を切られる。
実際福島での桃の栽培をあきらめて、
北海道に移住するという人も出ていた。
もうこの風景がなくなるかもしれない。
そう思って。何度も泣きながらシャッターを切った。

正直。今でも当時のことを思い出すと。
涙が止まらなくなる。
息をするのも苦しい。
去年の夏は雪うさぎの写真を見てるだけで眠れなくなった。

それでも。きっとこんな思いをしたことは無駄じゃない。
この経験があったから。
今故郷から切り離された人の気持ちが。
経験しなかったよりは少しでもわかることができると思うから。
故郷から離れて暮らすってことと。
故郷がなくなるってことは。
決して同じではない。

 

そうして撮った写真を知人たちに見せた。
浪江町や山木屋地区から福島市に避難してきた知人に。
写真を差し上げたら。とても喜んでもらえた。
たぶん。私が今までしてきた支援のどれよりも一番喜んでもらえたんじゃないかと思う。
でも誰彼かまわずあげるには資金もないし。
その分募金に回した方がましではないかと思った。

そんな時以前から入っていた「ルワンダの教育を考える会」で。
毎年メールで季節ごと福島の写真をにルワンダに送っていたけれど。
2011年の春は写真が撮れなかった。
そう聞いたので私の撮った写真のデータをあげたら。
とても喜んでくれて。
写真を「ルワンダの教育を考える会」フェイスブックのページで公開することになり。
その後この福島の風景でポストカードを作って、「ルワンダの教育を考える会」の理事長マリールイズさんが全国で講演会をする際にルワンダの民芸品を売るのと一緒に売ってもらうことになった。
計算が面倒なので1枚100円。そのうち50円は「ルワンダの教育を考える会」が二本松市に避難してきた浪江町の仮設住宅に住む人たちへの支援活動をする資金にしてもらうことになった。

まだほんの少ししか売れてはいないけれど。
ポストカードで福島の美しい風景を見た人が。
癒されたと言ってくれる人もいる。
喜んでくれる人がいればうれしい。
ポストカードを見た人に美しい福島を残したいと。
福島に来てみたいと思ってもらえたらもっと嬉しい。

それから。
もし福島県内外で避難生活をしている人で、
このポストカードがほしいという方がいらっしゃいましたら。
寄付しますのでメッセージの方に連絡ください。

福島医大の「国際シンポジウム「放射能汚染とメンタルヘルス」」聴いてきました。福島原発で働く労働者のメンタルヘルスのお話もありました。
地元福島に住む東電職員と関連会社の労働者。FUKUSIMA50と海外では称賛されたけど。
現地の労働者は
1.震災・津波で被災。(家族や親戚・友人の死、行方不明)
2.原発事故で避難(原発の近くに住んでた人も多いので自宅も避難対象となり帰れない)。
3原発内部での劣悪な労働条件。
4.東電職員・作業員である事による差別。
5事故を防げなかった事に対する自責の念等
様々な問題を抱えている事について発表がありました。
福島県内の避難を受け入れる側は中通り・会津では原発による恩恵はなかったにも関わらず、被害のみを受けたとの被害感情が強く差別につながりかねない。
発表では一番ケアが必要な人に怒りの矛先が向かう事で福島原発現場でのモチベーションの低下も問題視されていました。
この問題は広く国民が知り、早急にサポート体制を作らなければならない。そう思いました。
このシンポジウム大変勉強になりましたが。残念なのは会場の半分ほどしか参加者がいないこと。今日も医大看護課で
9:15-13:00第2部があります。無料申込要Tel0244-26-9753


2012星と自然の浄土平まつり  開催中。11・12日は各種イベントが目白押し。8月12日はave星空コンサート17:30~18:30 浄土平レストハウス(入場先着150名様まで)19:00~天文台で星空観望会もあります。
晴れればペルセウス座流星群も見えます。
流れ星を見るチャンス!!

浄土平天文台では福島の四季の写真で私が作ったポストカードも1枚100円で販売中です。浄土平の春