疲れてるからやりたくないけど、
 
やらないと、一日が終わらないから
 
やらないと、明日の私が大変だから
 
だから
疲れても頑張ってやること
 
たくさん、
たくさんある。
 
 
食べ終わったお皿を片付ける
 
脱ぎ散らかした洋服を洗濯カゴに入れる
 
子供の仕上げ歯磨きをする……
 
やらないと、一日が終わらない。
 
 
 
ちょっと頑張りすぎだよ。
 
 
 
 
頑張りすぎてしまう人の頭の中は
 
『いや、やらなきゃいけないし』
 
『とにかく、やらなくちゃ』
 
『私しかやる人いないから』
 
 
きっとそんな声でいっぱいになっている。
 
 
『ちょっと、頑張りすぎだよ』
 
 
そんな、心の声をかけてあげたい。
 
 
どれだけ頑張っているかは、
少し離れた場所から見ればすぐにわかるのに
 
自分ではなかなか気づかない。
 
『頑張りすぎだよ。』
 
『ちょっと休んで、ちゃんと寝て』
 
『なんならアイスでも食べて。』
 
 
最初のひとことで、
視点が少しだけ
ほかの人のものになる。
 
頑張りすぎだよ。
充分、よくやってるよ。
ほんとうにすごいよ。
 
頭の中でそんな声がしたなら
 
自分に、少し優しくなれる。
がんばった自分を誇れると思うから。
 
 
終わったあとも勿論だけど
 
一生懸命、それをやり遂げている
途中の自分にも
いたわりの言葉をかけてあげよう。
 
 
 
 
お越しくださり、ありがとうございました。
 
あしたもいい日でありますように。
 
コツコツ努力してやり遂げる人だよね、と
人から言われることが何度かあった。
 
え、どこが?
こんなにめんどくさがりで適当なのに。
 
 
完璧主義だね、と
こちらはあまり良くない文脈で言われる。
 
え、どこが?
めちゃくちゃ大雑把やねんけど。
 
 
同じ性質の表と裏
長所と短所…ではなくて
 
全然違うベクトルの性質が
 
ひとりの人の中に
当たり前に存在している。
 
 
 
「わたし」だと思っているものは、実は
「色々なわたし」の集合体で
 
入れ替わり立ち替わり
 
くるくる顔を出しては
脳内会議をしてみたり。
 
あっちへこっちへハンドルを動かしてみたり。
 
 
 
 
「色々なわたし」の集合体でできている。
 
 
 
それについても諸説あって
 
根拠となる考え方を探すのが楽しくて
最近、あれこれと本を読んでいました。
 
 
 
 
親といる時の自分、友人といる時の自分
恋人といる時の自分、
夏目漱石を読んでいる時の自分。
 
すべて違う、
「分人」の集まりでできている、という概念。
 
この本、めちゃくちゃおすすめです!!
世界の捉え方が変わる。
 
 
幼少期、過酷な境遇を生き延びるために
ひとつの自己が
「闘うパーツ」「逃げるパーツ」
「助けを求めるパーツ」……
 
別々のパーツに分かれて
ばらばらに顔を出し、
それぞれが自分を守ろうとしてくれている。
「構造性解離」という捉え方。
 
 
 
それから、34の資質のうち
上位にくるものが
無意識の判断や感じ方に影響を与える
という考え方の
「ストレングスファインダー」
 
 
これ、資質の順位は結構入れ替わるみたいで
「その時々で必要とされる資質が、
 自分を助けるために上位に現れる」
 
らしいのです。
 
ちょっと好きな考え方照れ
 
 
 
まだまだ考え途中なのですが、
 
 
・わたしは、複数の「わたし」からできている
 
・それぞれ全く違う考え方をしている
 
・すべての「わたし」は
 わたしを幸せにするために動いてくれている
 
 
これが基本的な、「わたし」観です。
 
 
頼りになる「わたし」も
ちょっと頼りない「わたし」も
自分を幸せにしようとしてくれている。
 
だから、矛盾した複数の価値観に
自分がわからなくなりそうになっても、
へいき。
 
それは、優しくて
なんだか救われる気がする。
 
 
さて、冒頭の
 
完璧主義と大ざっぱ。
 
コツコツ努力家とめんどうくさがり。
 
はい。
余裕で両立します。
 
正確には、どちらの自分も
「わたし」の中に共存します。
 
 
 
ストレングスファインダーの
資質で言うなら
 
最上志向さん……コツコツ完璧主義
適応性さん………大ざっぱで今を楽しむ
 
どちらも上位に持っているので、
どちらもくるくる入れ替わって
私を動かしてくれます。
 
2人は、わりと両極の存在。
 
 
 
だから、たとえば誰かに
「あなたはコツコツ努力する人だね」
 と、言われた時
 
もし、
正反対の性質に心当たりがあったとしても
 
「わたし、面倒くさがりだから
 そんなの違う。当てにならないや」
 
って決めつけるのは
少し待ってほしいんです。
 
 
きっと、その人は
「何か」を見て、
「努力家」だと判断したはずだから。
 
その評価は、贈り物として
そのまま受けとってほしいなと思う。
 
 
 
 
誰かが見つけて教えてくれた一面も
あなたが知っている、正反対の一面も
 
 
どちらもきっと、
「あなた」の中に
共存していると思うのです。
 
 
 
そして、どちらもきっと
「あなた」を幸せにしようとして、
 
そこにいてくれていると思うから。
 
 
最後までお読みくださり、
ありがとうございました。
 
またどうぞ、お越しくださいませ。
思い返せば今日は
夫が休日出勤で、いなかったから
ものすごく
疲れていたんだなぁ。
 
 
疲れていると
知らず知らずのうちに
心がネガティブな方を向いてしまって
 
しかも、
視野がガチガチに狭くなるから
ろくな思考が湧いてこないんだよなぁ。
 
 
そんな風だったから
7歳の娘が、
約束した時間を過ぎても
ぜんぜん部屋を片づけようとしないので
無益な口論を繰り広げてしまっていた。
 
 
余裕が、あればね。
 
「わかる〜。やる気出ないよね〜」とか、
 
「よーし、手伝うから一緒にがんばろっか〜」とか、
 
娘の気持ちに寄り添うような、言葉も選べた。
 
 
今日はもうガチガチで
正論で追い込んで、ガミガミ怒って。
 
ほかの選択肢も 脳内に生まれないくらい
エネルギーが枯渇してたんだなぁ。
 
 
そんな感じで
他の要素も重なって
今日はかなり、思考をこじらせていたので
 
いったん、
部屋で一人で泣いて発散させた後
 
帰宅した夫に
素直に助けを求めることにした。
 
 
わたしからのリクエスト一覧。
 
 
1.  別に、嘘でもいいから
 「頑張ったね」って言ってほしい。
 
2.  頭を撫でてほしい。
 今、感情がぐちゃぐちゃだから
 安心したい。
 
3.  今、感じていることを
 正直に話して、ただ聞いてもらった。
 
 
 
自分は、子ども時代から染みついた
思考の癖で、
認知が歪んでいるので
子どもが放った心ない言葉にも
普通にダメージを喰らってしまうこと。
 
夫みたいに、上手く子ども達を
やる気にさせられないし
私なんか駄目だ。
私なんかいない方がいい、と
思ってしまっていること。
 
自分の子ども時代のトラウマを
未だに引きずっていて、
それが自身の子育てにも
影響してしまっていて、苦しいこと。
 
 
夫が
どのぐらいの理解の深さで
私の話を聞いてくれたのかは
わからないけれど、
ぜんぶ聞いて、頷いて、受け止めてくれた。
 
 
 
わたしの感情が暴走するときは
大抵、
「誰にも気づいてもらえない」
 と感じて、思考が暴れているので
 
「受け止めてもらえた」
 と感じれば、それは消える。
 
 
 
気持ちは、すぐに凪いだ。
 
 
 
夫にしても
私の生きづらさとか、認知の歪みについては
存在を知ってくれていたんだけど
 
リアルタイムで、私が
どういう思考に囚われているか、までは
理解できなかったみたいなので。
 
「私なんかいない方がいい」みたいな
マイナス感情、剥き出しのそのままでも
伝えてみたことは、相互理解が深まって
よかったなぁと思えた。
 
(ただし、ニュートラルに、伝えるだけ。)
 
(気持ちを、ぶつけちゃダメ、ぜったい。)
 
 
 
これが、最初から
「どうしたらいいかなぁ?」みたいに、
本当は欲しくもないリクエストにすると
 
「わかってもらえた」実感はなく、
結局、消化不良に終わるから
いいことないな。と思った。
 
 
ならば、最初から
アドバイスを求めに行くのは悪手で。
 
まずは、自分が安心できて、
気持ちが落ち着くように。
 
相手にちゃんとリクエストをして
思ったままを、そのまま
ニュートラルに伝えてみること。
 
慣れるまで、何度か
やっていくうちに
きっと、
気持ちの取り扱い方が上手くなって。
 
そんな処方箋を、確立して
後はこれを、自力でもできるようになると
 
いいなぁと思います………
 
 
 
 
 
本日のぐちゃぐちゃな気持ち
そのまんま、書いてみました。
 
でも、自分の中では
大事な一歩だったので
そのまま、消さずに残しておきます。
 
 
 
最後まで、お付き合いくださり
ありがとうございました。
 
明日もあなたが笑顔でありますように。