親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙では、「『規範意識』が、強烈な否定となって悪影響を及ぼす」というようなことを書きましたが、それってどういうことなのか、言ってませんでしたよね。

 

なんか、わたしの印象では、規範意識の強い人って、やたらダメ出ししてくる気がするんですよ。

規範から外れている部分をいちいち指摘しては、直すように言ってくる。

 

その傾向が顕著だと思うのは、小さい子どもに接する立場の年長者(親とか教師とか)。

 

彼らは、きっとこんなふうに考えているんじゃないかな。

『小さいうちから、例えば勤勉であったり健全であったり、いわゆる“ちゃんと”した生活をしていれば、良いクセがついて、まっとうな人として成長できる。』

 

とはいえ、そういう「“ちゃんと”した生活」って、続けるの、けっこう大変じゃないですか。

大変だから、きちんと出来ないときだってあって、そういうとき、出来ない本人が誰より身に染みて気にしているはずなのに、それに輪をかけて外部から咎められるのって、とにかくキツい……。

 

もし、「そんなにしっかり“ちゃんと”なんて出来なくていい」っていうスタンスで応対してもらえていたのならば、だいぶすくわれた心地がしたのだろうになあ。

 

では、今日はこんなところで。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

 

親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙に、「根拠のないデタラメ」というように書いたのですが……。


後になってよーく考えてみると。

「デタラメだなんてとんでもない、むしろ逆! 」と、それこそ親とか周りにいた年長者は異議を唱えることだろうな、という気がしてきちゃいました。


というのは、彼らは、いわば「規範意識」といえるものが、けっこう高かったと見受けられるものだから。

つまり、良いこと・正しいことをしないと! “ちゃんと”しないと! と要求してばかりいた印象があるのです。


でも、まさかそれが、強烈な否定となって悪影響を及ぼすことになろうとは、夢にも思わなかったんだろうなあ……。


次回以降では、このことについて、もう少し踏み込んでみたいと思います。


あなたの一番弟子(でありたい) elaineより


親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙に書いた、「ブス」についてのことがら、いったいどうしてそのように自分は思ってしまうようになったのかなぁ?

 

恐らく、幼稚園の頃、とかかなぁ。

幼児って、けっこう辛辣だったりするから。

 

しかも、美醜って、ひとのせいにはできないものね。

(遺伝のせい、っていうのはあるかも? だけど幼稚園児には遺伝のことなんてわかりゃしないじゃない!? )

 

だけど、ここ数日の論点となっている、「『親子の役割逆転』『恩着せがましさ』の、なせるわざ」という言葉を持ち出して来たら、からくりが解けてくるんじゃないかな。じつにわかりにくくなってたりするけど。

 

その観念は根拠のないデタラメということに気づけば間違った観念は消える。

根拠のないデタラメと気づく方法は幼い頃にどうやってその観念を信じさせられたかを探ればいい。

 

コミュ障の原因と克服 | 自分の人生自分の責任

 

このことを、しっかり心していこうと思います。

 

それでは、また。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより
 
親愛なる先生へ

昨日のお手紙の中に「『無価値で愚か』で『迷惑』」というふうに書きましたけれども、じつは小さい頃のわたしは、厳密にいうとそのようには思っていませんでした。

じゃあどう思っていたのか?
ズバリ、「自分は生まれつきブスで、これはもう仕方がない」って感じに思い込んでいたんですよね。

この、「ブスかどうか」という判断基準の困ったところは、自分では、ひとからどう見えるのかが、さっぱりわかんないということが絡んでいるところ。(鏡で見るのだと左右反転しちゃってるわけだし。)
いくら自分ではそうじゃないつもりでいても、誰かから例えば「見た目が不快だ」などと指摘されたら、そうなんだと認めざるを得ない、みたいな。
だからなんですね、ほんとはわたし的には、どのパーツに難ありなのかぜんっぜんわからないのに、自分に関する見た目全体、ひいてはあらゆる諸々までもが、嫌いでたまらないのは。

こりゃ、だいぶ深刻なのかもしれないなあ……。

ともあれ、続きはまた次回以降ということで。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

昨日のお手紙で予告した通り、わたしが思っていることなどについて。

昨日のお手紙での引用中にあった、
「無価値で愚かな人間だ」
「常に自分は人に迷惑をかけている」
という言葉。
まさに、自分がずっとこう思い込んでいて、それゆえに悩まされていることがらなんですよね……。
(こういうようなことは、例えば1月10日のお手紙でも書いた気がするけど。)

だけど、改めてよーく考えてみると、いったい何がそんなに「無価値で愚か」で「迷惑」なのか、ぜんっぜん具体的に見えてこない。よって改善策だってたてようがない。
そのわけは、この「親子の役割逆転」「恩着せがましさ」の、なせるわざ、だったんだなあ。

……と考えるようにしたら、けっこうスッキリと、合点がいくようなんです。

ではでは。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより