このところ書いている、「美しいもの」とか、「望むものとそれを望む理由」っていうのは、要はポジディブなもののことを指すと思うのだけれど。
はたして自分には、そういうものを享受する資格があるのだろうか? という疑念が、どうも拭えない、ということに、気づいてしまったよ。
ちょうど、この記事とこの記事に紹介されている、「転校生の喩え話」に、通じるところがあるのかな。
つまり、物事を悪い方へ悪い方へ解釈してしまう、というわけ。あたかもそれこそが思慮深い行為なのだといわんばかりに。
きっと、そういう育てられ方をしてきてしまったんだろうなあ。
ともかく、「自分次第」ということのほかに、この「悲観的観測のくせ」みたいなものも、自分のネックといえるのかもしれない……。