わたしのメモのようなものです
旦那さんが買ってきた衣装。似合ってます
毎年、年末に出版される森博嗣エッセィ集の4冊目ちなみに過去のものは1冊目「つぶやきのクリーム」2冊目「つぼやきのテリーヌ」3冊目「つぼねのカトリーヌ」森先生のエッセイ集っておもしろいです。小説の中では、キャラクターである犀川先生や保呂草さんを通して森博嗣先生の思考に触れることができます。でも、それはあくまで小説の世界観を背景に語られる場合が多いです。そこからはみ出すような記述はありません。このクリームシリーズは物語を読まなくていいので森先生の「思ったこと」をずっと続けて読んでいられるという贅沢感があります。それに、私たちの日常的なニュースや話題がテーマになる場合も多いので、身近に起こっている事に対する、森先生の見解を知ることができてファンにはたまらないシリーズなのではないかと思います。私は毎年これが出版されるのが楽しみです。3冊で終わると思っていたので4冊目が出るということは5冊目も期待できますね、、!【 おきにいり 】9) 妬みやひがみは、人を見下した言葉で口から出る。感謝というのは、一時的に相手を持ち上げる気持ちだ。水が高いところから低いところへ流れるように、自分を低く位置づけると、あらゆるものが自分の方へ流れてくる。教えてもらえるし、助けてもらえるし、心配してもらえるし、あるときは愛されることもあるだろう。この「相手を上に見る視線」が、感謝というものである。55)道筋を示せば突き進むことはせきるが、道を探せない。プラモデルのように説明書があって、パーツが全部そろっている物を作るときには、説明書に不備があれば腹が立ち、パーツが足りなければ頭に来る。でも、もし一から自分で作るときには、どんな困難に出会っても楽しいものだ。誰かが自分に苦労をさせているわけではない。自分で買って出た苦労は、もう「苦」ではない。59)似て非なるものは、非なるがゆえに似せたものである。庭に生えている植物だけでも、非常に似ているものがある。しかし、明らかに別なのだ。たとえば、抜いてみると根の形がまるで違う、花が咲くと違いが明らかになる、などである。(中略)人格については、魅力のある人物に似せよう、とする。いずれも、まずは外見を似せる。つまりファッション。次は、言動である。ただし、ひょいと摘まれると、根が違う。花が咲くと違いは隠せない、とういうことになってしまう。時間があればまた追記します**ツンドラモンスーン The cream of the notes 4¥572Amazon.co.jp
2015年10月20日に講談社タイガから発売された、新しいシリーズ。最初から文庫本。次作以降の予定が既に決まっている。2巻目・・・「魔法の色を知っているか? What Color is the Magic ?」(発売日:2016.1/19)3巻目・・・「風は青海を渡るのか?」←英語タイトル未定【 感 想 】一言で言うと「どきどきする」です。スリリングでエキサイティングなシーンが多く、スピード感があるのでテンポ良く読むことができます。森先生なりの未来の世界が描かれていてとても興味深いです。ミステリではなくSFです。途中で出てくる作品の重要なキーとなる文章があるのですが、、、おとぎ話のような、呪文のような、童謡のような、、そんな一文ですがこれがなんと、"すべてがFになる"に出てくるRed Magicを連想させるような内容でして・・ここでもゾクっとするようなドキドキ感が感じられました。続きが楽しみです。まだ読んでない方は四季シリーズと100年シリーズを先に読むと更に楽しめます。少なくとも"すべてがFになる"だけでも先に読むことを強くおすすめしますが、SMシリーズ全て読むのはちょっと大変だと思うので、そこはお任せします;;ただ、森先生の作品は出版順に読むと、より楽しめると言われています。私も賛成です。【 考 察 】ネタバレです。未読の方はご注意下さい;;先ほど既に書きましたが、、赤い魔法っていうのは、"すべてがFになる"に出てきたRed Magicですよね、、?そして本に浮かび上がった文章をネットで検索した際に出てきたあの少女がミチルと名乗った瞬間からもうドキドキ。。これは、あのミチルですか。だとすると、ハギリがセンターを抜け出した先の飲食店で出会った女性、、目が青いという描写の時点で真賀田四季だと、皆さんも気がついたはずです。。ウォーカロンというタイトルから既に真賀田博士が出てくるのかなぁと予想はしていましたが。作中で真賀田博士はネットウェア、人工知能などに多大な影響を与えた科学者として2世紀も昔の歴史上の人物とされています。すると作品に出てくる博士は、、一体何者なのか気になります。人工細胞を移植した人間なのか、ウォーカロンなのか。私は前者だと思います。真賀田博士って、死に対する興味はないと言ってはいるものの、生に対する執着は結構あるように感じられます。真賀田博士の考える生="脳が生きていて思考をする" なので、全身ウォーカロンの身体に脳だけが本人のオリジナルで、人工細胞を移植して半永久的に再生させている。という可能性もありますね。脳への人工細胞の移植は倫理的にタブーだとされているらしいですが、実際には真賀田博士の時代には既に自らにその処置を行っていたとか、、もうそうなると本物の神ですね。なぜ、熊なのか。。真賀田博士と動物を関連付けると熊なのは分かりますが。過去作品でも、身近にあった動物のぬいぐるみ等は全てテディベアでした。しかし、森先生には「その辺については特に凝りがない」と言い切られそうですが、、2巻目は1月に発売されるようで、私は既にアマゾンさんで予約済みです。次回はハギリが本物の人間の子供に出会う為に行動するようですね。これで、近似式が完成されるのでしょうか。ハギリの命を狙う組織についてももう少し詳しいことが分かりそうだし、不妊の原因もハッキリするのでしょうか。楽しみです、、!【 人口細胞と人工知能の歴史 】あくまで私の推測▼▼約200年前ウォーカロンの生みの親、真賀多四季の時代。ウォーカロンは、まだ世の中には普及しておらず四季が独自に開発して使用していた。▼▼約100年前ウォーカロンと呼ばれる自立型ロボットが普及(人工知能の飛躍的進歩)人間の肉体の85%の部位が機械に代替可能(サイボーグと呼ばれたが後に差別用語となり使えなくなる)▼▼約50年前人口細胞が広く実用化され始めた。生きた本物の細胞を培養して肉体を補う為、体内の元々の細胞と同じように新陳代謝を繰り返して普通に生きていくことができる。サイボーグの技術はこの頃から消える。しばらくして、人口細胞が実用化され出すと、それに人口知能をインストールする研究が極秘裏に行われた。倫理的問題としてタブーであったが、この段階でウォーカロンは限りなく人間に近づいた。▼▼物語中の現代(おそらく2200年代)人口減少が、世界的問題になる。20世紀後半の人口の約1/4にまで減少。人間が体内に人口細胞を移植するようになったのがきっかけで子供ができなくなった為だが、何が原因で生殖機能が失われたのか明らかになっていない。人間が生まれない為、ウォーカロンの普及が更に進行していく。アフリカなどの人口細胞に頼れない途上国では一部、人間の子供が産まれているという報告が有る。【 物語の世界設定 】・舞台は2世紀後の日本(首都は札幌)・人口減少が急激に進行し、世界人口は1/4にまで減少。・ウォーカロンという本物の肉体を持つ人工的な人間が社会で共に暮らす。・人口細胞の普及により、世界の平均寿命は約190歳・同じ人類が何世紀も行き続けるという事例がないので精神崩壊などの問題が懸念されている。・人類絶滅が現実化してきており、テロや戦争がなくなった。一部の武装組織は有り。・人類の人口細胞化により、生殖機能が失われ、子供がいなくなった社会。いてもそのほとんどは 教育中のウォーカロンであり、人間の子供は居ないに等しい。・生粋の日本人が珍しい時代【ウォーカロンとは】人間によってつくられた養殖の人間。本物の生きた細胞を培養装置で育て、生まれた後、子供の頃から社会で暮らす為の様々な教育プログラムを受ける。( 特 徴 )・人間でないことの本当の意味を知らない。・身の危険などの自らの社会的価値に拘らないと言われている。・子供を生むことはできないが、今後新型として出てくる可能性あり。・人口知能は元々はコンピュータなので、計算は速いがインスピレーションは苦手。・学習し、癖があり、適度に失敗をし、感情を持っている。考えたり、とぼけたり、 思い出したりするよう遅延回路を組み込まれた事によって、より人間らしく作られている。・人間とまったく見分けが付かない。(そのためにハギリの判別技術が役立つ)・検死での人間かウォーカロンかの判別は不可能なほど肉体的には人間と相違ない。・人間よりも完璧な人間である為、争いを好まず捨て身にならない穏やかな性格を受け継ぐ。【 ハギリ・ソーイ 】約80歳「思う」という行為の現象について、科学的な証を判別し、人間とウォーカロンを見分ける技術を開発した。近似式と言われ、未発表だが学会誌に載る予定。この研究によってある組織から命を狙われるが、詳しい理由は不明。次作で明らかになるのかな、、?【 アリチ・ユウヤ 】約160歳医学領域で人口細胞の世界的権威。クリーンな細胞を作り出す技術の最終段階を手がけ、ほぼピュアな細胞を実現させた。それにより先天性疾患も癌もなくなり、再生すれば人は何百年も生きられるようになった。人間が人口細胞を体内に取り入れ、寿命を伸ばすようになった頃から始まった問題、つまり人間から子供が生まれなくなった原因について密かに研究を続け、ある結論にたどり着いたがその研究の為に命を狙われる。一度は毒殺されるものの身体は生きていた為、外科的手術によって命を繋いだ。【 チカサカ 】生物学者で、日本動物園の園長。ウォーカロン関連メーカが作る国際協議会の委員でもある。ハギリの命を狙う組織についてウォーカロンのメーカから脱退した者の犯行だと言及している。ハギリにロシア語で書かれたクマの生態の本を渡す。【本に浮かび上がった謎の文章】熊さんが襲ってくる。恐ろしい声を上げて迫ってくる。もう駄目だ。でも、少女は言いました。「黒い魔法を知っている?」「そんなものは恐くないさ」と熊は言いました。「白い魔法を知っている?」少女は続けて尋ねました。「そんなものはなんでもないさ」と熊は笑います。「じゃあ、赤い魔法を知っている?」それを聞いた熊は、そのまま動かなくなりました。そして、砂が崩れるように、地面に落ち、散ってしまったのです。【 お気に入り抜粋 】P13「さあ、どこと言われても……。何を探しているのですか?」「殺傷能力のあるメカニズムです」「へえ……。それくらいなら、どこにでもあるでしょう。使い方次第では、たいていのものは殺傷能力があります」P29「先生はどちらへ?」「いや、トイレに」とドアを指さした。「ここは安全かな?」「大丈夫です」「え、調べたの?」「調べました」「男性用だよ」「見ればわかります」その返事の不気味さを噛み締めながらトイレに入った。P33「人間を信じるのは、人間の代表的な弱点の一つです」P52「温泉? ああ、聞いたことがあります。ようするに風呂でしょう?」「天然の湯が出るんだ」「天然だろうが人工だろうが、湯は水を温めたものです」P60「コミュニケーションのサインとしては、エネルギィが大きい。笑うことは、コストパフォーマンスが悪いといえます」「そうそう。それは、大人の意見だ」「大人ですから」P88「これから、どうするの?」とまず聞いた。「ウグイ・マーガリン」「あちらへ歩きます」彼女は指をさした。森林の方向だ。「マーガリィです」P94人は減っているのだから、言い方は悪いが、養殖された人間も必要になる。過去においても、人間以外の家畜などでは、それが許された。それらを食べて、人間は生きてきたのだ。P101この「小学生でも知っている」という慣用句は、この頃聞かなくなった。なにしろ、小学生だった頃の自分を、多くの人が忘れかけているし、現実に小学生が激減しているからだ。その年齢の子供は、ほぼ間違いなく社会研修中のウォーカロンだ。P106「それは、肉体のあらゆる部位に対しても言われてきた。生物は複雑なものだ。これらを作ることができるのは神のみだ、とね。だけど、結局は、単なるタンパク質だ。化合物なんだ。その仕組みが明らかになれば、いたって単純だと言える。単純でなければ、細胞は再生できない。単純だからこそ、これだけ膨大な数が集まっても、だいたい同じものになる。複雑だと思い込みたい傾向を人間は持っているんだ。自分たちを理解しがたいものだと持ち上げたい心理が無意識に働く。でも、誰もがだいたい同じように怒ったり笑ったりしているんじゃないかな」P119「武器はもっている?」「危険を感じた場合には使用できる許可も得ています。レベル・ワンの」「レベル・ワンというのは?」「人間を殺しても良い、というレベルです」「あそう……」頷いたが、言葉が出なかった。レベルいくつまであるのかきこうと思ったが別のことを考えることにした。P149この頃はみんなそうなんだ。結婚っていうのも、古くさい習慣というか、伝統のような儀式になってしまったし、もちろん、子供は生まれないから、家庭に変化もない。異性に魅力を感じるという本能も衰退しているみたいだ。まあ、それはある意味、人間がウォーカロンに近づいている現象だね。両者が歩み寄っている。もう違いはないんだよ。それに、個人差というものがあって、そちらの方が、ずっと大きい。だから、人間の中のウォーカロンっぽい奴の方が、ウォーカロンの中の人間っぽい奴よりも、ずっとウォーカロンだろうね。P152新しい生命が誕生しない現実を前に、殺合いの無意味さはさらに大きくなった。エネルギィや食料の問題よりも、人類存続の方が優先となった。殺し合っている場合ではない。生きている者は、人間であっても、ウォーカロンであっても、協力し合う以外にない。その思想がもう長く、この社会を支配しているのだ。P170僕にとっては、人間だろうがウォーカロンだろうが、まったく無関係なのである。これは、もしかしたら、そのとおり今の現実なのではないか、と思えてきた。自分は、両者を見分ける方法を研究しているが、こんな研究をしなければならないことが、両者の差がいかに微々たるものかを証明しているのだ。(中略)同じ人格がこんなに長い時間存在することは、過去に例がない。多くの哲学者がその点について考えているはずだ。P184「今後は、このようなことがないように、強くお願いいたします。」「酔っ払っていて、君が言ったことが良くわからなかった」「もう一度言いましょうか?」「いや、その必要はない。だいたいは、わかった」「だいたいでは困ります」P191「逆に言えば、先生の研究は、両者の差を明らかにすることですから、その差をなくすためにも必要な知見なのでは?」ウグイの口から、それが出たことに僕は驚いた。グラスの液体を全部喉に流し込んでから、椅子の背にもたれて上を見た。「君は優秀だ」P220今の環境のまま、自分たちがずっと耐えられるのか、という不安がだんだん大きくなるだろう。次の世代に任せたい。自分は引退したいって、普通なら思う。昔はそうだったよね。それができなくなった。いつまでも現役だ。若者はいない。子供もいない。人間は減る一方。滅亡へ向かっているみたいな暗さなんだ。その滅亡さえ、自分が生きている間に起きて、自分の目で見なければならない。P252結局のところ、すべては、人の心がどう捉えるのか、という問題に帰着する。子供が生まれないとはどういうことか、生きているとはどういうことか、人間とは何なのか、そして、この社会は誰のものなのか……。(中略)暴力に訴えるのは、結局は思想や哲学が未熟だという証拠といえる。どんな思想、どんな哲学も、自由に主張して、議論をするべきだ。【 さいごに 】一番最後の引用がこの本のテーマのようです。生命とは何か。人間だけに生命が与えられているのではありません。動物にも植物にも生命はありますし、この物語の中では人間が生み出したウォーカロンも生命体なのです。たったひとつの地球で複雑な感情をもつ生命体が共存するということ。それによって生じる問題。そのようなことを考えさせられる内容になっていました。≡Coca≡Does She Walk Alone?
大好きな森博嗣先生のデビュー作品です。最近はドラマ化に引き続きアニメ化もされましたが、私は両方観ていません。他人のイメージによって、私が昔から持つ作品のイメージを崩されたくないからです。森先生は「自分と他人のイメージは決して同じにはならない。同じになる方が気持ち悪い」と言っていました。私もそう思います。この記事では「四季シリーズ」「すべてがFになる」の内容に触れていますので、作品を未読の方はお気をつけください;;「すべてがFになる」では、"エネルギィと人類の問題"や"生命"に関することがテーマになっていると思います。このテーマは森先生の著書の中に以降も何度も出てきますが、、、特に生命とコンピューターサイエンスに関することは四季自身の重要なテーマでもあると思います。【お気に入りの箇所】P20 :他人と実際に握手をすることでさえ、特別なことになる。人と人が触れ合うような機会は、贅沢品です。エネルギィ的な問題から、そうならざるをえない。人類の将来に残されているエネルギィは非常に限られていますからね。人間も電子の世界に入らざるをえません。地球環境を守りたいのなら、人は移動すべきではありません。私のように部屋に閉じ籠るべきですね。P228 : 大人の社会の醜さにいずれ彼らは驚くことだろう、と突然の連想をして犀川は独りで苦笑した。大きな岩が長い年月をかけて砕かれ、こうして海から吐き出され、浜に集まってくる。水を吸うことを覚え、流れることを覚え、変化することを覚えることごとに、小さくなるのだ。P278 :「この世界ではね……。西之園さん」女はゆっくりと答えた。「知りたいことは、すぐ目の前で見られるのよ。話したい相手はいつも目の前にいる。それが、ごく自然なことです。それが当たり前のことなの。そうでしょう?もともと、世界はこうだった。でも、今の貴方の世界が、どれだけ中途半端で不自由か考えてごらんなさい。遠くの声が聞こえ、遠くのものが見えるのに、触れることはできない。沢山の情報を与えられても、すべてが、忘れられ、失われるしかない。情報の多さで隣の人も見えなくなる。人はどんどん遠くにいってしまうわ。何故、そんなに離れて、遠ざかっていこうとするのかしら?ピストルの弾が届かない距離まで離れようというのかしら?目の前にいると相手を殺してしまうからなの?ねえ、西之園さん……。神様だって、どうして、あんなに遠くにいるの?本当に私たちを救って下さるのなら、何故、目の前にいらっしゃらないの?おかしいでしょう?」P308 :Time is moneyなんて言葉があるが、それは、時間を甘く見た言い方である。金よりも時間の方が何千倍も貴重だし、時間の価値は、つまり生命に限りなく等しいのである。P356 :今に、電子空間で手も握れるようになる。肉体的な感触のレスポンスが欲しいというのは、人間の贅沢な欲求だけど、多少のエネルギィの無駄遣いで解決する。P358 :「そう、ほとんどの人は、何故だか知らないけど、他人の干渉を受けたがっている。でも、それは、突き詰めれば、自分の満足のためなんだ。他人から誉められないと満足できない人って多いだろう?でもね……、そういった他人の干渉だって、作り出すことができる。つまり、自分にとって都合の良い干渉とでもいうのかな……、都合の良い他人だけを仮想的に作り出してしまう。子供達が夢中になっているゲームがそうじゃないか……、自分と戦って負けてくれる都合の良い他人が必要なんだ。でも、都合の良い、ということは単純だということで、単純なものほど、簡単にプログラムできるんだよ」「そうやって、個人を満足させる他人をコンピューターが作り出して、その代わり、人はどんどん本当の他人とコミュニケーションを取らなくなる……、とういうことですか?」「そうだね……、そう考えて間違いないだろう。情報化社会の次に来るのは、情報の独立、つまり分散社会だと思うよ」P466 :時限装置は、最初から、FFFF時間後、つまり、65535時間後にセットされていた。真賀田博士の砂時計は、あの日の65535時間まえにスタートしたんだP487 :昼寝のために膨大な電気を消費して空調が働いている。火力発電は空気を汚す。水力発電は水系の生命を殺す。送電線のために森林は伐採される。そうやって、何かの生命を奪わないかぎり、人間は昼寝もできないのだ。P495 :「死を恐れてる人はいません。死にいたる生を恐れているのよ」四季は言う。「苦しまないで死ねるのなら、誰も死を恐れないでしょう?」「そもそも、生きていることの方が異常なのです」四季は微笑んだ。「死んでいることが本来で、生きているというのは、そうですね……、機械が故障しているような状態。生命なんてバグですものね」「バグ?コンピュータのバグですか?」犀川は一瞬にして彼女の思想を理解した。プログラムに潜んでいるミス……、そう、バグかもしれない。神の作ったプログラムのバグこそ、人類といえる。「そう、たとえばね、先生。眠りたいって思うでしょう?眠ることの心地よさって不思議です。何故、私たちの意識は、意識を失うことを望むのでしょう?意識がなくなることが、正常だからではないですか?眠っているのを起こされるのって不快ではありませんか?覚醒は本能的に不快なものです。誕生だって同じこと……。生まれてくる赤ちゃんって、だから、みんな泣いているのですね。生まれたくなかったって……」P497 :「どうして、ご自分で……、その……、自殺されないのですか?」「たぶん、他の方に殺されたいのね……」四季はうっとりとした表情で遠くを見た。「自分の人生を他人に干渉してもらいたい、それが、愛されたい、という言葉の意味ではありませんか?犀川先生……。自分の意思で生まれてくる生命はありません。他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意思ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」森博嗣の作品を一般的な順番(出版順)で読んだ私には、天才、真賀田四季の殺人に至る考えなんて少しも理解できませんでした。しかしそれは、四季シリーズなどを通して、真賀田四季という人間の生い立ちや心情に触れることによって少しずつ明らかになるのです。四季シリーズを読んだ後にこの本を読み返してみると、また違った印象を持ちました。「すべF」と「四季シリーズ」は切り離せないと思います。というか私の中ではメインは「四季シリーズ」で「すべF」は、パンケーキの上のクリームのよう、、ちなみにクリームは、、単体ではあまり食べられません;;犀川先生も、萌絵ちゃんも、最後まで真賀田博士の犯した殺人の真意にたどり着けませんでしたね。犀川先生なんて、最後に四季と会った際、最愛の叔父と娘を殺害した理由について「新藤が四季の両親を殺したことに対する復讐か?」と四季に尋ねでいます。これは読者の疑問を代弁してくれているのでしょう。だって彼自身、そう信じてはないって言っていたし・・(こんなところに見える森先生のジョークですね。)しかし実際、母親を刺したのは四季自身です。父親を刺した時は叔父が四季の背後から一緒にナイフを持っていたのだと私は思います。しかしその描写は「すべF」には書かれていません。四季「夏」から引用することになりますが、、四季は新藤が持っているナイフを取り上げようと手を伸ばした。彼の意思が確かめられただけで十分だった。「私がやります」四季は小声で囁くつまり、両親殺害は四季本人の意思(無言ではあったものの、叔父の意思も感じられた)であることが分かります。それに「すべF」で四季も言ってますが、復讐とは敗北を経験したことがない自分にとっては概念すらない、、と。なので叔父を殺した理由は復讐ではありませんでした。では何故殺したのか・・。それはとても切ないお話になりますが私はこれ、理解するのに何度も読み返しました。そして自分なりの理解で落ち着きました。叔父を殺す理由は「約束したから」です。叔父である新藤殺害のシーンは四季「冬」からの引用です。「僕を、殺してくれるんだね?」彼は言った。彼の瞼が一瞬震える。「はい、お約束しましたから」彼女は頷いた。何かの拍子に、ちょっとついてしまった傷。それが人の約束。表面的な、すなわち装飾的な、傷痕。「自殺しなくて、良かった。今まで生きてきて、本当に良かった。君に殺してもらえる夢を、何度も見たよ。ああ、本当に……」息を吐き、新藤は口の形だけで笑った。「その救いのために……、今まで、ずっと僕は……」基志雄との会話ではこのように語られています。「彼が命乞いをしたら、殺さなかった?」「当然です」「では、何故、彼は命乞いをしなかったのだろう?」「それが、私に対して愛情を示す唯一の方法だと彼は考えた」「君はそれを評価する?」「ええ」「だから期待に応えて、殺したの?それが、彼の愛情に応える唯一の方法だと考えたから?」「いいえ」四季は首をふった。「それが、彼の愛情に応える唯一の方法ではなかったけれど、ただ、彼の手前、それが唯一の方法だと考えている振りをしただけ」「そうか……」基志雄は頷いた。「彼に合わせてあげたんだね」「ええ」真賀田博士の第一印象は、とても無機質なものでした。しかし、四季シリーズを読んでみると印象を大幅修正せざるをえません。彼女にも愛情があったのです。というより、生まれた時から愛というものに対して激しく執着している様子があります、、しかし愛などという非論理的な概念は、天才 真賀田四季の思考にとってはウイルスのようなものです。だからこそ、基志雄などの別の人格を自らの中に作り出し、訳のわからない感情からの自己防衛をしているんですよね。。天才も、一人の女性、そして、母親だったのですね。新藤を殺さなければならなかった彼女の気持ち、、辛かったことでしょう。しかし彼女は、やると決めてやらなかったことは一度もありません。。なんてかわいそうな天才、、さて、次に疑問なのは「何故、娘を殺す必要があったのか」です。「すべF」の中では、娘は天才ではなかった為に母親を殺せなかった。とありますが、、そもそも最愛の娘を殺してまで研究所を脱出する必要があったのか。と凡人の私は思いました。これも「すべてがFになる」では明らかになっていません。誰も分かるはずなんてないのですが・・この理由は、四季「冬」で明らかになりますね。私はこの理由に触れた時、感動で泣きそうになりました;;「わしが初めて君に会ったとき、君が、あの冷凍保存された手首を見せてくれたとき、わしはなにも言わずに、それを引き受けただろう?」「はい、そうでした」「つまりは、わしが切ることのできなかった姉の指への償い、そう直感したからだ」「よくお話し下さいました」四季は頭を下げた。今でも、ときどき考える。彼女を、道流を、自由にしてやりたかった。肉体の機能停止などといった些末なことで、精神が消えていくなんて、二度と戻らないなんて、なんて馬鹿馬鹿しいことだろう。死にたくないのに、死んでいくなんて、馬鹿げている。私は、既に、あの細胞を、自分から切り離していたのです。ドクタにお預けしたときには、既にわたしはそれを諦めていた。自分ではどうにもできない、と考えていたのです。失礼ですが、だからこそ、人に託すことができた。以上が、四季が娘を殺して四肢を切断した彼女の意見です。彼女は人の死とはその者の精神や思考が失われた時だと考えています。よって、それらを包む器の機能停止によってミチルが死ぬということが、かわいそうでならなかったんでしょうね。彼女が研究所を脱出した時には、既にウォーカロンがある程度、形になっていました。しかし、それを完成させるためにはあの研究所では無理だった。そこで彼女は脱出する必要があったのですね。ウォーカロンのパティと四季の会話が数ページに渡って書かれていますが、そのシーンを読んで、天才の孤独に触れ、感動された四季ファンの方は私以外にもいるはずです。全ては書ききれませんがここは四季シリーズで最も価値のあることが書かれている箇所だと思うのです。「あの頃は、ずっと楽しい毎日でした。私の人生の中で一番楽しかった、と言えるかもしれません。環境がとても純粋でしたし、広がる未来、無限の可能性を常に見通すことができた。それに手が届くと思いました。なにもかも、自分のものだと……。けれども、娘が死んだときに、いえ、娘が死んだときも……、同じように、私には、沢山の課題があって、やはりこれを解決すべきだと、興奮しました。私は、そのときね……、パティ」(中略)「そのとき、私は、ミチルの死体をバスルームへ運んで、彼女の腕を切ったの」(中略)「ノコギリで切りました。金属を切るための、弓形のノコギリよ。それを、こうして……」四季は、パティの手首を掴み、もう一方の手を、その上で前後に動かした。(中略) 四季は、握っていたパティの手を離し、椅子の背にもたれかかった。溜息をつき、目を閉じる。もう涙は乾いていた。これからはずっと、乾いているだろう。一つの処理が終わったからだ。(中略)「どうして、人間を相手に、それを言えなかった?」基志雄がきいた。「人間がいないわ」「僕がいるじゃないか」四季は、新藤のこともミチルのことも愛していた。愛する者を殺す理由が「憎しみ」意外にあるということを凡人には思いもつかなのですが、、彼女が二人を殺した理由はまさに、「二人を愛していた」からこそ。四季が幼い頃から取り憑かれていたと言ってもいい。。愛情という最大の敵によるものだったのかもしれません。。「すべてがFになる」からの考察、感想だったのに、半分は四季シリーズの内容になってしまいました。森先生の本については今後も書いていきたいですが、本が多い;;出てるものはもうほとんど読んでしまっているのですが、読み返したものから書こうかなと思います。。すべてがFになる (講談社文庫)/講談社¥792Amazon.co.jp
寝る時も起きた時も、ちゃい君は私のまくらに居てくれてます。旦那さんが出張でいなくてもちゃいが居れば寂しさも半減します。ありがとう今朝もとてもいいお天気毎日こんな日が続くのでとても嬉しい!おうちの窓をぜんぶ開けて風をいっぱい取り込んでいます。掃除機をかけて、ルンバも走らせて、お洗濯をして、棚を拭いて、食器を洗って、、、天気がいいと、家事が楽しいです。今日はこれから本を読みます。作家の森博嗣さんが本当に大好きで、この方の本は何度でも読みます。とても丁寧な日本語を使われます。それなのに比喩はとてもユニークで分かりやすいんです。初めてこの方の文章を読んだ時に、惚れ惚れしてしまいました。大好きなハニーホットミルクを入れて、読もうと思いますちゃいくんメモ・ごはん【午前36g】【午後追加なし】・お水【560㎖】←10/6朝~10/8朝で飲んだ量・抗生物質のお薬【午前・午後】
今日もとても気持 ちの良い秋晴れの空でした✧˖°ちゃいは、ぽかぽかで気持ち良いのか、窓の側から離れません。風で揺れるレースのカーテンの側で気持ちよさそうに寝ていました。今朝は旦那さんが始発の飛行機で東京に行くのでいつもよりも早い朝です。6時におうちを出て行きました。3日間の出張なので、ちょと寂しいです。。でもこんな時でも今ではちゃい君がいるからひとりぼっちではないよね。ちゃいが居てくれて嬉しいです今日の朝はお水を量ってません。500㎖追加したので明日の朝、二日分量ります。ごはんは昨日の午後あげたものが少し残ってました。【午前33g】【午後30g】あげました。朝と夜に抗生物質の錠剤を、上手に飲んでくれました。実は今日、ばーばとネイルの日でした。3年前から毎月続けていたジェルネイルですが、今日、全てオフして頂いて久しぶりの自爪です。今後、ちゃい君の皮下補液をする上で、安全に確実にできるようにしないといけないですもんね。ばーばみたいに、ネイルは何歳になってもできるから、今はちゃい君のことを第一に考えて行動しようと思いました。夜は、12時過ぎまで走ったりおもちゃで遊んだりカーテンの裏で隠れんぼをしていたちゃい君。本当に元気いっぱいで、病気じゃないんじゃ、、と思うほど。たくさんイタズラしていいから、いつまでもこんなふうに元気で走り回っていてねと願いながら、今日はそろそろ寝ます。おやすみなさい✡.°
今日も起きると同じ枕にちゃいが寝てました。窓の外はとてもいい天気で気持ちのいい朝です。ちゃいのお皿、昨夜残っていたごはんがなくなっていたので夜に食べたのかな、、?食欲があって嬉しいです。ごはん【午前 33g】【午後 32g】お水 【260㎖→10/5 8:00~10/6 8:00】今日は退院してから3日目なので、検査に行ってきました。血液検査の結果↓BUN : 91クレアチニン : 3.3 (退院時2.8)3日点滴がないだけでクレアチニンの数値が0.5も上がるので早めに皮下輸液を始めた方がいいと言われました。因みにクレアチニンの数値が2→腎機能50%、4→25%です。超音波エコー検査の結果、腎盂腎炎は良くなっていました。特に右側の腎臓は若干小さくなっていました。しかし左側の腎臓に関しては、依然大きいままで心配です。やはり輸液をしないとちゃいはどんどん悪くなるので、今日から皮下補液をすることになりました。説明を受け、私がちゃいの頭を支え、先生が針を刺します。刺すところは皮が伸びる首の部分です。比較的痛みは少ないようなので少しだけ安心です。刺した時は鳴かなかったけど、輸液が体内に入ると違和感を感じるのか少し嫌がりました。ちゃいは押さえつけられるのが嫌いなので身体をさすりながら言葉をかけると、いい子に落ち着いてくれました。偉いね。これからは3日に一度のペースでこれを行っていくそうです。土曜日から私と旦那さんが針を刺す練習をし、慣れたら自宅で皮下補液を行うようにします。私達が上手くできるようになれば、ちゃいも病院まで行かなくて済みます。ストレスを与えないのが一番ですよね。がんばるね。帰りの車で輸液が皮膚からもれて毛が濡れていたので焦りました。帰ってコットンでつまんでも少し経つとまたもれてきます。病院に電話すると、2分ほどつまんでおいて下さいと言われました。ちゃいが寝ると漏れは止まりました。ツイッターで同じように皮下補液をされている方に伺うと点滴の袋を絞って早く液を落とすと漏れる事があるようです。比較的ゆっくり落とすようにしたいけど、、ちゃいが大人しくしてくれるかな?不安はいっぱいですが、この子の寝顔を見てたらそんな事言ってられません。皮下補液をすると、ちゃい自身もラクになるからちゃんとできるように。先生に教わります。明日から旦那さんは3日間も東京に出張です。寂しいな、、今日はとんかつが食べたいとリクエストされたのでお買い物に行ってきます✧˖°