こんにちわ。

こんにちは。ではなくこんにちわ。と素で書いてしまった俺クオリティ。

むしろ、わとは。どっちがあってんのかわかんなくなってきました。

我らがキャプテンに「お前も何か書けよ。笑」と言われたので書いた次第でございます。

久しぶりすぎてログインのパスワード間違えました。

とりあえず、カップヌードルも180円になるこの世の中で、エクセルシオールのプレーンドッグ230円の安さと意外な美味さにビックリの今現在。

町田のエクセ静かだし空いてるし穴場だな。

まぁ、あれだ。

じゃあキャプも触れてるのでモウリーニョがインテル監督就任の件について。

何でミランの監督にあわよくば東京ヴェルディの監督に就任してくんなかったのか残念でなりません。

まぁ理由はわかりきってます。

ミランは来年も消極的な采配で順当に勝ち点を落としていくと思いますが、インテルには負けないよ。

むかーしむかし、浦和のエースだったゲットゴール福田はヒーローインタビューで「負けないよ」と発言したところ次の試合から怒涛の15連敗。J2に落ちたそうです。

俺の今言った負けないよ。がアレにならないといいよね。

ちなみにこの前俺がFC東京には負けないよ。って言ったらヴェルディがFC東京にボコボコにされました。

まあさすがにもう大丈夫でしょ。

なんか窓越しの外の風景に雨が降ってきた。

傘を電車ん中に忘れたのに気付いたんで今から100均に買いに行こうと思います。

なんか俺が日記書くとどーも口語体的でいかんなぁ。

でわでわ。
僕は感じてしまったこと。


いずれ世界はあの島のように朽ち果ててしまう。



それを感じたからといって、自分に何ができるか。



そして何すべきかなんて、そんなたいそれたことは言ったところで水滴が地面落ちて消えてしまうほど儚い。



世界で木を植えたり、難民のボランティアをしてる人みたいに活動すればいいんじゃないか。


でもそれをやる気持ちはあっても行動はあやふやだ。



ただ、今もっと自分にできることは触れて、感じて、考えて、自分の考えをもって、それを言葉にして伝えること。



それは今僕ができること。


それをしたって何か意味があるのかはわからない。



ただこの文章を読んでる君は何かを感じとって、考えて、自分の意見をまた誰かに伝えたり、生活にとり入れたりしたら、何らかの意味はあって、実はそうやって人間って繋がってるんじゃないかって思ちゃうんです。




そうすれば世界もかわちゃうじゃないでしょうか。





そんな考え方をした。今日この頃デス。
パスタならカルボナーラが
ケーキならモンブランが

炭酸飲料ならジンジャエールが

大好きだ。





だけども

敢えて付け加えるならば

ペペロンチーノも

ミルクレープも

コーラだって好きだ。




これは詰まる所

パスタなら
ケーキなら
炭酸飲料なら

何でも好きって事なのか





でも よく考えれば

ミートソースはそんなでもない

ショートケーキはそんなでもない

C.Cレモンはそんなでもない

同じ枠組みでも
好みに合わないものは勿論 ある。





と言うことはつまり


パスタが好きだから
カルボナーラが好きな訳ではなく

ケーキが好きだから
モンブランが好きな訳ではなく

炭酸飲料が好きだから
ジンジャエールが好きな訳ではない



興味や好意は
あくまで その対象自体に向けられていて

その対象を含む枠組み全てに
当てはまる訳ではないらしいのだ。





ある特定の対象への興味や好意を
それを含む枠組み全てへと拡げる
義務もなければ 義理もない



対象と枠組みの間には
因果関係などない

常にボーダーレスで
縛りや拘束があってはならないのだ。






つまり


モウリーニョ無きチェルシーを
応援する事と


モウリーニョが指揮をとるであろうクラブを
応援する事は


因果関係がある様で 無い

チェルシーを嫌いになる必要性も無ければ

インテルを好きになる必要性も

同様に 無いという事なのだ。




興味の対象は 僕にとって

ジョゼ・モウリーニョという人間だから



価値基準はそれだけだ。






彼の選択を

心から応援しよう。
長い雨が続いて

冷たい空気が 街を満たす

水の煙は 溜め息の様に

街を包む



いつもより 大きな傘をさして

憶えたての道を 歩く。





跳ね返す強さを
凛とした強さを

いつも欲しがって
身に付けたふりをして

淋しさに言い訳をして
孤独に理由を付けた




雨の日には
傘をさせばいいけれど


傘の下では いつもひとりぼっちだ





それでも



慣れない道のその先に

何が待っているのかを


僕は知っているから



水溜まりを越えて

水飛沫をあげて

僕は歩いていく





冷たい雨でも

もう大丈夫



明日には晴れる



そう思えるから。



それぞれの暮らしに
向き合う それだけで

日々は 滞る事無く
空回りの毎日を 刻んでいく



向き合うものをなくしたら

引き換えに
僕は 居場所を失うんだろう。






次の季節の匂いの中

新しい風を待っていた

知らない街の
知らない風景に


くだらない言い訳は
すぐに溶けてしまう


目の前の退屈や不安は
風になってしまう

見えなくなってしまう。




初めて歩く

川沿いの 舗道を



見慣れない
小さな影を並べて


ゆっくりと 歩いていく







新しい街で

こうして 静かに過ごすのも

今の僕には悪くない。





そう 思う事にしたんだ。