先祖供養に行ってきました。

 

雷門でお馴染み、浅草の浅草寺。

 

 

ご縁あって、3ヶ月ぶり 2回目の

先祖供養です。

 

 

 大きな提灯の裏側は

松下幸之助さんのお名前がドーンと。

 

 

 

 

自分の運の流れを整えたり

願望を達成するのに

神社で御祈祷をしてもらうことが

大事なのだそうですが、

 

先祖供養をきちんとしていないと

 

本来、神様が降りてくるはずのところに

ご先祖さまがとどまっていて

その結果、力がうまく発揮できないということが

あるそうなんですね。

 

 

(詳しくないので

 ぜんぶ伝聞形・・・笑)

 

 

そんな感じで始めた先祖供養ですが

「ご利益あるかも」みたいな

 若干の下心とは別に

 

 

わたしの中で、予想以上に受け取れるものがありました。

 

 

わたしの両親は、どちらも実家を出ていて

千葉のいわゆるニュータウンに

家を買ったので

 

仏壇もなければ、お墓も近くになく。

 

年に1回、母の実家でお墓参りに行くのが

せいぜいでした。

 

だから、日常生活で

「ご先祖さまとつながる」やり方や

そういう発想自体が、

わたしにはなかったんです。

 

 

コロナ禍で法事やお墓参りもなくなり、

いよいよ何にもなくなったなぁ…という時に

先祖供養というものの存在を知り

 

やってみたら、思っていた以上に

「うん、よかったな」 という結果になりました。

 

 

 

 

 

 

ご先祖さまや自分のルーツや

ひいては、自分という存在を大切にしたい気持ちは

 

気づかなかっただけで、

わたしの中に元々あって。

 

それを表現する、「ありがとう」と伝えるための

手段をひとつ知ったという感じです。

 

 

先祖供養では、

 

・自分の嫁ぎ先の家

・自分の父方の家

・自分の母方の家

 

の3つの家名を書いて、ご回向(供養)をしてもらうのですが

 

考えてみたら、県も宗派も全部ばらばらで

だったら自分の好きなお寺でやってもらってもいいんじゃない?

ということで

 

自分がよく行くエリアにある、

浅草の浅草寺でお願いすることにしました。

 

 

本来は、時期も

お彼岸やお盆に合わせた方がいいんだろうけど、

ひとまずは自分のペースで。

 

方法よりも、

自分の気持ちが大切だよね。

そんなスタンスでやっています。

 

 

 

 

 

 

人は、

 

「自分は何者であるか」

 

「自分と世界はどんな関係でつながっているか」

 

 

ということを

 

意識的にせよ、無意識的にせよ

考えずにはいられない存在だと思っています。

 

 

先祖供養を通して

わたしが感じたのは

 

「自分と世界はどんな関係でつながっているか」

 

 という点のうち、

 

「縦のつながり」の部分。

 

 

特定の信仰を持っているわけではない

わたしにとっても

 

「自分にご先祖様がいて、

 数え切れないくらいの命を受け継いで

 今、わたしはここに立っている」

 

というのは紛れもない事実。

 

 

そうやって、

自分と世界のつながりを確認する。

 

自分の根っこをつなぎ直す。

 

そうして受け継いだ命で、

わたしは何をしていくのかな。

 

 

そんなことを考えるきっかけを、

先祖供養は与えてくれました。

 

 

 

いろんなお寺で、

郵送でのお申し込みも受け付けていると思いますが

 

実際に、目の前でお経をあげていただき

ただ祈りを捧げる時間を体験するのも、

またいいものですね。

 

 

自分のペースでゆるゆると続けてみようと思います。

 

 

 

 

 

 

お越しくださり、ありがとうございました。

 

明日もいい日でありますように。

 

 

山本 麻莉

大人になったら、

むやみに起こらないような

気がしていました。

 

 

小さいことで怒らない。

 

 

怒りを表に出さない。

 

 

「それが大人だから」って。

 

 

最近は、「怒る」って

 

 

混ぜて使っているけど

 

2通りの意味があるような気がしています。

 

 

ひとつは、

「怒り」の感情が自分の中に生まれること。

 

 

もうひとつは、

生まれた怒りを「表に出す」こと。

 

 

 

ひとつは、感情そのもの。

 

もう片方は、行為。

 

 

 

 

 

 

いつからだろう。

「怒る」ことは、大人げなくて

 

未熟で、かっこ悪いことのような気がして。

 

 

自分の中で怒りの感情が渦巻くことを

それを抑えきれないことを

 

ものすごく駄目なことだと思っていました。

 

 

 

特に、小さな子どもを相手にしている時。

 

 

わたしの夫が

すごく達観している人で

「怒ったってどうしようもないでしょ」

 

って言うような人だったので。

 

 

 

余計に自分がちっぽけな人間に思えて

ものすごく苦しかった。

 

 

 

 

今なら、その時の自分に言ってあげたい。

 

「怒り」の感情が生まれるのは

 とても自然なこと。

 

どんな感情が生まれても

それは否定しないで

受け止めてあげて。

 

そう、言うと思う。

 

 

 
 

 

その、生まれた「怒り」の感情を

どうやって伝えるのか。

 

怒りの勢いにまかせてぶつけるのか、

 

冷静に言葉だけで伝えるのか、

 

心の奥底に押し込めて伝えないのか。

 

 

 

それは、自分しだい。

 

その人しだい。

 

 

 

練習すればするほど

勢いにまかせてじゃなく

人を傷つけないようなやり方で

 

伝えることが

できるようになっていく。

 

 

そう思います。

 

 

 

 

 

 

だけど

 

 

 

特に、小さな子どもを相手にしている

お母さん、お父さんは

 

時間や気持ちにゆとりが少ない中で

 

自分ひとりで落ち着いて

感情を見つめることも

ままならない中で

 

予測できない行動を次々にとられて

 

 

「怒り」をコントロールするのは

決して簡単なことじゃない。

 

簡単じゃないことを

日々、どうにか乗り越えているんだと。

 

 

「怒り」をコントロール

できることが当たり前じゃないんだと

どうか、

思っていてほしい。

 

 

 

 

 

 

そして、

自分の中に生まれる感情は

どんなものであっても

否定していいものじゃないと。

 

 

 

生まれた怒りを、どう表に出すかは

 

難しいながらも、

コントロール可能な「行為」だけど

 

 

 

怒りが、自分の中に生まれること自体は

 

それはもう「自然」だから

否定したら自分が苦しくなってしまう。

 

 

 

 

 

怒りを

時には、見つめてみる。

 

 

 

大切なものを脅かされた時に

それを守るために、生まれた感情だとしたら

 

 

その奥で、何を守りたかったんだろう?

 

 

そんなことを、

時にはじっくり見つめてみる。

 

 

日記に書き出したり、

誰かに話したり。

 

 

そんな風にして

 

 

怒りを

時には、見つめてみる。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

お越しくださり、

ありがとうございました。

 

 

明日もいい日でありますように。

 

 

山本 麻莉

昨日、作家で実業家の

本田晃一さんという方が

 

オンラインでお話しするのを聴いていて

「面白いな〜」と思ったマインド。

 

 

それは、

 

「自分のデフォルトの状態を

 『幸せ』に設定する」 ということ。

 

 

「ルンバがお掃除し終わって、帰ってくるところが『幸せ』みたいな」

 

 

 っていう喩えが秀逸でした。

 

 

 

そもそも、幸せって

ざっくり言うと二種類あると思っています。

 

それは

 

「味わう」幸せと

 

「取りに行く」幸せ。

 

 

 

味わう幸せは、「今、ここ」にフォーカスして

 

包まれる、満たされる、受け取る。

感じきる。

 

 

 

取りに行く幸せは、「未来」にフォーカスして

 

ビジョンを描く、可能性を信じる、少し背伸びをする

 

怖いこともする。

その先にある。

 

 

冒頭の「デフォルトが『幸せ』の状態」っていうのは

 

今、ここにある幸せを

ちゃんと味わって

感じきるということ。

 

その状態で、

 

 

「叶えたい夢とか理想とかもあるし、

 それは本気で叶えたいんだけど

 

 今は今で充分幸せだな〜」

 

 

みたいな。

 

 

「有名パティシエのこだわりスィーツも食べてみたいし、

 ポッキーも美味しいよね。

 

 あ〜ポッキー美味しい。幸せ〜」

 

 

みたいな。

 

 

執着のない、軽やかな状態で過ごしていると

 

するっと、

願いは叶ったりする。

 

 

 

じゃあ、

 

「デフォルトが『幸せ』の状態」にするには

 どうするか?という話だけれど。

 

 

 

幸せを、味わいきること。

 

五感をきちんと使って

 

ご飯が美味しいことや、

お風呂が気持ちいいことや

やりたかったタスクを完了できたことや

好きな友達からメッセージが来たことや

 

何気ないことを

あたりまえにしないで、

 

きちんと受け取る。

 

 

それが一番の近道かな、と思います。

 

 

 

 

その日にあったいいことを

日記につける、というのも

 

定番ですが、すごく効果があります。

 

 

 

「ある」ものを、見る。

 

 

 

* * * * * * * * 

 

「幸せがデフォルトの状態」から、

 

感情の揺れがあって

「幸せじゃない状態」に動くことも、

 もちろん生きていればあるのですが

 

長くなったので、そのことは

次の機会に書こうと思います。

 

ポッキー食べたくなりました。

 

 

 

お越しくださり、ありがとうございました。

 

明日もあなたが笑顔でありますように。

 

 

山本 麻莉