「なかなか行動できないんです」

 

 

頭ではわかってるのに。

 

やったほうがいいのに。

 

やらなきゃいけないのに。

 

 

わかってるのに。

 

どうしても、

 

 

「できないんです。」

 

 

…はい、わたしのことです。

 

 

 

朝、眠くて起きられない。

 

毎日、ブログの更新したいのに、休んじゃう。

 

色々とやりたいことはあるけど、行動に移せない。

 

 

 

その根っこにあるものはなんだろう?

 

自分に問いかけて、

探ってみる。

 

今日は、そんなお話です。

 

 

 

 

大人になったわたし達が、日常で

物理的に「できない」っていうことは、それほど多くないから

 

「できない」って思う時、その裏側には

 

「やりたくない」って思っている自分がいるということ。

 

 

 

「やらなきゃいけない」って思っている自分と

 

「やりたくない」って思っている自分が

 

 自分の中に同時に存在している状態だったりする。

 

 

 

 

「やったほうがいい理由」は、わかっているから

 

「やらなきゃいけない」っていう自分の方が正しく見える。

 

 その子を、仮に「理想ちゃん」って呼びます。

 

 

 

 反対に、少し分が悪いほう。

 

「わかってるけど、やりたくない」って思っている自分は

 

 自分の欲求に忠実だから、「素直ちゃん」って呼んでみます。

 

 

 

自分の頭の中に二人のイメージを思い描いたら、

そのふたりが話をしているところを

 

ちょっと妄想してみます。

 

その「ふたり」になりきって

それぞれの感情を味わってみる。

 

 

 

 

理想:「ちゃんと朝起きないとダメでしょ!」

 

素直:「だって眠いんだもん。寒いし、お腹も痛いし」

 

理想:「保育園に送っていくのだって遅くなっちゃう」

 

素直:「ギリギリだけど、間に合ってるからいいじゃない」

 

 

 

そんな感じで、やり取りを繰り返して

お互いが「感情的に」なるのを待つ。

 

お互いの、本音を引き出すために。

 

 

 

理想:

「早く起きたら、気持ちよく一日を始められるのに。そうできなくてがっかりする」

「起きられないと、そんな自分にがっかりするから、悲しい」

 

素直:「疲れてるんだもん。不安なことを色々考えちゃうんだもん」

「寂しくて悲しいから、ずっと寝ていたい」

 

 

 

イメージの中で、どっちの「感情」も見えたら。

 

本当は、お互い、どうしたかったの?を

聴いてみる。

 

 

 

 

理想ちゃんは

朝、気持ちよく起きて

いい一日を過ごしたいんだよね。

 

素直ちゃんは

朝、起きる時に不安になるから

お布団にくるまって安心していたいんだよね。

 

どっちも、自分のことを

幸せにしようとしてくれている。

 

 

それに気づくことが、ひとつのゴール。

 

 

そう。

どんな自分も

自分のことを幸せにしようとしてくれている。

 

 

理想ちゃんは、「未来」も見据えた自分を

 

素直ちゃんは、「今ここ」の自分を

 

それぞれ大事にしている。

 

 

 

 

それに気づけたなら、次のステップで

 

自分の幸せのためにできることを

一緒に考えていく。

 

 

 

 

一番大事なことは、

 

理想ちゃんの言うことも

素直ちゃんの言うことも

 

両方とも、きちんと耳を傾けて

 

その根っこにある

気持ちに気づいてあげること。

 

image

 

わたしたちは、つい

「こうありたい」という理想の方に目が行きがちで

 

「そうできない」素直な気持ちに苛立ってしまうけど

 

どちらも、自分のことを

幸せにしてくれようとしている

大事な自分の一部だってことを、認めてあげること。

 

 

それはきっと、自分のことを

「信頼する」ことにつながると思うから。

 

 

 

* * * * * * * * * * 

 

「朝、起きられない問題」は

 

今のところ

 

「ベッド横にタイツを仕込んでおき、

 タイツを履いてから

 とりあえず活動をはじめる」

 

で様子を見ているところです照れ

 

 

冬はユニクロのニットタイツがないと

生きてゆけないの…

 

 

 

 

 

 

お越しくださり、ありがとうございました。

 

明日も素敵な一日でありますように。

 

 

山本 麻莉

わたしは

「イタリアに行くべきか、フランスに行くべきか、

 ここにいるべきか?」

 

 

ちょうど一年前。

 

わたしは、人生で大きな分かれ道にいて

 

どっちに進むべきなのか?

そのための材料が足りなくて

 

人生で初めて、コーチングというものを受けてみることにしました。

 

 

初回の導入のセッションで、

「コーチングとは?」という項目に対して説明されたのは

 

「コーチングとは、コーチが答えを教えるものではない」ということ。

 

「クライアントの中にある答えを引き出すもの」であること。

 

それから、

 

「海外旅行の行き先を決めるのに、

 イタリアに行くのもフランスに行くのも

 どちらが正解というのはないように、人生の決断も同じ」ということ。

 

 

実際には、

「イタリアに行くべきか、それともここにとどまるべきか?」で

 悩む人が多くいること。

 

 

 

 

わたしは、その「イタリアとフランス」の喩えが妙にしっくりきて

 

人生におけるどんな選択肢も、

どこか必ず「自分を幸せにするため」に現れるものだから

 

「確かに正解も間違いもないよね。。」

 

と思ったのを覚えています。

 

 

そして、その中でも「より納得感のある選択肢」を選ぶために

コーチングの時間を通して、選択していくのだと。    

 

 

 

 

わたしの場合は、15年近く続けていた仕事を

まだ続けるか?

 

退職して、「やりたいことを仕事にする」道を選ぶか?

 

という、

 

まさに「イタリアか?ここにとどまるか?」という岐路にいました。

 

 

 

 

それから 一年経って、今。

 

11月末で会社を辞めて、

「セッションを提供する人」として

 

進んでいくことを決めて

ここに立っています。

 

 

まだまだ駆け出しだけど

わたしのサービスを受けてくださる

クライアントさんがいてくれて

 

 

確かなものは何もないけど

自分の内側に芽生えたものを、

大事にしようと思って

 

目の前に現れるものを、選び続けてきた結果

 

気づいたらここにいた、という感じがします。

 

image

 

 

「やりたいことを仕事にしたい」ということを

考えてみたとき。

 

 

簡単にそれを決断できる人はいいけど、

もしそうでないのなら

 

「まずは体験してみる」

 

「そのこととのつながりを作る、持ち続ける」

 

ことから始めるといいのかな、と思います。

 

 

 

 

わたしがやってきたことを

3つ、あげてみるとするならば。

 

・実際に、その仕事をしている人と話をする。

 そうした人がたくさんいる環境に身を置く。

 

・小さく始めてみる。

 自分の今のスキルで、できることを出し切って

 誰かに提供してみる。

 

・自分の内側の声を信じる。

 

 

 

 

イタリアの喩えで言うなら

 

・実際にイタリアに住んでいた人の体験談を聴く。

 イタリアに関する物に囲まれて過ごし、空気感にふれる。

 

・ちょっと行ってみる。

 実際に体験してみる。

 

・気がつけばイタリアの景色が思い浮かぶくらい、

 イタリアのことが大好きな自分を

 認めて、受け入れて、降参してあげる。

 

 

 

すぐにイタリアに行くことができなくても

 

どんなに小さくても

今、できることを探して

心の中ではつながり続けるように。

 

 

今日、自分の選んだ小さな選択が

自分の起こした小さな行動が

 

いつか、憧れの場所へと

わたしを運んでくれるように。

 

 

* * * * * * * * 

 

お越しくださり、

ありがとうございました。

 

明日も素敵な一日でありますように。

 

 

山本 麻莉

わが家には2種類のバスタオルがあります。
 
1つは、大きくてふかふかのバスタオル。
もう1つは、薄手で乾きやすい
ガーゼのバスタオル。
 
 
体を拭ければいいからと、
普段は薄手のほうを
使うことが多いのだけれど
 
なぜか無性に、厚手の大きくて
ふかふかのバスタオルに包まれたい時がある。
 
なんでだろう、と思った時に
 
もしかしたら、
無意識のうちに、心細いことがあって
大きくてあったかい何かに
包まれたいと思ったんじゃないかな。
 
そんなことを思っていました。
 
 
すっぽりと包まれることで
私が欲しかったのは、
「安心」だったのかな。
 
 
 
 
 
 
 
最近読んだ、「手の倫理」という本によれば
 
五感の中でも、実は
序列のようなものがあって
 
 
視覚  みる
聴覚  きく
嗅覚  かぐ
味覚  あじわう
触覚  さわる
 
 
上に書かれているほうが
「上位の」感覚であると
されてきた経緯があったそうです。
 
見る、聞くは
思考することに密接な関わりがあるから。
 
対象から離れても知覚できるから。
 
時間をかけずに知覚できるから。
 
それに対して、味覚や触覚は
対象に近づかなくてはいけない。
それでいて得られる情報は限られている。
「下位の」感覚であると。
 
 
 
けれど、ほっとしたい時。
自分を労りたい時。
安心したい時。
 
 
なにか、温かいものにふれること。
 
ふかふかの毛布みたいな
柔らかいものに、物理的に包まれること。
 
温かいお風呂に浸かること。
 
大切な人の手にふれること。
背中にふれてもらうこと。
 
 
温かいもの
柔らかいもの
優しいもの
 
それらに「ふれる」ことは
一瞬で心を包み込んで
安心させてくれるような気がします。
 
 
 
もし、少し不安だったり
寂しかったり
心細いときは
 
「ふれる」ことを
いちばんに、試してみたい。
 
 
とっておきの方法は、
深く息を吸って
 
両手を、前に出して
腕を伸ばしたなら
 
そのまま、腕を交差させて、
息を深く吐きながら
「自分で自分を、抱きしめる」こと。
 
 
 
 
自分の両手で、
 
自分自身を温めるように。
 
そっと労るように
 
慈しむように。
 
 
 
 
* * * * * * *
 
以前、ホットヨガに通っていた時に
リンパマッサージとヨガを組み合わせた
初級クラスが好きでした。
 
その中でも、印象に残っていたのが
 
「自分で自分を抱きしめる」
  というポーズ。
 
 
汗をかいて、身体がゆるんで
自然と、心もゆるんでいたのか
 
なぜだか、いつも涙が出そうになる感覚。
 
 
そういえば、色々なことがあったけど
いつでも どうにか乗り越えてきた自分を
 
抱きしめてあげたいと、心から思えました。
 
 
 
「自分で自分を抱きしめる」
 眠る前の習慣にするのも、とてもおすすめです。
 
 
 
お越しくださり、
ありがとうございました。
 
明日もあなたが笑顔でありますように。
 
 
山本 麻莉