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新しい生活パターンになって一週間。慣れない内は何だか疲れてしまって、週末が来ると少しほっとします。休息の大切が身にしみて判る今日この頃。
 
新しく出来た友人に、「休日は何してる?」と聞かれ、「休日じゃなきゃ出来ない様な事はしてないよ」と答えたら、「それって毎日休日みたいなものって事?それとも休日なんてなくて毎日忙しいって事?」と聞き返されました。僕自身もどっちなのか判りませんが、少なくとも週末を前に安らいだ気持ちになるという事は、週末は休みだと思ってるって事なんでしょう。
 
休日じゃなきゃ出来ない様な大層な趣味は僕にはないけれど、取り敢えず明日はいつもよりちょっとだけ寝坊してみようと思います。それが僕に今できる、週末の最高の贅沢かもしれません。
 
 
 
私事ながら、本日髪をばっさりと切りました。襟足が短くなったせいか、首が長く見える。
 
 
 
しっかし、太ったなぁ自分。どんどん老けていく…。
 
 
 
 
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慌ただしく、足早に過ぎていく毎日に、移り変わる風景を見失ってしまいそうになる。鮮やかだった面影もいつからか見落として、いつの間にか背景の一部に成り下がっている事にも気付けないまま、日めくりの日々は過ぎていく。


理想や憧れを誰もが抱けたら、誰もが描けたらいいのだけれど、窓に映る自分の顔さえまともに見られなくなった頃には、人波の中で呼吸を止めない様に息をするだけで、もう精一杯だ。



何回転んだって、何回迷ったっていいと言うけれど、転んだり迷ったりする内に、例え何回転んだり迷ったりしてでも手に入れたいと思うものよりも、できるだけ転んだり迷ったりしなくて済む様な、小手先だけのつまらない方法の方が、先に手に入ってしまうものだったりするのかもしれない。
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気まぐれシリーズ、欧州蹴球雑感のお時間がやって参りました。

先週末にやってたマドリード・ダービーを録画で観戦。以下雑感です。


入り方がよかったアトレティコ。特に、この試合右サイドでスタメン出場したレジェスには全盛期ばりのキレを感じました。ここ数シーズンは色んなチームを転々としていたせいか、個人的にはかなり忘れられた存在と化していたのですが、久しぶりに観たプレーがとても生き生きして見えたので何より。そのレジェスの素晴らしいシュートからアトレティコは前半早々に先制。レジェスが溌剌としたプレーで流れを作っていただけに、後半開始と共に負傷交代したのは痛い。

アスンソンとチアゴのピボーテはよかった。組み立て、飛び出しとバランスよく絡めるチアゴと、インターセプトと粘り強い守備に定評のあるアスンソン。この組み合わせを彼等以外にも用意できると、アトレティコのチーム力は一段階あがる気がします。今は負傷離脱中(?)のラウール・ガルシアやカマーチョはまた違うタイプだけに、巧く使い回せれば面白そう。ただアスンソンに関しては、試合が劣勢になるにつれてミスが目立っていきました。うーん、技術的にはちょっと…リーガの選手はみんな巧いからなぁ。

フローレス監督になってからは、いい意味でアトレティコらしくないという感じ。冷静さが備わったというか。この順位という事は試合によってはまだムラがあるようなので、フローレスはまだまだ苦労しそうだけども。前半は集中力高くやれていただけに、後半開始早々のセットプレーからの失点が痛い。あれがなきゃ、ひょっとしたらひょっとするんじゃないかって期待させる程の集中力が、アトレティコにはありましたが。


さて、レアルの1点目を決めたシャビアロンソ。ファーポストにしっかり詰める、というセットプレーの基本通りのゴールでしたが、こういうゴールが実は多い気がするのは、まぐれじゃないって事でしょう。2点目のアルベロアのゴールを導いたロングボールは素晴らしいの一言。ピッチを斜めに使える能力はどんなサッカーでも有効ですが、こういうプレー見ちゃうと、やっぱりシャビアロンソのこの能力は他の選手のそれを一回りも二回りも上回ってるなぁと実感。タックルはどちらかというと下手で、ボランチとしては相方を選びそうなタイプですが、この視野の広さは本当に素晴らしい。


試合はこの後、集中力を切らして最終ラインのパス交換ミスからイグアインに3点目を喫し、一応フォルランがPKで1点を返すも、アトレティコはその後も守備陣が足を引っ張り追い上げきれず。こうなってくると、アトレティコの「らしさ」が浮き彫りに。何というか、覇気がない。チーム内に、モチベーションのばらつきがあるというか…南米、ラテン系の選手ばっかり、気まぐれというか、気分屋が多いせいですかね。もちろんそれだけのハズはないですが、これが良くも悪くも「アトレティコらしさ」なのかなと。この辺がスパーズにも似てるなぁとか思うんですが、この「集中力の切れっぷり」は素敵です。まぁ、無理だよね。ウィファルシとか、「プッツン系」の代名詞みたいなDFですからね。


終わってみれば、3-2でレアルがダービーを制しました。アトレティコはいいところもあったけど、如何せんまだムラがありすぎるというか、自滅感に溢れてました。レアルにとってみれば多少ラッキーな勝利でしたが、この勝利が次々節のクラシコをさらに盛り上げる結果となった事はいち観戦者としては嬉しいところ。来週末が楽しみです。



最後に、終了後にやっていた他試合の結果をみていたら、サラゴサに元チェルシーのロシア人選手、ヤロシクが所属している事が分かってびっくり。さらに得点までしてました。懐かしい…というか、点取ってるとこ初めて見た。順位的には結構厳しいですが、頑張って残留してください。では、今回はこの辺で。




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嘘みたいな早さで毎日が過ぎて、特別な事件や感動的な出来事なんて何一つないわりに、やり切れない後悔や罪悪感に苛まれるなんて事もなく、ただ毎日が何処かへ向かって収束していく様な感覚だけが胸のあたりでもやもやした塊になっていく。



選んだ様な気になって、それがどんな方角に向けて延びて行くものなのか、実は自分だってよく判ってなくて、それでも確実にすり減っていく猶予期間の存在ばかりが、ただ今は切実なものとして目の前の日々を消費していく。



醒めない夢を望んだりもするけど、その度に取り残される怖さに寒気を感じたりもする。耳を塞いでみても、人波の中をうまく歩けずに肩がぶつかる度に、小さく頼りなくなる自分から目を逸らせずにいる。





この季節はいつも、そんな風に過ぎていく。






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浅野いにお氏の作品集、「Ctrl+T」を購入。

短編2話、イラストやネーム集、インタビューやQ&Aを含んだ、浅野いにお氏の初の作品集だそうで。そういえば今日発売日だったなー、と思い出かけついでに立ち寄った地元の本屋で、2軒連続で売り切れていたので、何故かムキになって本屋を片っ端から捜索。5軒目で無事ゲット。何やってんだ自分。



漫画家さんに限らず、今の時代に創作活動をする人達は大変だと思う。未だかつて、こんなにも一般人の反響が目に見える時代って、なかったんじゃないだろうか。


この作品集のQ&Aの中でも触れられていたけど、浅野いにお氏もインターネットで自分の名前を検索して、その生々しい一般人の自分に対する意見を目にした事があるそうです。

浅野いにお氏の漫画は賛否両論。「親近感」や「懐かしさ」を感じるという人もいれば、「ファッショナブルな憂鬱」に嫌悪感を覚えるという人まで、その感想は様々。


僕はというと、そりゃまぁ作品集を発売日に買ってしまうくらいだから、もちろん好きな漫画家なんだけども。厳密には、浅野いにお氏の漫画が好きな訳で、浅野いにおという漫画家が好きかと聞かれても、何とも答えようがないのだけれど。


嫌いな人にはそれなりの理由があるらしい。浅野いにお氏の漫画の賛否が別れる背景に、「オタク」や「サブカル」の時代による変遷だかなんだかを交えた意見がネット上にあったりして、それはそれでとても面白いというか、一つの見方だなぁと思ったり。

まぁそれはさて置き。



ネットの普及がもたらした功罪。色んな意見を誰もが自由に(匿名性を含めて)言える様になった事が、人の「選択の余地」の幅を左右する様になったと感じるのは僕だけじゃないと思う。


もうとにかく、世の中には情報が溢れ過ぎていて、どれを選んだらいいのかも判らないまま、不必要な物まで掴まされたりする。できるだけそれを避けようとして、人はまた情報に頼る。選択基準は、「誰か」によって恣意的に行われた「ジャンル分け」や「カテゴライズ」に基づく評価だったりするもんだから、自分でそれを手に取るよりも早く、その存在を切り捨てたりしてしまいがちだ。

情報が与える先入観や、カテゴライズによる障壁が、選択の余地を狭くしたり、無意味な対立を生んでいる気がする。

色んな人がいて、色んな意見がある事を誰もが認識しているのに、どうしてそれを許せないんだろう。感性や趣向は万人にあって当然なのだから、他者の批評や批判に自分の選択を左右される事はないと思う。


良いか悪いかは個人が判断するとして、一番哀しいというか残念なのは、先入観や障壁によって、未見のものに触れる機会が確実に減っているであろうという事。良いか悪いか、好きか嫌いかの議論の前に、作品やアイデアは平等に存在すべきなんじゃないかと思ったりする。



だからほら、オタクだろうがサブカルだろうがリア充だろうが、何だっていいけど、そういうの抜きにして触れてみた時に、何が残るかって話。何か残った人はまた広げてみたらいいし、何も残んなかった人は別のとこを広げてみたらいいって事。最初から自分に合うのを探そうなんて都合のいい考えは、多分きっと通用しないって事なんだ。




何の話かワケが判らなくなってきたけど、まぁいいか。とにかく浅野いにお氏の漫画を通してそんな事を考えたという、まだ少し肌寒い春のある日の話。