サークルに参加する。気が付けば周りは殆ど年下の後輩になっていて、遠慮気味に接してくる後輩達に、何だか申し訳なさすら感じてしまう。が、いざゲームが始まると、彼等の遠慮無しのアグレッシブさに面食らってしまう。

同時に、自分の著しい衰えにがっかりする。踏ん張りが利かなくなってきている。一方で、お腹のお肉は順調に弾力を増している。もはや愛おしさすら感じる。



帰りの電車(帰宅時間の赤い電車はかなり満員に近い)の中で、立ちながら参考書を読む女子高生に遭遇する。読みながら何やらぶつぶつ言っていた。ちょっと危ない感じもしたが、勉強する女子高生はいいと思った。別に可愛かったからとかそういう事ではない。頑張って欲しいと思う。大学受験なんて、一部を除いては高校生の特権だ。歳を取るにつれて、だんだん色んな事が覚えられなくなるのだから。



若いって事は、それだけでとてつもなく偉大だ。失ってからは二度と取り戻せないものだ。

だけど若いって事は、その事に気付けないって事でもある。今の僕だって、数年後の僕からみればまだまだ若い訳で、衰えがどうとか言うのは早すぎるのかもしれない。

何て事ない様な事も、今しかできない事だと思えば、頑張らなきゃいけない気がしてくる。

そう思える内は、まだまだ若いと思う事にする。

さて、グアルディオラについて。

現役時代は言わずと知れた名プレーヤーだった訳だけど、名選手が名監督になれるケースは意外と(?)少ないですよね。長い目でみれば『成功者』になる人もいるけど、初めての仕事でこれ程まで目覚ましい活躍をみせた監督は珍しいんじゃないかな。まぁBチームの監督を務めた経験がある訳だから、正確には『初めて』ではないんだけど。

では、ベップは監督として何が『優れて』いるのか?


ベップに限った事ではなく、他の優秀な監督にも言える事ですが、モチベーターとしての能力に秀でている事は、優秀な監督の一つの条件である様に思います。中でも巧いなと思うのは、ベテラン選手の扱い方。バルサで言えば、今期のアンリやエトーなんかがそれに当たるんじゃないでしょうか。エトーなんか、開幕前は戦力外だもんなぁ。アンリも昨期はボロクソに言われてたけど、今シーズンの働きぶりは素晴らしかった。
エトーもアンリもその快足ぶりは誰もが知るところだった訳だけど、あのスピードで守備を全力でやられたら、相手には脅威ですよね。それを、エトーやアンリ程実績のある選手にやらせるのは、なかなか至難の業です。
決勝戦では左バックにベテランのシウビーニョを起用したけど、これもよかった。ホント、今シーズンほとんど出場機会がなかったとは思えない位、溌剌とプレーしてました。ベテランのそれというより、トップチームに上げてもらったばかりの若手が出場機会を得た様な、そんなフレッシュさというのかな。優勝した後、めっちゃいい顔してたもんなぁ。

ベップは恐らく、選手との距離を取るのが抜群に巧い監督なんでしょう。ただ選手にプレーを強要するだけでなく、選手に明確な『役割』を与えられる。実績ある選手の能力を100%、あるいはそれ以上に引き出し、それを維持させる事ができる。

この『引き出し方』の巧さが、ベップがバルサで成功した要因の一つじゃないでしょうか。



そーいえばチェルシーの新監督にはアンチェロッティが就任したけど、彼はどーなんだろう?監督として『優秀』?ぶっちゃけミランの時しか知らないし、ミランの試合も大して観ていないので、どんな監督かはわかりません(俗にいうピルロシステムを生み出した?くらい)が、今のチェルシーの監督に求められるタスクはかなり多いはず。特にCL。いい加減、CLで結果を出したい。頼むよアンチェロッティ!

という訳で、アンチェロッティがそのポテンシャルを十二分に発揮してくれる事を祈りつつ、今回はこの辺で。

ある人は言った。



「人は出会うために別れる」のだと。



「出会う数だけ別れがある」のだと。



僕らはいくつもの出会いを受け入れながら、



自分を構築する。



僕らはいくつもの別れを受け入れながら、



自分を変化させる。




忘れられない出会いもあっただろう。



気づかない出会いもあっただろう。



涙が流れる別れもあっただろう。



知らない別れもあっただろう。



こうして僕らは僕らになったことを今はとてもうれしく思う。



二十一回の秋と二十一回の冬と二十一回の夏と



二十二回の春を日々過ごしてきた。



そこには数えられないくらいの出会いと別れがあって。



きっとこれからも数えきれない出会いと別れがあって。




ゆっくりと僕らは僕らになっていくだろう。




過去の自分と今の自分は違う。



今の自分と未来の自分も違う。




それはその時のありのままの自分。




そんなありのままの自分を僕らは誰かに見せるんだろうか?





この社会の中でどれだけの人がありのままの自分をだしているだろうか?





言葉で固めた偽りをかぶりながら、




本当の気持ちを隠しながら、





ありのままってみせられるのだろうか?






そんなわけでブログに関係ないはないけど、ショーンペン監督作「INTO THE WILD」お勧めします。

大学首席で卒業した青年の自分のやりたいことを貫いたノンフィクション映画ものです。








ではでは

役者は舞台を選ばないが、舞台は役者を選ぶ。

ただし、役者の揃った舞台が良い舞台となるかといえば、それは必ずしもそうとは言えないんだそうだ。

難しい事はよく分からないけど、観客はどの舞台を観るかを選ぶ権利がある訳で、それは強制されるものではないんだ。それ位は、分かってるつもりなんだ。
そう、大事なのは『選ぶ権利』を認識する事。垂れ流された情報に、振り回されてはいけないよね。

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CL決勝は観ないつもりでいたけど、夜更かししてたらたまたまやっていたので、ぼんやりと観戦。あんまりちゃんと観てない(ていうかすごく適当に観てた)ので、試合内容に関しては大した事が書けそうもないので書きませんが、一つだけ面白い要素が見つかったので、次回詳しく取り上げてみたいと思います。

いやー予想通り(?)バルサが勝ちましたね。あっさりと。

メディアは『史上最高のマッチアップ』とか『メッシVSロナウド』を露骨に取り上げて盛り上げてたけど、あんまり盛り上がらなかった様に感じたのは気のせい?
あまりにも『予定調和が過ぎていた』様な気がしてならないのは僕だけ?って、あんまり言うとなんか僻んでるみたいだ。やめよう。

試合内容を観れば、そんな『予定調和』な感じも薄れてしまうのだけれど。それ程までに、バルサの試合運びはハイレベルだった様に感じました。
高い技術、攻撃的で美しいサッカー、タレント力は申し分ない、バルサのそんな『華やかさ』がその人気の主要因なんだろうけど、バルサが今期『内容』と『結果』を両立させる事ができたのは、グアルディオラに因るところがかなり大きいんではないでしょうか。はてさて、グアルディオラは監督として『何が』優れているのか?この試合を観た限りで感じた、グアルディオラの『監督力』を中心に、次の記事で取り上げてみたいと思います。詳しくは次回。

欠けてしまったものや
失くしてしまったものは

いつも 気が付くのが遅くて

時々 数え直したり
ポケットの中を 探ったりして

こっそり 確かめてみる


数が合わない時の方が
圧倒的に多くて

けれど

何か欠けてしまったのか
何を失くしてしまったのか

その何かがいつも
分からないでいるんだ



気が付けば 一つ一つ
僕等はまた歳を取って

覚える事より
忘れる事の方が増えて

努力をするより
誤魔化し方を身に付けて


それでも 毎日は
繰り返しの中 続いていく




立ち止まる度に
想う事はいつも


途切れずに流れる 今が
ほんの少しでも 長く
続いてくれるなら


そして

前よりも少しだけ

人に
自分に

優しくあれたら


なんて

そんな 世迷い言ばかりだ



想う事はいつも


そんな事ばかりなんだ。