わが家には2種類のバスタオルがあります。
 
1つは、大きくてふかふかのバスタオル。
もう1つは、薄手で乾きやすい
ガーゼのバスタオル。
 
 
体を拭ければいいからと、
普段は薄手のほうを
使うことが多いのだけれど
 
なぜか無性に、厚手の大きくて
ふかふかのバスタオルに包まれたい時がある。
 
なんでだろう、と思った時に
 
もしかしたら、
無意識のうちに、心細いことがあって
大きくてあったかい何かに
包まれたいと思ったんじゃないかな。
 
そんなことを思っていました。
 
 
すっぽりと包まれることで
私が欲しかったのは、
「安心」だったのかな。
 
 
 
 
 
 
 
最近読んだ、「手の倫理」という本によれば
 
五感の中でも、実は
序列のようなものがあって
 
 
視覚  みる
聴覚  きく
嗅覚  かぐ
味覚  あじわう
触覚  さわる
 
 
上に書かれているほうが
「上位の」感覚であると
されてきた経緯があったそうです。
 
見る、聞くは
思考することに密接な関わりがあるから。
 
対象から離れても知覚できるから。
 
時間をかけずに知覚できるから。
 
それに対して、味覚や触覚は
対象に近づかなくてはいけない。
それでいて得られる情報は限られている。
「下位の」感覚であると。
 
 
 
けれど、ほっとしたい時。
自分を労りたい時。
安心したい時。
 
 
なにか、温かいものにふれること。
 
ふかふかの毛布みたいな
柔らかいものに、物理的に包まれること。
 
温かいお風呂に浸かること。
 
大切な人の手にふれること。
背中にふれてもらうこと。
 
 
温かいもの
柔らかいもの
優しいもの
 
それらに「ふれる」ことは
一瞬で心を包み込んで
安心させてくれるような気がします。
 
 
 
もし、少し不安だったり
寂しかったり
心細いときは
 
「ふれる」ことを
いちばんに、試してみたい。
 
 
とっておきの方法は、
深く息を吸って
 
両手を、前に出して
腕を伸ばしたなら
 
そのまま、腕を交差させて、
息を深く吐きながら
「自分で自分を、抱きしめる」こと。
 
 
 
 
自分の両手で、
 
自分自身を温めるように。
 
そっと労るように
 
慈しむように。
 
 
 
 
* * * * * * *
 
以前、ホットヨガに通っていた時に
リンパマッサージとヨガを組み合わせた
初級クラスが好きでした。
 
その中でも、印象に残っていたのが
 
「自分で自分を抱きしめる」
  というポーズ。
 
 
汗をかいて、身体がゆるんで
自然と、心もゆるんでいたのか
 
なぜだか、いつも涙が出そうになる感覚。
 
 
そういえば、色々なことがあったけど
いつでも どうにか乗り越えてきた自分を
 
抱きしめてあげたいと、心から思えました。
 
 
 
「自分で自分を抱きしめる」
 眠る前の習慣にするのも、とてもおすすめです。
 
 
 
お越しくださり、
ありがとうございました。
 
明日もあなたが笑顔でありますように。
 
 
山本 麻莉