昨日の記事をきっかけに、自分のネックというべき「悲観的観測のくせ」みたいなものを、どうしたらいいだろう……と考えていたところ、つぎのように書いてある文章をみつけました。
ちょっと長いかもしれませんが、引用します。

どうなるかわからない未来を前にして、私たちはどのような姿勢で臨むのが適切か? ということを考えてみなければなりません。
 悲観的になり、絶望的な気持ちで臨むべきでしょうか?
 こうした臨み方には、二つの問題があります。ひとつは、予測したような悪い事態が起こらなかったとき、悲観的になって苦悩しただけ損になります。そればかりか、悲観的になったあまり、新たに悪い事態を作り出してしまうことにもなりかねません。
 もうひとつの問題は、たとえ実際に悪い事態が起こることになっているとしても、悲観的に臨んで何かいいことがあるかです。何もいいことはないはずです。むしろ、悲観や絶望にとらわれた気持ちでは、何をやってもまずうまくいかないことが多いのです。
 したがって、たとえ未来がどうであろうと、悲観的な気持ちで臨んで得るものは、何もないという結論になります。それどころか事態を悪化させる可能性さえあるのです。

 それでは、「必ずうまくいく」という希望と確信を持って臨んだらどうでしょうか?
 もしも悪い事態が起こらなければ、それはそれでけっこうなわけです。苦悩してストレスをためることもなく、何も損害はありません。
 もし悪い事態が起こるとしても、希望と確信を持って臨んだときは、人間の能力はフルに発揮されます。それにより、悪い事態を解決させてしまうかもしれませんし、たとえ完全には解決できなくても、多少なりとも軽減させることは十分に可能でしょう。
 したがって、未来がどうであっても、希望と確信で臨むことには、何のリスクも損害もないし、むしろ、いいことが起こる可能性の方が高いのです。


心の治癒と魂の覚醒 合理的な希望を抱く

 

ここに書いてあるとおりなら、悲観的なのは、むしろ思慮の浅い行為、ってことになる? (昨日の記事の内容とは正反対!? )

 

そもそも、なんで人は悲観的になったりするのだろう?

 

もしかしたら、つぎの文の通りだったりするのかな。

 

つらい体験が続くと、気持ちは沈みがちになり悲観的な思いにとらわれやすくなります。これは、こころの悲鳴だと思います。

 

前向きに生きようと思うのだが、悪い方へ悪い方へと考えてしまう日が度々ある。

 

このところ書いている、「美しいもの」とか、「望むものとそれを望む理由」っていうのは、要はポジディブなもののことを指すと思うのだけれど。

 

はたして自分には、そういうものを享受する資格があるのだろうか? という疑念が、どうも拭えない、ということに、気づいてしまったよ。

 

ちょうど、この記事この記事に紹介されている、「転校生の喩え話」に、通じるところがあるのかな。

 

つまり、物事を悪い方へ悪い方へ解釈してしまう、というわけ。あたかもそれこそが思慮深い行為なのだといわんばかりに。


きっと、そういう育てられ方をしてきてしまったんだろうなあ。

 

ともかく、「自分次第」ということのほかに、この「悲観的観測のくせ」みたいなものも、自分のネックといえるのかもしれない……。

 

昨日の記事で書いた、“何をどうして望むのか、を考える”ということ。

 

理由としてあげられるものが、ポジティブなものだったら、まあ当然ながら楽しくなってくるわけだよね。

 

ただ、難点は、なんといっても現実離れしちゃってること。

 

目の前のことをほっぽりだして、そんなフワフワしたことばかり考えているなんて、けしからん! といわれやしないかとビクビクしちゃう。

 

最終的には、『ほんとは、目の前のことを無視して楽しんだりしちゃいけないのではないか』とすら、思えてきちゃったりしてね……。

 

昨日は、「外部の物事とか環境とか」に、翻弄されてしまったわけだけれど、考えてみりゃ、それらからの影響をシャットアウトして過ごすなんて、不可能なんだよねえ。

 

じゃあ、そういった、思いがけずやってくる望ましくないことがらは、どういうふうにやりすごすのがいいんだろう?

 

そう考えていたら、つぎのような文章がありました。

 

望まないことを経験している→ネガティブな気分→自分は何を望んでいるのかが明確になる→自分の望むことに関心を向ける→その際、望んでいることに焦点を定めているつもりで、実は逆、ということがある→何をどうして望むのか、を考えると波動は望ましい方向へ転換する。

 

転換のプロセス: Bon voyage!

 

「ネガティブな気分」がきっかけとなればこそ、「自分は何を望んでいるのかが明確になる」ってことなのかも。
意識してないと、なかなかそう思いつかないのでは。だって、これまでは、ネガティブな気分は、ひたすらガマンしてしのぐしかなかったわけだから。
これはもう、練習あるのみ! なのかな……。

 

今日は、昨日の記事に書いたようなことを考えて、最初のうちはけっこう良い感じの気分で過ごせていたのだけれど……。

 

気づくか気づかないかってくらいの、ほんとにごく些細なトラブル(?)が、ちょっとあっただけで、気分が一気に急降下。

 

なんか、すっかり『“美しいもの”だぁ? そんな悠長なこと言ってる場合かよ!? 』って考えから、意識が逸らせなくなってしまったよ。

 

つくづく、自分って、外部の物事とか環境とかに、振り回される性分なんだなあ。

なんとかするには、どうすればいいんだろう……。