昨日は、かなり

感情が波立っていたみたいで

 

その勢いにまかせて

こんな文章を書いていました。

 

 

 

 

結局のところ

 

「わからない」から。

 

その事実を胸に抱いて進む。

それはそうとして。

 

 

 

頭で考えた理想を

ひたすら追い求めていく。

 

それってすごく

「修行僧」みたいだなと思ったのです

 

 

 

 

 

うまく言葉にできないのだけど

 

同じ言葉を紡いで、

同じ結論に至ったとしても

 

 

今の自分を

「認めてあげられているか、いないか」で

 

 

意味がまったく違ってきちゃうんだよね。

 

 

 

並べている言葉は、

 

自分を納得させるための理由は

 

同じものだったとしても。

 

 

 

 

今の自分を

「認めてあげられているか、いないか」で

 

 

意味がまったく違ってきてしまう。

 

 

 

 

 

 

昨日のわたしが、考えていたことは

理屈では正しかったとしても

今の自分を、

認めてあげることができなかったから

 

どうしても、頭と心がばらばらだった。

 

 

(だから、夜に、ブログとラブレターは書くなと…)

 

 

 

 

心配事を乗り切って

少し、解放された今のわたしが思うことは

 

自分の中の

綺麗なことも、

汚いことも

 

それが自分だよね、と思っている。

 

 

だから、もういいや。と思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、あてにならないのだ。

 

 

 

 

 

心で思ったことは

移り変わっていくから。

 

 

だからこそ、

 

 

紙に書いて、吐き出して

想いを外に出してみる。

 

書き出した瞬間に、

それは過去になって

 

 

違う意味を持って見える。

 

 

 

できることなら、

ほかの誰かに話してみる。

 

きっと、別の意味が見える。

 

 

 

 

 

 

 

どんなに拙くても、一度

「出してみる」ことで

 

少し距離をとって、

その感情を見つめることができる。

 

 

 

だから

どんなに拙くても、

「出してみる」ことを

おそれないで欲しいなと思うんです。

 

 

 

出してみて、はじめて

 

そこから生まれるものが

必ずあると思うから。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

そうは言っても、

 

「文字にする」のと

 

「ブログで晒す」のは

 

 

 

大きな隔たりがあると思うので

「むーん」ってなりますね真顔

 

 

 

 

お好みでどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

お越しくださり、

ありがとうございました。

 

 

 

明日も、あなたが笑顔でありますように。

 

 

 

 

山本 麻莉

 

今日は心を乱されることがあったので

少し落ち込んでいます。

 

とても個人的なことになるのですが

 

気持ちを整理するために、

自戒のために

少し書いていきます。

 

もしよろしければ、このままお付き合いください。

 

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今日、わたしは

 

相手が話したことに対して、

自分の感じたことをフィードバックする必要があって

伝えてはみたのだけど

 

あまり要領を得ない

余計なことを言ったような気がして

 

それで人の気持ちを逆撫でした、

 

その人にとって嫌な部分に

触れたかもしれなくて

 

それで動揺している。

 

 

 

「自分の感じたこと」に

正解も不正解も、

上手も下手もないのだからと。

 

それがすべてなのだとは、思う。

 

だからこそ余計に、

それしか考えつかなかった

自分の未熟さ、浅さが

 

嫌になってたまらない。

 

 

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結局のところ、わからない。

 

 

「あの人は怒っているかもしれない」と

 

失礼な想像をしてみても、

本当に怒っているかどうかは

わからない。

 

 

 

わたしの言葉を受け取った

あの人が

それをどう解釈するかは、もう

その人に委ねられているのだから。

 

 

そうして、

わたしと、あの人の間に

境界線を引く。

 

 

 

わたしは、わたしで

「わからない」という事実を忘れないまま

 

「わかりたい」という気持ちを持ち続けて

少しでも伝わるように、

言葉を選び抜いていくんだろう。

 

 

そうすることしか

できないんだろうなぁ。

 

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とにかく、今日は

自分の未熟さ、浅さが

悔しくてたまらない。

 

 

けれど、じゃあ

成熟した人間になるまで

山籠りして修行する

 

わけにもいかないから。

 

 

未熟な、浅い、視野の狭い

自分のままで

 

やっぱり人と関わって、

ぶつかって、転んで、へこんで、立ち上がって

いくんだろうと思います。

 

ずっと。

 

 

 

* * * * * * * * 

 

なんて言ったらいいか

迷うときは

基本的に言わないようにするのだけど

 

今日はそうもいかなかったので

 

焦って、結局

自分が何を言いたいかもわからなくなって

しょんぼりしてます。

 

 

 

今日は、ただの

しょんぼり日記です。

 

暖かくして眠ることにします。

おやすみなさい。

 

 

 

お越しくださり、ありがとうございました。

 

明日も素敵な一日でありますように。

 

 

山本 麻莉

自分がRPGの登場人物だったなら?

 

わたしは今、どこにいるんだろう。

 

 

 

自分が生まれた小さな町で

道具屋の片隅で働いているのかな。

 

お城の中を歩いているのかな。

 

草原で馬の世話をしているのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなふうに平和にはじまったとしても

 

 

何かのきっかけがあって

物語は動き出して

 

 

ある時、もしかしたら

気づくのかもしれない。

 

 

 

 

「自分は、外の世界に出てもいいんだ」って。

 

 

 

 

 

 

 

 

新しいことにチャレンジすることは

いつも、少し怖くて。

 

 

今いる場所を離れて、

新しいことを始めるのは怖い。

 

やったことがないから怖い。

 

それは、あたりまえのこと。

 

 

 

だから、少しだけ想像してみる。

 

 

 

 

 

「自分がロールプレイングゲームの登場人物だったなら?」

 

 

 

 

 

 

 

生まれた町で一生を終える人もいる。

ひとつのことを成し遂げたいと。

それを誇りとする人もいる。

 

 

どうしようもない事情で

家に帰れなくなって

大きな流れに身を投じる人もいる。

 

 

特に理由はなくても

「外の世界を見てみたい」

 

ただ、それだけで

旅立ってしまう人もいる。

 

 

 

 

 

 

 

生まれた町を出て、

広い世界に出てみる。

 

 

街道沿いに歩いて。

船に乗って。

 

 

行ったことのない町へ

違う大陸へ

 

 

そして誰かに会いたいと願う。

 

 

一緒に旅をしたいと願う。

 

 

 

 

特に理由はなくても

「自分がそうしたいと思ったから」

 

ただ、それだけで

旅立ってもいい。

 

 

 

そうして旅立ったなら

「この先に何が起こるんだろう」

 

 

その思いだけで

もっと、もっと

進んでいきたくなる。

 

見届けたいと思う。

 

 

 

予想に反して、

つまらなかったら

もとの場所に帰ってきてもいい。

 

 

 

自分がロールプレイングゲームの

登場人物だったなら、

 

いま。

 

長年、修行をさせてもらった町を出て

海に続く街道を

歩きはじめたところ。

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

ドラクエでも

ファイナルファンタジーでも

 

物語が進むにつれて

行ける場所がふえていく。

 

地図の隠れている部分を

見つけ出したくて

たどり着きたくて

 

それだけ。

 

 

その判断をするときの

「怖さ」は、いったん横に置いて

 

「楽しさ」

「わくわく」に、フォーカスしていく

 

 

だって、

「自分がそうしたいと思ったから」。

 

進む理由は

 

自分を信じる理由は

 

それだけでいいのかもしれない、

と思うんです。

 

 

 

 

もちろん、そう思えない時もあるけど

 

最終的には

「自分が望んだことを、

 自分に叶えさせてあげたい」から。

 

 

そう思える日もあるだけで

いつのまにか

 

きっと、今とは違う場所に

行けると思うから。

 

 

 

 

 

 

お越しくださり、

ありがとうございました。

 

明日もあなたが笑顔でありますように。

 

 

 

山本 麻莉