親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙のラストで、「失敗が恥ずかしい事じゃないなんて、釈然としない」というようなことを書いたのですが、自分って、この“恥ずかしい事”という言葉に、やたら弱いみたいです。

 

そういえば、1月15日のお手紙にも、そういうようなことを書きましたっけね。

 

で、もしかすると、このネット記事に、ちょっとあてはまるのかもしれないなー、と思いました。(自分の場合は、これほど極端なケースではなかったんだろうけど)

 

なぜ耐えがたい恥は人を生ける屍にしてしまうのか―「公開羞恥刑」と解離の深いつながり | いつも空が見えるから

 

この中に出てくる、「解離」とか「離人症」、ちょっと幼少時などに心当たりがあるかも。

要するに、日常的・慢性的に、恥ずかしい目にあわされていて、逃げられなかった、ってことなんだろうなあ。

 

な~んてこといいだすと、もしかしたら、なにかしらの専門的な治療的なものを受けた方がいいのか!? って感じになってきてしまうかもしれませんが(汗)

 

ちょっと、今日のところは、これ以上このようなことを考えているのはキツいので、つづきはまた。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

 

親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙の中で、「自分の想定とちがうものって、不安になる」「よっぽど、“間違ってしまうこと”が、こわい、ってことなのか」と書いたのですが、これってもしかして、こういうことなのかも……?

 

自分の思い通りに物事が進まないと気がすまない

…(中略)…

ちょっとでも予期せぬ出来事が起きて物事が思い通りにいかなくなると、他人を責めたり、自分を責めたりして苛立ちます。

 

失敗が怖い心理と完璧主義者の共通点!原因は子供時代のトラウマ? | ここぶろ。

 

つまり、自分は「失敗が怖い → 完璧主義者」なのではないか、と。

あんまり自覚はなかったけど、改めて考えてみたら、その通りなのかもなあ。

 

上記の記事、他の箇所についても、いちいち思い当たる節があるんです。

だけど、「失敗は恥ずかしい事じゃない」というような結論へと続くわけなのだけれど、なんかど~も、釈然としないんですよね……。

 

ともあれ、今日のところは、この辺で。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

 

親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙で書いた、「どうしたらいいのか、目下の課題」というもの。

 

まだ、すっきりと「そうだ、こうすればいい! 」というような答えは出てないんだけど……。

 

ひとつ思いついたのは、自分には、いわゆる悪いクセがあるのかなー、ということ。

というのは、何かひとつ「これがいい! 」というものができたとたん、自動的に「これじゃなきゃダメ! 」と思い込んでしまうんですよね~。

 

だから、例えば、昨日のお手紙で取り上げたような状況というのも、ほんとうはもしかしたら「ダメ」なんかじゃなかったのかもしれないのに、「ダメ! 」って決め込んじゃって、それで悪循環がはじまってしまった……ということなのかもしれないなー。

 

とはいえ、自分の想定とちがうものって、ついつい、不安になるんですよ。

よっぽど、“間違ってしまうこと”が、こわい、ってことなのかなぁ……?

 

それでは、今日のところはこれで。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

 

親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙に書いたような境地、その通りであれば、なんだかとっても素晴らしい(笑)感じなのだけれど、難点はというと、めったにあらわれなくて、しかもとっても微かなこと。

 

だから、最低限、そうとう余裕があって、じっと見つめていたりしないと、いけないんですよねぇ。

 

だから、例えばだけれど、誰かほかの人の状況・動向に左右されがちな立場におかれたりした場合、『そんなふうにフワフワしてる場合か!? 』って感じになっちゃう。

そして、そういう立場だと、時間もとられるは、体力も奪われて疲れがたまるはで、なかなか回復も難しくて。

 

どうしたらいいのか、目下の課題ですねー。

 

それでは、また。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

 

親愛なる先生へ

 

「じゃあ、その“ほんとの話”って何? もったいぶってないで、早く話して。」と、おっしゃりたいところでしょうね。

 

でも、きっとうまく書けないと思う。
それに、今後も同じような話を繰り返すんじゃないか、という気がしてならなくて。
もし、そうなったとしても、『またか』などとウンザリしないで、どうかおつきあいくださいね。

 

さて。「その“ほんとの話”」ですが。

透明だったり、すきとおっていたりすると、なんでもあるし、すきなものに焦点をあてられる。
つまり、見たいものが見られるんです。
なにしろ、なんでもあるのだから、好ましくないものだって無限にあるわけだけれど、そういうものは、ただ見なきゃいいだけ。

こういうふうに考えていくと、すごくワクワクしてきませんか?

 

あ、ちなみに、「実際にそれらを見る能力がなきゃダメ! 」なんてことはないんですよ。
ただ、そうなっているんだ、と思いを馳せられればいい。

 

……やっぱり、何言ってるのか、わけわかんないですよね(苦笑)。

でも、この続きは、またにすることにします。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより