親愛なる先生へ

昨日のお手紙で、「うちの母方の一族は、子育てに関しては、専門家だったはずなのではないか」というようなことを書きました。

もしその通りってことになるとですよ、『それだっていうのに自分は、悩み多く育ってきてしまって……。』と、よけい自己嫌悪を募らせることになってしまうんですけど……。

ですが、上記の説には、時代背景という観点が加味されてないといけない、と思うんです。
(とかいって、自分のステレオタイプ・偏見なのかもしれないですけど。)
というのは、とくに祖父母の代頃には、裕福でない家庭の出身者が上の学校へ行くには、師範学校か士官学校か、くらいしかなかった、っていうふうだったんじゃないかと思われるんです。

だから、いわゆる昔の人の場合は、もしかすると、しっかりポリシーを持って先生になっていた、という場合ばかりではなかったのかもしれませんよね。

ではでは。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

昨日のお手紙の最後の方に「自己否定」って出てきたんですけど、なんかこのところのお手紙をざっくりと振り返ってみると、幼少時のわたしって、この「自己否定」だらけだった、って感があるんですよね。
無論、自発的にそうやってなんかなくて、そうするよう仕向けられてた、ってことなんでしょうけど。

つまり、わたしの幼少時に周りにいた、親をはじめとする大人たちって、わざわざ「否定」ばっかりしていたってことなのかなあ、と思えてくるんです。
まるで、そうすることが、教育上ずばり望ましいことなんだ、とでも言わんばかりに。

とくに、うちの母やその一族についていえば、じつは教育的には全然素人なんかではなかったんです。むしろ先生、あなたと同業者であった、とさえ言えるんですよ。
もっとも母や祖母は、結婚を機に、いったん退職しているのですが。

このことって、どういうふうに判断すればいいんでしょうね? 
例によって、いったん、考えてみることにします。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

 昨日のお手紙には、「『自己肯定感』にあたるものは『幼稚い』から“悪”で“忌むべきもの”、ってことになっちゃってたのでは」と書きました。

こういうような発想については、以前にも2月4日のお手紙にも書いたりしてたんですよね。
きっと、幼少時の自分としては、そういうふうな考え方をしないことには、自分を支えていられなかったんじゃないかな。

でもですよ。
そういうふうに考えていたわたしって、誰だったのか。
じつは、まだせいぜい「幼稚」園児、だったんじゃないですか。
幼稚園児が、「幼稚」であることを自分に禁じてた、てことになっちゃうんですよ。
これって、めちゃめちゃ自己否定してることになるんじゃないでしょうか……。

とりあえず、今日はこのへんで。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ
 
昨日のお手紙にて、「じつは『自己肯定感』にあたることに対して自分は、『今まで自分には完っ全に無縁なことで、絶っ対に許されっこないんだから、一切求めちゃいけないんだ、と無視しまくっていた』のでは」というようなことを書きました。

でも、いったいどうして、そんなことしてしまっていたのか? 
考えてみたんですが、きっとこういうことだと思うんです。
「幼稚い」から、と。

だってそうでしょ。昨日のお手紙の中の引用箇所にあった、「わがまま、自己中心性、理不尽な願望、依存性などの幼児的願望」なんて、まさに「幼稚さ」そのものじゃないですか。
そして、わたしの場合、生育歴からして、そういうのは、とにかく“悪”で“忌むべきもの”、ってことになっちゃってた、と思われるんですよね……。

まあとにかく、今日のところはこれにて。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ
 
昨日のお手紙で、「もっと“自分”を重要視する、ていうか、いっぱい肯定すればいい」というようなことを書きましたが、わたしがこういうようなことがチョー苦手なのは、もうすでにご存じですよね。(そもそも、このブログ開始二日目の2018年11月27日にもう「自己肯定感がどん底」だなんて書いてたくらいですもの。)

 

「自己肯定感」といえば、最近、ちょっと目からウロコって感じのツイートを見つけていたのでした。

 

うつ病になるような人は心の底ですべてを許してくれる存在を求め続けている。 それはわがまま、自己中心性、理不尽な願望、依存性などの幼児的願望を受け入れてくれる人である。 それは何をしても見捨てないで保護してくれる人である。

 

萩さんのツイート 15:57 - 2019年5月27日

 

これは自己肯定感の事ですねぇ

 

湯浅健/自己肯定感の研究者さんのツイート 23:51 - 2019年5月28日

 

なんと! 「すべてを許してくれる」「わがまま、自己中心性、理不尽な願望、依存性などの幼児的願望を受け入れてくれる」「何をしても見捨てないで保護してくれる」なんて、今まで自分には完っ全に無縁なことで、絶っ対に許されっこないんだから、一切求めちゃいけないんだ、と無視しまくっていたことではないですか!

それらがすなわち、「自己肯定感」の事、だなんて……。

 

なんかちょっと今、混乱していますので、続きはまた次回以降に。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより