何が来るでしょう?

コーヒーの新しいキャッチコピーですかな?このタイトル。


まぁどうでもいいか。


考えがることが最近無限ループしていることに何だか不甲斐なさ感じ。


ふと、滑稽で笑えてくる。


どうにもそのあとでるは落ちそうな白い息。




でも、人に触れるとそんなことは一瞬にして灰になる。


きっと関わることをやめたら自分が灰になって消えるだろう


時にはそれが牙となり心えぐることもあるだろう。

けれど、それもきっと自分のためだろう。


自分から触れなければそこに摩擦は生じない。


時にはふれなくてもいいことにも触れるだろう。

よけいなことかもしれないけど、ただ共に分かち合いたいだけなんだ。


しかしそれでも自分は悩みすぎだな。


little by little

モスクワの夜明けに吹いたのは 赤い風だった






それも酷く血生臭く


乾いた風だった。








至高の舞台と呼ぶには あまりにも


御粗末過ぎる戦いだった








そこには 悲劇のヒーローもいない




同情に値する失敗もない




死んだ母に捧げるゴールも




9年越しの悲願への執念も








すぐに 勝利に全てが掻き消され




やがて 敗北に全てが忘れ去られる。














至高の舞台?




極限の争い?




聞いて呆れる








この試合が世界に示したのは




ロマンの欠片も無いフットボールの




愚かな側面












何故 エッシェンが右SBのファーストチョイスにならざるを得ないのか?




何故 ドログバはあの舞台でロマンの欠片も無い愚行を働いたのか?




何故 ロナウドは悲劇を演出することさえ出来ないのか?




何故 5人目にはテリーが蹴らなくてはならなかったのか?








そもそも この劣悪なピッチは何だ


フットボールはいつから持久走になり代わったのか




だいたい この2チームが欧州最大の栄誉を争う必要性があるのか


他の歴史あるクラブがこの舞台に立てないのは何故だ




悲劇のヒーローにすらなり損ねた彼がMVP候補になる有様だ


人気投票なら他所でやってくれ
















金がモノを言い


資金力がフットボールの世界地図を塗り替えた




歴史や功績に胡坐をかき


財政難や成績不振に喘ぐかつての名門の数々








野心や自尊心




弔いや執念






本当にもう それだけでは






戦う事はできないのか?






フットボールはもっと
ドラマチックであるべきだ




教えて欲しい






そのトロフィーは






何を 彼等にもたらすのか?




























モスクワの夜明けに吹いた風は




酷く血生臭い








死にかけのフットボールの臭いがした。

ずっと欲しかったもの

夢にまでみたシーンが

目の前だというのに



何だか信じられない


信じる気になれないだけか?






でも 夢って
こんな風に 叶うのかもしれない


そう いつも


未来は 少し
望んでいたのと 少しだけ

違う形で 実現するのかもしれない





彼等の多くが

この舞台を目指し
ロンドンへやってきた



アフリカの小国
象牙の国から

実力で 未来を手繰り寄せた彼も


そんな 野心を抱いてきた一人



幾多の危機を救ってきた
その才能は



今夜 ロンドンに歓喜をもたらせるだろうか






彼は何を 観せてくれるだろう?






モスクワの夜は

何色に 染まるだろう?

なんだか懐かしい感じがする。

これだけ純粋に楽しめたのはいつだったかな?



忘れてしまうぐらい僕は鉄格子の中でうずくまっていたのか。

何かを建て前にしてきっと出ることを諦めたんだ。

不思議だ。


こんなにも楽しいことを僕は仕事ようにやっていたのか。


あの時の感覚を忘れたくなくて、その後必死に頭の奥底へと刻みつけようとしたこと。


この感覚があれば何だって出来る気がしたこと。

ただ現実とは冷酷ようで儚い。


次の日に残っていたのは筋肉痛と習慣となった義務のみ。


ただ、願わくばまた本当に笑いながら出来たら。



そんないいことはない。

他人に優しくする事と
自分に厳しくする事の
両立は難しいものだし

更に言えば

優しい事と
甘い事は
これまた別のもので


使い分けながら
接していくのは難しい。




強く在る事が出来ない

人はそれを甘いと言う

他人に甘いという事

それは同時に

自分自身に甘いという事

甘い事と優しい事は

似ている様で違うのだ。





シビアに 物事を捉えている様で

可能性をゼロに出来ない僕は

他人に甘く
自分に甘い


他人を分析しきれてない
自分を理解しきれてない

そういう事なんだろう。






『誰か』の為に 何かをするなんて
本当は胸を張って言う様な事じゃない



『誰か』を好きになれるなら

迷いもなく 『誰か』の為になれる



『誰か』の為になれないのは

自分が『誰か』を好きになれるかどうか
理解しきれていないから

自分を見つめていないから。






誰もいない場所で
突然 独りになった時

何かが出来て 初めて


『誰か』に 優しくなれるのかも




僕が僕を知らなくちゃ


誰かの為 なんてなれやしないのだろう


今は そんな風に思う。